第7話 「潜入」 (前編)

 イーレの住まいは酷い有様となっていた。室内には戦いの跡が色濃く残っており、絨毯は派手に裂け、棚の物は残らず落ちて散らばっている他、中でも厄介なのは、怪物の流血が放つ強烈な悪臭であった。地面や絨毯、そして壁にこびり付いたそれは、腐った魚や、沼地に漂う汚泥のにおいを思わせた。

 だが、一行はシャロンの病状を考え、結局はそこで一夜を明かしたのであった。

 レイチェルの神聖魔術で、シャロンは体力だけは取り戻した。それに連なって病状も快方に向かっていたので、翌朝、日が昇る頃には四人は早々と穴倉を後にしていた。

 革製の茶色の頭巾と外套を羽織ったイーレを先頭にし、彼女の案内で森を進む。やがて見覚えのある川沿いに出ると、丘陵を行って滝の上を通り越し、更に歩みは続いた。

 河に出た際には、レイチェル達は勿論ヒュドラのことを考えた。完膚なきまで打ちのめしたとはいえ、警戒しないわけにはいかなかった。滝壺からは離れていたので、怪物の様子を窺い知ることはできなかった。しかし、イーレが言うには付近の水面には薄れた青い濁りがあり、ヒュドラはまだそこに居座っているとのことであった。今頃は打たれた首を再生させているのだろうと、彼女は言った。

「ヒュドラを倒す方法は、身体の深くにある心臓を刺すか、それとも魔術で粉々に吹き飛ばすか、一般的な方法はこの二つになるわね」

 イーレが言った。太陽が昼へと変わった頃、一行は河沿いで軽い休憩を取った。

「俺の場合は心臓まで届く長剣が必要って訳か。ところで、あとどのぐらい掛かるんだ?」

 簡単な物で昼食を取りながら、サンダーがイーレに尋ねた。

「もう少し進んだら、東へ進路を変えるわ。道はムジンリの向こう側へ出るようになっているけれど、半日以上というところかしらね」

 イーレは少年を見て淡々と言った。

「あの警備兵の兄ちゃんが言ってたの覚えてる? ムジンリの町がさ」

 サンダーがレイチェルに話し掛けてきた。

「えっと、ムジンリの半分が盗賊の手に落ちた」

 レイチェルは思い出しながらそう答える。恩人であるワインザックの亡骸はまだあのままなのだろうか。

「そうそれ。今はどうなってるか分からないし、街道に出るよりも、このまま直接アルマンまで森を行った方が無難なんじゃないのかな」

 それもそうだとレイチェルは思った。ムジンリとアルマンの街道が、もしも敵に制圧されていたのなら、自分達は疲れ果てた身体で敵の中へと飛び込んで行くようなものになる。

 だが、自分だけが耳にした、あの凶悪な叫び声の主は今も森の中にいるだろう。ヒュドラやスキュラでもイーレの多大な助力が無ければ勝つことも、逃げ切ることも難しかった。そして件の主は、この二者と同等か、あるいは凌駕するほどの凶暴さを秘めているとも思えた。遭遇して誰かが犠牲になるかもと考えると、身震いし、この周囲に広がる真昼の自然の光景すら、廃墟の霊園にでもいるかのように、不気味で恐ろしく思えてきた。

「サンダー」

 イーレが少年に乾燥したフルーツの砂糖漬けを渡した。そして彼女は言った。

「アルマンへ迂回するように行くのなら、もう三日ぐらいかかるわね」

 彼女はレイチェルを見た。

「そして、あなたが聞いたという声も気にすべきね。怪物達は鼻も耳も人は比較にならないほど優れているし、獲物を前にして声も身も潜めるぐらいの頭脳だって、大概のものはもっているもの。今も近くに迫っているかもしれない」

 一行は決断すべく思案に暮れた。

「わらわは、歩くだけならどうにでもなる」

 そう口火を切ったのはシャロンであった。全員が目を向ける中、彼女は言葉を続けた。

「街道が無事であっても、突然のわらわの存在が兵達に要らぬ混乱を招いてしまうやも知れぬ」

「でも、逆にアンタがいないことで領主もヤキモキしちまうこともあるよな」

「それはわかっておる。じゃが、警備兵達がそうであったように、誰かが内通している可能性もあるのではなかろうか? あの時、ワインザック唯一人がいなければ、わらわ達の命運はあそこで潰えていたに違いないのじゃ」

