第118話 シーレンス領④


 宿で朝食を済ませゆっくりしていれば、部屋の戸がノックされた。

 ヒロキたちはもう出た筈だが、とドアを開ければ立っていたのはジョージさんたちだった。


「あれ、どうしたんです?」

「ああ、いや……少し話がしたくてだな……」


 歯切れの悪い感じに不穏さを感じながらも、部屋に招き入れテーブルに案内する。


「えっと、もしかして……言っちゃいました?」

「いや、ちゃんと出来る限り情報は伏せたぞ!?

 しかしな、報告すると必然的に強者の手助けがあったとは言わんとならんだろ?」


 彼らが言い辛そうにするなんてそれくらいだろうと問いかけたのだが、どうやら一応秘密にはしてくれていたらしい。


「それでね、表に出たくない凄腕の強者って説明したんだけど、出来る限りの便宜は図るからなんとしても協力を要請して欲しいって頼まれたのよ」

「一応、エドワーズ侯爵軍から援軍が来る手筈になっていて今日到着する予定みたいだが、それでも四万は厳しいらしくてな」


 どうやら、シーレンス軍主力はリースへと残っているそうだ。

 元々、侯爵軍が援軍で来る手筈になっているから戻らない予定なのだとか。


 なるほど、そういう話か。ぶっちゃけ手伝うのは全然構わない。

 ただその後にレスタール貴族と会うのは親父との約束を破る事になるので困る。


「んじゃさ、勝手に討伐して勝手に帰る感じでもいい?」


 別に協力したわけじゃないから褒美は要らない、てな感じでどうかなと問いかける。


「お、おう。手伝ってくれるならありがてぇが、働くのに褒美はいらねぇのか?」

「うん。今回は貰えって言われる方が困るかな」


 多分言えば兵士とかギルドとかそっちから貰う事もできるだろうけど、そうなると討伐証明とかしなきゃならなくなるだろうし、それほどに関わりを持つと親父たちも良い顔しないだろう。

 友人が参戦していたから外から勝手に攻撃して勝手に帰ったくらいの状況の方が都合が良い。


「そ、そうなのか……まああんたが手伝ってくれるならこちらはありがてぇ限りだ」

「うん。今日このまま昨日くらいの数減らしてから帰るよ」

「となると、残り二万とちょっとってところか……

 わかった。そう報告してくるわ。シズネはそのまま彼らと居てくれ」


 そう言って彼は走って出て行った。


「ねぇ、本当に良いの? 後からでも貰える様にしておいた方がいいんじゃない?」


 シズネさんは「結構な額になる筈よ」と心配そうにこちらを見る。


「シズネさん、私の彼の強さは見ましたよね?

 褒美の額くらい簡単に稼げてしまうのです」


 後に面倒に煩わされる方が痛手なのですよ、とユリは微笑む。


「そ、そう言われてみるとそうね。なるほど。貴方たちがお金に困るなんてことは無いのか。

 けど、何のお返しもできないのは心苦しいわね……」


 律儀な人なのか、彼女は「何か無いかしら」と本気で悩んでいる様子。


「あー、じゃあこれが終わったら暫く俺たちに雇われません?」

「へっ、貴方たちみたいな強者が私たちを雇って何させるのよ」


 不安そうにするシズネさんに、村を開拓していてある程度形になってきたがハンターが自分たちしか居ないからもっと人手が欲しい、という状況だと伝える。


「ああ、そういう理由。ジョージ次第だけど、生活基盤がある程度整っているなら私は半年や一年程度なら構わないわよ」


 おお。村の警備なんて嫌がられるかと思ったけど割と好感触。

 騎士レベルのハンターは珍しいから彼らが来てくれるのは助かる。 


「おっし。じゃあ、早速減らしに行こうか」

「そうですね。やる事はまだまだありますし、帰る時間を考えたら今の内から動いた方が良さそうです」

「えっ、ちょっと待って。まだジョージに聞いてないんだけど?」


 大丈夫大丈夫、元々ダメ元だから。と彼女の言葉を軽くかわしつつも立ち上がり宿を出る準備を始める。


「ちなみに、シズネさんはどうします? ここで待ってて貰っても構いませんけど」

「えっ、そういう訳にはいかないわ! どれだけ減らせたかも知っとかないといけないもの!」


 急いで立ち上がり、一緒に行く表明を慌ててする彼女を連れて、街外れの人気の無い場所まで移動した。


「こっちからも出れるけど結構遠回りよ?」


 と、回り道を気にしている彼女に飛んで移動することを説明し、飛行機に乗って貰い空へと飛び立つ。

 ほんの十数分程度で昨日の狩場に到着したが、そこでは降りず山の方へと飛んで行く。

 ある程度進んだところで魔力視の魔法陣を起動し、ユリにも魔力視の魔道具を手渡した。


「あそこら辺が一番密度が高そうですね」

「だな。けど、あそこじゃ山に近すぎて音で呼ぶのは無理か……」

「新しく覚えた魔法を使ってみるのは如何ですか?」


 新しく……ああ、あの毒魔法か。

 確かに触れただけで死んでくれるなら、めちゃくちゃ楽そうだ。

 

