第19話 増産

パートのおばさんは松井さんと言うらしい。

彼女がやってくるようになってからしばらく私はあまり工場に顔を出さなくなった。

自分の仕事が忙しくなって来たというのもあるが、それは言い訳で、本当は彼女が苦手だったからだ。


悪い人ではないのは分かるが、なにせおしゃべり好きでおせっかいなのだ。

話題は「男一人でしっかり料理はしてるの?」から入り「まだ若いんだから再婚も考えたほうがいいわよ」で終わるコースが鉄板だ。

悪い人ではないのだが、答えに困るし、答えに窮すると誰かを紹介しようと始めるので顔を合わせないようにしていたのだ。


その日は元オーナーの山中さんに呼ばれたので、松井さんがいない時間帯を狙って久々に工場へ顔をだすと、山中さんが円満の笑顔で迎えてくれた。


「おっ、社長。来なさったか。あんたーすごいねー。ホント、わしが諦めとったこの商売をこんなスンバらしいやり方で盛り上げてくれつって」

社長のくせにほとんど工場に顔を出さないことに少し不満げな様子だったが、設計や営業がすごいと大絶賛だった。


正直なんのことだか分からないが工場内に人が増えていることに気が付く。

「山中さん、彼らは...」

「おぉー、そうじゃった。こっちが言うとった谷さんと信二君じゃよ」


話を合わせながら紹介を聞くと、谷さんはこの工場の元従業員らしく今後ノコ盤などを使い木材の下処理を行ってくれるそうだ。

もう一人は松井さんの甥っ子らしくまだ20代なのだが暇をしていたらしく、松井のおばちゃんに勧められ、というか半ば強引に連れてこられたようだ。今はCNCフライス盤のオペレーターとして訓練中だという。


山中さんもほとんどフルタイムで毎日来てくれているのだが、今後小型のCNCフライス盤を追加購入する計画らしく(と言うか私がそう計画したことになっている)オペレーターを今のうちに育てておきたいのだという。

後で、真実まみに確認したところによると、山中さんに単純作業をさせておくのはもったいないので、オペレーターにまかせて、山中さんには試作品の製作などより難しいことを担当してもらうとのことだ。


それに、パート雇用だった松井さんも今では正社員になっているようだ。ただ、夕食を作る必要があるから5時前には帰るようだ。

まあ、別に9時5時じゃなきゃ出来ない仕事でもないのでいいのだろう。

松井さんの仕事は梱包などもそうだが、正社員として雇ったのは品質チェックを任せるためらしい。

彼女には製品だけでなく試作品の品質チェックもしてもらっているそうだ。

子育て経験を活かし、使い勝手や男では気が付かない貴重な意見を出してくれるのだという。


増えた従業員の給料や設備投資を差し引いても、月30万程度の利益が出ているらしい。

私の最低限の会計スキルでは心もとないが、弁護士兼税理士の三好さんにも逐一連絡を入れているようなので問題はないだろう。

ちなみに、三好さんの本業は弁護士だが、弁護士資格があれば税理士の仕事もできるのだそうだ。


何だかんだ話していて忘れそうになったが、山中さんから呼ばれたのは利益の還元についてらしい。

どうやらこれもの提案らしいが、従業員に福利厚生として何が欲しいか聞いてもらっていたのだという。


その相談結果が、まずは駐車場と休憩室の整備らしい。

まあ、駐車場はないわけではないし、路駐でもだれも文句は言ってこないが、雑草畑が余っているので駐車場にしてもいいだろう。

山中さんがここに住んでいた時は自分の家に車を置いていて、気にならなかったようだが、自分が通いだすと気になり出したのだという。

身勝手な話だが、本人いわく以前は運送屋がこんなに来ることはなかったから路駐でもよかったんだ、とのこと。


休憩室は松井さんが簡易キッチンと冷蔵庫、信二君や谷さんがテレビ、ソファー、コーヒーメーカーを欲しがり、全員一致でエアコンを望んでいるとのことなので早急に手配してもらう。




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