第18話 「リゴ村」

 レイチェルとリルフィスは目的地であるリゴに向かっていた。

 移動は高速馬車を乗り継いで行っていた。幾つもの町に寄って馬車を乗り換えた。そして街道沿いにある村々をほぼ素通りし、馬車はリゴ村の手前にあるアビオンという大きな町に着いた。

 ここから先、民間人用の高速馬車は出ていない。冒険者ギルドで聞いたところ、リゴ村の傭兵を希望する者だけが特別に通行を許可されているということだった。

「私達、一応、リゴ村の傭兵を希望してるのですが、徒歩で行くしか無いのでしょうか?」

 雪の降り積もる街道は歩むのには困難だった。レイチェルが尋ねると恰幅のあるギルドの主は答えた。

「本当にお前ら傭兵になるつもりか? オークは昼夜を問わず襲撃を仕掛けてくるぞ。夜寝て朝起きてなんて生活ができるとは思わない方が良い。それに、オークは強敵だ。並みの人間に勝る力を持つ。お前らじゃあ……」

 ギルドの主が気遣う様に値踏みする目を二人に向けてきた。レイチェルは圧倒されそうなところを踏み止まり、言い返した。

「私は神官です。邪悪なヴァンパイアを討つためにここまで来ました」

 レイチェルは強い口調で訴える。

「良いじゃないか」

 突然男の声が木霊した。

 目を向けると入り口に一人の男が立っていた。

 ふさふさした口髭を生やした痩せぎすの男だった。皮と鉄を縫い合わせた鎧に身を包み、腰には柄の長い斧を帯び、長弓を背負っていた。

「ロベルトさんか。いくら何でもこのお嬢さん方にはリゴの傭兵は過酷だ」

 ギルドの主が言うと、ロベルトと呼ばれた男は応じた。

「確かにそうかもしれないな。だが、何事も試してみなければわからないさ。それに各地から正規軍が集うまでは、冒険者達の兵力を当てにするしかないのも事実だ。お嬢さん方が、背負っている弓の扱いが得意なら、それは立派な弓兵の出来上がりだ」

「自信ならあります」

 レイチェルは慌てて背中から弩を取り出して答えた。

「リールも弓には自信があるよ」

 リルフィスも長弓を見せて言った。

 ロベルトはこちらを見て頷いた。

「よし。とりあえずは俺と一緒にリゴへ来てみろ。そうしてから正式に傭兵をやるかどうか考えれば良い」

 レイチェルとリルフィスは顔を見合わせて喜んだ。

 二人はロベルトに誘われて外へ出た。

 そしてリゴへと続く町の北側の門へと来た。

 そこには幾つもの荷馬車が連なり、数多くの戦士風の冒険者達が行き来していた。

「リゴへ届ける兵糧さ」

 ロベルトが言った。

「ひょうろう?」

「飯のことだ。腹が減っては戦はできぬというだろう」

 ロベルトは愉快気にそう答えた。

 果たして傭兵生活ではどのような食卓にありつけるのだろうか。レイチェルは興味深く、布で覆われた荷台を見詰めていた。パンはあるだろうか。トマトジュースはあるだろうか。

「ロベルト、準備は整った」

 皮の鎧に身を包み、長剣を佩いた男が荷馬車の後ろから姿を現した。

「ワホリー、傭兵志望のお嬢さん方だ」

「お、そうかい。俺はワホリー、よろしく」

 ワホリーは若い男だった。いや、ロベルトも若いのだろうが、蓄えられた口髭が実の年齢より上に見せているのかもしれない。ワホリーは、眉が薄くずんぐりとした鼻が特徴的だった。

 レイチェルとリルフィスも名乗るとロベルトが言った。

「よし、出立だ。二人は俺と一緒に先頭に来てもらおう」

 ロベルトが言うとワホリーが声を上げて呼び掛けた。

「出発するぞ、各自持ち場へ戻れ! パッジ、ホディ、バリッパー、留守は頼むぞ!」

 各方面から応じる声が上がった。戦士達は、キビキビと動いて荷馬車の隣に付き添う様に並んでゆく。そして荷馬車の一団はアビオンを発ったのだった。


 二



 街道に雪は無かった。ロベルトの言うところ、毎日、精霊魔術師が火の精霊の力を召喚し、雪を溶かしに回るのだという。

 レイチェルは最前列の荷馬車の上にいた。そこから振り返ると荷馬車と左右に付き従う戦士達の長い行列が見えた。

 この荷の数と同じぐらいの戦士達がリゴ村に駐留しているのだ。また戦士の数は敵の数にも比例するかもしれない。

「今はこちらが勝っているのですか?」

 レイチェルが尋ねるとロベルトは答えた。

「優勢か劣勢かで答えれば、我々の側が劣勢だ」

「大丈夫なんですか?」

「俺達が持ち堪えるしかないな。今、中央から各地の領主達へ兵をリゴへ集結させる様に通達されているはずだ。今までは敵のヴァンパイアロードに攻め立てられるままだったが、兵力さえ集まれば今度はこちら側から攻めることができる。ヴァンパイアの土地を手に入れることができるということだ」

