第21話 外帝陛下とソラとの三者面談。


 わたし、前に、バンジージャンプは、絶対にパスって言ったよね。

 嗚呼ああ、ほんとに、人生って、ままならないものだわ。

 その人生が終わろうとしている。またしても。


 今度は、死因がはっきりわかっているだけ、まだマシかな。

 死因、ドジ。ただの自業自得だけど、傍目はためには、自殺に見えるかも。

 まったく、情けないったら、ありゃしない。



<何とも、派手なお披露目ひろめとなったな。そう思わぬか、ケニー?>

<派手の一言で終わらせる気? 天の浮き橋周辺は、大騒ぎになってるよ>

<ソラには、無事だと伝えたのであろう?>

<ソラにはね。でも、あの子は、ペットのふりをしてるから、他の人に、話すことはできないし。伝書竜でんしょりゅうを飛ばそうか?>

<そうしてくれ。迎えに出した特命官とくめいかんは、誰だ?>

<第十四班の四人。班長は、短気なワレンスキー>

<あやつか。であれば、急ぐ必要があるな>

<同感。今にも、総員非常呼集をかけて、遺体捜索の陣頭指揮を取りそうだ>

<すぐにやめさせよ。侍女とペットを連れて戻れと命じておけ>

<了解。それじゃ、お客人のお相手の方は頼むよ、レイ>


 意識の片隅で、誰かと誰かが会話していた。

 でも、今は、そんなことを気にする余裕はない。欠片かけらすらない。


 頭が、ぐらんぐらんしている。

 中の脳味噌は、ぐちゃぐちゃにかき回されたみたいだし、ぞくぞく寒気もして、四つんいになっていても、手足に力が入らない。まるで、貧血とインフルエンザに、ダブルパンチでノックアウトされたかのようだった。


 目の前には、白い濃霧が広がっていて、またまた目が見えないし……。

 あれ? わたし、今回は、竜気を放出した覚えがないんだけどな。


<マリカ! 大丈夫なの?!>


 ソラの上ずった大声がした。いや、声じゃないけど、そう聞こえたってことよ。


<あまり大丈夫じゃないけど、大丈夫。取り敢えず、生きてはいるみたい>

<『みたい』じゃないでしょっ。なんで、いきなり走り出したの? しかも、あんな場所から、飛び降りたりしてっ。なに、考えてたの? すごくすごく、危なかったんだからねっ。無事に、【転送】してもらえたなんて、奇跡よ、ほんとの奇跡! 普通だったら、竜界に還ってるところだったのよっ。わかってる?!>


 あんたでも、わめき散らすことがあるんだね、ソラ。きもやさせちゃったから、甘受かんじゅしなくちゃいけないとは思うけど、今は、そのお怒りもこたえるわ。


<あぁ、うん。なんとなく。ちょっと、パニクっちゃってさ>

<『ちょっと』? 『ちょっと』で、済ませられる問題だと思ってるの?!>

<ごめん、ソラ。心配させておいて悪いけど、わたし、今、まともに頭が動いてないの。お説教は、あとにして。お願い>


 わたしの具合が悪いと気づいたようで、ソラの思念からけんがすっと抜けた。


<――頭? 痛いの? 感覚はちゃんとある? 指先を動かしてみて>


 ソラの心配そうな指示に従おうとしたとき、急に、別の思念が割り込んできた。


<案ずるな、ソラ。首も手足ももげたりしていない。ただの転送酔てんそうよいだ>

<外帝陛下? ケニーもいるのですか?>


 外帝陛下? うわっ、【翻訳】って、他の人とも同時通話できるんだ。

 いや、そんなことより、いきなりの三者面談(直接、顔を合わせてはいないけど)なんて。進路指導で、教師と親の会話を脇でおとなしく聞いているようなもの? 