 お嬢様が言い、サンダーは再び思案顔になった。

 イーレは黙ってシャロンの顔を見詰めていたが、やがて静かに言った。

「このまま森に沿ってアルマンへ抜けてみる? 私達は弱くないけれど、たった三人で大勢の人間と対峙できるほど首が回るわけでもないし……でも、ここなら逃げ場は何処にでもあるわね」

 彼女が木立や草むらを見渡しながら言うと、シャロンは一瞬迷いを見せた後、領主の娘であることを窺わせる様な決然とした表情をした。

「レイチェルの言う化け物は、恐らく実在するじゃろう。じゃが、イーレの申すとおり、逃げ隠れしつつ進むだけなら、何とかなるやもしれぬ。場合によっては、敵の目を欺くため夜陰に紛れつつも進むことも考慮しなければならぬな」

 シャロンは、一同の意向を確かめるように順繰りに顔を見回した。レイチェルは幼くも気高い眼光を受けて、身体中に力が湧き立つのを感じた。

 これで話しは決まった。一行は再び歩みを進めようとした。しかし、俄かにイーレが表情を険しくし、立ち止まって河の上流を睨み付けた。

「茂みに隠れて。流れに違う音が混じっているわ」

 レイチェル達も河を振り返ったが、間髪いれずにイーレが声を鋭くし、再び隠れるよう促した。四人は側の草むらの中へと踏み入り、そこで身を低くした。そのまま聞き耳を立て、流れの先へ目を向けていると、上流の方から明らかに下ってくる小船の影が見えてきたのだった。

 こんなところに?

 レイチェルも、他の誰もがそう思って半信半疑な表情で目を向け合った後、固唾を呑んで密林に挟まれた広い流れを来る者達の姿を待ち受けた。

 簡素な小船は全部で五艘もあった。先頭に一艘で、後は2艘ずつ横並びに続いていた。

 とりあえずレイチェルには、長い棒のような櫂と、それを持ち、直立して漕いでいる人影が見えた。

「船に乗って居るのは、船頭の他に六人ほどじゃな。どいつもこいつも揃って黒ずくめのようじゃ」

 シャロンが言った。

「そうね。私が知らない間に、何らかの狂信者の集会所ができたのかもしれないわね」

 イーレが続いて述べた。

 レイチェルとサンダーは二人の目の良さに舌を撒いた。再び様子を眺めるが、未だに船は影にしか見えなかった。

 そして船の影は徐々に対岸の方へと逸れて行き、やがて深い葦の茂みへと縦に並んで接岸し始め、乗船者達は生い茂った草の中へと消えていった。

「関わり合いにならない方が良さそうだけど」

 イーレが静かな声で言った。

「俺、よく見えなかったんだけど、ヤバそうな連中なのか? 盗賊みたいなとか?」

 少年の問いにイーレは頷いた。

「そう、盗賊に見える者もいるわね。軽い身なりだけれど、武装しているわ」

 冒険者の二人と、シャロンとが顔を見合わせ、彼女の意見に従うことを認めた。イーレは三人の意思を察するように頷いた。そして、そのまま河を横目にしつつ、茂みの中を進むことにした。

 しかし、四人が自然の陰に身を晦ませる前に、新たな船影が視界に入ってしまった。足を止める間もなく、そこから女達の必死な叫び声が徐々に大きくなって響いてきたので、一行は再び身を伏せて河の上流へ目を向けた。

 それは助けを請う女達の声であり、男の乱暴な怒号が続いて幾つか飛び交い、強引に悲鳴を止ませていた。

「誘拐かもしれないわね」

 イーレが冷静な眼差しを向けながら言った。

「ムジンリを乗っ取った盗賊の仲間かも?」

 サンダーが彼女の横顔を見て尋ねた。

「武装している者達はその可能性はあると思う。でも、もう一種類の方、黒い外套に身を覆っている者達は、邪な神を崇める者達という印象が強い気がする。二つの異なる集団が手を組んだというところかしら……」

