第116話 シーレンス領②
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
怒号が響き渡る戦場。
魔物に囲まれた十数人の騎士たちが満身創痍でありながらも必死に戦闘を繰り広げていた。
そんな中、一風場違いに見える少年少女の姿があった。
「おっさん、そろそろ魔力がキツイんだけど魔装武器に切り替えてもいいか!?」
「なっ!? ダメだダメだ! 今そうされちゃあっちの一般ハンターが死んじまう!」
「えぇ……じゃあもう近接は捨てて全部レーザーガンに回しちゃう?」
そう、少年少女の声はヒロキたち三人である。
彼らはレーザーガンで強敵が一般のハンターへと行かない様にずっと間引いていたが、指揮官へとそろそろ魔力が少なくなってきたことを報告している所。
「それよりも今回は偵察ですよね。何故、この状態で後退してないんですか?」
「偵察目的が果たされて無いからだ。
本来、魔物の群れが一番密集してんのはもっともっと先なんだよ。
しかしそろそろ潮時なのも理解している。
撤退はするから心配するな。無駄死にはさせるつもりは無い」
声を掛けたアキトにそう返すと、彼は声を張り上げて仲間たちへと集合を掛けた。
しかし、撤退はすぐには行われず、ハンターを集めて話し合いが始まった。
少し時間を稼いでくれとヒロキたちに命じたままに。
「後でいいから俺らにも話聞かせろよな、おっさん!!」
「ヒロキ、今は集中しよう。
瞬間照射を意識するだけで魔力の減りが段違いに変わるんだから」
「そうそう。二人は集中しないとね。私はもう慣れっこだけど」
三人は慣れた様子で魔道具による殲滅を続けていく。
「それで……申し訳ないのですが、単独での偵察を頼みたいのです。
厳しい事はわかっていますが……頼めませんか?」
指揮官にそう声を掛けられていたのはこの中では年長である一組のハンター夫婦。
年長とは言え、老兵は全て戦争の方へと出ていることで平均年齢が下がっている。
ハンター夫婦の外見年齢も三十後半程度だ。
「そうね。行ける可能性があるのは、あの子たちの魔力が心許ない以上私たちくらいかしら」
「はっはっは、こいつはどっちにしても子供に単独でなんて行かせないだろうがな?」
「い、いつまでも話している時間は無いんです。直ぐに決めて欲しい。
無理なら無理でその方向で作戦が立てられるのですよ。その時間が大切なんだ」
どうやら彼はハンター夫婦に頭が上がらない様子だが、それでも状況を鑑み決断を急がせた。
「いいぜ。見てくるだけだろ。イレギュラーが居なければ行って戻るくらいは問題無いからな」
「そうね。私たちには子供も居ないしね……」
「お、おい。出来ないもんは仕方ないだろ。落ち込むなって」
彼はズレた話を始める夫婦に嘆息しつつも、すぐに「お願いします」と頭を一つ下げてから全体に撤退の指示を出した。
「お前ら、今回は本当によくやってくれた!
流石オーウェン殿の子息だな。お前たちのお陰で死者どころか今の所は怪我人も出て無い。
きちんと報告を入れるから全部が終わったら褒美を期待していいぞ」
「わーい。おっかねおっかね!」
「ちょっとアミ……僕たちはお金を目的に来た訳じゃないでしょ」
「だな。国を守る為にも強くならなきゃなんねぇ。こんなのはその通過点だ。
褒美ならいつか出る王様からのやつを期待しろよ」
いや、そういうことじゃないんだけど……とアキトが呟くが誰にも拾われることは無かった。
彼は嘆息しつつも「まあ、これが僕らか」と頬を少し緩めた。
「それで、俺らが戦っている間何相談してたんだよ」
足止め頑張ったんだから俺たちにも聞かせてくれるよな、と彼に陽気に問いかけた。
「ああ、それなんだが……凄腕ハンターに奥地の偵察を頼んでいたのだ」
その声にアミが「ああ、余裕そうな人が二人ほど居たねぇ」と口にする。
「はっ? 単独で行けんなら俺らが来る必要あったん?」
「危険が無い訳が無かろう。無理を承知でお願いしたんだ」
彼は対策の為に何としても情報を得なければならず、その為に危険を冒して貰っているのだと語る。