 教えてよ、ソラ。あんたも驚いていて、それどころじゃないみたいだけど、わたし、どう対応したらいいかわからないんだってば。またミスるぞ。


<ケニーは、命令を伝えに行ってもらった。今ははずしている>

<え? それじゃ、陛下おひとりで、こちらに同調なさったんですか?>

<いや。マリカの方から、同調してきたのだ。私とケニーの【交感こうかん】にな。覇気はきが強いだけでなく、実に柔軟性のある竜気だ。竜気量も幼女とは思えないほど、潤沢なようだ。なるほど、確かに、これは、ショコラとは別人としか考えようがない。あの子は、女性王族として、平均的な発達水準に過ぎなかったからな。同じ身体を使っていて、事程左様ことほどさように変わるものとは思わなかったが。まぁ、何れにせよ、これなら、そなたの配偶者として遜色そんしょくはなかろう。よく探し出したものだな、ソラ。その上、竜界の外を彷徨さすらう異界の魂を捕えるなど、神門級じんもんきゅうの神通力ではないか>


 外帝陛下のお褒めのお言葉に、ソラは謙遜けんそんしつつも喜んでいる。

 うん。何となく、どんな関係なのかわかってきた。

 想像していたより、外帝陛下とソラは親しいね。敬語は使っているけど、一方的に命令される立場ではなさそう。気軽に質問もできるし、きちんと説明してもらえている。なるほど、これは、上司と部下の関係だ。主人と家来っていうより、もっとビジネスライク。

 人と竜の間に、ビジネスが介在するのかなどと思ってはいけない。ここは、異世界。何でもありでしょ。


<陛下ほど優れた神通力ではありません。あの状況で、マリカを無事に、【転送】できたなんて、今でも信じられないくらいです。静止していたならまだしも、落下して加速していたのに。普通の【瞬動しゅんどう】だって、難しいはずでしょう?>

<四分の一は、マリカ自身の功績だな。羽衣で正装し、竜気を全身にまとわせ、両手に【防御波】を満たした領巾ひれを握っていたゆえ、それを焦点にし、【防護膜】でくるむことができた。ショコラであれば、竜気がもたず、【転送】途中で、身体が四散しさんしたに違いないが、かすり傷ひとつ負わないとは、実に見事なものだ。カリーナに話したら、さぞかし驚くことであろう>


 カリーナという名前を聞いて、ソラはぴくっとした。躊躇ためらいがちに尋ねる。


<内帝陛下のご容体は、いかがなのでしょうか>

<竜気の衰えについては、そなたら竜の方が、よくわかっておるはずだが?>

<はい、それは……。ただ、人のお身体のご不調については、わかりませんので>

<四日以内に竜界へ還るほど危険な状態ではない。恐らく、四か月後も生きているだろう。だが、四年後となるとわからぬし、四十年後までは絶対にもたぬ。そなたら若い者たちに頑張ってもらわねば、竜界自体、もたぬやも知れんな>


 淡々とした回答に、少し考え込んだソラは、意を決したように言った。


よん四乗よんじょうをめざします。ソラは。竜界に帰すまで。でも、マリカは……。竜眼族の生まれでない人に、一方的に義務を負わせることはできないと思うのです>

<あぁ。ケニーから、およそは聞いている。魔族との戦闘には向かない。上級官吏にさせたいと、な。そなたは、昨夜から、その根回しに忙しかったようだが、マリカとの気綱を強化する方が先決問題ではないのか、ソラ。せっかく得た相棒に身投げをさせるなど、配偶竜としてあるまじき失態しったいと言わねばなるまい?>


