1-5 上下関係とは

 1-5


「おーっす」


 放課後、俺は自らが所属する漫画研究部の部室のドアを開けた。

 部室内を見渡すと、そこは漫画やライトノベルがぎっしり詰まった書斎のような場所。

 そして中心にはパイプ椅子と簡素な机が置いてあり、そこに座る人影が一つ。


「センパイ遅い!」


 メガネをかけた小柄の少女────間曽まそ 紅音あかね。彼女は俺を見るなり、長いポニーテールとチャームポイント(らしい)赤いマフラーを揺らして近づいてきた。


「何してたんスか! 今日は漫画のモデルになるって言ったじゃないですか!」


「いやお前、急に来いって言われて5分で来れるの俺くらいだぞ?」


「ふんっ」


 あらら。これはご立腹だ。

 部室を見てみると、机の上には漫画とゲーム、それにポテチなんかが置いてある。

 いや結構充実した待機時間じゃねえか。


 まあでも、ここで俺が謝らないとコイツずっとこのままだからなぁ……仕方ない。


「……はいはい悪かったよ。ほら今日は何でも言うこと聞いてやるから。漫画のモデルだっけ?」


「ホントっスか!?」


 仕方ないので俺が折れてやると、彼女は一瞬で目を輝かせた。

 あ、これは謀られたな。


「じゃあそうっスね〜。何でもって言われちゃ、許すしかないですねぇ〜」


 彼女は悪そうな笑みを浮かべ、部屋の中を見回しはじめた。

 いやそもそも新作漫画のキャライメージが湧かないからモデルを頼まれたってのに、何で俺が下手したてにでてるんだ?


「じゃあまずモン〇ンしましょ! モン〇ン!」


「なぜ?」


「昨日新作出たんですよ!」


 あまりに唐突すぎる提案。

 てっきりキャラのモデルになれと言われると思ったが、まさか狩りに誘われるとは思わなかった。


「…………今日はキャラのイメージを固めるんだろ。そんなんで何でも権を消費していいのか?」


「え、1個だけ何ですか!?」


「当たり前だろ調子乗ってんじゃねえ」


 どうやら彼女は、俺が無制限に願いを聞いてくれると本気で考えていたらしく「ぶー!」と頬を膨らませている。

 可愛らしいが、それとこれとは話が別だ。


「じゃあ今日は徹底的に私の要求に答えてください! モデルとして!」


「だから最初からそうするって言ってんだろ……」


 漫画研究部に所属する部員は、現在俺と紅音、それに恋白のみ。

 中学からの後輩である紅音が入学後、急に漫研を作りたいと言うので、籍だけ置いてあげているのである。

 実際に活動してるのは彼女のみ。俺は割と来ているが、恋白なんかはたまに来て漫画を読んで帰るだけだ。


「それで? 今日はどんな作品なんだよ」


 俺が聞くと、紅音は「待ってました!」と言わんばかりにバッグに手を入れ、1冊のノートを取り出した。

 彼女が愛用しているネタ帳だ。


 俺はそれを受け取り、中に書いてある設定やらあらすじ、ネームを見た。


「おま、これ本当に全年齢対象?」


「いんや、R15ってとこスね。どうですか? 結構力作なんですけど」


「力作って言われても……」


 ネタ帳に書かれている内容を大雑把に言うと、SM系ラブコメ。ドMの女子生徒が理想の飼い主(ちょっと意味が分からない)を探していると、自分の部活の先輩が隠れS属性であることが発覚。

 しかしマゾであることを自分から言うのは恥ずかしいので、それを隠しながら先輩と結ばれようという話だった。


 うん。R指定はともかく、正直言って内容のオリジナリティとしては悪くないと思う。

 だが問題はそこではない。


「俺にこの先輩の役をやれと?」


「うっス! 頼みます!」


 ドSの先輩って、恵が読んでた少女漫画に出てきそうなキャラだなぁ。

 こういう奴ってキザでイケメンなのがデフォだし、正直かなり恥ずかしい。


「ああ大丈夫ですよ。このキャラ、センパイが合わせやすいように友達いない設定なんで」


「は?」


「いやだって、オフの放課後急に後輩から呼び出されて五分で来るって…………ぷぷ。よ、よっぽど予定無いとしか(笑)」


 そう、本来今日は漫研の活動日ではない。まあ元々この部活に活動日などないのだが、彼女が漫画の構想のために集中したいだろうからと俺は行かないようにしたのだ。

 というか、友達が1人もいないということは流石に無い。たまたま友人が皆予定あっただけだ。いや本当に。


「わ、私がお友達一号になりましょうか?」


「余計なお世話だ!」


 笑いを押し殺せてない後輩の言葉を一蹴。

 紅音は昔から俺をからかうことが生きがいみたいなとこあるし、むしろサディストはコイツだろ。


「……ま、それは置いといて。はいこれ」


「…………?」


 そう言って手渡されたのは首輪。

 オシャレなチョーカーかとも思ったが、丁寧に巻き付けられたリードのような紐がその予想を即座に否定する。


 ……………………ん?


「これはどういう意味?」


「え、いや普通に首輪ですけど」


「普通に??」


 ダメだ、全然理解できない。

 最近の漫画はリードの付いた首輪でデートするのが普通なのだろうか。もしそうなら日本のデートスポットは一種の観光地になるな。ハチ公もビックリだ。


「まず付けるところからですよ。ほら」


 紅音が背中を向け、ポニーテールをたくし上げてうなじを露わにする。

 このか細い首に首輪をかけるのは、何というか、すごい犯罪臭しかしない。


「本当にやらなきゃダメ?」


「何言ってんスか。センパイが何でも1つ言うこと聞くって言ったんですよ。男に二言はありませんよね!」


「くっそ……」


 迂闊なことは言うもんじゃないな……。

 いやだがこれも彼女の創作のため。

 どうせこの漫研の部室入ってくる人なんていないし、ここは先輩として協力するべきか。


「よし、付けるぞ……」


 俺は覚悟を決めて紅音の首に腕を回し、革製の首輪を巻き付ける。


「んっ……」


 彼女の首は犬用の首輪には細いようで、随分と隙間に余裕がある。だがむしろそのアンバランスさの背徳感が凄まじく、完全にアレな性癖を持っているようにしか見えない(俺が)。


 ゴクッと喉を鳴らす。

 普段は生意気な後輩が異様に大人しく、こうして首輪を付けられていることに、何だか変な気持ちが湧いてくる。


 ダメだ、これは非常にマズい。

 これはあくまで漫画のモデルだというのに────。


「……………………なにしてるの」


「────っ!?」


 我に返って振り向くと、そこにはいつの間にか部室に入っていた恋白が立っていた。


「な、何って普通に漫画の構想を練ってるんだよ。そうだよな紅音!?」


「そうっスね。先輩には次の漫画のモデルになってもらってます」


 珍しく紅音が素直に俺をフォローする。

 そうだ、別に俺が彼女の漫画のモデルになるのは珍しいことじゃない。恋白だってそれはよく知っているはずだ。


「…………モデル……首輪つけて?」


 そこで致命的なミスに気づいた。

 俺の目の前にいる彼女は明らかな首輪を嵌めていて、そこから伸びるリードの紐は俺がしっかり持っているということ。


 どうということは無い、ただの変態だ。


「違うんだこれは本当に漫画の……!」


「センパイ、散歩の時間はまだですか?」


「お前は少し黙ってろ!」


 俺を苦しめるために犬を演じる後輩に、蔑むような視線を向ける幼なじみ。

 この状況を詳しく説明するのには多大な時間を必要としました。

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