第74話 美少年との再会。


 茉莉花マリカ時代、親しい友達に、秀才や天才タイプはいなかった。

 興味が全然違うから、会話が弾まなくて、お互いに楽しくないし。


 でも、それは命の危険がないとき。平和ボケ仲間でいられたときの話。

 周りが敵だらけだと、頭の切れる参謀が、戦友に欲しくなるものなんだよ。

 

 


「君が僕のパトロンになってくれるって聞いたんだけど、本気なのかな?」


 再会するなり直球で聞かれたわたしは、サトシ少年の顔をまじまじ見つめた。

 あまりにも親し気なもので、一瞬、反応に困ってしまったのよね。

 こういう場合、わたしもタメ口で返していいの? 

 それとも、王族女性らしいお嬢様言葉を貫くべき?


 そりゃ、初対面のときも、こんな感じで、フランクに話してたよ。

 でも、それは、お互い王族だとは知らなかったからでさ。

 わたしが変装していて、男の子同士って気軽さもあったわけでしょ。

 その延長でお喋りしていいものなのかな、正式に紹介されたあとでも?


 わたしは、視線を動かして、周りにいる人たちの竜気を探った。

 目の端で、テリーに鞍付けしているのは、調教師のバンバンエルとミロノフ。

 その側で、テリーに目をくぎ付けにしてるのは、匠族のカモミール。

 臨時でサトシ少年の護衛をしてるエリオットとわたし付きのオランダス。

 

 みんな我関せずで、わたしたちの会話に口を挟もうとする者はいない。

 緊急事態でもないのに、臣族が王族同士の語らいに割り込めるわけもないか。

 つまり、ここには、わたしに助言してくれる人はいないってことね。

 お作法に関しては、頼りになるテリーも、さすがに約不足だしねぇ。

 