 外帝陛下に皮肉交じりに批判されて、ソラは、恥じ入ったように謝罪する。


<はい。今回の事故は、ソラの手落ちです。大変申し訳ありませんでした>


 ここで、わたしは、口をはさんだ。送りつけたのは、声でなく思念だけど。

 どっちにしても、もう黙っていられない。目の前で、親が、教師から責められるようなものじゃないの。あんたの教育が悪いから、娘は馬鹿なんだってね。


 教育っていうなら、おまえは何をしてくれたっていうわけ? 何もしてないのに、偉そうにほざくなよ。

 だいたい、素質もとが悪けりゃ、どうにもならないことだって多いだろうが。

 威張いばれたことじゃないけど、この世は、理不尽りふじんなことだらけなんだからさ。


 怒りとともに、わたしは、言いつのった。正義は、我にありってなもんである。


<ちょっと待ってください。ソラは、何も悪くありませんよ。わたしが、アホな弱虫で、救いがたいドジっ子なだけで。ソラは、最初から、わたしを守ろうとしてくれて、魔物を退治できたのは、ソラのおかげなんですからね。あのろくでなしの人形遣いを撃退できたのだって、いろいろ教えてくれて、応援も呼んでくれたソラの力です。わたし独りだったら、なんたら国に連れて行かれて、今頃は、完全に洗脳されていたでしょうよ。ソラは、いつだって竜気を振り絞ってがんばってるのに、そんな風に責めたりしないでください。責めるなら、無知で無能で小心者のわたしを責めてくださいよね、この因業爺――じゃなくて、えっと、あの、陛下……?>


 ついつい因業爺との言い合いモードに突入していたわたしは、相手が因業爺ではなく、おそれ多くも外帝陛下であらせられることを思い出して、口ごもった。


<…………>

<……………………>


 沈黙が痛い。思念にも、沈黙があるんだね。【翻訳】が、機能停止したのかな。処理落ちしたパソコンみたいに。

 でも、パソコンは、呆れたりしない。笑ったり、焦ったり、怒ったりもしないし、チクチクする竜気で、こちらを容赦なく突き刺してきたりしない。なんて寛大だったんだ。ありがとう、パソコン。


 ものすごい『やってしまった』感が、ひしひしとする。外帝陛下に、『因業爺』呼ばわり――いったい、どんな罪になるんだろう。もしかして、不敬罪ってやつ? 日本国憲法にはないけど、この国にはあるよな、きっと。見せしめに、公開処刑もあったりして。火あぶりとかギロチンとか……嫌だなぁ。痛いだろうなぁ。


<マリカ!>


 もう黙ってくれと言いたげに、ソラが叫んだ。恥ずかしくて怒っているのがわかる。身内の恥に赤面するって感じかね。

 でもさ、ソラ。これってみんな、頭の中で考えてることなんだよ。どうやって黙るの? そもそも黙ることってできるものなの? そのへんのこと、教えてもらってないよ、わたし。


<怒らずとも良い、ソラ。そなたらの【交感】に闖入ちんにゅうした非礼ひれいは、こちらにある。神通力で得た情報で、罪には問われぬと教えてやるがよい。後でな。まずは、転送酔いから、回復させねば、正式に謁見もできぬ。ちょうど、呼びにやらせた医務班が到着した。マリカは、客間に運ばせるゆえ、【交感】は一旦切って、休ませてやることだ>

<かしこまりました。それでは、後ほど、お目にかかります>


 ソラが了解して遠ざかると、外帝陛下の思念が、わたしに向いた。初めて、わたしひとりに、語りかけてくる。


<それとな、マリカ。竜眼族に、死罪は適用されぬ。不敬罪であろうと、奴隷の身分に落とすだけよ。ダルカスのようにな。公開処刑で、火刑や首切りが執行されるのは、異種族の戦闘員と犯罪者くらいのもの。案ずることはないぞ>


 案ずることないって、あるんじゃないかよ、公開処刑に不敬罪。

 しかも、こっちのビビり反応を楽しんでる。明らかに、ほくそ笑んでる竜気がするもん。過剰に反応すればするほど、きっと喜び勇んで、よけいあおってくるぞ。

 まさかまさか、外帝陛下こいつは、因業爺とおんなじタイプだって言うわけ?! やだやだ、勘弁してよ。反抗期は、もう卒業させて。



 異世界に来ても、甘く優しい祖父運に恵まれなかったと、わたしが思い知ったのは、外帝陛下より、最初のお言葉を賜ったときのことでありました。

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