お姉ちゃん奮闘記

馮秀英(ふぉんしゅういん)

お姉ちゃん奮闘記

 同い年の妹ができた。

 親の再婚でできた妹だったけれど、第一印象は最悪だった。

 初顔合わせの日、よろしくと言った妹にあたしもよろしくと手を差し出したのだけどそれを無視された。また仲よさそうに話す父と義母、そして妹の会話に入って行こうとすると途端に会話を止める。話しかけても返事をしない。挙げ句、去り際には父には挨拶をしたのにあたしには一言も口を聞かず去っていった。

 一週間後からは一緒に暮らすと言うのにこの態度!

 初顔合わせの日の夜、あたしはぷりぷりと怒ったまま眠りについた。

 そうして一週間後、あたし、筒井春奈の家に義母の昌美さんと妹の律子が引っ越してきた。


 朝ゆっくりと寝ていられるのはどれくらいぶりだろう。

 昌美さんが引っ越してきてから家事は昌美さんがやってくれるので、お父さんと自分の朝ご飯を作る必要がなくなった。それだけ朝起きるのが遅くなって、ゆっくりできていいのだけど、朝ご飯の時間が少し憂鬱だった。

 妹の律子だ。

 ふたりが引っ越してきてから一週間余り。あたしは家で律子が『行ってきます』と『ただいま』、『いただきます』、そして『ごちそうさま』以外の言葉を聞いたことがなかった。

 そりゃいきなり親が再婚して姉ができますなんて言われて戸惑うのはわかる。あたしだって同い年の妹ができると聞いてびっくりしたし、戸惑いもあった。

 でもせっかく家族になったんだから仲良くしたいじゃない?

 でも律子は家でも学校でもあたしに声をかけてくることはなく、朝ご飯を食べ終わるとすぐに学校へ行き、晩ご飯が終わると部屋に引きこもる。そんな生活をしていた。

 声をかけようにも話しかけるなオーラが凄くてなかなかご飯の最中にお喋りをしようと思えないし、向こうも声をかけてこない。

 何が気に入らないのか、話もできないんじゃわかりようもないし、わからなければあたしも対処のしようがない。

 食後にリビングでテレビを見るともなしに見ながら溜息をついていると、それに気付いた昌美さんがどうしたのって聞いてきた。

「律子のこと」

「あぁ。――でも、どうしてあんな態度を取るのか私にもわからないのよ」

「どうして?」

「だってあの子、姉ができるってすごい嬉しそうにしてたし、春奈ちゃんの写真を見たときにはこんな美人がわたしのお姉さんになるの? って目を輝かせてたわ」

「うーん、じゃぁ幻滅しちゃったとかかなぁ」

 あり得ない話ではない。

 あたしはお母さんがいなかった関係で家庭科の成績はいいものの、他の科目は平均以下の凡才だ。まだテストがないからわからないけど、昌美さん曰く、律子は優等生で成績はかなりいいらしい。

 加えてあたしは結構ガサツなところがあって、昌美さんたちが引っ越してくるまでいらないものは段ボールに詰めてその辺に置いておくなんて平気でやっていた。今は昌美さんが片付けて整頓しているけれど、引越しでもないのに家に段ボールがいくつも転がっているところはあまり褒められたものじゃない。

 あれ? でもそういうのは引っ越してきてからわかるものであって、初顔合わせのときからつんけんしていたのはどういうことだろう?

 昌美さんの言葉を信じるなら律子はあたしと言う姉ができることを喜んでいた。

 でも実際、初顔合わせのときから律子はあたしを遠ざけるようなことばかりしていて今でもろくすっぽ言葉を交わしていない。

「あー、もうわかんない」

「春奈ちゃんは律子のこと、気にしてくれているのね」

「そりゃぁ姉妹になったんだし、ひとつ屋根の下で暮らすことになったんだよ? 仲が悪いよりいいほうがいいじゃない。でも当の律子があの調子じゃぁねぇ」

「そうなのよねぇ。私にもさっぱり」

 あたしと昌美さんは示し合せたように同時に溜息をついた。

 でもまだ一週間余りだ。一緒に暮らしてるんだし、まだまだこれから会話をするチャンスはいくらでもあるに違いない。そのときにどうしてつんけんしているのかの理由がわかれば、あたしだってそれを改善するのは吝かではない。

