第52話 美食家聖竜、登場!


 聖女様って、ファンタジーでは定番だよね。

 怪我を直したり、瘴気しょうきを払ったり、いやしの力を使える清楚系せいそけいの乙女。

 「ヒール」と唱えるだけで、光にパァァと包まれて、奇跡を起こしちゃう人よ。

 あれって、本当にあったら助かる超能力、ナンバーワンだと思わない?


 残念ながら、この世界には、治療の「ヒール」も、一般的ではないらしいの。

 意外と使えないよな、神通力は。簡単便利魔法的なものは、期待できなくてさ。

 神話では、ちぎれた腕をくっつけたり、壊死えしした足を治したりしてるんだけど。

 それは、[神乾門じんけんもん]の御業みわざで、今の時代には、使える人がいないんだって。



<おねえさま! たすけて!>

 わたしの脳味噌を一瞬で覚醒かくせいさせたのは、ロムナンの思念だった。


 ショコラシートの改良版は、頭から背中全面を羽衣でフルに覆い、お尻と膝と踵部分に、低反発クッションタイプの特殊素材が使われているので、手綱がわりの領巾ひれを握りしめているだけで、テリーから落ちずに済むの。オフロード車に乗ってるくらいの振動はあるけど、疲れていたわたしは、いつの間にか、ウトウトしていたらしい。やっぱり、幼児の身で、一時間もの夜間ドライブはしんどいよ。


<ど、どうしたの、ロムナン?>

 わたしは、顔を上げたけど、フードを被っているせいもあって、視界は悪い。いや、さっきよりは、良くなっているのか。森を抜けて、月の光を遮るものが何もない分、明るくなっていた。少なくとも、テリーが、岩場を上の方へ、ひょいひょいと、登っていることがわかるくらい、陰影がはっきりしている。


<りゅう、いっぱい。あいて、つよい。なかま、へった>

 竜がいっぱい。相手が強くて、仲間が減った? 襲ってきた飛竜は、一頭じゃなかったの? 大変だ。それって、バトルロイヤル戦になってるってことじゃない。しかも、番竜組の方が劣勢で、死んだか、倒れちゃった子がいるってことよ。


<ロムナンは、大丈夫なの? 怪我してない?!>

 よくも、うちの連中を傷つけてくれたな。どこの組の竜だか知らないが、この落とし前は、きっちり、つけさせてもらうぞ。首を洗って、待っていやがれ!


 怒りの竜気が、わたしの体内を駆け巡り始める。ほとんど極道一直線の闘志が、疲労感を吹き飛ばし、竜気がぐんぐんと増幅していくのを感じる。サルトーロと繋がったときに押し込めた分が、一気に膨れ上がって、いつもよりも竜気量が多い。


<ロムナン、けがない。ちから、かして>

 良かった。怪我なしね。力を貸してというのは、竜気を回してってことだよね。助けてっていうのも、それだけの意味。ロムナンは、死にかけてるわけじゃない。

確かに、気綱は、全く緩んでいなかった。細くも弱まりもせず、異常はないな。


<よっしゃあー! 持ってけ、ロムナン>

 わたしは、ダムの水門を開くようなつもりで、ロムナンとの気綱をめがけて、竜気を放出した。もはや、乙女らしさの片鱗へんりんすらないが、気にしてはいけない。決算前の大特売くらいの意気込みで、棚在庫を総ざらいするのである。お上品に構えていては、商品が残ってしまう。それなりの掛け声というものがいるのだよ。

 

<おねえさま、すごい! みんな、がんばれ!>

 驚きと喜びが半々と言った感じで、ロムナンが叫び返してきた。

 みんな? 誰に、叱咤激励しったげきれいしているんだろう。番竜組のことかな? 竜気を出し切った脱力感で、ボケっと考えていたら、とんでもないことが起きた。数秒後に、放出した何倍もの竜気が逆流してきたのである。