 そう、今いるのは、テリーの竜舎なの。

 ショコラシートの改良品ができたというので、久しぶりに、テリーに騎乗するために来たら、サトシ少年が先にいたのよ。珍しい斥候竜せっこうりゅうを見たかったとかで。

 再会するのは、明日の歓迎会の予定だったのに、不意打ちを食らったわ。


 別に、竜舎ここにいるのは、違法ではないよ。サルトーロの不法侵入とは違って。

 一昨日サツキの採用が決まって、少年も王寮に住むことになったんだから、たまたま敷地内で顔を合わせることだってあるだろうさ。

 でも、引っ越し当日の午後に、いきなり遭遇するとは思わないじゃないの。


「えぇ、わたくし、甘味学校というものに、強い興味を持ちましたの」


 暫し悩んだあと、わたしは、タメ口はやめておくことにした。

 ユーレカやサルトーロとだって、『ですます調』で話しているんだし、年上の王族相手なのに敬語を使わねば、ソフィーヌ寮長にお小言を食らいそうだもんね。

 ロムナンは、王族でも例外よ。【交感】は、普通の会話とは別物なんだから。


「そう? 嬉しいな。僕も、強い興味を持ったんだよ、君に」


 サトシ少年が、にっこりと笑った。

 この微笑みも、ぞぞっとするほど綺麗だった。ただし、悪魔的な危険風味で。

 ショック! わたしの可愛いアイドル様が変貌してしまったぞ。

 うわぁ、もしかして、この子ってば、表面は爽やかスポーツマンのくせして、中身は腹黒策士タイプなのぉ?! 外見詐欺もいいとこじゃないさ。


「まぁ。わたくしなどのどこに興味がありますの?」


 わたしは、『動揺』を必死に押し殺して、にっこり笑い返した。

 たぶん、顔面が引きつりまくっているだろうけど。

 それに、そもそもベールで隠れてて、表情なんか見えるわけもないんだけど。

 これは、気合の問題。竜気で押し負けるわけにはいかないのだよ。


「全部。君って、実に刺激的でミステリアスな存在だからね。いろいろ噂を聞いているよ。栄マーヤの再来だとか、竜神リ・ジンのご加護を得たとか」


 サトシ少年のくりっとした竜眼がキラリと光った、気がした。

 同時に、探るような気脈が、こちらへ伸ばされて来る。楽し気に、興味津々に。

 そう言えば、この子、好奇心が旺盛なんだっけ。知識を増やすのに貪欲だって。

 まずいぞ、まずい。頼むから、変に興味を持って突っ込んで来ないでよ。


「わたくし、栄マーヤの再来などではありませんわ。そのように噂されるのも嫌いですの」


 語調を強めながら、わたしは、ツンっとそっぽを向いてやった。

 少年の竜気もビシッとねつけると、周囲の方が凍りつく。動きも、竜気も。

 わたしの側仕えたちは、噂嫌いな主人の逆鱗げきりんに触れたと怖れおののいたみたい。

 だけど、当の少年は、こたえた様子もなく、飄々ひょうひょうとしている。

 竜気も衝撃に縮こまることなく、ポンポンと『了解』を打ち出してるだけ。

 『おー、怖っ。降参』とか言って、おどけたように万歳するのに似ている。

 『あんたが本気なのはわかったけど、そんなに怒るなよ』みたいな感じ。

 

「それは失礼」


 改まって謝罪した少年の視線が、わたしから離れて、テリーに向けられる。

 会話が気まずく途切れた。けど、そこで、安心してはいけなかったのだ。

 

<ふうん、そうか。[再来者さいらいしゃ]じゃないなら、[転生者てんせいしゃ]の方なのかな?>


 それが、【交感】による問いだとわかるまでに、一瞬の間があいた。

 その隙に気脈が通じてしまったようで、わたしの思考が少年に流れていく。


<――え? 何……[再来者]に、[転生者]って……?>


 何よ、この子、交感力者だったの、とか。

 ロムナンやテリーより、複雑な言葉が交わせるな、とか。

 気脈の通し方が、ソラより手慣れていて上手いじゃない、とか。

 ソラが、異界から来たことがバレたらまずいって言ってたのに、とか。

 でも、これじゃ、もう秘密は守れそうもないや、とか。

 あれ、マーヤの再来ってことにしておいた方が良かったのかも、とか。

 確か、ソラは、転生って単語は使っていなかったよね、とか。


 そんなこんなが一気に渦巻く混乱の中で、やけに冷静なサトシ少年の思念が伝わってくる。わたしをなだめすかすような竜気をまとって。


端的たんてきに言えば、子孫に生まれ変わってくる魂が[再来者]で、亡くなった人の身に宿る魂が[転生者]。ちなみに、[転生者]は、前世の記憶を持っているけど、そのことを口には出せないものらしいね。君の場合は、どうなのかな?>


 [転生者]は、前世の記憶を口に出せない?

 どうなのかと言われても、どうなんだろう。意識したことがなかったけど。

 ソラとも外帝陛下とも【交感】で話しただけで、口に出したことはないかも。

 いや、そんなことより、この子が、やたらと詳しそうな事実の方が重要だよ。


<もしかして、あなた、誰か、[転生者]の知り合いがいるの?>


 今更すっとぼけても無駄だと思ったわたしは、ずばりと聞くことにした。

 ただし、顔はテリーに固定して、少年の方は見ないようにする。

 これは、周りの者たちに、【交感】しているとバレないためのテクニックだ。

 この辺りの対応力は、ソラとの内緒話で、それなりに鍛えられているからね。

 

<いや。期待させて悪いけど、知識として知ってるだけだよ。[転生者]には、いつか会って話がしてみたいものだとは思っていたから、僕にとって、この邂逅かいこうは、まさしく僥倖ぎょうこうだな>


 サトシ少年の演技力もたいしたものだった。ソラにも負けてないね。

 周りには、誤魔化し用の『怒らせてしまって、弱ったな』的な竜気を弱々しく拡散させつつ、わたしに背を向けて、テリーの方へ歩いて行く。

 確かに、この間合いなら、誰も、わたしたちが内緒話してるとは気づくまい。


<どうして、わたしが、[転生者]だと思うの?>

<それは、僕自身が、[再来者]だからかな。僕はオスカー一世の記憶と能力を受け継いでいるものでね。人の本質を見抜くのは、かなり得意なんだ。君の竜気は栄マーヤと似ても似つかないから、[再来者]とは思えない。同時に、君の先進的で優れた知能レベルからすると、7歳であるはずはないから、他者の記憶を持っていると断言できる。となれば、[転生者]の可能性の方が高いだろう>


 えーと、オスカー一世って、何者だっけ? 