「うしっ、ゲームしよ」

「もういいの?」

「なるようになるよ。今は無理でもそのうちにね」

「世話をかけるわね」

「いいよ、それくらい。もう家族なんだし」

「そうね。頑張って、お姉ちゃん」

「うん」

 テレビはつけたままにしておいてと言う昌美さんに従って、テレビはつけっぱなしにして、あたしは自分の部屋に戻った。


 何かとっかかりはないかと考えて、勉強ができると言う律子とはやはり勉強の話がいいのではないかと思った。

 幸い同じ学年だし、担任もだいたい被っている。一緒に勉強する、もしくは教えてもらうと言うのはあたしにとっても都合がよかった。

 それでも断られたらどうしようとか、一緒にいたくないとか言われたらどうしようと言う気持ちを抱えながら律子の部屋のドアの前に立つ。

 一度深呼吸。

 どきどきする。

 けれどもうやると決めたからにはやらなければならない。

 ええい、ままよ!

 意を決してドアをノックする。

「はい?」

「あたし、春奈」

「……」

 息を飲む気配が伝わってくる。

「あのさ、一緒に勉強しない? てか、勉強教えてくれないかな?」

「……」

 答えはない。

 しばらく待ってドアが開かないようならまた別の方法を考えてと思って待っていると、5分くらいしただろうか。静かにドアが開いた。

「あ、律子」

「勉強…ですか……?」

 胡乱な目つきで睨まれた。

 これは迷惑かなと思いつつも、ここで挫けてはいけないと思い直して頷く。

「う、うん。昌美さんに聞いたけど、律子、成績いいんでしょ? あたし、バカだからさ。教えてもらえると助かるなぁって」

「……」

 律子はきょろきょろと辺りを見渡して、あたしに向き直る。

 別にここにはあたし以外いないのに何だろうと思ったけど、律子は胸に手を当て、少し考える仕草を見せてから頷いてくれた。

「入ってください」

「ありがと~」

 許可が下りてあたしは律子の部屋に入る。律子の部屋はあたしの部屋とはぜんぜん違っていて、簡素な部屋だった。勉強机に本棚、システムコンポ、ベッド、テレビ、丸いテーブルが目につく大きなもので、本棚には教科書や参考書がきちんと整頓されて並んでいる。マンガや雑誌がその辺に散らばっているあたしの部屋とは大違いだった。

「姉さん」

 無遠慮に律子の部屋を眺めているとそれが気に入らなかったのか、少し怒気を含んだ声で呼ばれた。

「あ、ごめん、勉強見てもらうために来たんだったね」

「どこがわからないのですか?」

「んー、だいたい全部」

「全部……」

「家庭科はできるんだけどねー。それ以外はさっぱりなんだ」

 あははー、と乾いた笑いを浮かべると律子は大きく溜息をついた。

 これはあまりよろしくないかも?

 と思ったところに律子が言ってきた。

「どこと言われなければ教えようにも教えられません」

「だよねー。だからとりあえず今日の宿題持ってきたんだ。律子もだいたい同じ担任だから同じ宿題出てるよね?」

「は、はい」

「まずはそれから、と思ったんだけど」

 上目遣いに言ってみると律子は難しい顔をしてから、もうひとつ溜息をついた。

「わかりました。ちょうど今宿題をやっていたところなのでテーブルのほうで一緒にやりましょう」

「やった!」

 勉強と言う名目があったとは言え、これだけ長く律子と話をしたのが初めてだったので嬉しくなりながらも律子に言われたとおり、テーブルの前に座る。律子は勉強机から勉強道具を持ってきてあたしの正面に座った。

「よろしくお願いします、先生」

「先生はよしてください」

「わかった。じゃぁお願いします」

「は、はい」

 ぺこりと頭を下げると戸惑ったような声音。

 何か変なこと言ったかな? と思ったけど、今は目先の宿題だ。

 そうして勉強会は始まり、あたしと律子は一緒に勉強をする機会が増えていった。


「あら、頑張ったんじゃない?」

「えへへー、そう思うー?」

 試験休みを明けて中間テストが戻ってきたのを昌美さんに見せたら、昌美さんがそう言ってくれたので自慢げに返した。

「まぁでも、これも律子のおかげかなー。ホント、律子って頭いいんだね。教えてもらうようになってから授業もわかるようになったし、テストもこのとおり。いい妹を持ってあたしゃ幸せだねぇ」

