第21話 「バルケルへ」

 霧の中に建っていたはずの宿屋から、村へ戻ると、ティアイエル達は、レイムとそこで別れた。

 依頼人は報酬を支払い言った。

「あなた方と旅ができて、本当に光栄でした」

 東方領主の娘にして、依頼人の少女はそう惜しむように礼と別れの言葉を述べた。

 一方、元盗賊の男オルティーは、レイムに許され、彼女の屋敷で働くこととなった。

 オルティーは、自分を擁護してくれたレイチェルに対して固い握手をし、篤く礼を言ったのであった。

 それからティアイエル達、冒険者四人は旅立った。

 彼女達は行く先々で、クレシェイドとヴァルクライムの所在を確かめつつ、二十日近く歩き続け、ようやく、東部の都市の一つスーファへと着いたのであった。

 そして街中の宿を一軒一軒訪ねまわっている最中に、この町が竜の被害にあったことを知ったのであった。

 仲間の戦士と魔術師はこの町に居るだろうか。そうして尋ねた宿屋、禿げる毛髪亭で、二人と再会を果たした。

 まず竜を退治した事を告げられた後、ティアイエル達は、一室へ招き入れられた。

 そこには男が一人、ベッドの中で眠っていた。それは金色の髪をした若い男だったが、突如として、ライラが男の傍へ駆け出し、その顔を覗き込んだのであった。

「ベル!」

 ライラはそう言い、魔術師に尋ねた。

「どうして、ベルがここに?」

 ヴァルクライムはこちらに話して聞かせた。邪竜デルザンドを討った際、その亡骸からこの男が現れた事、彼がデルザンドを復活させただろうということをだ。

 そして、ライラも述べた。このベッドに横たわる男が、自分の弟ベルハルトであると。

 ティアイエルの隣でサンダーは驚いたが、彼女が見る限り、レイチェルの方はそうではなかった。多少、気になったが、それよりも彼女の視線を引いたのは、クレシェイドの姿であった。

 戦士は壁際に立ち、姉と弟の行方を見守っている。彼は鎧に身を覆っているが、ティアイエルにはその姿がどうにもやつれた様に見えたのだった。

 邪悪なる竜に、あの忌々しい妖剣ギラ・キュロスを用いたのだろう。またもや、剣に鎧の内側の闇の精霊を奪われたのかもしれない。

 ライラとベルハルトの問題も気掛かりだが、肝心の弟は未だに寝入ったままである。

 ティアイエルはクレシェイドに目配せし、外へ出るように促した。

 だが、クレシェイドはこちらを不思議そうに注視するだけであったので、彼女は苛立ちながら、声を出さずに必死に口の動きだけで伝えると、相手もようやく頷き、歩み出したのであった。

 そして今、二人は宿の一室に居た。まだ昼間で、多くの闇の精霊達の現れる時間帯では無かったが、ティアイエルはベッドの下や棚の隙間などから、そこに漂う精霊達を見つけ出し、彼らを招く唄を詠んで腕に集結させた。

 彼女の手には、麦粒のような紫色が幾つも集っている。その手を戦士の鎧の左胸に押し当てた。

「すまない」

 戦士はそう言った。

 そうして沈黙のまましばし時は過ぎたが、やがてティアイエルの集めた闇の精霊が尽きた。

 しかし、彼女が思うところ、どうにもクレシェイドには充分な力が戻っていないように思える。ティアイエルには鎧の戦士が疲れているような、どうにも覇気が失せているように見えたのだ。