 レイチェルは先程のシャロンの言葉を思い出していた。

 彼女は確か全員が黒装束だと言っていた。そこで思い当たったのが、迷宮でライラを甦らせた者達の姿である。奴らは誰かに使役されているようなことも言っていた。そしてあの業火を纏った骸骨もだ。あいつは人の姿で絶命した後に怪物へと甦ってみせた。

「レイチェル、顔色が悪いぞ?」

 シャロンに指摘され、レイチェルは我に返った。しかし、迷宮で戦った者達と関係があるならば、文字通りの死闘が待っている筈だ。それにこんな辺鄙な場所で集まることには、奴らがそうであったように、きっと人目を憚る邪悪な思惑があるに決まっている。ライラの封印を解き、自分達の操り人形に仕立て上げようとしたように……リザードマンのホムンクルスを独自に生成していたことも忘れてはならない。

「姉ちゃん、もしかして前の依頼で遭った奴らのこと考えてる?」

 サンダーが不安げな表情で尋ねてきた。

 他の二人が興味深げにこちらを注目する中、まずレイチェルは頷いてみせた。

「お主ら、あの者達に心当たりがあるのか?」

「まぁね。お嬢さんらが言ったままの外見だとすればね。ちょうど一つ前に受けた依頼で、似たような服装の奴らとやり合ったんだ」

 サンダーが答え、彼自身もまた青褪めた表情で話を続けた。

「正直、奴らは強かった。ってか、厄介だったよ。自分らで手下を作っちまう研究してて、その上、首領が殆ど不死身の骸骨に変身しちまってさ。炎は飛ばすわ、ドデカイ斧を振り回すわ、二回ぐらい生き返るわで、とりあえず勝ったけど本当にギリギリだった」

「要約すれば、私達だけで挑むのは無謀ということになるけれど」

 イーレが、少しばかり困惑の色を浮かべて言った。彼女はきっと人質と思われる女性の声を思い出しているのだろう。自分達が居合わせたのは、捕らわれた人々にすれば、最初で最後の偶然となるのは間違い無いだろう。

 しかし、こちらには領主の娘がいる。彼女を同行させるわけにはいかないし、この場に残すとなると誰かが残る必要がある。たった二人で救出に向かったところで勝ち目はあるだろうか。

「わらわなら、一人で身を隠しておる故、お主らは揃って助けに向かうが良いぞ」

 シャロンが言い、レイチェルとサンダーは顔を見合わせた。お嬢様は、殊更明るい表情を浮かべていた。余裕が窺えるが、痩せ我慢しているわけでもなさそうだ。彼女は純粋に捕らわれ人の救出を願っているのである。しかし、以前の激闘を念頭に置くとなると、レイチェル達はその勇気と義に溢れた決断をも肯定するわけにはいかなかった。サンダーが頭を振った。

