1-13 取材デート 午前の部



 妹にケーキを買う約束をしてから家を出て、駅前まで徒歩数分。


 待ち合わせ10分前に着いた俺は駅前広場の時計の下に、もう暖かいというのに相変わらず赤いマフラーを首に巻いた、小柄でポニーテールの少女を見つけた。

 彼女は無心でゲーム機をいじっていたが、俺が近づいたことに気がついたようで、すぐポケットにしまってこちらに顔を向けた。


「よお、待った?」


「めっっっっちゃ待ちました。遅いですセンパイ!」


「そこは『今来たとこです』だろが……」


 この後輩の辞書にに遠慮という文字は存在しないらしい。いや知ってたけど。


「もう待ち時間で上位クエ全部終わっちゃいましたよー」


「お前何分前から来てたんだよ!?」


 少なくとも数時間はかかる作業だよなそれ。いくら取材とはいえ気合い入りすぎだろ。


「まあそれは半分冗談っスけど、女の子待たせるのは良くないですよ?」


「10分前に来たんだけどなぁ……」


「はい口答えしない! 代わりに今日はとことん付き合ってもらいますからねっ!」


 紅音はそう言って、ビシッと指をさした。

 まあどちらにしろ今日はコイツの予定に付きっきりのつもりだったし、あんま変わらない。


「……分かったよ。ところで今日はどこに行くつもりで?」


「うーん、そうですねぇ………………歩きながら決めましょ」


「まだ決めてなかったんだな……」


 相変わらず気ままな猫みたいなやつだが、もうだいぶ慣れてきた。

 なんだかんだ中学からの付き合いだからなぁ。ほとんど防衛本能みたいなものかもしれん。


 とりあえず俺らは駅前広場を離れるように歩き出し、様々な店が並んでいるデバートの方へ向かった。

 確かにこっちなら色々なものがあるから、行く所には困らなそうだ。


「そういえばセンパイ、あの描いてた漫画がどうなったか気になりますか?」


「描いてた漫画?」


 ここ最近で紅音が描いてたのっていうと………………ああ、アレか。


「いや全然気にならないな」


「もー、つれないこと言わないでくださいよっ」


「あだっ!」


 バシッ! と思い切り背中を叩かれて思わず前によろける。

 本当に手加減というものを知らんのか、コイツは。


「これがアレを少し進めた下書きなんですけど〜」


「俺に拒否権は無いのね……」


 まあ分かってたことだから別にいいけどさ!

 俺は紅音がカバンから取り出した紙束を受け取り、それを恐る恐る眺めた。


「…………うへえ」


 内容はだいたいこんな感じ。

 誰かのペットとして飼われたい女子高生の女の子が、ある日センパイが隠れS属性であることを知って仲良くなろうとする。しかしSであることを隠しているセンパイはそれを拒み続けるも、自分に対して全力でぶつかっていく姿に祖母の家にいるワンコを思い出して、飼うことを決心。

 それから2人の飼育的主従関係が始まるのだった……………………。


「どうですかどうですか?」


「……………………」


「面白そうじゃありません!?」


「……………………」


 唯一言うことがあるとすれば「前より酷くなったな」という一言。

 ってか祖母の家で飼ってるワンコを思い出したってなんだよ。動物愛護団体に謝れ。


「何とか言ってくださいよぉ!」


 紅音がぴょんぴょん跳ねながら、肩をグイグイ引っ張ってくる。痛い痛い。


 俺は何を言っていいのか分からなかったが、とりあえずこの場をやり過ごそうとテキトーに言うことにした。


「え、うん。いいんじゃない?」


「ホントっスか!? やったー!」


 嬉しそうに跳ねている後輩。

 俺の目は間違いなく死んでいるが、幸せならいいんです。


「じゃ、じゃあ今日はこれのワンシーンもやるつもりなんですけど…………いいってことですよね」


「は?」


 紅音が首元のマフラーを弄りながら、モジモジとこちらを期待の眼差しで見てくる。

 一見すると奥ゆかしき乙女のような仕草だが、その根底には絶対に何かあると俺の本能が言っている。


「お前、まさか…………!」


「さっすがセンパイ。付けて来ちゃいました♡」


「ばっかやろう……」


 マフラーを少しだけ引っ張って、首元をチラリズム。

 そこには、つい最近に見たことがあるような黒い革製の首輪。チョーカーだと思いたかったが、マフラーに紛れてリードのような紐が見えるからそれは無いと脳が警告する。


「ほらほら、ここを握って乱暴に引っ張って行っていいんですよ?」


 紅音はリードの先にある輪っかを俺の手のひらまで運び、ニコニコと握られるのを待っている。

 さながら散歩を待っている犬のようだ。


「……………………」


 汗が首筋を流れる。

 コイツは本気で言ってないし、俺をからかってるだけなのは知ってる。

 でも、漫画のためにやってるというのは本当のはずなんだ。せっかくの才能を俺のつまらない意地で無駄にしていいのか?


「センパイ早く早く〜」


「くっ……!」


 これは果たして、人としていいのだろうか。確かにこれは漫画のための取材とはいえ、ここまでやっては俺の尊厳が……!


 俺がリードの輪っかを手に乗せたまま葛藤していると、不意に横を通り過ぎた親子の声が聞こえた。




『ママ〜、おままごとやってるお兄ちゃん達がいるよー?』


『こら見ちゃいけません! アレは特殊なおままごとだから!』




「………………………………よし、行くか」


「ええっ!?」


 俺はリードを紅音の首に巻き付け、冷静にその場から立ち去った。

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