 うぎゃぎゃぎゃ、ぎゃぎゃぎゃーっ! そ、そうだったーっ。個々が別に放出するより、パーティで循環させた方が、竜気は多くなるんだっけ。それも、頭数が多いほど、雪だるま式に、竜気量が倍増していくもの。そう、四の四乗ってやつだよ。でも、これ、とても四人分とは思えないんだけど。ソラと二人で循環させたときの何倍も凄まじいって。無理無理。一人じゃ耐えきれない。あふれちゃう、まれちゃうよ。


<ソラ! 助けて!>

 土石流どせきりゅうか、雪崩なだれかという圧倒的なスピードで流れ込む、大容量の竜気に耐えきれず、わたしは叫んだ。答えはなかったけど、ソラとの気綱が太く強靭きょうじんになって、処理しきれない分を受け止めてくれてる。あれ、ソラだけじゃない。もう一本、ずっと細いけど、すぐ近くに、竜気を引き入れてくれる気綱がある。


<テリーね! ありがとう! ソラも、ありがとう!>

 二頭のおかげで、何とか持ち直したわたしは、気合を入れ替えて、パーティの輪に参加した。その竜気の奔流が、どのくらい続いたのかわからない。たぶん、数十秒程度だったのだと思うけど、最大限まで加速した膨大な竜気量が、ロムナンを起点に、放射状に解放された。花火みたいに、ドドーンと一発で。ただし、垂直方向の円形じゃなくて、水平方向にぐんぐん広がってくる。


 月光の頼りない薄明かりの中で、まばゆく白い光の糸が無数に走るのが見えた。爆発音はなかったけれど、「ギョエー」とか、「グワォウ」とかいう鳴き声とともに、ズッシン、ドッタン、バタバタ、ゴロゴロと、いろんな音が聞こえ始めた。何かが倒れる音。落っこちる音。転がり崩れる音。たぶん、気絶した竜たちが立てる音。もしかしたら、死傷した竜もいるのかも。何十という音が、重なり合って、不協和音を奏でてるよ。


 それから、「ウゥウオーウゥウー」という狼みたいに尾をひく遠吠えが響いてきた。かなり近いな。あれは、番竜組の勝鬨かちどきだ。わたしは、よく知ってるの。あいつらは、わたしを乗せたテリーと競走して、走り勝つ度に、ああやって、俺たちゃ速いぜアピールをするからさ。いつもは、鼻で笑ってやるけど、今日は、お腹の底から笑うことができる。だって、ロムナン側の味方が勝ったってことだもんね。


<やったわね、ロムナン。勝ったんでしょ?>

 意気揚々として勝利の喜びを分かち合おうとしたのに、ロムナンの反応は鈍かった。疲れたのか、安心したのか、ぐったりして、眠りかけているみたいだな。

<たぶん>

<たぶん?>

<ロムナン、目みえない。つかれた。うごけない>

 目が見えなくなるのって、相当怖いことなのに、ロムナンは、淡々としてる。この子も、大物だよねぇ。まぁ、自分より強い敵に対峙たいじして、逃げなかったくらいだもんな。これで、まだ、8歳なんだよ。類なんか、このくらいのとき、猫に威嚇いかくされただけで、ビービー泣きながら、逃げ帰ってきたっていうのに。何たる違いさ。


<目が見えないのは、大丈夫。真っ白になってるんでしょ。そのうち治るからね>

<そう?>

<そうよ。無理して、動こうとしないで。そのまま、休んでいていいの>

 安心させるように言ったけど、ロムナンの警戒心は、まだ解けきっていない。

<おねえさま、どこ?>

<近くよ。もうちょっとで着くわ。だから、安心……うわっ、何、これ?>


 テリーが立ち止まったところは、いきなり野原になっていた。今まで、苦労して上がって来たのは、ごつごつした岩場で、場所によっては、切り立った崖になっていたのに。広さは、そう、200メートルトラックくらいかな。小石はごろごろ転がってるけど、膝丈くらいまでの草が生い茂っている。突き当りの側面は、また急斜面に続いているし、ここだけ平らで、土まであるのが不自然な感じ。でも、そんな疑問なんか吹き飛ぶほどの凄絶な光景が、その上に広がっていた。


