第119話 奇病再び


 次の日、ロゼたちの要望により住居は十分だから仕事を先に教えて欲しいと頼まれ、製塩機の所へと連れて行った。


「ここに魔力を送れば塩を作るのは全部やってくれる」

「えっ……魔力を送るだけで終わりなのかい?」


 いやいや、塩を出荷できる状態にまでして貰うんだよ。と出来た塩を測って袋に入れて倉庫に仕舞う所までが仕事だと伝える。

 そうして指示のままに動いてもらい仕事を実際にやって貰えば、午前中で魔力切れとなって終了になった。

 どうやら一般人に一日やらせるには魔力が全然足りないらしい。

 なら彼らをダンジョンで育成するか、と思ったのだが彼らはハンターではないので国に許可を取らなきゃダメだが一々ベルファスト城まで行ってられない。


 ならば仕方ない。裏技だとブラッディベアー狩りに連れて行った。


 そう、一般人が外に居る魔物を倒してはいけないなんて法律は無い。

 ハンターの俺が同行するのだから外に連れ出すのも問題無い。

 これで法律関連はクリアだと十匹づつ狩らせた。勿論彼らに魔道具を起動させて貰い俺とユリで補助しての討伐だ。

 その魔石を吸収してもらい町からも多少魔石を買ってきてそれも吸収させた。


 イグナートに聞いてみれば、個人差はあるものの凡そ狩った魔物の魔石の二倍近くまでは硬化症の心配は無いそうだから、その半分程度の量を割り当てた。

 これで恐らく少なくとも元の数倍以上にはなったと思われるので、午後も働けるだろう。


「まあ、本格的な稼働は安全の確保をした後だけどな。海も危険だから」

「そう言えば海にも魔物が居ると聞いたことがあります」


 子供の母親役をしている女性が俺の言葉に頷いて納得を見せる。

 それに関しては外壁で囲んでも良いし、海に堤防を作って侵入を防いでも良い。

 大変だろうが、それまでは見張りを立て様子見しながらの稼働でいいだろう。


 これで漸く動き出せる。そう思って安堵したのだが……


「仕事量が少なすぎるね。確かに魔力は必要だが、人手が要らな過ぎだよ」


 これじゃあぶれた奴はする事が無くなっちまう。と、働き者の彼女は嘆いた。


「ええと……じゃあ、人手が足りない所に手伝いに入って貰うとか?」


 うん。開拓中の村だから仕事なんていくらでもある。

 もし、働きたいのであればで良いから職人たちに声を掛けてみてと伝えた。


「いや、手が空くのは困るし最初から段取り組んでくれないかい?