 ふとレイチェルは疑問を感じた。

「この戦争の原因は何なのですか?」

 ロベルトは首を捻って応じた。

「さあな。だが、光と闇は決して相容れない仲だろう? アンタも神官ならそういう教えを聞いてるんじゃないか?」

「それはそうですけど……」

 確かにロベルトの言う通りなのだ。神にも光と闇が存在する。光の神を崇めるのは大陸を大樹海から二分した人間やエルフ、ドワーフ、リザードマン達だ。ミノタウロスもそうかもしれない。レイチェルの信仰する獣の神キアロドは光の神に属する。その教えにもあった。光と相対する闇の者を討ち滅ぼすべしと。レイチェルは今までその教えに疑問を持つことは無かった。いや、疑問など持ってはいけないのだ。神に対して恐れ多いことだ。それに自分は神を崇める神官なのだから、神の教えのままに生き、人を助けるのだ。

「ま、現状攻められてるには違いない。だったらその敵を蹴散らすのがもっぱら傭兵達の仕事だ。そう深く考えるな」

 よほど辛気臭い顔をしていたのか、ロベルトが微笑んで肩を叩いてくれた。

「ところで、俺達はリゴへ兵糧を運び入れたら、再びアビオンへ戻らなきゃならん。もともとの持ち場がそこだからな。だから、もし困ったことがあったらある男を頼れば良い」

「それは誰なんですか?」

 レイチェルが尋ねた。

「誰なの誰なの?」

 リルフィスも興味深げに身を乗り出してきた。

 ロベルトは一つ咳払いをすると言った。

「その者の名前はバルバトス・ノヴァーという」

「バルバトスさんですか」

 レイチェルが応じるとロベルトは頷き話を続けた。

「人呼んで前線基地の勇者だ」

 ロベルトはバルバトスがどのような活躍をしているか話し始めた。その表情と言葉はまるで畏敬の念を抱いているかのようにも思わせた。突如ふらりと現れるや、瞬く間に五十ものオークの首級を上げ、敗走した部隊をまとめ上げ、指揮し、苦境を引っ繰り返したことを熱っぽく語った。

「まったく逆境にとことん強い男なのさ」

 そんな話を聞いていると、そろそろ太陽も真上に昇る時間帯に達した。

「あれがリゴだ」

 ロベルトが指し示す。

 レイチェルは驚いた。あれが村とは思えなかった。

 高い外壁に囲まれている。

 やがて城や砦にあるような大きな扉が見えてきた。

 外壁は見上げるほど遥か高く聳えていた。近くまで来て初めて分かったが、深い掘りが周囲に設けられていた。

「アビオンから補給物資を運んできた! 開けてくれ!」

 ロベルトが頭上に向かって声を上げると、外壁の上の方から応じる声が木霊した。

 半分以上まで上がった跳ね橋がゆっくりと降り始めると、扉が開かれた。橋が完全に下りた。

「輸送任務、御苦労。さあ、通ってくれ」

 姿を見せた戦士がそう言い道を開けた。

 レイチェルとリルフィスも荷馬車と一緒に村へと入った。大小建物が点在している。煙突から煙が上がっている建物もあった。武装した冒険者の傭兵達が闊歩し、あるいは屯していた。村を思わせる畑などどこにも見られなく、物々しい雰囲気に包まれていた。

 荷馬車が二人の後ろを通って行く。

「ワホリー、指揮を頼む!」

「わかった」

 ロベルトが二人のもとへ歩んできた。

「すっかり村の面影が無くなっているだろう?」

 その言葉にレイチェルが頷いた。

「傭兵の件はどうする?」

 その問いにレイチェルは一瞬躊躇した。当初は様子を見てから決めようと思っていたが、自分はもともとヴァンパイアロードを退治するためにやって来たのだ。だが、疑問が過ぎる。この戦いに正義はあるのだろうか。本当はお互い手を取り合うことが……頭を振った。キアロド様はおっしゃった。相対する闇の者を滅せよと。その御意向に疑問を持つことはあってはならない。

「私は傭兵になります。そしてヴァンパイアロードを討滅します」

「さすがは神官だけのことはあるな。嬢ちゃんはどうする?」

 ロベルトが問うとハーフエルフの少女は頷いた。

「リールもなるよ!」

「よし、だったら登録を済ませて来よう」

 ロベルトに案内され建物に入って登録を済ませると、ロベルトは石壁に囲まれた広大な村の中を案内してくれた。

 大きな食堂の他、大きな公衆浴場もあった。勿論、男女別に分かれている。他にはこれもまた大きな酒場と、他に鍛冶屋もあった。鍛冶屋の主はハーフエルフらしい。あいにく姿が無かったが、彼の打ち出す作品はどれも素晴らしく、競売が行われるほどだという。それもまた前線基地の戦士達の楽しみなのだとロベルトは語った。

 そして別れの時間となった。

 ロベルトの相棒ワホリーが空になった荷馬車と戦士達を整列させていた。

「アンタら、しかもまだまだ若い女性に傭兵が務まるか疑念を抱く奴もいるだろう。笑う奴もいるだろうさ。だからって焦って死に急ぐ必要はない。やれることをやればそれで良いんだ。傭兵にこう言うのもなんだが、くれぐれも命を粗末にはするなよ」

 レイチェルとリルフィスは頷いた。

「よし。じゃあな、お嬢さん方。幸運を祈る」

「ロベルトさん達にもキアロド様の御加護がありますように」

 レイチェルが言うと、ロベルトは頷きそして背を向けて荷馬車の中へ消えていった。

「ばいばーい!」

 リルフィスが手を振った。

 そしてレイチェルとリルフィスは、荷馬車の一団が門をくぐって行くのを最後まで見守っていたのであった。

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