 竜がいっぱい。ロムナンがいった通りだ。確かに、いっぱいいるよ。ざっと見ただけじゃ、数えきれないほど。ひときわ目立つのは、真ん中あたりに倒れているドラゴンっぽいやつ。その大きな蝙蝠型こうもりがたの羽に、小型の番竜たちが牙を立て、きむしるように攻撃している。現在進行形で。うげっ。血の匂いがすごいわ。薄暗くて良かった。血みどろドラゴンのカラー付なんて、あまりにもエグすぎる。モノクロでも、乙女の繊細な神経をごりごり削ってくれるんだから。


 わたしは、思わず目をらしちゃったんだけど、テリーは、その中を平然と歩き始めた。この子だって、まだ二歳仔なんだよ。実戦経験だってないのに(番竜組との対決は除く)、ちょっときもわりすぎていない? さすが、斥候竜。これぞ、斥候竜。血に騒がず、火を怖れず、魔に怯えず、気がくじけず、豪胆ごうたんかつ明敏めいびんな優良種と絶賛されるだけあるよなぁ。わたしも、テリーの主人として、根性入れて振る舞わなくちゃ、恥ずかしいかなぁ。


 テリーが進む方向には、死屍累々ししるいるいと言った感じで、さまざまな大きさや形の竜が倒れ伏していた。羽があるものが多いけど、手長猿に似たやつもいれば、カマキリを巨大化したようなやつもいる。その間を、からすサイズのグループが、ブンブン飛び回ってるし、テリーを見て、逆方向に逃げ出した熊みたいなモコモコ毛もいた。これじゃ、飛竜渓谷じゃなくて、見本市渓谷とでも言った方がいいんじゃないの。


<あそこ、ロムナンとあかげのこ>

 テリーが、次に立ち止まったのは、サツキに似た低木がある一画だった。その陰に隠れていて、わかりにくかったけど、よくよく見れば、根元に、一塊ひとかたまりになったものがある。そして、それを守るように、周りを走り回る番竜組が……。あれ? なんか、やけに数が多いぞ。おいおい、8頭もいるじゃないの。ドラゴンを襲っている番竜と合わせると、20頭以上だよ。なんで、こんなに増殖ぞうしょくしてるわけ?


 いや、もう1頭いる。ロムナンが、いつものように抱きついているスケ婆が。近づいても、いつもと違って、ぴくりとも動かないけど。まずい。竜気もほとんど感じられないぞ。仲間が減ったって言ってたのは、スケ婆のことだったのか。


<スケバンは、どうしたの? 怪我?>

 命令しなくても、テリーが、「伏せ」の体勢になってくれたので、わたしは、急いで、安全ベルトを外しながら、ロムナンに話しかける。

<スケバン、あかげのこ、まもった。ちから、いっぱい、つかって>

<そうか。スケバンは、頑張ったんだね。ロムナンも、ほんと、よく頑張ったよ>


 テリーの背中から、滑り降りたわたしは、まずは、ロムナンの側に走り寄って、本当に怪我をしてないか、撫でまわしてみた。大丈夫そうだね。次に、スケ婆のお腹に手を当てて、心臓の鼓動を確かめる。うん。弱いけど、動いてはいるな。竜気を使い過ぎて、消耗してるだけだと思う。わたしには、それ以上は、判断しようがない。できるだけ早く、竜医りゅういに診てもらうことにしよう。