 一度ここで終わり、夜に精霊達を呼び寄せるのが一番手間の掛からない方法だ。しかし、彼女は自分でも無意識の内に腰を上げていた。

 そうして、自分が何をしたいのかを悟り、溜息を吐いた。

「ちょっと出てくるわ。アンタ、まだ本調子じゃないでしょう?」

 その問いにクレシェイドは頷いた。

「お前の精霊の世話になりっぱなしだったからな。身体の方もそうでなければ物足りなくなってしまったようだ」

「何、アタシのせいだっていうの?」

 彼女は少し苛立ちながら言うと、鎧の戦士は静かに首を横に振って答えた。

「いや、全ては俺が不甲斐無いからだ」

「ふ、ふーん、わかってんじゃない」

 まるで気落ちする様に言われ、ティアイエルは少しばかり戸惑った。そうして彼女は誤魔化すようにして、相手の背を向けると、そこにクレシェイドは声を掛けてきた。

「闇の精霊を探しに行ってくれるのだろう?」

「まぁ、そんなとこよ」

「俺も行こう。その方が何かと都合が良いだろうからな」

 戦士が立ち上がり、ミノタウルスから貰った太刀を腰に提げると、あの忌々しい妖剣の納まった棺も背負った。

「わざわざそれも持ってくつもり?」

 ティアイエルは、ギラ・キュロスに好感を抱いていなかった。この貪欲な剣のせいで、手間ばかりが増えた。表面上は彼女はそう答えるだろう。しかし、この貪欲な剣は、一歩見誤れば、クレシェイドの命まで吸い尽してしまうのだ。アルマンでの出来事は彼女の胸に恐怖の記憶として刻まれていた。彼女の本心はまさしくそこであった。

 こちらの問いに相手は頷いた。

「借り物だからな。それに、誰かが触れて呪いを受けぬように監視せねばならない」

「あっそ。ご苦労な事ね」

 忌々しい借り物だわ。本当に早く厄介払いしたいわね。彼女は内心でそう思った。そうして二人は外へと出向いた。

 

 

 二



 まだ昼が過ぎたあたりなので、人々の往来は多く、町は賑わいを見せていた。

 だが、闇の精霊は、隙間や陰を好むので、表通りでの探索は他人の目には不審に映るだろうと思い、彼らは裏通りに入っていた。

 そこは建物と建物が迫っている細い道で、日が陰った静かで寂しい通りであった。

 ティアイエルは歌を口ずさみつつ、手を伸ばし、小さな暗闇を漂う闇の精霊達を集めていた。この路地裏をあれほどの美しい少女が彷徨っているだなんて、一体誰が思うだろうか。クレシェイドは有翼人の少女を見つつそう思った。太陽の及ばないこの場所で、彼女の姿は一番の明るい風景を成し得ていた。

「バルケルへお行きなさい」

 突如、女のような声が聴こえ、彼は慌てて振り返った。

 そこに佇立していたのは、忘れもしない、真紅の屍術師であった。

 マゾルクだと!?

 クレシェイドは、相手の仮面を睨みつけるや、素早く太刀に手を伸ばし薙ぎ払った。

 しかし、刃は空を切り、そこには何者もいなかった。

 気のせいだった言うのだろうか。彼は周囲を見回し、敵の姿が無い事を確認した。

「バルケルへ行けだと……」

 どれぐらい茫然としていたのだろうか、ティアイエルが戻って来た。

「剣なんか抜いて何やってんのよ?」

「いや、何でも無い」

 怪訝そうに見る少女に彼は頭を振ると、彼は太刀を鞘に納めた。

 ティアイエルは右手に闇の精霊の蠢く、小さな紫色の塊を握っていた。

「昼間だから、見ての通り成果は芳しくなかったわ」

「無駄足だったか」

 クレシェイドは、ぽろりとそう口走っていた。

「悪かったわね」

「すまない、つい。特に深い意味は無い」

 ティアイエルが横目で睨みつけ、彼は失言を詫びた。それに決して無駄足ではなかったのだ。この外出のおかげで、次なる目的地がはっきりしたからだ。

 そう思いつつ、先ほどの真紅の屍術師は自分の妄想だったのではないかとも思った。だが、もしもマゾルク自身が幻影を送り込ませてそう告げたのならば、俺はバルケルへ行かねばなるまい。

 ふと、胸の辺りをグイと押された。

 ティアイエルが鎧越しに闇の精霊を押し付けたのだ。紫色の光りが金属の表面に吸い込まれてゆく。そしてその内側に幾つかの新たな息吹が芽生えるのを彼は感じたのであった。

「全然足りないわね。この分じゃ夜も少し外に出なきゃならないか」

 面倒と言わんばかりに有翼人の少女が溜息を吐いた。さすがにクレシェイドも自分のために手間ばかり取らせて申し訳なく思った。

「俺のためにいつもすまない。そのうち俺に出来ることで埋め合わせはしようと思う」

 クレシェイドが言うと、有翼人の少女は真っ直ぐこちらを見詰めた。

 射抜く様な眼差しを向けつつ、少女は生真面目な口調で言った。

「アタシも連れてくのよ」

 言いたい事がわからず、クレシェイドは戸惑ったが、相手は改めて訴えた。

「アンタが追ってる奴よ。そいつとやり合うときは、このアタシも連れてくのよ。アンタとヴァルクライムがそういう話をしてるの、何と無く分かるんだから。いい? アタシも絶対連れてくのよ」