 もし人材固定が良いのなら最初に魔力突っ込ませてから送り出すからさ」

「俺は別にそれでもいいけど、空いた時間は遊んでてもいいんだよ?」


 一応この村のメインの仕事を担当するんだし、と伝えたのだが「美味い飯に良い寝床まで用意して貰ってそれじゃ流石に気が引けるね」と困った顔を見せていた。


「じゃあとりあえず今一番需要が高い建設業の職人さんたちに声を掛けてみようか?」


 是非にと言うロゼを連れ、帝国から来た大工さんたちに事情を説明してお願いしてみることに。


「――――てな感じで、手が空きすぎちゃうから使って欲しいみたいなんだ」

「そりゃありがたいこって。うちらの仕事は雑務の塊ですから人手は助かりますわ!」

「鉱山での仕事しかしたこと無いけど、平気かい?」

「はっは! 鉱山でやれるほど胆が据わってりゃ何の問題もねぇさ。

 どんな仕事も基本は慣れだからな!」


 そうして顔合わせだけは居合わせたものの、彼が早速説明すると彼女を連れて行ったので俺たちはそのまま離脱した。 


「おお。良い人材だと本当に楽でいいな」

「そうですね。なんでも自発的にやってくれてしまいます」


 本当に助かる。

 次にやらねばならない割と緊急な仕事もあるからな。


 そうして俺たちは製塩機の前まで戻ってきた。

 多少海から離したとはいえ、数十メートル程度だ。

 海から上がってきた魔物にいつ襲われるかわからない。

 ロゼたちだけで稼働させるなら安全にしなければならないのだ。


「一先ずはあれを使って様子を見るか。安いし水に強いし」

「ああ、スライムゼリーですね。魔力で操作できますからルイには最適ですよね。

 ただ、強度が少し不安ですね。使う前に彼らに相談してみませんか?」


 ああ、そうだな。職人たちに話を聞いてからの方が良い。

 俺たちは早速イチロウたちの所へと向かったのだが、魔導車に夢中になっている三人に何故か俺が使われ部品作りを手伝わされた。


「ってそうじゃねぇんだよ! 製塩機を稼働する事になったんだがな?」


 と、状況説明を口早に行い、今は魔物対策で動かなきゃいけないんだと彼らに告げつつも、強度を上げる方法が無いかを問う。


「そんなもの簡単だ。キャタピラーの液を……いや、あの奈落の蜘蛛の糸を混ぜてみるか?」

「へぇ、あのヤバイ接着液か。面白い発想だね。

 ただ、あれはなかなか乾かない。ゼリーの水分が抜けるまで相当……

 ああ、水は強引に抜けるんだったね」

「スライムゼリーを接着液で更に固めるって訳ね。やってみましょ」


 彼らの提案に乗って研究所で他の魔道具職人たちと一緒になって実験を行えば、硬くて割れない強化プラスティックの様な物が出来上がった。


「これ、硬いし軽いね。色々な物に使えそうだ」

「だな。しかし海に沈めるなら問題もある。浮力と軽い事による固定の難度だ」

「やってみないとわからないけど、底を舗装材で固めて沈むなら問題無いと思うけど?」


 試してみようかと一本の柱を作り、岩を結び付けて海に沈めてみれば問題無さそうだった。

 なので後は量をと、スライムゼリーを買いに隣町までやってきた。

 しかし、買い占めても全然足りず、結局自分たちで調達することにした。

 カイにも手伝ってもらい、ユリとカイで交代で荷車を引き、俺がひたすらスライムを殺して回収する役目を担えば、結構な量が確保できたがまだ足りない。

 山沿いでスライムが出るダンジョンを梯子して漸くこれくらいあれば、という量が集まった。


「しかし海まで手中に収めようとは。流石シュペルが惚れこむ御仁ですね……」

「いや、手中っていうか浜辺に魔物が入れない様にするだけね?」


 そうすれば海に入って遊ぶこともできる様になるかもしれないしな。

 そんな構想を話しながらも村に戻れば、魔道具部隊の彼らがより良い配分を調べて置いてくれたらしい。

 蜘蛛の糸も液状で保管しているのが沢山あるらしく、それを使い混ぜ合われば取り掛かれる状態にまでなった。

 

「じゃあ、やるか!」と腰を上げたのだが「もう少し考えてみませんか?」と大人の職人勢に止められた。

 岩と舗装材で堤防を作り、スライムゼリーで網を掛ける様にすれば割と深くまで囲える様になると考えている様子。

 そうすれば海の魚も取れるようになるのでは、と彼らは言う。


 一応魚も魔物の分類だが、小さいのは総じて弱く毒持ちも殆ど居ない。

 取れる場所も少ないので高級食材の分類。海の魚なら尚更だそうだ。


 そういう事ならやっておくに越したことは無いと、話を詰めた。

 やる事は簡単だ。岩を集め積み上げて道を作りそれを舗装材で固める。

 舗装材もスライムゼリー同様魔法で水抜きすれば簡単に固まってくれるだろう。


 てな訳で土建屋の職人も巻き込み、堤防作りに勤しむ。

 やる事は簡単だ。収納で大きな岩を集め海に放出するだけ。

 軽く周囲を飛び回れば、簡単に回収できる岩場があったのでそこからごっそり持ってきた。

 それで道を作ってやれば、海の上に岩の道が完成した。

 今は海の中に山を作っただけの結構残念な外観だが、コンクリで固めた時に四角く切り取ってやればそれっぽくなるだろう。

 次は舗装材の素材を買いイグナート領に。

 今回はカイと俺とユリの三人で行って一瞬で買い物を終わらせたのだが、何やら町の空気がおかしいとカイが気にしている。

 確かに前回よりも人通りがかなり少なく活気が無い。


「すみません、少し話を聞いてきてもいいですか?」


 と言ってきたのでそれを了承すれば、彼は知り合いらしい店に入り話を伺う。

 俺たちも付いて行って後ろで話を聞いていると、流行り病が蔓延しているらしく関所を封鎖していたのだが、権威を盾に入ってくる者も多く、とうとうイグナート領にも発症者が出たそうだ。