<みんな、がんばった>

<そうだね。番竜組も、みんなが、力を合わせたから、勝てたんだもんね。サルトーロは……、赤毛の子の様子はどうかな。お姉さまに、見せてちょうだい>

<うん。あかげのこ、血がでた。ちから、すくない。へんじない>

 出血が多くて、竜気の残量は少なくて、もう意識がないってことか。


 ロムナンが、サルトーロを背中に庇うようにして、横たわっていたので、その身体を少しずらして、隙間を作ってから、そこに膝をつく。どきどきしながら、サルトーロの首元に指を触れる。え? 脈がない? ぎょっとしながら、胸に掌を押しつけてみると、微かに揺れているのが感じられた。でも、弱弱しい。スケ婆より、ずっと危険な状態の気がする。そう言えば、肋骨も骨折していたんだっけ。 


 わたしは、慌てて、胸から手を放した。変に押したせいで、余計悪化させちゃったかもしれない。掌がべとべとするし、血の匂いもしてる。でも、この暗さじゃ、傷口は見えないし、どこから出血してるかもわからないよ。服は、全体的にじっとり濡れてる感じがするけど、まさか、これ、全部が血液じゃないよね? 


<ソラ! サルトーロは、生きてる! でも、すごく弱ってるよ!>

 【交感】が切れたままのソラに向かって叫ぶと、今度は、返事が返ってきた。

<ロムナンの方は? 無事なの?>

<うん。【攻撃波】を放出したせいで、疲れ切っているし、目も見えなくなってるけど、大丈夫。怪我はしてない>

<マリカは、目が見えるの? さっき、すごく竜気を使ったでしょ?>

 確かに、そうだった。今までで最高に、大量消費したんじゃないかと思う。


<そう言えば、そうだね。どうしてだろ。今回は、ちゃんと見えるよ>

 今更ながら不思議になって、辺りを見回す。うん。ちゃんと見えてるね。

<きっと、出力門が、ロムナンだったせいね。目が見えるなら、限界値は越えていないはずなんだけど、竜気が残っていそう?>

<たぶん。それほど、疲れた感じもしないし、大丈夫じゃないかな>

 正直なところ、竜気の残量なんか、自分ではわからないけど、こうして普通に動ける以上、問題はないはず。眩暈もしてないし、痺れてもいないし。


<良かった。無理しない程度でいいから、サルトーロに竜気を送り込んで欲しいの。まず、竜眼に片手を当てて、もう片方の手を胸に当てて……>

<待って。サルトーロは、肋骨を折ってると思うのよ。手を押しつけると、悪化しそうで怖いんだけど>

<そうだったわね。それじゃ、指先を握るのでもいいわ。竜気を循環させるためには、竜眼の他に、もう一カ所に触れている方が効率的なの。竜眼から、竜気をゆっくり流し込んでみて。圧力をかけ過ぎないように、ほんの少しずつ>

<わかった。やってみる>


<ねぇ、あんたは、今、どこにいるの? 助っ人を連れて来るって言ってたけど、どうなったわけ?>

 ロムナンとサルトーロの間に横たわって、ソラの指示通り、竜気を流し込み始めたわたしは、質問を再開した。夜間ドライブの出だしで話しただけで、その後のことを聞いていないの。助っ人と交渉中ということだったから、遠慮してたのよ。

<そっちに向かって、飛んでいるところ。ごめんね、遅くなって。相手を説得するのに、手間取っちゃったの。何しろ、気まぐれで有名な竜なものだから>


 ソラの呆れ混じりの竜気を弾き飛ばす勢いで、別の思念が割り込んできた。

<わたくしは、気まぐれなのではなくてよ。確固たる信念を持っているだけなのですからね。本当に、物覚えの悪いこと。何度言えば、わかるのかしら>

<あぁ、そうそう、信念ね。ごめんなさい。あなたは、美食家なのよね。だから、報酬が美味しい物でないと、働く気がしないのよね。せっかく希少な神通力を持ってるっていうのに、もったいないったらないわ>