 言って聞く様なティアイエルでは無い。かと言って頷く訳にもいかなかった。すると有翼人の少女は言った。

「決まりよ、絶対」

 そうして大通りへと歩み始めた。

「ティアイエル、マゾルクは危険な相手だ」

 クレシェイドはその背に向かって訴えたが、相手は聞いていないように路地を曲がって行ってしまった。

 ティアイエルを連れて行くわけにはいかない。レイチェルもサンダーも、ライラもだ。

 マゾルクの術は得体が知れなかった。何の前触れも無く、人の命を容易く奪い、凶暴な蠢く死者として蘇らせるのだ。

 あるいは、バルケルへは俺一人で行くべきなのかもしれない。だが、話を切り出せば、マゾルクのことを話さねばならず、あの仲間達ならば誰ひとり欠けることなくついてゆこうと言い出すだろう。

 黙って出て行くべきか。

 彼は立ち尽くし思案に暮れた。



 三



 クレシェイドが宿へ入ろうとすると、先に扉が開き、警備兵が姿を見せた。

 彼は道を開けた。警備兵は五人で、ライラの弟だという神官の男を取り囲んで連行しようとしていた。

 駄目もとで止めるべきかと思った。しかし、両手首を縄で縛られていながら、ベルハルトは、その背筋をまるで困難な行く末に毅然と挑むかのように、しっかりと正していた。そのため、声を掛ける機会を失ってしまった。

 部屋へ戻ると、そこは重たい空気で張り詰め、満たされていた。

 レイチェルとサンダーは、俯き、ライラはベッドに顔を突っ込んで、泣き崩れていた。

 何があったと言うのか。

 窓の外であの神官の行方を見送っていたかのような魔術師がこちらを振り向いた。だが、彼に尋ねるより早く、隣にいた有翼人の少女が口を開いた。

「ライラの弟、自首したそうよ」

「自首? 彼が何をした?」

 そう言い、クレシェイドは思い当った。あの男はデルザンドを復活させた。そうしてグスコムの町で殺戮と破壊をやってのけたのだ。

 しかし、黙っていれば公にはならなかったはずだ。

「罪は犯したが、生来高潔な人物だったのだ」

 こちらの心を見透かしたかのように魔術師が言った。

 そうか。と、言うしかなかった。彼が自分でそう決めたのだから。

「みんな、すまないな。私の弟のことで、こんな気分にさせてしまって」

 ライラが顔を上げ、こちらを振り返った。顔は涙で濡れ、見ていて痛々しかった。従兄を名乗る身として、その身体を優しく抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、ティアイエルの方が早かった。彼女はライラの方へ近付いて行った。