「いや、簡単に決着が付く相手じゃないぜ。それに俺らも戻って来られないかもしれない。もしも連中が、前に出遭った奴の仲間なら、そのぐらいヤバくなる」

「だったら、わらわも同行しよう。邪魔にならぬようにする」

 怪物のうろついている森に残すよりはその方が良いのかもしれない。

「じゃあ……」

「待って」

 レイチェルが承諾しようとすると、その声を鋭く遮ってイーレが話を続けた。

「あなたは連れて行けないわ」

 彼女はシャロンを見て言い、そしてレイチェルへ目を向けた。

「私が何とかするから、あなた達は河を頼りにアルマンを目指しなさい」

 そして彼女は立ち上がる。背負っている弩と矢筒とが見えた。イーレはそのまま河へ向かおうとしたが、その手をサンダーが掴んで引き止めた。

「駄目だって! もしも連中の仲間なら本当にヤバイ、殺されるって!」

「心配してくれてありがとう。だけど、こうすることが合理的じゃないの?」

 イーレは冷静な声で応じた。

「それはそうだ。この中で一番強くて、経験がありそうなのは認めるけど」

「だったら……」

「だから、俺も一緒に行くよ」

「どういうこと?」

「もしも、追い詰められたときは、時と場合によるけど、どっちかが囮になってもう片方を逃がすんだよ。上手くいけば捕まった人も一緒にさ」

 サンダーは更に力強く訴えたが、イーレは首を横に振った。

「そんな無様なことにはならないわよ。それに、あなたは女二人だけで慣れない森を進ませるつもりなの?」

「それは……」

 相手の刺し貫くような眼光を見て、サンダーは口篭った。

 イーレだけには任せては置けない。レイチェルもそう思い口を開いた。

「お嬢様のことは私に任せてください」

「あなた、自分で言ったことを忘れてしまったの? 得体の知れない怪物がいるのかもしれないでしょう?」

 レイチェルは言葉を続けられなかった。「上手く避けて行きます」などと無責任なことは言えなかった。

 イーレは多少表情を緩めて言った。

「私のことは良いのよ。こういうの、初めてじゃないんだから」

 彼女は静かにそう言うと歩んで行った。涼やかな足取りで、茂みを抜け、河岸へと到達する。その肩越しに、小船が向こう岸に着けられているのが見えた。彼女は泳いで向こうまで行くつもりなのだろうか。

 イーレは岸に臨むと、おもむろに一つの剣を抜いた。それは鱗斬りに似ていて、屈強な握り手と、広い刃をしていたが、少々形状が異なっていた。その剣を彼女は天に掲げる。少しの静寂の後に、刀身は明るい空色の光りを帯びていた。

 水の魔術に間違いないだろう。もしや、彼女は河の流れを裂いて道を作ってしまうのだろうか。

 イーレは立て膝をつき、剣を流れに突き立てた。

 すると、水面に一筋の真っ白い筋が走り、それはあっと言う間に向こう岸にまで到達してしまっていた。彼女は風のようにその上を駆けて行き、気付けば対岸の葦の中へと消えていた。

 白い筋はどうやら氷のようだ。

「サンダー、お主も急ぎ後を追うのじゃ!」

 シャロンが声を上げて少年の顔に迫った。

 サンダーは、葛藤しているようであった。イーレの言うように、たった一人の男だから責任を感じているのだろう。

「いや、あいつならたぶん……」

 迷いを振り切るようにサンダーがお嬢様に言いかけると、その胸を相手は両手で突き飛ばした。

「わらわ達はここで待つ! お主らが戻って来るまで絶対に動かぬ! 例え飢え死にしようとも待ち続けるぞ!」

 サンダーは迫力に圧されながらも、確認するようにレイチェルの方を見た。そしてこちらの思いを察したように、身を翻し、凍りの道を駆けて行った。その背が草の中へ消えると共に、氷は砕けて流されていった。

 


 それから少し経ち、陽はすっかりと紅く染まっていた。日没までは後僅かという時刻である。

 レイチェルと、シャロンは、未だに茂みに潜んでいた。そして河の様子を忙しく眺めていたが、対岸の葦の草原には二人の姿も、敵と思われる一味の姿も現れなかった。

 レイチェルは焦り始めていた。二人のことも心配であったが、長い一夜をここで明かすことはできないと思っていた。スキュラにヒュドラと、既に河辺に良い思い出はなかったからだ。それに人は闇夜においては絶望的に盲目である。

 しかし、シャロンは断固として聞きはしないだろう。それにサンダーにもここで待つと告げてしまっていた。下手に姿を消してしまい、要らぬすれ違いから混乱をきたす事態は避けたかった。

「様子を見に行った方が良いのではないか?」

 お嬢様が言った。もしも、二人が敵の手に落ちてしまっていたら……。レイチェルも計り知れない不安の波に気が狂う思いであった。今助けに行かなかったがために、二人を永遠に失うことになってしまったら……。

