第22話 ありがた迷惑にも、帝女候補に?

 

 かの有名な宇宙船を舞台にしたSFに、転送装置というのが出てくるでしょ。

 惑星に調査に出ていた艦長が、通信機で、「転送してくれ」と命じる。

 装置が作動したら、シュッパッと姿が消えて、次の瞬間には、宇宙船の中。

 正確には、転送台って言ったっけ? とにかく、そこの上に戻って来るわけ。


 あれ、便利だよねぇ。早く実用化しないかなぁと、友達と話していたもんよ。

 半分は冗談だけど、もう半分は、結構本気で期待してたんだ、わたし。

 だって、そうしたら、もう、朝夕の満員電車に、乗らなくて済むじゃない。

 高速道路で渋滞何十キロなんてこともなくなるだろうし、がんばれ、科学者!


 そういうライト感覚でいたから、【転送】されたって聞いても驚きはなかった。

 ただ、『そうか、ここには、もあるのか』って受け入れただけなのね。

 ものすごく気分が悪くて、感動している余裕がなかったというのもあるけど。

 これが、ヘビーな『奇跡』として、騒がれるなんて知るよしもないじゃないのよ。



「ショコラ様、外帝陛下との謁見は、明朝に、延期されました。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」 


 短い三者面談の後、わたしは、転送台らしきところから、客間らしきところへ運び込まれ、医務班らしき人達の診察を受け、咳止めシロップみたいな甘苦い薬を飲まされた。目は見えないし、朦朧もうろうとしていたから、よく覚えてないけど。


 ひと眠りして目覚めたときも、相変わらず、視界は白い濃霧の中のままだった。

 パメリーナは枕元にはべっていたけど、ソラは近くにいなかった。

 後で聞いたところによると、直属の上司(竜の!)に報告に行っていたらしい。

 わたしも、特に不安を感じたりはしなかったけど。そのときは。むしろ、お説教を聞かされずにすむとほっとしたくらいで。


 まだふらついて、頭の中がぼーっとしてたわたしは、絶対安静の病人扱い。

 数人がかりで着替えさせられ、シロップをしこたま飲まされたあと、またすぐに寝台に戻されたのでありました。何の情報も与えられず。謁見が明日に延期されたというのが、どんな意味を持つのか、まるっきり疑問も持たずに。


 よくよく考えてみれば、外帝陛下は、国家元首。大統領と同じで、何か月も先まで、スケジュールがびっしり詰まっていても不思議じゃない。

 まして、今は、魔族の侵攻があったばかり。大地震が起きた直後みたいな非常時よ。被災者はいるし、被害状況を確認しなくちゃならないし、警戒も続けなけりゃならなくて。政府は、てんやわんやの忙しさで、トップは眠る暇すらないはずなのよ。


 そんな状況で、面会の約束をした孫娘が、体調を崩したからって、次の日に、時間を取りなおす? 

 まぁ、本物の孫娘ショコラだったら、それもありか。

 でも、わたしは、別人マリカだし、外帝陛下は、その事実を確認済。にもかかわらず、他の重要案件を押しのけて、わざわざ時間をひねり出した。

 一体どうしてだと思う?


