1-2 これは普通のお話


 普通とは何だろう。


 高校2年の春、俺──四宮陽斗しのみやはるとはシングルベッドの上でそんなことを考えていた。

 もちろん身体は自由に動く。壁は至って普通の白色だ。


「……おはよ」


「………………ああ、おはよう」


 起こしに来たのか、幼なじみの恋白がデフォの無表情でベッド脇に立っていた。

 もちろん制服を着ていて、多分俺の嫁ではない。お粥も持ってないということは、朝食は1階で妹と恋白が作ってくれたものが用意してあるのだろう。

 いつも通り、これこそ普通の朝だ。


「ごはん…………下来て」


「ああ、着替えたら行く」


「…………(こくっ)」


 さっきまで悪夢を見ていたからか、汗でシャツが体に付く。こんなことは小さい頃に熱を出した時以来だ。

 このままでは気持ち悪いので、俺はベッドから出てタンスに向かった。

 そしてパジャマのボタンを外すところで────止まる。


「……恋白、着替えるから先行っててくれ。二度寝なんてしないよ」


「………………!」


 さっきから無表情で俺を観察するように見ているので声をかけると、彼女は我に返ったようにビクッとした。

 何か考えごとをしていたのかな? 流石に幼なじみと言えど、着替えるときくらいは部屋を出ていて欲しい。

 恥ずかしいというよりも、それは同年代の男女が引く一定のラインみたいなものだ。


「…………じゃ、待ってる」


「おう」


 恋白がテクテクと部屋の外へ出て、ドアを閉める。

 何だか様子がおかしい気がするが、もしかしたら俺が夢を見たせいかもしれない。

 恋白は無表情で無口だが、人のことをよく見ていて、俺が困っている時なんかは、何も言ってないのに不意に現れては手助けしてくれたりする。

 無意識のうちに彼女を凝視していたとすれば、間違いなく恋白は異変に気づくだろう。ただの夢なんだし、気をつけないと。


 俺は手早く制服に着替え、1階の食卓に向かった。


 食卓にはエプロンを付けた俺の妹のめぐみが、恋白と一緒に朝飯を机に並べているところだった。


「ハルにぃ、遅い」


「ごめん。寝坊した」


「寝坊なんて珍しい。恋白ちゃんがいつもの時間に起こしに行ったはずだけど?」


「あれ、確かに?」


 よく考えてみると変だな。いくら悪夢を見ていたとはいえ、恋白の方はいつもの時間に俺の部屋に来るから、遅れるはずないんだが。

 そう思って恋白を見ると、彼女は俺をジッと見つめたまま眉一つ動かさずに答えた。


「…………お花摘んでた」


「女の子にそんなこと言わせんなバカ兄!」


「俺が責められるの!?」


「当たり前でしょ!」


 恵は今年から中三なのだが、思春期だからか俺にやたらと冷たい。

 昔は俺と結婚するー! って懐いてたのに、両親が仕事で海外に行った時くらいから急にこうなった。やっぱ兄を好きな妹なんて幻想だなぁ。


「はいはい、分かりましたよ。すみませんね……」


 とはいえ仲が悪いわけでもないので、言い合いもすぐに終了。

 大人しく席に座って「いただきます」と飯を食いはじめた。


「じゃあ私、もう学校行くから」


「え、もう?」


「今日は日直なの。昨日言ったじゃん」


 そういえば言ってた気がする。

 悪夢のことで完全に忘れていた。


「行ってらっしゃい」


「……行ってらっしゃい」


 俺と恋白が手を振って挨拶するも、恵は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、足早に家を出て行った。

 哀しきかな、反抗期。


「ま、いいか。食べようぜ」


 気を取り直して朝飯を食べる。

 ご飯と目玉焼き、味噌汁に魚という、いつものメニューだ。


「……その前に、いつもの」


「んあ? ああ、はいはい。アレね」


 そういえばアレがまだだったので、俺は箸を置いて席を立った。

 すると向かいの席に座っていた恋白が俺の後ろまで歩いてきて────ギュッと抱きついてきた。


「………………」


「………………」


「…………いつも思うけど、これなんなの?」


「………………」


「はいはい、自分で考えろってことね」


 この行動の意味はよく分からない。

 3年ほど前からの週課のようなもので、何故か彼女は週一で俺の後ろから腹のあたりに手を回し、抱きつくような形をとるのだ。

 幼なじみとはいえ高校生にもなってこれは恥ずかしいのだが、多分恋白はそんなこと微塵にも思ってないから何とも言えない。

 俺だけ意識してるみたいじゃんか。


「……今日も、良好」


「そうだな。ありがと」


 ポンポンと頭に手を乗せて感謝を伝える。

 本当に何を意図しているのか知らんが、これをしてから何となく健康になった気がするんだよな。

 不思議なパワーでも送られているんだろうか? 恋白なら有りうる。


「それで先生が逆立ちしてさー」

「…………ん」


「あ、そういえばこの前────」

「…………ん」


黒羽くろはって意外と可愛いのが好きらしくてな。それで─────」

「……………………ん」


 そんなこんなで食事が進む。

 妹がいる時は3人で話しながらなのだが、2人の時は基本的に俺が一方的に世間話をする形になっている。

 反応が薄いのは元々だし、もしかして本当は静かに食べたいのかな?と思っていたが、意外と話を覚えているからそうでもないらしい。


「────よし、ごちそうさま。今日も美味しかったぞ」


「…………お皿、洗っとく。準備してて」


「悪いな。準備終わったら玄関で待ってる」


「……ん」


 今日は寝坊したので、後片付けは任せて早く学校の準備を終わらせる。

 そこまで時間がかかることでもないので、すぐに済ませた。

 歯を磨こうと洗面所に行くと、ちょうど皿を洗い終えた恋白がいた。

 お互いに歯を磨き終えると、ついでに宿題を忘れていないかだけ確認して家を出る。


 うん、やっぱり普通の1日だ。



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 次回は陽斗が夢を見ている時の、恋白視点の話になります。

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