第18話 正装は、天女の羽衣。
あなたは、羽衣伝説を知ってる?
水浴びしていた天女を覗き見した男が、羽衣を隠すというおとぎ話。
痴漢男が、窃盗を犯して、無理やり結婚するけど、最後は逃げられちゃう話よ。
これ、逃げられても当然だよね。
天女の人権を無視するな、色ボケ野郎め。
天女に人権があるかは別としても、無理強いは良くないでしょ。無理強いは。
もしかして、身の程知らずの恋心は、必ず破局するって教訓なのかな。
――失恋七日目の乙女心に、ぐっさり突き刺さって来たわ。話題を変えよう。
ともかく、今、話したかったのは、羽衣について。
どこぞの商品名じゃなくて、元々の、『縫い目が全然ない衣』って意味で。
それが、実在したのよ、この国には。なんと、竜眼族の正装だったの。
「よくお似合いでございますよ、ショコラ様」
パメリーナに称賛されながら、わたしは、
自分の全身を見るのは、これが二度目。
もう覚悟はできてる。慣れてはいないけど。
慣れるしかないのはわかってる。わかっていても、道は険しく遠いけど。
鏡に映っているのは、痩せっぽちで、ギョロ目竜眼に、黒髪の着飾った幼女。
最初の日に着ていたのは、寝間着だったらしく、白っぽくてシンプルな脛丈ワンピースに、伸縮性のあるレギンスみたいな取り合わせだった。
その後の数日、昼間に着せられたのは、幼稚園児っぽいスモックに、膝丈のキュロットスカート。着心地が良くて、動きやすい変わった素材だなとは思ったけど、デザインに違和感はなかった。可愛らしい幼児服って感じで。
でも、今、着ているこれは、別次元のファッションだよ。技術レベルに差があるとか、品質が高いとか言う程度のものじゃない。
まず、思い浮かべて欲しいのは、古代ギリシャの女神像。
裾丈の長さで、ウエストをベルトで絞めて、
胸もとが広く開いて、腕はむき出しで、全体的にひらひらして、いかにも風通しがよさそうな南国調。
そのイメージに、万葉集時代の装いをトッピング。
細めの飾り帯を、前で
それから、薄くて細長い布を両肩にかけて、これまた左右に垂らす。
万葉歌の中で、想い人に振ってみせる、
髪型は、完全なオリジナル。
両耳の上あたりと、頭頂部に、小さなお団子を四つ作ってから、残りは一つにくくって、馬の尻尾のように垂らす。結い上げるところを見ていたけど、あまりにも複雑すぎて、これ以上の説明はパス。
さて、ここまでは、人類にも再現できるね。
でも、技術力だけでは、
糸も、紐も、ボタンも、留め具も使わず、布を重ね合わせるだけで、身体にフィットさせるなんて、日本人には、できない芸当だよね。残念ながら、着物も形状記憶シャツも負けている。
材質は全然違うけど、感覚的には、アイロンで接着できる布に一番近いかな。
ただし、使うのは、熱ではなくて、竜気。
着付けをしながら、指からピピっと竜気を流す。そうすると、あら、不思議。重なった部分が接着できちゃったわ、というわけ。
四枚の布を重ねて、あっちをつまみ、こっちで襞を寄せ、そっちで留めて、最終的に、美しい立体形状になるよう調整するの。
センスが必要で、着付け係の腕の見せ所と言えるらしいけど、そりゃそうよね。
完全な一点物だもの。そっくり同じものは、二度と作れない。その人に合わせた、その時限りの芸術作品なんだから。
更に、飾り紐や、髪飾りや、宝石のついた腕輪がついて、
「如何でしょう。どこかお直しいたしましょうか」
パメリーナの心配そうな声に、
パメリーナが、ほっとしたように、一回瞬きを返してきた。
助手を務めた若いマルチェレラも、緊張が解けた様子で、片付けを始める。
「それでは、こちらへ。ご先導申し上げます」
パメリーナの後について、わたしは、衣裳部屋を出て居間に向かう。
今日から、礼儀作法のレッスンが始まる。そのために正装させられたのよ。
本来であれば、最初に正装で出かけるのは、8歳のお
では、何故、早まったのかと言えば、外帝陛下との謁見が予定されてしまったから。外帝陛下というのは、男女二人いる帝の男性の方。外帝軍のトップよ。
一応、非公式な顔合わせということで、謁見室での仰々しい作法までは、覚える必要がないのだけど、幼児服で、のこのこ出かけるわけにもいかない。
それに、最低限、ご挨拶くらいはできないと。この『ご挨拶』が問題なのよ。
まぁ、聞いて。女教師ボストネイカ先生のご指導内容を。さわりだけでも。
「ショコラ様。王族の女性は、その身に、品位ある竜気を帯び、それを周囲に知らしめるに十分な
品位ある竜気に、十分な覇気? 何だ、そりゃ。
抽象的過ぎるし、難解過ぎる。その説明で、6歳児が理解できると、本気で思っているわけ?
それとも、竜眼族って、幼児でも、それだけの理解力があるのが普通なの?
わたしは、恐れおののいた。ソラの注釈がつくまでは、目の前が真っ暗になっていた。最近は、文字通り、真っ白になることが多かったけど、今回は、真っ暗なのである。いや、ほんとに。ショックで、視力が利かなくなったみたいなのよ。
<ボストネイカは、初等科の先生なの。幼い子は扱いなれてないだけよ。竜気についての指示は気にしないで。マリカは、もう制御できてるから、そのへんの心配はいらないの。ただ、
かくして、ボストネイカ先生の声は聞き流し、ソラの副音声を頼りに、特訓は続けられた。
まぁ、『ご挨拶』の所作自体は、単純だったよ。でも、簡単とは言えなかった。
深くお辞儀をしながら、領巾を持った両手を頭の少し上まで上げる。それだけの動作なんだけど、このとき、【防御波】を流さなくちゃならないの。
この領巾って、ただの装身具じゃなくて、防具なんだって。ほら、魔素を弾き飛ばしていた白い糸のバリア。あれの簡易携帯用みたいなもの。
『ご挨拶』は、自己紹介でもある。わたしは、これだけの竜気があって、お役にたちますよ、的な意味合いがあるらしいの。
きちんと【防御波】が満たされた領巾は、宙に浮く。静電気で、髪が立つでしょ。あのパチパチいう感じで、ふわりと。
王族に要求されるレベルは、領巾が、4秒以上、アーチ状を形作ること。
このアーチ状にするのが、難しいの。浮かばせるまでは楽なんだけど、ゆらゆら動いちゃって、形が安定しなくてね。
<アーチ状にするのは、成人式でいいの。未成年は、領巾を浮かばせるだけで、十分なの。6歳で、ここまでできるなんて、マリカは天才よ>
初回の指導が終わって、ぐったり疲れ切ってるわたしに、ソラだけでなく、厳しいボストネイカ先生も、お褒めの言葉をくれたけど。
「ショコラ様は、非常に優秀でございますね。外帝陛下も、大層お喜びになられることでございましょう」
え? 外帝陛下が、なんで、お喜びになるの? 意味がわからず、首をかしげるわたしに、ソラが説明を加えた。
<えっとね。外帝陛下は、ショコラのお母さんのお父さんなの。男の人って、孫娘が優秀だと、嬉しいものでしょ。たいていは>
外帝は、母方の祖父ってこと? なんてこった、因業爺と一緒じゃないのよ。
このとき、わたしは、不吉な予感が、ぞわぞわと背筋を立ち上っていくのを感じて、身震いの発作を起こしたのでありました。
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