「んじゃ、気球形態に変えるから、動力任せていい?」

「ええ、勿論です。高度はもう少し下げねばなりませんね」


「えっ、えっ!?」と話に付いて来れず困惑を見せる彼女に全てこちらでやりますから見ていてくださいと告げつつ、形態を変えミズキたちに作って貰った気球用の魔道具を設置した。

 それにすぐさまユリが魔力を送り、微調整しながらゆっくりと高度を落としていく。


 凡そ二十メートル程度の高さになった時、数十の魔法陣を作り出し毒の触手魔法を発動させれば、魔物の叫び声が断続的に上がる。

 その声に釣られ続々と集まってくるが叫び声が上がっては途絶えていく。


「おお、早い早い。でも設置場所は適度に変えた方が良さそうだな」

「えっ、あれっ……もしかしてジョージが死に掛けた毒って貴方たちが作り出した物なの?」

「そんな筈が無いでしょう?

 それで言わずに礼を受け取るほど恥知らずではありません!」


 変な勘違いを始めてしまったシズネさんにユリが少しご立腹になりながらも説明を入れる。

 その間にも物凄い数の魔物が息絶えていっている。

 魔法を止めても毒の触手が暫く残る為、魔法陣を新たに作って発動させる度に毒地帯は増えていく。


「うーん、そろそろ場所を変えるか?」


 どこもかしこも魔物の死体で山積みになっている。このまま魔物の上に魔法を作れば続行できるが、視界不良だし非効率だと移動の提案をした。


「素材はもう無理としても……魔石は取りたいところですよね」


 そういえば、昨日の討伐した魔物もある程度は回収したが収納に入れたままだ。

 しかし毒に侵された魔物じゃ持って帰ってもなぁ……

 よし、離れた場所から魔石だけ吸収できるか試してみるか。


 と、一度収納にて一か所に魔物を集めて大きな山を作り、そこを高密度の魔力で包んだ。

 いつもの吸収する感じで魔石から魔力を抜き出そうとしてみたが、手に持った時とは違い結構抵抗がある。

 でもこの程度なら強引に行けそうだと強行すれば魔石から魔力を抜き取れた。


「えっ、魔石の吸収って手に持たなくてもできるの!?」

「いえ、多分ルイだけです。私は無理でした」


 シズネさんは「そうよね、私も無理だった記憶があるわ」と呆然としているが、まだ約束の数には程遠いので一度収納に戻してから再び上空から討伐することにした。

 その後、目に見えて減ったとわかるまで繰り返した後討伐を終了させて町へと戻れば、町の外に兵士たちが集結していた。

 ゆっくりと飛行しながら通り過ぎようとしたのだが、ヒロキたちやジョージさんがこちらに手を振りながら駈け寄ってきていたのが見えてその場に降り立った。


「どう? 予定通り減らせた?」


 と少し心配そうな顔を見せるアキトに収納魔法に入っている魔物の死体を全て出して見せた。


「おう。パッチリだぜ?」

「うおおおおおお!! ガチで山じゃねぇかよ!」

「あっ、それ毒で倒したから触るなよ!?」


 はしゃぐヒロキに注意しつつも、ジョージさんにこれの処理をお願いできないかと尋ねた。


「あ、ああ、勿論だ。頼んで討伐して貰ったんだ。その程度では文句は出ねぇよ」

「よかった。ゴミ持って帰るのもやだなぁって思ってたんですよ」


 なんて話していれば、シズネさんがジョージさんに村の警護の話を出した。


「お、おう。特段用事もねぇし構わねぇんだけどよ……場所と報酬は?」

「えっと、レーベンの方。報酬は騎士相当二人だし半年で大金貨十枚。

 あ、来てくれたら助かるけど、無理はしなくてもいいよ」


 何やら困惑している様子だったので断り易くする為に一言入れたのだが、彼は少し思考に耽った後「了解だ。受けるぜ。その依頼」と親指を立てた。


 その後いつ頃迎えに来るかの話をしていると、軍の方からも人がわらわら来始めたので一週間後にまた来ると告げて俺たちはお暇することにしてユリと二人空へと飛び立つ。


「んじゃ、討伐頑張ってな!」

「おう! 今度は俺たちも手伝うからなんかあれば言えよな!」


 そんな言葉をヒロキと交わし、その場を離れ俺たちは再びのんびりした空の旅へ。


「念の為で来てみて良かったですね」


 猫の様に伸びをしながらも放置しないでよかったと口にするユリ。


「確かになぁ。あの植物だけは初見殺しだから厳しかっただろうな」