 ソラの竜気に、痛烈な『皮肉』と『批判』がこもる。珍しいな、ソラが、こんな風に、攻撃的になるのって。よっぽど、相性が悪い相手なのかな。


 相手の方も、押し負けていない。気脈を尖らせて、『憤慨』しているよ。

<あなたが、自分を安売りし過ぎなのですわ。まだ若いのに、今から、そこまで人にこき使われているなんて、愚かにもほどがあるでしょうに>

 二竜の応酬に、わたしは、呆気に取られてしまった。竜も口喧嘩をするんだね。

<はいはい。ソラは、愚かな竜ですよ。わかったから、ちょっと、黙っていて。今は、重病人の手当を先にしなくちゃならないの。マリカ、サルトーロの反応は、どう? 息がつまったとか、苦しそうな様子は見られない?>

 

<あぁ、うん。それは、大丈夫そうだけど、竜気が戻って来る感じがしないよ。送り込んだら、それっきり消えちゃうみたいで……>

 わたしは、サルトーロに注意を戻した。竜の交友関係に、気を取られている場合じゃなかったよ。目の前の命を繋ぐという大仕事をしている最中なんだから。


<たぶん、体内に吸収されているところだからじゃないかな。竜気量が底をついていると、いろいろな器官が半停止状態になってるから、それが全部、動き始めるまでは、体外に出せるほど余剰の竜気はないのよ。循環できるようになるまで、かなりかかると思うわ>

 なるほど。仮死状態から復活するまで、竜気は充填じゅうてんされているってことね。


<だったら、もう少し、多く流し込んだ方がいいのかな?>

<それは、駄目。いきなり大量に入って来ると、処理しきれないものだから。さっき、マリカも、体験したばかりでしょ。竜気を回すときって、量は少しずつ増やして、速度も徐々に上げて行かないと、受け入れる側の負担になるのよ>

 ソラの指摘に、さっきの数倍返し逆流現象を思い出したわたしは、冷や汗をかいた。ちなみに、竜眼族も汗はかく。涙は外に流さないで、喉を通っていくけど。


<うっ。た、確かに……。さっきは、ほんとに、助かったよ。ソラも、大変だったの? 返事がなかったから、心配してたんだけど>

<いきなりで、びっくりしたけど、ソラは、大丈夫。ただ、ちょっと、返事をする余裕まではなくて……>

 そこで、また、信念を持つ美食家が、『嘲笑』混じりの思念をはさんできた。

<慌てて、わたくしの背中から、落ちてしまったのですものねぇ。おほほほ……>


<あなたは、黙っていてと言ったでしょ>

 ソラは、すっかりお怒りモードである。わたしなら、平身低頭するところだけど、美食家は、一向にこたえないようで、飄々ひょうひょうとしている。

<あら。わたくしが、拾い上げなければ、どうなったと思っていて?>

 どうやら、ソラは、美食家の背中に乗って、運ばれている最中のようだね。と言うことは、美食家の方が、身体が大きくて、飛ぶのも速いということなのかな。


<ソラだって、飛べるもの。何の問題ないわ>

 悔しさと恥ずかしさをにじませながらも、ソラが抗弁する。

<まぁ。感謝の竜気も出さないの……、なんて恩知らずな竜なのかしら>

 美食家の方は、呆れと腹立たしさを入り混ぜて、非難してくる。うん、これは、完全に対等の関係だね。仲が良いとは言えなくても、気を使う必要がない間柄だ。

<人の命を盾に取って、請求を吊り上げる、人でなしの竜に言われたくないわ>

<だって、わたくしは、竜ですもの。人でなしなのは、当然でしょう?>


<あのう、お二方。喧嘩は、あとにしてもらえないかな? ついでに、紹介もしてもらえると嬉しいんだけど……。えっと、美食家さんのお名前は?>

 放っておくと、じゃれ合いが延々と続きそうなので、わたしは、割り込んだ。

<うるさくして、ごめんね、マリカ。この竜は、名無ななしなの>

<は? ナナシさん?>

 これに答えたのは、ご当人、いや、ご当竜であった。

<名前がないということですわ。もちろん、以前には、ありましたのよ。でも、名付けた人が嫌いでしたので、名前も嫌いでしたの。ですから、その人の元を逃げ出したときに、名前も捨てたのです>


