第19話 外帝陛下は、お祖父様。
あなたにとって、お
やっぱり、優しくて甘いかな。何でも買ってくれるようなチョロい人?
一般的には、そう言うよね。子に厳しい親でも、孫には優しいって。
わたしにとって、お祖父ちゃんは、いじめっ子で、
さすがに、
わたしの心を
おかげで、わたしの反抗期は、一点集中型の防衛戦だったわけ。
持ちうるエネルギーの全てを、因業爺ひとりに捧げたと言っても過言ではない。
何だか特別待遇してたみたいで、それはそれで、むかっ腹が立つけど。
他の家族はと言えば、中立勢力で、普段は援護が期待できなかった。
フランス人のお祖母ちゃんは、ものすごくドライで、孫に対しても友達感覚。
「
ママは、因業爺に溺愛されて育った一人娘。父親っ子だから、味方にならない。
婿養子のパパは、因業爺の内弟子みたいな弱い立場だから、頼りにはできない。
四歳下の弟は、構い倒してくる因業爺が苦手で、隙あらば、姉に
父方に、優しい親戚がいたら、もう少し救いがあったのにな、と思う。
でも、祖父母は、パパが子供の頃に、事故で亡くなっていて、顔も知らない。
パパを引き取ってくれた伯母さんは、いい人だったらしいけど、パン屋の伯父さんにはこき使われ、従姉にはいじめられて、伯母さんの葬儀後は、絶縁状態だし。
要するに、わたしは、孤立無援で、家庭内いじめに立ち向かわなければならなかったわけよ。
磨かれたのは、口答えや言い返しだけだったのが悲しいわ。あまり経験値を稼げた気がしないもの。
そう、経験値。新たなる危険人物を相手に、うまく立ち回るだけの力が、わたしには不足してるのよ。情けないけど、致命的に。
<外帝陛下を危険人物って、決めつけちゃうの? まだ会ってもいないのに?>
ソラが、あきれたように言うけど、わたしの確信は揺らがない。
翌日に謁見を控えた夜、緊張してなかなか眠れないわたしは、ソラに、不安な胸の内を訴えていた。不寝番のお姐さんに気取られないよう、寝たふりをしながら。
<だって、一国の最高権力者なんだよ。いや、内帝もいるから、最高とは言えないかな。でもでも、王家を十六も従えている帝家の一員でしょ。帝国がどのくらい広いか知らないけど、王族が千人もいるんだもの、その下に、貴族だの平民だの数億人規模の帝国民がいるに決まってる。そのピラミッドの頂点に君臨あそばされてる方よ。危険人物以外の何者でもないでしょうが。
それに、外帝陛下は、わたしが、異世界から来たと知っているのよね。ソラが、事の次第を帝家には報告したわけでしょ。別に、ソラを責めてるわけじゃない。わたしは、この世界のことを良く知らないし、相棒の判断に従うことに不満はないの。それでもね、やっぱり不安はあるのよ。ない方がどうかしてるって。
わたしの長々しい力説を受け流すソラは、お祖母ちゃんタイプの楽天家だ。
<外帝陛下は、マリカが来てくれて、喜んでいると思うの。危機一髪のところを助けてもらったんだしね。そんなに心配しなくても、大丈夫なの>
わたしは、
<なぜ、喜べるの。そんなの信じられないし、信じられたら、逆に人間性そのものを疑うわよ。孫娘のショコラが、死んだんじゃないの。そりゃ、殺したのは魔物で、わたしが犯人ってわけじゃないけど、孫娘に乗り移って、うろちょろしてるのを見るだけでも、腹が立つはずよ。それが、人情ってものでしょ。
あの因業爺だって、わたしの顔した別人が、家に乗り込んできたら、叩き出すと思うわ。少なくとも、無料で、ケーキをあげたりしない。一個たりとも。たとえ、残り物だって。まぁ、お金を出せば、売るだろうけど。それは商売だからで。