 それが移りやすく確実に死に至る奇病なのだと言う。


「とんでもなく恐ろしい病気だそうで、全身から触手が生えて内から病魔に食われていくそうですよ」


 えっ、それってライリー殿下が罹っていたやつじゃ……

 あぁ……帝国の仕業だったってことか。


「それで、シェン様はどの様にご対応を?」

「さぁ、そこまでは……」


 店主からの情報はこれ以上無いと知ると考え込むカイに、シェン君はもうベルファストに向かってるんじゃないかと問えばハッとした様子を見せた。


「すみません、暫くこっちで対応に走る事をお許し頂けないでしょうか」


 確かにカイは死んだことになっていない。

 主人が死んで苦悩から離脱したという扱いだ。

 だから帝国での活動は出来るが……


「構わねぇけど、イグナートって侯爵家だろ。首脳陣が考えて勝手に対応するんじゃねぇの?」

「はい。ですが他勢力との事は軍部の意向が必要なのです。

 シュペルもシェン様も居ないとなると相当浮足立っているでしょう。

 流行り病は対応が遅れるだけでとんでもないことになりますので……」


 彼は「他領の貴族の言葉にも正面から断固拒否ができる人材が殆ど居ないのです」と苦い顔で語る。

 その為、イグナート侯爵家の名で皇帝の勅命でもない限り通る者は武力排除する。というくらいの書状を各地にばら撒くくらいじゃないと状況が変わらないのだそうだ。

 シェン君が出ている今、そこまではできないだろうとカイは危惧している。


 イグナートを失い中央貴族に睨まれ落ち目になると囁かれているだろう今、後手に回る訳にはいかないと語る。


「わかった。イグナートは必要か?」

「いえ、シュペルは顔を出せないのでここは私が」

「はいよ。その奇病は臓器がやられてなければ恐らく光魔法と回復魔法の併用で治せるから、必要なら言えよ」


 俺が知っているものと同じならな、とそう伝えれば、彼は「えっ……」驚愕した顔で動きを止めた。


「こっちの策略とかじゃねぇぞ?」と前置きした上でライリー殿下の件をさらっと話せば、カイは苦い顔を見せた。


「レスタールでそんな事が起こっていたのですか……

 ではやはり恐らく新興貴族の仕業でしょうね。

 恐ろしい人体実験をしている商人貴族が居るという噂を聞いたことがあります」


 なるほどな。リストル伯爵家とかヘストア侯爵家と繋がっていた帝国貴族を割り出してその周辺の商人貴族を洗い出せば割と簡単に犯人捜しは出来そうだけど、まあ俺がそれをやるほどの理由は無いか。

 そう思いつつもカイにもその情報を共有する。


「俺はとりあえず戻ってイグナートにも伝えとくわ。次はいつどこに来ればいい?」

「お手数をお掛けします。では、二日後の昼にこの前の魔道具店で」


 最後に彼は深く頭を下げてお礼を言った後、走っていった。


「じゃ、俺たちは帰って報告済ませたら続きやるか」

「そうですね。気の毒な話ですがこれ以上入っていく事はできませんし」


 そうしてユリと二人村へと帰り、先ずはイグナートを呼び出して事情の説明を行った。


「は、流行り病ですか……」

「まあ、病というより寄生する魔物って感じだな。接触で簡単に移るのが厄介だ」


 と、殿下の件を話してやれば彼は眉間に皺を寄せた。

 どうやらイグナートも疑惑程度の報告を色々と受けていたそうで「本当の話だったのか……」と苦い顔を見せている。


「なんと愚かな事を……

 恐らく今回の戦争で主が死んだことを知った管理者が逃げ出したのでしょう」


 ああ、そんなものが表ざたになれば管理者も処刑されるもんな。

 それで放置されることになり触手の魔物が逃げ出したと……せめて逃げる前に処分しろっての。

 まあ一応こっちに流れて来ても治療方法は確立されているのが救いだな。

 ああ、青い顔しているイグナートにも教えて置いてやらないとな。


「とりあえず、治療はナタリアさんの時と同じで凡そ問題無い。

 ただ体の中が食われた状態のままだから回復魔法で再生させてやらないとダメだけどな」

「という事は帝国では不治の病となりますね」

「そうだな。流石に光魔法の魔道具は帝国の人間には渡せない」


 その言葉に彼は「当然ですよね」と頷き、「しかしこれでうちが完全に対処し、他がうちに構っていられないくらいダメージを受けてくれればありがたい」と口にする。

 帝国で生きてきただけあって、自国であっても身内でなければ甘い事は言いださない様だ。


「とまあ、そんな感じだ。

 カイになら魔道具を貸すくらいはしてやるからあんまり心配すんなよ」


「えっ……カイは感染者を処刑させる為に行ったのでは?」と呆けた顔を見せるイグナートに「ちげぇよ。貸すって伝えてある。お前らはうちの人間だろ? て言っても又貸しするのは許さないけどな」と強く伝えれば彼は嬉しそうに目を細めた後、無言で頭を下げた。


「てな訳で俺は明後日までは予定通り堤防作りしてるから、何かあれば言えよ」


「良かったわね、シュペル?」

「ああ、キミが元気になったあの日から、全てが好転している様に感じるよ……」


 いや、好転してるか?


 そんな疑問を感じつつも二人の世界に入っているのでその場を後にした。


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