<どうして? なんで、正式の謁見になっちゃったの? あんた、非公式の顔あわせだって言ってたよね、ソラ>


 身投げ騒動の晩、やっと視力が回復したわたしは、やっと部屋に連れてこられたソラから、やっと事情を説明されて、焦りまくることになった。

 遅ればせながら。


<仕方がないの。マリカが、華々しいデビューを飾っちゃったせいだから>


 珍しく疲れた様子のソラが、ちょっと突き放す感じで言った。

 こんな皮肉っぽいソラは初めてで、わたしは、苦労させて悪いなと思いつつも、少しムッとした。


<デビューって何よ。ドジって、崖の上から落ちたことで、笑い者になってるって意味? それで、わたし、見世物みせものにでもされるの?>

<見世物って言うのは近いかな。でも、笑い者じゃないわ。逆よ。マリカは、期待されてるのよ。帝女候補として。だから、みんなが、会いたがってるの>


 『期待』などという期待していなかった言葉に、わたしの脳味噌は空回からまわりした。


<帝女……候補? えっと、帝女って、何だっけ?>

<内帝陛下の後継者。帝家四人のうちの第三位>


 続く言葉の意味が脳味噌に染み込むまでは、更なる時間がかかってしまった。


<はあぁぁぁ? なんだって、急に、そんな話になってんのよ?!>


 四拍ばかりおいてから叫んだわたしに、ため息に似た竜気が吹き返された。


<マリカが、【転送】されても、傷一つ負わなかったからなの>


 常識が違うわたしには、このあとのソラの説明が、なかなか理解できなかったけど、とどのつまりは、こういう三段論法らしい。



 大前提。帝女は、世界最高水準の竜気量と神通力を有していなければならない。更に、内帝や外帝と同調できるように、竜気の波長が合っていなければならない。


 小前提。ショコラは、既に、【防御波】を放出するだけの竜気量がある。更に、【転移】が成功したのだから、外帝が瞬時に同調できるほど波長が合っている。


 結論。ショコラは、帝女候補になれる可能性が高い。その竜気に相応ふさしい配偶竜を持てるように導き、しかるべき英才教育を施すべきである。



<冗談じゃないわよ。人の将来を勝手に決めないで。だいたい、わたしには、もう配偶竜ソラがいるんだから、よけいなお世話だってのよ>


 ムカついたわたしは、吐き捨てた。

 理解ができたとしても、納得できるとは限らない。バカバカしくてやってられない話じゃないの。


<――配偶竜は、変えることもできるのよ、マリカ。時が経つと、お互いの波長が合わなくなることもあるから。そのときは……>


 物悲し気なソラの台詞をさえげって、わたしは、すっぱりきっぱり断言した。


<そのときは、そのとき。それとこれとは別問題でしょ。そりゃ、喧嘩することはあるだろうし、絶交するときが来ないとは言い切れないけど、それは、わたしたちの問題じゃないの。他の連中に、相応しいの何だのと難癖なんくせつけられる筋合すじあいはないわ。それとも、何よ。あんた、相棒を解消したいって言うの、ソラ?>

<まさか。でも、ソラは、押しかけ相棒だし、マリカには、もっと他に、気に入る竜がいるかもしれないでしょ。今なら、いくらでも選べるのよ>


 押しかけ相棒――確かに、そう思ったことはある。最初の最初は。

 選択の余地がなかったのも事実だし、はめられた気がしたりもしたしね。

 でも、その後いろいろあって、本当の相棒になったつもりでいたんだ。わたしの方は。


 まさか、そのことをソラが気に病んでいるなんて、思ってもみなかったよ。

 そう言えば、「言ってくれれば、相棒を解消する」と約束してくれたんだっけ。

 出会ったときから、あんたは、公平フェア純粋ピュアだったね。


 それに比べて、わたしは、自分勝手で、思いやりに欠けていたな。あれだけ、世話をかけて、心配させておきながら。

 相棒失格なのは、わたしの方じゃないの、まったく。

 わたしは、大きく息をついてから、力強く宣言した。決意表明ってやつよ。


<よし、わかった。わたしは、改めて、あんたを選ぶよ、ソラ。あんた以外の配偶竜はいらない。だから、この話は、もう終わり>

<それで、ほんとにいいの? マリカ、まだ、ここに、どんな竜がいるかも知らないじゃない。ソラは、王族に相応しい竜とは言えなくて……>


 ソラが、まだグチグチ続けようとするのを、わたしは、強引に断ち切った。


<終わりったら、終わりなの! そんなどうでもいいことより、わたしの知りたいことを教えて。どうすれば、その帝女候補とやらにならなくてすむの? 英才教育から逃げられる方法はない?>


 そうよ。わたしは、甘味官になるんだからね。

 強制的に進路変更させられて、たまるもんですか。帝女なんて、とんでもない役職は、御免ごめんこうむるっての。

 わたしの人生設計には、魔物も英才教育も入る余地はない。絶対に、回避してやるぞ。


<――それは、マリカの演技力にかかってくるの。明日の謁見の場で、魔物に怯える幼女をうまく演じられる? 思い出すのも怖いって感じに、おどおどして>


 ソラは不安そうだが、その役ならば、わたしにもこなせる自信があるね。


<そりゃ、演じるまでもないわよ。わたし、今でも怖いもの。本気マジで>

<それじゃ、あとは、外帝陛下のご下問かもんに答えるだけよ。流れを教えておくから、今晩中に覚えて。大丈夫。答えは短くて簡単だからね。謁見自体も、そんなに長くはならないはずなの>


 いつものチューターモードに戻ったソラの教え方は、優しいようで、やっぱりシビアだった。

 でも、今後の生活がかかっているんだもの。高校受験の直前より、がむしゃらに丸暗記したわよ。わたしの脳味噌も、なかなかの健闘を見せてくれた。

 明日は、怯える幼女になりきってみせるぜ。がんばれ、わたし!



 開始日時は、明朝9時。演芸会場は、謁見室となります。

 皆さまのご来場は、お待ち申し上げておりません。あしからず。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る