「アタシ達のことは大丈夫よ。それより、アンタの弟を助けられなくて、本当に」

 ティアイエルが言い終わる前に、ライラが頭を振って制した。

「ベルが選んだ道なのだ。私は、ベルが満足できる道に行ける事を願うしかない。無力な姉だ」

「アンタは決して無力なんかじゃないわよ。むしろ、無力なのは私達の方よ」

「そんなことはない! お前達は、私を助けてくれた! 無力なものか!」

 ティアイエルがいうとライラは頭を振った。

「ライラ、いらっしゃい」

 ティアイエルが手を広げて、ライラを迎え入れようとすると、ライラはその腕の中に入り、有翼人の少女を抱き締め再び泣いたのだった。

 レイチェルとサンダーが、どうにかできないかと言うようにこちらを見てきたが、クレシェイドは魔術師共々、弱弱しく首を横に振るしかなかった。



 四



 夜、クレシェイドはティアイエルと宿の外にいた。

 彼は石段の前に佇み、有翼人の少女の姿を眺めていた。

 彼女は夜空に向かって両腕を伸ばし、旋律を口で紡ぎつつ、闇の精霊を呼び寄せていた。

 その色白の細腕に闇の粒のような精霊の達が集い、紫色の光りの塊となってゆく。

 不意に背後で宿の扉が開き、ヴァルクライムが姿を見せた。

 魔術師は、衣類の束と鞘に収まった長剣を小脇に抱え、膨らんだ革袋を肩に背負っていた。

 どこかチグハグだが、それでも一瞬、この魔術師が独自の旅立ちに出るものだとクレシェイドは思い込み、内心動揺していた。

「調子はどうだ、友よ」

「今、ティアイエルが闇の精霊を集めてくれている。ところでその格好はどうしたんだ? 新たな旅にでも出るのか?」

 問うと、魔術師は軽く笑い声を上げ答えた。

「そうだな、いい線をいっている」

 そして改めて相手は言った。

「だが、旅に出るのは私ではないぞ」

 するとティアイエルも歩み寄って来た。魔術師は二人の顔を見ると頷いた。

「ライラの弟、ベルハルト殿のもとへ行ってくる。私は彼を独房から逃がすつもりだ」

 クレシェイドは驚いたが、隣に並ぶ有翼人の少女は冷静なものであった。

「レイチェルとジミーに泣き着かれたのね?」

「そうだな。それに私自身も、彼を死なせたくはないと思った。彼の高潔な意思に当てられてしまったらしい」

 魔術師が言うと、ティアイエルが口を開いた。

「その方がいいわよ。中央の調査官の連中でも、彼が竜を蘇らせて操った痕跡は掴めっこないと思うし……それに」

 ヴァルクライムが頷き後を引き取った。

「どの道、死んだ人間は戻って来ない。ベルハルト殿が処断されたところでな。しかし、証拠不十分でも、この平和な世に一際大きな功績を打ち立て、歴史書に刻み付けるためだけに、彼の高潔な思いは踏み躙られ、刑は執行されるだろう。それでは彼は救われぬ。悔い改めてこその人間なのだ。私は彼の新たな意思を信じる」

 クレシェイドとティアイエルは揃って頷いた。

「よし、では行ってくる」

「アタシ達も行くわ」

 ティアイエルがこちらを横目で見ながら申し出た。

「俺も行こう。ライラの力になってやりたい」

 クレシェイドも言うと、魔術師は柔らかく笑った。

「いや、心配いらん。私は奇術師ではなく、魔術師だが、町の詰め所の牢破りぐらい一人でどうにか出来るさ」

 そうして魔術師は歩み去り、夜の帳の中へと消えて行った。

 全てを魔術師に任せるしかなかった。見送るクレシェイドの左胸に有翼人の少女が両手で触れた。闇の精霊達が鎧の表面から内側へ吸い込まれてゆく。そして身体の隅々に微量な闇の力を次々拡散するのを感じた。

「ヴァルクライムなら上手くやるだろう」

 クレシェイドが言うと、ティアイエルが応じた。

「別に、心配なんてしてないわよ」

 そうしてお互い何も喋らなかったが、やがてティアイエルが手を鎧から放した。

「ほら、終わりよ」

 クレシェイドは、身体中に力が行き渡るのを感じた。今ならミノスの大太刀を幾千も振るう事ができるだろう。あるいは、ギラ・キュロスを最高の破壊力に目覚めさせることができるかもしれないとも思った。

「上手くいったかしらね……」

「ヴァルクライムのことか?」

 思わず漏らしたであろう言葉に応じると、有翼人の少女はソッポを向いた。

「し、心配してないって言ったでしょう! そうじゃなくて、アンタの方よ。身体、調子はどうなの!?」

 クレシェイドは思わず笑いそうになったのを引っ込めて答えた。

「すっかり良くなった。いつもすまないな、ティアイエル」

「フン、なら良いのよ」

 そうして二人が宿の扉を潜ろうとした時、その視界の隅に、こちらに戻ってくる魔術師の姿を捉えた。

「ああ、問題無い」

 二人の視線に気付くと魔術師はそう言ったのだった。



 五


 

 ライラの弟、ベルハルトは無事に牢から抜け出した。

 魔術師の報告に、仲間達の、主にレイチェルとサンダーの喜びようは凄かった。姉のライラもまた、正直な嬉し泣きの後、表情を明るくさせたのだった。

 クレシェイドの隣で、ティアイエルもまた嬉しそうに顔を歪めていた。

 そんな彼女達を見て、三百年にも及ぶ放浪の後、自分は良い仲間を持ったものだと彼は心底思ったのだった。

 しかし、バルケルへ行くのは自分だけの方が良い。彼と約束を交わした魔術師と、有翼人の少女にも黙って出て行くべきだと考えていた。だが、問題は、一行の今後の行き先である。もしも、彼らがバルケルへ行くのなら、まさか理由を話して止めるわけにもいかない。その時は、この身を剣にも盾にもして仲間達を護るのみである。