足止め中に話していた内容を聞き、ヒロキたちの緩んでいた顔が引き締まる。
「……ちょっと待ってください。なら僕らも補佐で行くべきでは?」
「いや、お前らはもう魔力が厳しいって言ってただろうが」
「全員をカバーしなくていいならまだ余裕あるぜ。だらだら続けたらいい加減ヤバイって話。
意外とサクッと決めてくれたからそれほど厳しくはねぇよ」
その言葉に、ヒロキとアキトは自分たちの魔力総量を確認し合った後頷き合い、アミに視線を向ける。
「なに? 二人が行くなら私も行くよ。正直言って一番魔力残ってるの私だし」
元々後衛でレーザーガンに一番慣れていた彼女は「大丈夫。もう流石にピンチにも慣れたから上手くやれるよ」と自信を持って頷く。
「はは、僕はそっちの心配はしてないよ。心配性なお兄ちゃんだけじゃないかな?」
「ばっ、俺もそんな事は言ってねぇよ。
けどまあ、そうだな。今のアミなら不安はねぇ。んじゃ、全員で行くか!」
わかっているならばよろしい、と満足気に頷くアミの声と共に意思決定が終わり、指揮官の男へと三人の視線が向く。
「おっさん、俺たちも行くよ。まあ合流できっかわからないけど」
「待て、ちゃんと話し合って決めたことだ。無理やりの話では無いのだぞ!?」
「いいえ、そんな風には思っていませんよ。僕らが自発的に行くだけです。
僕らは自分たちでやれる範囲でやれることをやってきます」
指揮官の男は「わかっているのか? 今は魔物の軍勢に囲まれている状況だ。その上で誰の助けも無いんだぞ」と念押ししたが彼らの意思は変わらない。
嘆息した後「帰りの魔力の事だけは絶対に忘れるな」と強く言い聞かせ彼らの離脱を許した。
そうして彼らは、魔物を引き離し町へと引いて行った。
三人のハンターを残して。
♢♦♢♦♢
ユリと二人で声がした方向へと暫く進んでみれば、こちらに接近する物音がして俺たちは木陰に身を隠した。
「この音は人です。隠れると言う事は誰とも接触しない形でいくのですか?」
「いやよくわからんけど、この先の魔物見られたら俺たちの事も報告されるじゃん?」
そう、あの魔物の毒魔法を入れなくても結構な数を倒している。
ボスが居た事を報告しても呼び出しを受けるだろうし、正直隠れた方が無難だと思っての行動だが、他に方法があるのだろうかとユリに視線を向けた。
すると、彼女は少し考え込んだ後「確かにそうですね」と一つ頷いた。
そんなこんなで二人のハンターらしき人たちが通り過ぎるのを見守った。
だが、そのまま奥へ奥へと進んでいく彼らが心配になりそのまま後を付けて行けば、俺たちが戦っていた戦闘跡地へと辿り着き辺りを見回し困惑している様子。
「おおう。めっちゃ色々調べてる」
「なんか倒し方を観察されるのって少し変な感じですね?」
恥ずかしい所見られちゃった、みたいな顔をしているので恐らく俺が感じているのとは違う想いだろうが、とりあえず「そうだな」と返しておいた。
そうしてユリと二人遠くから望遠鏡で彼らを観察していたのだが、そこで異変が起きた。
毒魔法の残骸に触れてしまった様子。
もう少し時間が立てば消えていただろうに間の悪い。
「ジョージ! しっかりしてジョージ!」
女性の叫ぶ声が響く。
「ああ、こりゃ行くしかないか……」
「そうですね。これを見過ごすのは流石に気が引けてしまいます」
大声を上げてしまったことで周辺の魔物がちらほらと集まってきているが、彼女はそれに気が付いていない様子。
少しスピードを上げて魔物を殲滅しながら二人の前へと走った。
「それ、解毒しましょうか?」
「だ、誰……いいえ、そんなことはどうでもいい。できるの!?」
その声に素直に頷いた。
この程度ならエリクサーを百対一で薄めてあるのを少し飲ませるだけで十分だろう。
ナタリアさんの時に考え付いて一応こういう時の為に適量を使えるようにと作っておいたのだ。
ユリが魔物の殲滅を続けてくれている間に、そいつを一口飲ませれば彼はすぐに意識ははっきりとして立ち上がった。
それを見た年配の女性は「ありがとう」と涙ながらに感謝の言葉を述べた。
「た、助かった……礼をせねばな。
しかしその前に先にお前さんの立場を聞いても良いか?
