第17話 裁判の行方。


 わたしの家族は、裁判とは、まるで縁がなかった。幸いにも。

 ただ、陪審員ばいしんいんに選ばれちゃった常連客の話を聞いたことはあるよ。

 小難しい専門用語が多くて、わかりづらくって、堅苦しくて、疲れるって話。

 そして、長すぎるって。何時間も、何日も付き合わされるのが大変だってさ。

 裁判によっては、判決が出るまで、何年もかかる場合だってあるもんね。

 むしろ、それが、あたりまえ。冤罪えんざいを減らすため、審理し尽くすには。

 

 それに対して、帝竜国の裁判は、迅速果断じんそくかだんだった。

 呆気ないほどに。実際は、呆気に取られる間すらなかったんだけど。

 


<裁判が終わった? えぇっ、もう? 嘘でしょ?>

 わたしが、ソラから、事の顛末てんまつを聞いたのは、その晩のことだった。誓ダルカスが乗り込んできたのが、早朝。その当日の夜ってことだよ。丸一日すらっていない。わたしが、意識を取り戻したのは、18時過ぎだったから、感覚的には、2時間くらいなんだから、信じられなくても無理はないでしょ。


<現行犯で捕まったからねぇ。さすがに、言い逃れしようがなかったの。誓神殿が出してきた審問官しんもんかんも、かばう気がなくて、誓ダルカスの個人的な犯行だってことを強調してただけ。誓神教国には、一切かかわりがありませんってね>

<トカゲの尻尾切しっぽぎりってやつか>

<うん。そんな感じ。ここは、外帝軍の施設だから、命信徒めいしんとが多いし、自分たちが保護していた王族の幼女がさらわれかけて、みんな怒り狂っているの。ほんと、すごかったのよ。そのまま、誓神殿を焼き討ちにしかねないくらいの激しさで、燃え上がっていたもの>

<それ、比喩的な表現だよね? 『ファイアー』とか叫んで、本当に、火を放ったりすることもできるわけ?>

<竜の中には、火を吐くものもいるけど、竜眼族は、そんな竜気の使い方はできないわね。でも、人は指が長いから、簡単に火をおこすことができるでしょ。帝竜国内の誓神殿は、数も少ないし、全部燃やすとしても、そんなに時間がかからないはずなの。まぁ、それだと誓神教国と戦争になっちゃうからね。外帝陛下が、すぐに強権を発動して、三人を【心話探査しんわたんさ】にかけさせたの。あ、三人っていうのは、誓ダルカスとお付きの二人のことね。パメリーナも証言したけど、針とか毒瓶とか物証もあったでしょ。審理には4時間くらいかかったけど、有罪判決はすぐに出て、四神殿の審問官を集めた御前裁判は、8分くらいで終わったのよ>

 8分! すごい。勧善懲悪かんぜんちょうあくの大岡裁きみたいじゃないの。ちょっと、見てみたかった気もするな。証言するのは嫌だけど、陰からこっそりのぞくだけなら。

<パメリーナは、大丈夫だったの? 怪我とかしてない?>

 わたしは、まだ、パメリーナに会っていないのだ。無事だということは、聞いていたけど、自分の眼で確認してないから心配なのよ。

<うん。麻痺していたのは身体だけで、意識はずっとあったみたいなの。軽い打ち身はあったけど、手当も早かったし、元気になったって>

<そう。なら、いいけど……、ねぇ、ソラ。パメリーナは、戻って来る? それとも、侍女を解任されちゃったの?>

<解任はされてないの。今晩は、ゆっくりお休みしてるはずなの。明日あたりには、戻って来ると思うから、安心して>

 目覚めたときには、別の部屋にいて、別の侍女がついていた。ご丁寧に、おばあちゃま風、中年の女教師風、若くてメイド風と三人も。部屋は広くて豪華だし、扉の外には、兵士が立っているし、いきなり待遇が変わっている。一応、王族なんだから、この方が普通なのかもしれないけど、落ち着かないのよね。

 そもそも、パメリーナとの一対一のおつき合いだって、大変だったんだよ。それが三倍に増えて、しかも、必ず誰かが側にいるの。夕食のときなんか、コックさんらしき男の人までやってきて、八つの竜眼に、じーっと見つめられていたんだからね。ただでさえ、食が進まない極甘メニューだっていうのに、余計に食欲を失くしたじゃないの。そりゃ、がんばって食べたけどさ。

 とにかく、ひとりになれる時間が全然ないって、すごくきつい。食事をすませて、お風呂に入れられて、着替えさせられて、ついでに、お祈りまでさせられた。その間、ソラとは、ほとんど話ができなかった。【翻訳】の方に気を取られていると、周りからは、ぼんやりして見えるらしくて、注釈なしで、同時通訳だけしてもらっていたのよ。まぁ、三人も監視がついているんじゃ、どこでボロがでるかわからないしね。ほんと、ストレスがまりまくりだわ。

 やっと、寝台に入っても(今度のは、天蓋付てんがいつきよ、ビバ!)、ソラとふたりっきりというわけにはいかなかった。部屋の隅には、女騎士風のおねえさんが、不寝番で座ってるの。この人は、話しかけては来ないけど、やけに緊張していて、竜気のピリピリ感が、わたしの不安をあおる。

<このお姐さん、なんで、こんなに緊張してるの? 誘拐犯は捕まって、裁判まで終わったんでしょ。わたし、他の誰かに、狙われてるなんてことないよね?>

 政敵がいるってことだし、考え過ぎって笑い飛ばせる話ではないと思う。それなのに、ソラは、晴れ晴れと楽し気で、わたしは、ちょっとイラッと来た。

<うん。もう、マリカを直接狙う命知らずはいないはずなの>

<命知らずって、何よ、それ。人聞きの悪い。わたし、誰も殺してないじゃない>

<ごめんね。敵に回したら危険だって意味なんだけど。【翻訳】が、うまく効いていないのかな>

<効いてないかも。わたしのどこが『危険』なのよ?>

<えっとね。マリカ、今朝、竜気を放出したでしょ。あれね、ただの【攻撃波】じゃなかったの。増幅型の【感電波かんでんは】って言って、王族でも、使える人が少ない【交感力こうかんりょく】なのよ。まして、マリカは、まだ8歳にもなってないでしょ。魔物と遭遇して死にかけたせいで、発現したと思われてるし、そういう前例もあるから、別に疑いをもたれているわけじゃないのだけど……。ただね、竜気を制御する基礎訓練も受けてない歳だから、人身事故が起きる危険性が高いの。とっても。それで、あの女性衛士も、ピリピリしてるのよ。マリカを怒らせるのが怖くて>

<幼児に、刃物を持たせちゃって、どうしようって感じ?>

<そうそう、そんな感じ。上の方では、刃物を取り上げることはできないから、急いで、使いこなせるように訓練をしなくちゃって話になってるしね>

 訓練……何か、不吉な予感がするぞ。わたしは、恐る恐る尋ねた。

<あのさ。その訓練って、どんなことするわけ?>

<大丈夫。マリカなら楽勝なの。せいぜいちっちゃな魔物を狩るくらいだからね>

 おい、相棒。その軽さは何なんだ。それのどこが楽勝だって言うんだよ。

 ちっちゃかろうと魔物は、魔物なんじゃないのか。あの、うようよヌメヌメうごめく黒いアメーバー状のたぐいだよね。

 もうもうもう! あんな気持ちの悪いもの、わたしは、二度と見たくないっていうのに!


 

 残念ながら、この先も、わたしの異世界ライフは、『ほのぼの』とも『スロー』とも無縁のまま、よろめき進んで行くことになりそうです。

 


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