 石になったハーフエルフの少女を思い出す。もう、あのようなことは御免であった。

 しかし、もしも俺がマゾルクに及ばなかったとすれば……。彼は仲間達を眺め、胸中で苦悶した。だが、いずれにせよ行動を起こすか否かは今夜だ。この仲間達がどのような道を目指すのか、それを聞かねばならなかった。

「それで?」

 サンダーが仲間達を見回しながら口を開いて言った。

「これからどうするの? 竜も倒しちゃったわけだしさ」

 その問いにはまず魔術師が答えた。

「そうだな。まず現在は、西方のサグデン領へ戻るか、このまま東に進み、ディーレイの町に行って、そこで更に東に進んでバルケルを目指すか、それともディーレイで北か南へ進むか、選択肢はこんなところだ」

 仲間達はそれぞれ思案顔を浮かべ始めた。

「私は、海が見てみたいな」

 おずおずとそう述べたのはライラであった。

 クレシェイドは危惧した。バルケルは港町だ。ディーレイから南へ進んでも他の港町が終着地だが、そうなるとそこから彼らがエイカー、ウディーウッドを目指して西へ戻る事は無いだろう。街道沿いに東へ進み、北へ行き、そこがバルケルだ。

 だが、俺はバルケルへ行かねばならない。そして、どうにかして仲間を切り離したいのだ。

「良いね、俺も久しぶりに船が見たいかも。姉ちゃんはどう?」

 サンダーが賛同し、レイチェルへ問う。

「うん、良いね」

 神官の少女も頷いた。

「そうなると、バルケルだね」

 サンダーが言った。

 クレシェイドは覚悟を固めた。もしもマゾルクの手が迫ったのなら、この身を捨ててでも仲間達のために戦おう。

 ティアイエルも同意した。

「さて、友よ、お前さんはどうする?」

 魔術師が尋ねてきた。

 ディーレイから北を目指そう。そう提案し、ディーレイの町で仲間達に黙ってパーティーを離脱することを考えていたが、結局口から出たのは、

「バルケルへ行くのか。俺は特に異存は無い」

 というものであった。

 この仲間達を奴から護り抜く自信はあるのか、クラッドよ。

「では、我らの行き先はバルケルに決まった」 

 そう言う魔術師の声がやけに遠くに聞こえた。仲間達がライラに海と船の話しを聞かせている。

 クレシェイドは無言で廊下へ出た。

 そして壁に打ちつけられた燭台の灯りを見詰めつつ、今一度己に問うた。

 彼らを本当に護れるのか、クラッド。お前はリルフィスを護り切れなかったのだぞ。

「クレシェイド」

 いつの間にか、背後にはヴァルクライムが立っていた。

 看破されたな。と、クレシェイドは大きく溜息を吐いた。

「バルケルへは行きたいが、できれば俺一人で行きたかったのだ」

 まるで自棄になったかのような口調で本心を言い、思わず己を恥じた。ヴァルクライムに当たったところでどうする。

「マゾルクと接触したのか?」

「そうだ。いや、そうなのかもしれない。奴が幻影を送り込んで語らせたか、それとも俺の思い過ごしなのか……はっきりとした確証は無い。だが、もしも奴が言ったのなら、奴はバルケルへ来いと、そう言ったことになる」

「辛い選択を迫ってしまったようだな」

 ヴァルクライムが言った。

「いや、構わない。俺は奴が幻影を送り込んで語らせたと思っている」

「あるいは、転移の魔術やもしれんな。高度な術だ。私が唱えれば殆ど全ての力を使い果たしてしまうだろう」

「確かに、奴は一瞬で姿を現わしたり消したりできる術を心得てはいた」

 クレシェイドはムジンリの一件を思い出しつつ言った。つまりは、幻影ではなく、自分の前に現れたのは奴自身だということになる。あの時、奴の出現に動揺せずに、速やかに刃を振り抜いていれば……。彼はそう悔んだ。

「理由を話したところで彼らは尚の事バルケルへ行きを切望するだろうな」

 ヴァルクライムが言い、クレシェイドは頷いた。

「良い仲間達だ。俺には勿体無い程の。だからこそ、危険な目には遭わせたくは無い」

「友よ、お前の気持ちはよくわかった。バルケルまでの道のりはまだある。その間に共に何か妙案が浮かぶのを期待しよう」

「そうだな、ヴァルクライム」

 クレシェイドは頷いた。

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