「ふふ、すっかり仲良しね」

「あー、でもそれはどうかなー」

「どうして? よく一緒に勉強してるじゃない」

「そうなんだけどさー。律子ってあんまり勉強以外のこと話さないからさー。近付けたのは素直に嬉しいけど、もっとこう、姉妹で一緒にお出掛けしたり、他愛ないお喋りしたりしたいわけよー」

「あら、あの子、春奈ちゃんのいないところではよく春奈ちゃんの話するわよ? 私とはよく春奈ちゃんの話で盛り上がったりするし」

「えー、そうなのー? んー、何でだろう? まだ何かあたしのこと気に入らないとことかあるのかなぁ」

「どうでしょうね。でも実際、私と話すときは勉強の話しかしないなんてことはないわ。学校であったこととか、春奈ちゃんのこととか、色んな話するもの」

「そっかー。あと、何が足りないんだろう」

「それは私にもわからないわ。どうしてあの子が春奈ちゃんに対してだけそんなふうになっちゃうのか、私にもまだ想像がつかないもの」

「まぁでも、ここまでになるまで時間かかったし、これからもじっくりやってみるよー」

「そうしてあげて」

「うん。さぁて、テストもいい点取れたし、お父さんにご褒美ねだっちゃおっと」

「ほどほどにね」

「これも律子と仲良くなるための軍資金だと思えばお父さんの財布の紐も緩むでしょ」

「ちゃっかりしてるわね」

「そうかな。ま、いいや。じゃぁあたしお父さんとこ行ってくるからまたね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 ひらひらと手を振ってあたしはダイニングキッチンからお父さんと昌美さんが使っている部屋に向かった。


 軍資金をせしめたこともあって、あたしは早速律子をデートに誘った。

「デート!?」

 いつものようにテーブルに勉強道具を広げていて、あたしが切り出すと律子は声を裏返しながら鸚鵡返しに聞いてきた。

「うん。お父さんからお小遣いせしめてきたからお金の心配はいらないよ」

「……」

 的外れなことを言ってしまったのだろうか。律子は眉間に皺を寄せて、何かを考え込むように黙り込んだ。

「あれ? あたしとデートするのイヤだった?」

「え? いえ、そういうわけではなく……」

 真っ赤になって否定する律子は今まで見たことのない律子で、不覚にも可愛いと思ってしまった。

「じゃぁOK?」

「…考えさせて……ください」

「いいよー。この歳になってお姉ちゃんとデートなんて柄じゃないかもしれないけどさ、あたしはデートできたら嬉しいな」

「……」

 あ、また真っ赤になった。

 たかだか姉妹で一緒に出掛けるだけだと言うのに、こういう反応が返ってくると何だか面白い。ちょっと律子の印象変わったかも。

 デートを切り出した日はそのまま宿題をして終わったけれど、その二日後、再び宿題をしに部屋に行ったとき、律子がOKの返事をくれた。

 これでお膳立てはできた。

 デート当日の土曜日、あたしはうきうきした気分で服を選び、今日はどこに行こうかなと考えながら着替えをすませてダイニングキッチンに朝ご飯を食べに行った。そこで昌美さんから今日はお願いねと言われ、もちろんと返した。

 そうして初めての律子とのデート。

 あたしの行きつけの美容院に行ったり、ウィンドウショッピングをしたり、お昼ご飯を食べたり、軍資金で買い物をしたり。

 律子は言葉少なだったけれど、姉妹でお出掛けをすると言う目標をひとつ達成できたあたしは満足感を味わいながらその日を終えた。

 翌日、土曜日に片付けられなかった宿題をしに律子の部屋に行ったあたしは、律子がいつもとは違う雰囲気になっているのに気付いてクエスチョンマークを浮かべた。

「ねぇ、律子、もしかして昨日、楽しくなかった?」

「え? そんなことは……」

 ごにょごにょと尻つぼみになる言葉に少し安心する。

「じゃぁよかったー。無理に連れ出して不愉快な思いさせたんだったらどうしようかと思っちゃったよ」

「……せん……」

「ん? 何?」

「その…、姉さんとふたりで出掛けて楽しくなかったはずがありません」

「そなの? やった! そう思ってくれたなら嬉しいな」

 その言葉を聞いて素直に喜んでいると律子は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 あれ? でも、じゃぁどうして律子は最初つんけんしたのだろう?