 わたしは、王祖四子とショコラのご先祖にあたる変身ラーラと雷将ヴォノン以外の逸話は、ほとんど知らないのだよ。

 まだ、『歴史』の授業までは受けてないもんでさ。中身は17歳でも、こっちに来てからは、まだ半年。常識については、7歳児にすら及ばないんだってば。


 まぁ、誰にしろ、栄マーヤを知ってるなら、大昔のお偉いさんに違いない。

 その記憶と能力を受け継いでいる[再来者]って言うと、レアなんだろうな。

 どことなく、『我は何でも知ってる』的な賢者様っぽい感じがするじゃない?

 あるいは、『子孫は弱すぎる、俺TUEEE』型の勇者様……には、見えないな。


 ともかく、少年の自称再来説は、不思議なほど、すんなりあっさり信じられた。

 自分が栄マーヤの再来と言われても、アホらしい戯言たわごととしか思えなかったのに。

 そうか。転生がアリなんだから、再来することだってないとは言えないねって。

 竜気が真剣で、嘘や冗談じゃないって突き付けられたせいもあるけど……。


<転生してきたのは確かだけど、わたし、知能が高いわけじゃないよ>


 わたしは、ごくごく平均的な女子高生。

 お菓子づくりに自信があるだけで、内政チートができる知識なんて持ってない。

 [転生者]に興味を持ってるようだけど、変に期待をされても困るわよ。

 小市民根性むき出しで牽制したのに、『呆れ』の竜気で一刀両断された。


<君さ、隠蔽工作は苦手みたいだけど、あまりにも不用心だよ。少しは客観的に考えてごらん。たとえば、このショコラシート、これを考案したのは君なんだろう? 匠舎をお抱えにして、材料の研究までさせてるって聞いたけど、ここまで大掛かりな開発事業を普通の7歳児ができると思うの? 資金を出しているだけならまだしも、デザインや設計にも注文つけているそうじゃないか>


 サトシ少年は、テリーにつけられたショコラシートを触りながら言い切る。

 たしかに、開発や研究なんて、7歳児のやるこっちゃないよね。

 でもでも、情報は秘匿ひとくするよう、ちゃんと契約で縛ってるはずなんだよ。

 

<ど、どうして、そんなことまで知ってるの?>

<もちろん、カモミールに聞いたんだよ。一応、口止めはしているみたいだけど、情報管理が甘すぎるね。それに、昔の僕は、前線勤務の分析官だったんだ。危機意識の緩い技術者を誘導尋問する程度のことは、子供の身になったってできるさ>


 分析官? またしても、わからない用語が出てきたぞ。

 わたしのイメージとしては、キーボードを叩きまくる天才ハッカーなんだけど。

 この世界には、コンピューターなんてないし、ドラマのキャラとは別物だろう。

 前線勤務ってことは、作戦部とか情報部とかに属する文武両道の軍人かな。


<子供って……、あなた、中身は何歳なの?>

<オスカーは、27歳で死んだから、合算すると、38歳になるね。君は?>


 意外と若い――って言うか、享年27歳なんて、ずいぶんな若死だよね。

 確か、王祖四子が亡くなったのが、第二次竜魔大戦末期だし、戦死したのかも。

 何れにせよ、帝竜国が建国される前のことだから、一万年以上昔の話だけど。

 うわー、日本だったら、縄文時代あたりじゃないの。気が遠くなりそう。

 

<17歳。こっちに来て、まだ半年よ>

<半年、か。なるほど。つまり、6月末の魔族襲撃のとき、本物のショコラは竜界に還り、空いた身体に、君が入り込んだってわけだな>


 怖っ! この人、あっという間に、真相にたどり着いちゃったよ。

 分析能力があるって、誘導尋問するって、こういうことなんだ。

 ありきたりの質問のようでも、いつの間にか、自白ゲロさせられているわけね。


 これほど頭が切れる相手じゃ、凡人転生のわたしには、対抗できっこないぞ。

 とにかく、敵に回したらヤバいってことは、嫌でもわかった。

 その分、味方につけられれば心強いけど、秘密仲間になってくれるかな。


<正解。でも、わたしが[転生者]だってことは、トップシークレットなの。側仕えにも話していないから、秘密にしておいてもらえないかしら?>

<それは、僕の師匠にも、黙っていろと言うことかな?>


 わたしのお願いに、当然と言えば当然の質問が返された。

 サトシ少年にとって、サツキは、師匠であり、実の叔母でもある。

 一番身近な保護者に隠し事をしろと言うのは、過大過ぎる要求かもしれない。

 