「ですね。あれさえ居なければ来なくても生き残れはしたでしょうけど……」


 うん。ある程度の所で見切りを付けて逃げる選択肢が取れていればだけど。

 その場合、町は守れないし最悪の逃亡戦となっただろう。

 なので本当に見に来て正解だった。

 一応雇えるハンターの伝手も出来たしな。


「しかし、よかったのですか?

 レスタールに戻るハンターを村に連れて行くことにしてしまって」

「うん。塩の産地として作った話を流して貰えれば丁度いいかなって」


 当然、魔道具職人に爆弾を作らせることは俺たちと製作者以外は誰も知らない。

 俺が作っている村という話が広まるのは少し微妙だが、流石に領主が誰なのかはどちらにしてもすぐにバレるものだろう。

 ならば、塩不足の為に生産地として作った村という印象を早期に与えた方が良い。

 何にしても、トンネルは今のところ通行止めだからスパイは入れないし、彼らが帰るのも半年以上先だけども。

 

「そうですね。普通、重要な職人を無防備な村に置くとは考えませんか。

 印象操作して強い注目を与えない方が無難なのかもしれません」


 そんな話をしていれば、あっという間にレーベンに着いた。

 コナー伯と少し話をしてラクとふぅの連れ出しと、ロゼたちを引き取る旨を伝える。

 彼はそれを快く了承してくれた。

 その後、帝国との停戦交渉が始まる話などを伝えれば、当然ながらそちらの方に強い興味を見せていた。


「帝国は先の戦いでほぼほぼ死に体という訳ですか。これは嬉しい知らせだ」

「兵力で言えばまだまだヤバイ数居るんだけどね。侵略は断念せざるを得ないと思うよ」


 まあ数が居ると言っても今動かせる上級騎士の大半はイグナート家の兵士らしいけども。

 ほかは北との戦争に当たっているのと、前回の戦争で生き残った兵士で上級騎士はほぼほぼ全てだと言っていた。

 まあ軍属を抜かせば教会の聖堂騎士が居るらしいけども。


 その言葉に流石は大陸一の大国と目を剥いていたが、今が安泰なのは間違い無いと落ち着いた様子を見せていた。


「しかし殿下、村を作るならもっと人を連れて行った方が良いのでは?」


 ここから連れて行っても構いませんよと彼は言う。

 しかしどうにもレーベンの住人には悪い印象しかなく、ここで募集を掛けるのは戸惑われる。

 俺からの募集と知れば人も集まらないだろうし。

 かと言ってまともな働き手である鉱山の連中を根こそぎ連れて行くのもコナー伯に悪い。


「うーん。今は基盤作りだから、後々必要になればお願いしようかな」


 と、お茶を濁す発言をしつつ話を終えた。


「よし、じゃあラク、ふぅ! 行くぞ!」

「「ウォン!」」

「うーん、この家の癒し的存在だったのだが。寂しく感じてしまうな……

 私も飼おうかな。いや落ち着いて来たし家族を呼び寄せるか?」


 そうして迷っているコナー伯にお別れを告げ、鉱山ではロゼたちを拾い村へ戻ることになったのだが……


「流石にこの人数を一度では無理だな」


 五十数名と獣魔二匹は流石に無理だろう。

 気球形態で無理すれば行けるかもしれんが、緊急でも無いので往復して運ぶことにした。

 そうしていざ連れて来てみれば、再び問題に直面する。

 いくら屋敷と言えどそれほど部屋がある筈も無く、結局住居が足りない。


「悪いんだが、パーティーホールで暫く生活してくれ。

 大工と相談して時間が掛かりそうなら家を買ってくるからさ」


 屋敷のベッドをすべて集め、足りない分は買い足しに行って漸く寝泊まりできる状態にはなったが、まるで綺麗な道場にベッドを並べただけの様な空間になってしまった。


「悪いって……こんな上等な所なら文句なんて無いよ。

 この高そうなベッド、使っていいのかい?」

「ああ、自分の物として好きに使ってくれ。家ができた後も持って行って貰う予定だから」


 そうして今日も新しい仲間が増えたと皆に報告をしながら食事会を行った。

 幸い連れて来た奴らは全員気の良い人たちなので、子供たちにも会話を回し少年たちも安堵の顔を見せていた。

 これで漸く本来の目的である製塩に取り掛かれると一息付けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る