<名前がないのって、不便なんだけどね。とにかく、マリカ、名無しは、気まぐれだけど、治療の腕はいいのよ>

<竜には、腕などありませんわよ。わたくしは、気まぐれでもありませんし。[神乾門]の治療力が使えるのは、間違いありませんけれど>

 美食家がすかさず訂正を入れてきたが、その後に、新情報が追加されて、わたしの竜気が、『期待』でぐっと盛り上がった。

<え? [神乾門]って、今の時代に使える人はいないんじゃなかったの?>

<確かに、使える『人』はおりませんわね。でも、わたくしは、聖竜せいりゅうですもの>

 おー、聖竜ねぇ。聖女はいなくても、治療ヒールができる竜はいるってことか。


<マリカ、ちょっと、信号を上げて。だいたいの場所はわかるけど、ちょっと暗すぎて、これじゃ、降りられないの>

 今度は、ソラが割り込んできた。そう言えば、後で教えるって言ってたよね。

<いいけど、信号って、どうやって、上げればいいの?>

<ロムナンの服にも、飾りボタンがついてるでしょ?>

<飾りボタン?>

<うん。襟元とか、袖口に。ない?>

 襟元には見当たらなかった。袖口を確かめると、カフスボタンのようなものがあった。そう言えば、わたしの服にも、飾りボタンはついているな。いくつも。


<えっと、袖口にあるわね。右と左に、ひとつずつ>

<それだけ? まぁ、取り敢えず、ふたつでもいいか。引きちぎって、両手で、一個ずつ握りしめて、竜気を流し込んでみて>

<魔石に、流し込んだみたいに?>

<うん。ボタンは、魔石じゃなくて、竜石でできているんだけどね。熱くなってきたら、竜気で押し出すようにしながら、空へ投げ上げて。なるべく高く>

 言われた通りに、両手に握りこんだボタンに、竜気を流し込んでいるうちに、熱くなってきた。幼児に上手投げはできないので、下から、よいしょっとばかりに放り投げたけど、たいした高さには上がらなかった。あれれれ、落ちて来ちゃうよ。


<うわわわ……>

<テリー!>

 わたしが、あわあわしていると、ソラの叫び声と同時に、テリーの尾が、高速でブンブンと二回振られて、場外ホームランをかっ飛ばす四番バッターの如く、ボタンを打ち上げた。その直後、ボンッ、ボンッと音を立てながら、青白い光が二つ現れ、空を見上げていたわたしは、あまりのまぶしさに、目を閉じた。


<信号、発見。これから、着陸するから、ちょっと、動かないでいてね>

 ソラの思念と前後して、バッサバッサという羽ばたきが聞こえ始めた。目を開けようとしたけど、小石と砂ぼこりが舞っていたので、慌てて顔を伏せた。


<あなたが、マリカなのかしら。はじめまして。ソラの配偶者になるなんて、本当に奇特な人がいたものですわね>


 そう言われて、顔をあげると、ちゃっかりと、テリーの上に降り立った美食家が『興味津々』の竜気を振りまきながら、こちらを見下ろしていた。雄の孔雀のように羽を扇状に広げて、細長い首を傾げている。くちばしも長く、ソラのキツツキ嘴の大型版だ。羽をのぞく体長は、1メートルくらい。暗くて色はわからないけど、造形だけでも、充分に派手だよね。なるほど、これが、聖竜なのか。


<は、はじめまして。マリカです。どうぞ、よろしく>

 他に言いようがなくて、わたしは、無難ぶなんな挨拶の言葉を絞り出したのだよ。



 これが、ソラの喧嘩友達である、美食家の聖竜との出会いでございました。


 この一筋縄ひとすじなわではいかない聖竜は、多くの恩恵をもたらしてくれる一方、番竜組とは違った意味で、わたくしの頭痛の種となったのでございます。


 



 

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