「助けに行こう。足手纏いにはならぬ故、わらわも同行させてほしいのじゃ」

 魅力的な提案を受け、レイチェルの心は大きく揺れたが、彼女はそれらを抑え付けて首を横に振った。

「いいえ、まだ待ちましょう」

 そう口にしたときであった。シャロンが、驚愕に目を見開いた。その視線は自分の背後に注がれている。

 振り返ると、紅く陰った日差しの下、対岸の葦の中に人影が見えたのだった。

 その人物が軽く身動きを取ると、水面に氷の筋が煌き、こちら側にまで伸びてきた。

「イーレじゃ!」

 シャロンは歓喜し、レイチェルも心が一気に明るくなった。吉報を運んできたのだろうか。そうであることを信じ、願ってもいた。

 二人は岸辺まで出迎え、イーレは小走りで凍った道を駆けて来た。しかし、現れたのは彼女一人であった。サンダーに何か起こったのだろうか。

「彼は見張りに着いてるわ」

 こちらの胸中を察したように、まず相手は落ち着いた声で言った。

「一つだけ、合言葉が必要な扉があったの。彼にはそれを知るために隠れてもらっているから。心配しないで、比較的安全な場所よ」

 レイチェルの隣でシャロンは胸を撫で下ろす仕草をしていた。そしてお嬢様はふと気付いたように尋ねた。

「こんなことを言うのもなんだが、お主はどうして戻ってきたのじゃ?」

「彼に、あなた達がここを動かないって聞いたから。備え無しで一晩過ごさせるには、とても無用心だと思ったのよ」

 そう言うと、イーレは静かな口調で魔術の調べを口ずさんだ。

 すると、河の中腹の水面に静かに泡が立ち始めた。一瞬、激しい飛沫が空を舞い、それらは陽を反射し、まるで宝石の涙のように煌きつつ落ちてゆく。しかし、再び水面に当たって弾ける前に、ゆっくりと大きな影を形作っていたのであった。

 水面より生える四つの脚が見えるのに続き、がっしりとしながらも、優美な身体が現れ、鬣のある首と面長な鼻、ふさふさの尻尾を持つ動物になった。

 まさしく馬である。ただ、違うのは身体が清流のような青色をし、鬣も尻尾も含め、毛という毛が水となって緩やかに波打っていることである。

「おおう! 何じゃこの馬は!?」

「水の精霊ケルピーよ。この辺りのように、人里離れた森の河川では、水の精霊も多く暮らしているの。こうして精霊達が姿を形作るには、相応の数が必要になるのよ」

 イーレが言うと、河の馬、ケルピーは水面をゆっくりとした足取りで近付いてきた。その脚は沈むこともなく、小さな波紋の一つも起こさなかった。イーレはその首を労わるように撫でた。不思議なことに水の毛並みなのに、手で触れるとそこは本物の動物の毛となって揺れ、そして再び水へと姿を変えるのであった。

 ケルピーは、冷厳な眼光をレイチェルとシャロンへ向けていた。気高そうで、触れるには認められる必要がありそうであった。

「このケルピーがあなたを護ってくれるわ」

 イーレはシャロンに向かって言い、そしてレイチェルへ目を向けた。

「悪いけど、あなたの力を貸して欲しいの。敵は邪教徒というよりも、闇の魔術師。サンダーから詳しく聞いたのだけれど、以前にあなた達が戦った者達と繋がりがありそうよ。少なくとも彼の方はそう断言しているけれど」

 炎を纏った髑髏の騎士、そして隠し部屋にいた闇の精霊を操る手強い不死者のことを思い出す。それらを倒したのは神聖魔術であった。今回も不浄なるものと対峙する可能性があるかもしれない。不安と緊張とで胸の鼓動が激しくなり始めた。

 しかし、レイチェルはすぐには承知できなかった。

 彼女は水の精霊の化身である河の馬を見た。鋭い双眸がこちらを見詰め返す。

「安心して、私達が戻るまで消えたりはしないから。それに、ケルピーならヒュドラ格の相手も容易く勝ちを収めることができるから」

 わざわざ情報を誇張したりはしないだろう。イーレは静かで正直な人だ。

「わらわの心配なら要らぬ。捕まった者達のこと、どうか頼んだぞ」

 シャロンは、こちらを見上げ、力強く答えてみせた。

「なるべく早く終わらせてきます」

 レイチェルは意を決して言うと、イーレの後に続いて氷の道を進んで行った。

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