 でも、わたしは、まだ、サツキの性格や気性はわかっていないんだよね。

 信用調査はパスしているけど、心底信頼できるというわけじゃないし。

 できるなら黙っていて欲しいのが正直なところ。少なくとも、当面は。 


<えぇ。知っている方が危険――ってこともあるでしょう?>

<あぁ。だけど、知らないでいる方が危険――ってこともあるだろう?>


 お説ごもっとも。ぐうの音も出ない切り返しがきて、わたしは詰まった。

 駄目だ。オスカー氏相手じゃ、ソラの論戦シナリオも役に立たないや。

 38歳分析官と17歳女子高生じゃ、基本スペックが違い過ぎるんだって。


<僕を言いくるめようとしても無駄だよ。説得したかったら、素直に質問に答えること。下手な隠し立てをせずにね>

<いいわ。質問をどうぞ>


 わたしは、抵抗するのを諦めて、素直に『同意』竜気を返した。

 もともと駆け引きなんか嫌いだし、得意なわけでもないんだから。

 悪意の感じられる危険なやからなら、負け戦だって、最後まで闘うけどさ。

 味方につけたい相手とは、信頼関係を築く方が大事だもんね。


<君は砂糖の個人輸入を始めるそうだけど、それは、ユーレカに勧められて?>

<まさか、違うわよ。砂糖が欲しいのは、わたし。三ノ宮国の主要輸出産業が砂糖と知って、わたしから、ユーレカに、仕入先を紹介してくれるように頼んだの>


 質問の矛先ほこさきがいきなり砂糖に振られて、わたしは面食らった。

 ユーレカを非難する竜気が、微妙に漂っているのも意外だったけど。

 もしかすると、三ノ宮国のために、ユーレカがロビー活動して、わたしに砂糖を売り込んでるとでも思ったのかもしれない。


 傍目には、そういう風に見られているのかな。幼女ショコラに、麻薬さとうの味を覚えさせて、不正に外貨獲得に乗り出した国の手先みたいに。

 だとしたら、ユーレカが可哀想だ。そんな誤解は、きっちり解いてやらねば!

 わたしが義憤にかられて力説すると、サトシ少年がちらりとこちらを見た。


<それが、どれほど危険なことか、わかっているのかな?>

<わかってるつもりよ。誓神教国のブラックリストに載ってることや、[竜糖派]を敵に回すことは。でも、そんなの今更の話だわ。テレサは、その狂信者連中に暗殺されたんだから、ショコラにとっては親の敵。わたしだって、誓神官に【誓縛】をかけられて拉致されそうになったのよ。既に目をつけられてる以上、砂糖を輸入しようがしまいが、危険の度合いが変わるものでもないでしょ?>


 わたしの主張を聞きつつ、サトシ少年は、「伏せ」状態のテリーを撫でている。

 敵意を嗅ぎつけるのが得意なテリーが、警戒せずに触らせているということは、こいつは信用できると保証されたようなもの。

 おかげで、わたしも安心して本音をぶちまけられた。

 

<【誓縛】して拉致? 王族の幼女を? やれやれ……誓神教国が、そこまで腐りきっているとは知らなかったな。それは、いつ頃の話なんだ?>

<転生してきてすぐ。4日目か5日目か――7月の頭だったわ>


 どうやら、オスカー氏にとっても、誓神教国は、敵性国家という認識らしい。

 『侮蔑』と『嫌悪』の竜気が渦巻いていて、おどろ怖いぞ。

 でも、良かった。敵方じゃないみたいで。敵の敵は味方って言うもんね。


<なるほど。誓ダルカスが奴隷落ちした誘拐未遂事件だな。即日採決の御前裁判があったという話は聞いていたけど、あの一件の被害者は、君だったわけか>


 ひゃー、この人ってば、一体どこまで情報を掴んでいるんだろう。

 確か、三ノ宮国から帝竜国こっちへ来たのは、四か月前って言ってたよね?

 どうして、半年前に起きた事件も知ってるの。どうやって調べたわけ?