ん? 商売。そうか。取引ならできるかもね。交換条件次第では。問題は、交換できるだけのものがないってことだけど。わたしに、何か、あるかな。外帝陛下に売りつけられるようなものが。内政チートができるほど、実用的な知識を持ってないし、特別な職業訓練も受けてないしなぁ。売り子の経験だけじゃ、どうにもならないか。うーん、残念>
自問自答したあげく、意気消沈しているわたしに、ソラは明るく言い放った。
<マリカには、竜気があるわよ。売りつけられるほど
<へ? 竜気って、売買するものなの?>
<お金で直接やりとりはしないけどね。個人の余剰分の竜気は、自動的に結界の維持に使われているから、竜気量が多い人ほど、価値が高いってことなの。ただ、
ソラは、わたしの気分を盛り上げるのが上手い。さすがだ、相棒よ。
<ふうん。そうなんだ。でもさ。だとしたら、魔物退治にこき使われる可能性が高いってことじゃない? わたしは、
ソラは、自称、秘密兵器だ。魔物と闘うのが本職みたいで、相棒としては、それを手伝うべきなんだと思う。でも、人には、向き不向きがあるし、やりたいこととやれないことがある。一度、はっきり言っておくべきだと感じたわたしが、本音をぶちまけると、ソラが、ちょっと考えこんだ後、静かに問い返してきた。
<そう。マリカとしては、どんなお仕事が、自分に合ってると思うの?>
<そこまでは、まだわからないって。わたし、ここに、どんな職業があるかすら知らないんだもん>
<それじゃ、どんなことに興味がある? こっちで数日暮らしている間に、やってみたいこととか、知りたいと思ったことがあった?>
ソラに聞かれて、わたしは即答した。これは、考えるまでもなかった。
<お砂糖を探したいとは思ったわね。切実に>
<お砂糖? それなら、あるわよ。国外には。少しは、輸入もされてるしね>
ソラの耳より情報に、わたしは、ぐっと拳を握った。
<やったー! そうこなくっちゃ。わたし、ケーキ作りがしたいよ。ソラ。ケーキだけじゃなくて、クッキーも、マドレーヌも、プリンも作れるんだよ。洋菓子以外の分量は、暗記してないけど、和菓子系だって、何とかできるはず。やらせて、ソラ。
歓喜のあまり、わたしは、飛び起きそうになり、必死で自分を抑えつけた。
不寝番のお姐さんが、身じろぎして、こちらの気配を伺っている。
まずい。悪夢を見たと勘違いされたら、侍女が呼び出されてしまうのだ。
前に一度失敗したことがあって、そのときは、叩き起こされたであろうパメリーナが、寝間着姿のままで駆けつけてきた。本当に悪夢を見たならともかく、あれは非常に申し訳なかった。
<えっと、王族が、職人になるのは、ちょっと無理かな。でも、
かなり引き気味のソラに、押せ押せ気分のわたしは、シーツを握りしめながら、返答を迫った。
興奮して荒くなった息を止めようとしてるけど、うう……苦しい。
<それ、いいわ。甘味官なんて、名前まで、甘い響きでいいじゃないの。どうやったら、なれるわけ?>
<まず、外帝陛下に承認してもらわないとね。明日、話してみるといいわ>
<よっしゃ、がんばって交渉するぞ!>
わたしは、思わず、握りこぶしをエイヤっと振り上げた。
今度ばかりは、誤魔化しようがなく、お姐さんが、扉の外の兵士に声をかけるや否や、寝台の側まで駆け寄って来た。天蓋がさっと開けられる前に、こぶしを引っ込めることはできたけど、深夜の騒動は回避できなかった。
ごめんよ、パメリーナ。またまた心配させて。他の方々も、大変お騒がせいたしました。
悪夢にうなされる可哀想な幼女を演じたわたしは、その後、職業選択の自由を勝ち取るべく、新たな決意に燃えながら、何とか眠りについたのでした。
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