 せっかくだし、その疑問をぶつけてみることにした。

 そうしたら律子は蒼ざめてがばっと頭を下げた。

「ごめんなさい!」

「え? な、何が?」

「あの…、母さんから聞いてますよね、わたしが姉さんができることを楽しみにしていたってこと」

「あ、うん。だから不思議だったんだー。なんで律子はあたしにこんなにつんけんしてるんだろうって」

「あの、笑いませんか?」

「何が?」

「理由です」

「あぁ。うん、笑わない。約束する」

「あの……、わたし、本当に姉さんができるの嬉しかったんです。母さんから写真を見せてもらって、こんな綺麗な人が姉さんになるんだって嬉しかった。でも、わたし、勉強以外に取り柄がなくて……。姉さんみたいにオシャレでもないし、気の利いた話もできません。だから話したらきっと幻滅されるんじゃないかって怖かったんです。だから、その……、話さなければ幻滅されることはないだろうと……」

 これにはあたしは目をぱちくりさせることしかできなかった。

 そしてぷっと吹き出してしまった。

「わ、笑わないって言ったじゃないですか!」

「ごめんごめん。だって律子があまりにも可愛いんだもん」

「か、可愛い…!?」

「そうだよ。幻滅されたくないからつんけんしてたって子供じゃないんだから。せっかく姉妹になったんだよ? どんな律子だってあたし、幻滅なんてしないよ」

「姉さん……」

「あたし、デートしてて楽しかった。律子とお出掛けできて嬉しかったよ。律子も楽しかったんだよね?」

「は、はい」

「じゃぁもっと一緒にいて、お出掛けして、お喋りして、仲良くなろうよ。あたし、律子がどんな律子でも大好きになれると思う」

「姉さん……」

 特別なことを言ったつもりはないのに、律子はぽろぽろ涙を流し始めた。

「ちょっ、律子!?」

「あ…、ごめんなさい。嬉しくて……」

 何かまずいことを言ったかと心配になったけど、そうではなかったようなので安堵。

「あの…、姉さん」

「何?」

「不束者ですが、よろしくお願いします」

「こちらこそだよ! じゃぁ手始めに……」

「……」

 ごくりと律子が唾を飲み込んだ。

「一緒に学校に行こう!」

「へ?」

「だって一緒に家から出てるのに別々に学校行くのおかしくない? 姉妹なんだし、一緒に出たっておかしくないでしょ?」

「は、はい、そ、そうですね!」

「じゃぁ決まりね。明日朝ご飯食べたら一緒に出よう。でねー、たっくさんお喋りするの。今までの遅れを取り戻さないといけないしね」

「はい」

 律子は極上の笑顔で返事をしてくれた。

 そのことが嬉しくてあたしも満面の笑みで応えた。


「じゃ、行ってきまーす!」

「行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 昌美さんに見送られてあたしと律子は玄関を出る。

 学校までの道のり、あたしと律子は昨日の出来事やテレビの話、今日の学校での予定などを話しながら歩いていく。

 重荷が取れたらしい律子は、昌美さんが言っていたとおり、結構お喋りであたしにとって学校までの道のりは楽しいひと時になった。

「わたしも姉さんみたいにオシャレな服装着てみたいです」

 話の流れでそんなふうに言ってきた律子に、あたしは胸を軽く叩いて任せろと言う。

「じゃぁ、次の土曜日はデートね。律子に似合う服、あたしも一緒に選んであげる」

「はい!」

 紆余曲折はあったけれど、律子と仲良くなれて結果オーライ。

 あたしたち姉妹の関係はこれからどんどん深まっていくに違いなかった。

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お姉ちゃん奮闘記 馮秀英(ふぉんしゅういん) @fongxiuying

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