<そうよ。全く、ろくでない連中だったらありゃしない。わたし、殺されるのは怖いけど、本当はとても怖いんだけど、操り人形にされるのは、殺されるより嫌だし、あんなやつらに操られるくらいなら、死んだ方がまだマシだと思うの。もちろん、られるのをただ待ってる気なんかないから、闘うつもりだけどね。幸いショコラは大金持ちだから、資金力では、誓神教国にだって負けないはずだわ>


 誓神教国は、小さな島国だ。ハワイくらいの国土しかないの。

 当然、人口も少ない。奴隷を数に入れたとしても、四万人程度。

 中性の出生比率は、年々低くなっているそうで、誓神官は三百人そこそこ。

 帝竜国にある誓神殿も16しかないし、四神殿の中で、規模は最も小さいのだ。

 

 だからと言って、過小評価していいわけじゃないけどね。

 なにしろ、陰でコソコソ策を練り、邪魔者を嵌める権謀術数に長けたお国柄。

 世界各地に、遠話力者を使った情報網も張り巡らされてるそうだし。

 その上、【誓縛】をかけた間諜や暗殺者を送りこむのが、得意芸なんだからさ。


<確かに、財力があるのは有利だが、闘うには、それなりの兵力が必要だよ。王寮にいる君の陣容は、護衛が十数名だけだろう。どれほど腕がたつ退役兵を揃えているとしても、抑止力としては、頭数が少なすぎる>

<竜も含めれば、護衛は倍以上になるのだけど、まだ足りないかしら?>


 オスカー氏も、誓神教国をメチャ危険視しているらしい。

 難し気な言葉を使っているけど、もっと警戒しろと真剣に忠告してくれているのはわかったので、わたしとしても、不安になってきた。

 警備については、マイケル師にまかせっきりなんだけど、増員するべきなのかな。


<あぁ、そうか。ここには、番竜がいたな>

<番竜12頭に、光竜が17匹。今度、見張竜も4頭買うことになっているの>


 普通の光竜には攻撃力はないけど、不審者がいれば、ソラに連絡が行くのよ。

 つまり、あちこちに配置されてる光竜は、監視カメラみたいなものなの。

 そして、ソラは、全てをモニターしている管理者ってところね。

 ある程度の知能を持っている竜なら、この保安システムに組み込むことが可能。

 自由を愛するヒールだけは、遊軍扱いで、指令系統から外れているけど……。


<テリー、いる!>


 そこで、テリーの思念が、いきなり切り込んできた。お怒りとまではいかないけど、熱く激しく、「わたしも、いるんだぞ」と自己アピールをしてくる。

 しかも、武器に等しい尻尾を持ちあげて、思わせぶりに、ゆらゆらと揺らし始めてるぞ。これは、威嚇か、警告か!

 

 いやいや、あんたのことを忘れていたわけじゃないんだよ、テリー。

 こうして目の前にいるのに、忘れてるわけないじゃないの。

 斥候竜あんたの攻撃力はピカ一だし、わたしを運べるのも、あんたしかいないのよ。

 ただ、竜舎ここは、王寮から、ちょっと離れているから、あっちの保安システムからは独立しているでしょ。それだけの話だってば。

 そんなに拗ねないでよ、ほら。いい子だから。


 慌てたわたしは、テリーを撫で撫でしつつ、必死にご機嫌を取り結んだ。

 テリーは、気が優しくて、温厚な竜なんだけど、プライドは高いのよね。

 主人を守りたい、役にたちたいって忠誠心が強いの。強迫観念みたいに。

 わたしを振り落としちゃったあと、ものすごくへこんでいたくらいだし。

 

<今のは、この斥候竜か。竜眼族同士の【交感】に同調できる眷属竜けんぞくりゅうとは、実に素晴らしい。そうか。改良交配で、ここまで進化させられたんだな>


 オスカー氏が、離れたところで感心している。余裕たっぷりに腕を組んで。

 テリーの不穏な竜気に素早く反応して、壁際まで飛び退ったのはさすがだった。

 護衛のエリオットより、反射神経が良いし、危険察知能力も高いようね。

 

<あなたの時代には、斥候竜はいなかったの?>

<あぁ。当時は、竜も人も殺されていくばかりで、竜界が存続できるかどうかすら不透明な時代だったからな。それでも、交配実験に明け暮れている学者はいた。食べるものすら不足がちで生活は厳しいというのに、自分の食料を回してでも、理想の眷属竜を作ろうとしていた研究馬鹿が。結局、あの男は餓死したんだが、あいつが情熱をかけた実験の成果は、こうして代を重ねてきたのだと思うと感慨深い>

 

 『研究馬鹿』と言いつつも、そこには、『親愛』と『哀惜』が感じられた。

 きっと、その学者あいつさんは、友達とか家族とか、大事な人だったんだろう。

 あぁ、それで、斥候竜がいると知って、引っ越し早々、見学に来たんだね。


<それなら、わたしは、その学者さんに感謝しなくちゃね。テリーは、【交感】が通じるだけじゃないの。とびきり頭が良くて、毒物も嗅ぎ分けられるのよ。脚も速いし、動きも素早くてね。尻尾で、野生の番竜をはね飛ばしたこともあるし、暗殺者を捕まえてくれたことだってあるんだから。ね、テリー?>