どう感謝を示していいのかもわからん。どちらにしても相応の礼はするが……?」
「いえ、お礼とか求めて無いんで助けたのも無かった事にしてくれればそれで」
「へっ?」と彼は何を言っているのかわからないといった様子で口を開けたままこちらを見返す。
「ええと、そうですね。お忍びと考えて頂ければ。
それ以上の詮索は抜きの方向でお願いします」
「ああ、なるほど。そう言う事なら勿論そうさせて貰う。ありがとな、二人とも!
この場だけで済ませるとなるとこれくらいしか無いんだが、これでもいいか?」
そう言って彼は金貨を三枚差し出してきたが、気持ちだけ受け取っておくと返した。
正直、レスタール金貨は腐るほど持ってるので要らないし口外しない方に注力してくれた方がありがたいと。
しかし、彼は「そういう訳にはいかねぇよ。言わない方も心配すんな」と言って俺の手の平の上に無理やり乗せてきたのでそう言う事ならと受け取り沈黙の時間が流れる。
「えっと……この先は危険だと思うんですが、まだ先に行くんですか?」
沈黙に耐えられなくなり先に口を開いたのは俺だった。
「まあな。どの程度の規模か確かめて来いって言われちまったからなぁ」
「あの毒だけでもう異常事態確定だし、もう帰りたいんだけどね……」
例年なら、あの雑魚たちが数千程度湧いて終わるのだそうだ。
それでもオルダム通常時と比べるとかなり厳しいが、ここの人にとっては毎年の事なので人員育成に余念が無く特に大きな被害は出ていないそうな。
しかしオルダムに続いてこっちも異常事態か。ってそりゃそうか。
魔素の大元が地下で繋がってるなら、ヤバい年は何処もヤバくなるのが普通だよな。
「少なく見積もっても五万は居ますよね?」
周辺の討伐をサクッと終わらせてきたユリがボソッと口にする。聴力強化で会話は聞こえていたのだろう。
するとジョージさんの方が「五万だって!?」と大声を上げた。
「えっと、どのくらいの数なら普通に町を守れそうですか?」
「いや、いつもは五、六千程度だからな。ハンターの俺にはそれ以下ならとしか……」
うへ。流石に四万以上の殲滅はしんどいなぁ。
「それにしてもお嬢さんはとっても強いのね。
なんか、本家のお爺様を見ている様だったわ」
「お爺様、ですか?」とユリが首を傾げると彼女は実家が騎士の家系で爺さんは割と凄腕の方らしい。
「ええと、じゃあ偵察付き合いましょうか?」
内緒にしてくれるなら守りますけど、と提案すれば二人は即「お願いしたい」と口を揃えた。
その後、ジョージさんとミランダさんの二人と共に森の中へと進み、突出して高い背丈の木に登った。
そこから見える光景に二人は絶句して動きを止めた。
「おいおいおいおい! こりゃやべぇって!」
「うそでしょ。大変な事態だわ……」
と、二人が頭を抱えている。
数は伝えていた筈だが……
「いや、上位種がこんなに多いんじゃ流石に無理だって俺でもわかるんだよ。
これは主力が居ても間違いなく苦戦するレベルだ。
主力部隊抜きでこれじゃどうにもならん……」
えっ、それほどにヤバイ事態なの?
あ、そうか。
戦争では上級騎士が沢山居たけど一つの町にはそんなに居ないもんな。
ど、どうしよう……流石に助けなきゃだよな。とユリに視線を向ける。
「ルイ、やりたい様にやっていいんですよ。
貴方がやりたいことであればそれが私にとっての是です。付いて行きます」
「じゃ、やろっか」
溜息を吐きながらも参戦を決めれば、何故か少し誇らしい気持ちも湧いてきた。
「い、いいのかよ。嬢ちゃんクラスの人間が居てくれるのはありがてぇが……多分無理だぞ?」
「えーと、どのくらいの数なら町を守れます?」
「だからわかんねぇって。
まあ一万以下ならいけるだろうけど、そうじゃなくてだな……」
大丈夫ですよ。この程度の魔物なら、と笑いながら言えば奥さんが「本当に? キミたちそんなに強いの?」とぽかんとした顔で聞き返す。
「ふふふ、魔法であれば私の彼は世界最強ですから!」
腰に手を当てて胸を張るユリが何時もの様に場を和ますかと思ったが、彼らはユリの癒しをもってしても唖然とした様を見せ続けた。
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