#2

1-11 リアリティが大事


 放課後。俺はいつものように漫研の部室で本を読んでいた。

 部室内では紅音が新作のゲームを夢中でプレイしており、恋白はスマホをいじっている。


「なあ紅音」


「なんすかー?」


「この前の漫画って結局完成したのか?」


「えー、気になるんですか〜? センパイも意外とああいうの好みなんですね〜」


「いやモデルにされたんだから当たり前だろ」


 未遂とはいえ、流石に後輩の女子にリード付きの首輪をハメたのなんて初めてだ。

 結局恋白が止めてくれたから何とかなったが、あの時の俺は確実にどうかしていた。

 危うくとんでもない弱みを面倒なやつに握られるところだったぜ……。


「まあ進行度は、ぼちぼちってとこですかね」


「それで文化祭に間に合うか? アレ一応そのためのやつだろ」


「あ、いや違いますよ。あんなギリギリアウトなの出したら即停部ですから」


「自覚はあったんだな……」


 俺は「じゃあ何のために」とも聞こうかと思ったが、コイツは目的が無くても全力で取り組むタイプだし、きっと理由なんて無いんだろう。

 まあ強いて言えば夏コミか。そもそも本を出せるのかは知らないけど。


「ていうかセンパイ達も漫研部員なんですから、何かやりましょーよー!」


「そうは言ってもだなぁ…………」


 少なくとも恋白は人数合わせで入ってるわけだし、活動を強要するわけにもいかないよなぁ。

 いや俺も漫画なんて描けないし描くつもりもないけどさ。


「…………私は別に、いい……けど」


「マジで!?」


「やったー!」


 恋白は漫画本から目を離さぬまま、静かにコクリと頷いた。

 どんな風の吹き回しか知らないが、まさかの彼女が漫画作りに協力するらしい。


「お前、絵なんて描けたっけ?」


「…………少しだけ、なら」


 そう言って恋白は近くに置いてあった鉛筆を持ち、その辺の紙に何かを描きだした。


「おお……!」


 そこに写し出されているのは、まさしく俺の姿。毎朝鏡で見ている平凡極まりない顔だ。

 こちらを一切見ていないのに、記憶だけでこんな完成度の高い絵を描けるってかなりすごいのではないか。

 漫画というより画家に近い気もするけど。


「…………こんなもん」


「いやはや、すごいっスね!」


 いやマジですごい。毎日描いてるんじゃないかってくらい上手いし、自然な動作で何より速かった。

 これで恋白の参加は決まったようなもんだし、そうなったら俺だけ参加しないわけにもいかないよなぁ。


「…………分かったよ。でも俺はせめてイラストだけにさせてもらうぞ」


「センパイのケチー。意気地無しー」


「言ってろ」


 いくらボロクソに言われようが、それだけは譲れない。

 だって普通に恥ずかしいし。


「でも恋白だって漫画は作ったことないだろ。専門的な技術とか大丈夫なのか?」


「そこは私が教えますから安心してください!」


「それを大丈夫なのかと聞いてんだよバカ」


 紅音が平たい胸をドンッと高らかに叩いた。

 コイツは自信満々のときに限って何かをやらかすから、全く信用ならない。

 大体は俺が被害に遭っているからいいが、恋白にはその役は重いだろう。


「…………だいじょぶ。紅音は、頼りになる…………………………多分」


「せめて最後まで信頼してくださいよ……」


 今までの行いが行いだけに、これに関しては自業自得なので無言。

 まあオタクは布教が大好きと言うし、漫画を教えるだけなら下手なことをしないとは思うんだが。


「じゃあ今度一緒にお買い物に行きましょうよセンパイ!」


「え、何で俺が? てか急すぎるだろ」


「急じゃないですよ。漫画を書くときは取材が命なんです。これがリアリティの有無を大きく分けるんですから」


 へえー。流石にオタク歴=年齢を自称する漫研部長だけあって、それっぽいことを言うじゃないか。

 しかしやっぱりよく分からない。


「それなら恋白と2人で行けばいいじゃん」


「分かってませんね〜、こういうのは男目線の意見が欲しいんですよ。女目線は自分が1番よく分かってますから」


「………………(こくっ)」


 なるほど。そういえば紅音の書いてたギリアウトの漫画も男キャラが重要人物だったらしいし、その考えは一概に間違ってるとも言えないか。

 ていうか、そもそも一緒に買い物行くくらいなら何もなくても付き合うしな。


「はいはい。じゃあ今度の休みにでも行くか」


「やったー!じゃあ午前は私で、午後はコハク先輩とですね!」


「なんでわざわざ分けるんだよ」


「だって主に漫画のデートシーンを再現するので、2人じゃないとダメでしょ」


「そんなもん?」


「そんなもんなんですよっ」


 紅音は何がそんなに楽しいのか、嬉しそうにニコニコしている。

 恋白もさっきから漫画に向けていた視線がチラホラしているから、きっと楽しみなのだろう。最近は一緒に買い物とかしてなかったから、たまにはいいか。


「じゃあ早速コハク先輩に漫画のこと、手取り足取り教えちゃいますよ〜」


「……………………ん、お願い」


 手をワキワキさせてるのが気になるが、やっと部活らしいことを全員でできるのは良いことだ。


「じゃ、今日はみんなでゲームしましょー!」


「しょうがないな。ちょっとやったら帰るぞ」


「……………………ん」


「やったー! なら準備するのでしばしお待ちを!」


 張り切ってテレビゲームの準備をしている後輩を眺めながら、俺は何処へ買い物に行こうか密かに考えていた。

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