 

 わたしは、ついつい意気込んで、ペット自慢してしまった。

 飼い馬鹿だと思われようといい。実際に、テリーは最高のしもべなんだから。


<テリー、しもべ。マリカ、助ける>


 テリーも、満足気に同意した。危険極まりない尻尾の動きも停止した。

 うんうん、頼りにしてるからね。ご機嫌麗しくなったようで、ほっとしたよ。


しもべ、か。それならば、人間の護衛を増やす必要はないかもしれないな>

<え? どういうこと?>


 わたしは、思わず振り返ってしまった。

 サトシ少年は、わたしとは視線を合わせず、ミロノフに「斥候竜の餌は何だ?」などと話しかけながら、【交感】を保持してる。

 すごい。これが並列思考ってやつ? わたしには、まだちょっと無理だな。

 

<僕となった眷属竜は、主人に対する忠誠心が高い。配偶竜よりも知能は劣ると言われてはいるが、【交感】できるのであれば、他の竜たちを使役することも可能だろう。想像するに、番竜たちは、この竜に従っているのではないか?>

<そうね。みんな、テリーには逆らわないわ>


 番竜組のボスはわたしだけど、ナンバーツーと言えるのは、テリーだ。

 一撃で吹っ飛ばされた一郎なんか、わたしよりテリーを恐れてるもんね。

 

<それならば、王寮に、暗殺者が忍び込もうとしても阻止できると思う。斥候竜と名付けられたからには、索敵能力に秀でているはず。要するに、隠れている敵を見つけるのが上手いということだ。単騎では穴もでるが、番竜や見張竜と連携して防衛するのであれば、不審者を見逃すことはまずあるまい。それはともかく、そろそろ、周りが不審に思い始めてるようだよ。通常の会話に戻るとしようか>

 

 そこで、サトシ少年の顔がこちらに戻り、躊躇ためらいがちに口を開いた。

 子供っぽく鼻の頭をちょっと掻いちゃったりなんかして、やたらと芸が細かいじゃないの。詐欺師レベルの演技力だ。

 したたかな中身を知ってからだと、外見との違いに眩暈めまいがしてくるよ。

 ここまで豹変ひょうへんされると、ぞっとして、ギャップ萌えにもならないぞ。


「僕は、そろそろ部屋に戻ろうと思うんだけど、その前に、ひとつ提案してもいいかな?」

「何かしら?」


 戦々恐々としながら問い返したわたしに、信じられない提案がなされた。

 いや、これは、悪魔のささやきだったかもしれない。それほど魅力的に聞こえたという意味では。


「君、甘味官志望だって言ってたよね。それなら、今度、僕がお菓子作るところを見学してみない? この前試食した竜糖蜜のレシピも教えてあげるよ?」

「えぇっ?! 弟子にしてく、くっ、くれますの?」


 高級メロン味を思い出した興奮のあまり、妙なところでどもってしてしまったけど、「くれるの?」とは言わずに、語尾を取り繕えたことを褒めて欲しい。

 

「別に、弟子入りする必要はないと思うけど? パトロンになってくれるなら」

「もちろん、パトロンになります!」


 わたしは、掌を叩き合わせて即答した。歓喜をまき散らしながら。

 やったぁー! お菓子を作るところが見られるぞ!

 この世界の食材で。この国の調理器具を使って。未知のレシピを覚えるんだ。

 もしかしたら、少しは手伝わせてもらえるかもしれない。

 みんなに止められて、当分無理だと諦めていたのに。

 王族からの申し出だもん、断るなんて失礼だよね。

 王族同士の約束だもん。破るわけにはいかないよね。

 立派な大義名分成立だー!



 甘味学校が開校できたのは、これから10年も経った先の話となりますが、わたしが、正式に、サツキとサトシ師弟のパトロンとなったのは、このとき12月20日のことでありました。


 そうして、その10年間というもの、サトシ少年の皮を被ったオスカー氏は、その腹黒さ故に頼りになる参謀役を務め、[竜糖派]との攻防においては、分析官の本領を発揮することによって、実に力強い味方となってくれたのでございます。

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