第50話 集う将たち①

 キャローナの工房へ入って真っ先に感じたのは熱気と油の匂いだった。

 最低限の間隔をあけて、絶えず蒸気を上げながらそこかしこに並ぶ訳の分からない装置のせいだろう。

 その次に目に付いたのは部屋のあちこちを往来する物体。

 人間の胸元辺りの大きさで、ずんぐりとした体と顔に、目と手足くっつけただけの金属の人形だ。


「オカエリナサイ、オカエリナサイ」


 俺たちが近くを通るとそれぞれが足を止めて挨拶をしてくる。

 形は不格好なれど、これらはレクトニオのようなゴーレムなのだろうか。


「うーん……ゴーレムかと言われれば確かに近しいものはあるけど、レクトニオと違って魔力を動力源にしているわけではないから別物かな。この子たちは自ら思考や学習をしないし、命令した簡単な言動しかできないから。こういう鉄人形を私たちは総称して『ロートム』って呼んでるよ」


 聞けばピクシーたちが外の世界から興味本位で拾ってきたガラクタから少しずつ組み立て、増やしていったらしい。

 そもそもの開始点を踏まえれば、驚くべき才能と言っていいのではないか。


「そこまで評価してもらえるのは素直に嬉しいけど、ちょいプレッシャーだなぁ。それじゃあ早速分析を始めてみようか」


 奥の作業台に添えられた椅子に腰掛け、ガラス瓶に入れていた石を工具で摘んで取り出す。

 それ以降のキャローナの作業については、正直何をしているのか理解が追いつかなかった。


 石を物々しい器具にセットしては念入りに調べたり、得体の知れない液体に浸けてみては、ロートムに運ばせてきた膨大な文献を指でなぞりながら読み漁っていく。




 それから待つこと1時間以上。

 最初こそ物珍しい設備や道具に興味をそそられたが、さすがにこれだけ経過すれば飽きがきてしまう。


「ヤメテクダサイ! ヤメテクダサイ!」


 どうやらスクレナも同様のようで、中身を見たいのか1体のロートムを捕まえては外装を引き剥がそうとしていた。

 ちょうどすることが出来たと、こいつの突飛な行動に内心感謝しつつ止めに入ろうとした時。

 キャローナが背もたれに体を預けながら、指で目頭を押さえつつポツリと呟いた。


「分かった……」


 その一言に俺たちの視線は一斉に声の主に注がれる。


「そうか! さすがキャローナだ。して、その石の正体とは一体なんなのだ? 詳細を聞かせてくれ!」


 休みなく頭を使ったせいか、天井を仰いだままのキャローナの元へスクレナは駆け寄り、嬉々として問いかけた。


「結論から言うと……何も分かりませんでした」


 そして勢いそのままにバランスを崩し、思わず作業台に突っ込みそうになる。

 まぁ、気持ちは分からないでもないが。

 俺だって立ち上がってすぐに脱力して膝が折れるくらいだったのだから。


「ああ、すいません。つまり私が言いたかったのは、分からないことが分かったということです」


 頼みの綱であったキャローナでさえ解析できないとなると困りものだ。

 既にこの時点で計画は頓挫したも同然だからな。


「でも考えようによってはそれが答えを導き出すヒントにもなり得るんじゃないかな。これだけ資料を漁ったところで関連するものすらないし、ここまで綺麗に加工されてるということは最近になって何者かが作り出した人工物の可能性が高くなってくるよね。それに――」


 なぜこの石を自分に託し、あのような依頼をしたのか何となく理解することが出来た。

 キャローナはそんな目をスクレナに向けて話を続ける。


「この中には僅かながらエネルギーが蓄えられているの。感じられる質としてはおそらく魔力だと思うんだけど、それが果たしてスクレナ様が求めているものかどうかまでは……」


 欠片とはいえども、この石は贖人に関係するであろう曰く付きのものだ。

 確証も得られないまま下手に弄り回せば何が起こるかわからない。

 今度こそ行き詰まると俺たちが思ったその時だった。


「そういうことなら私の仕事じゃないのかい?」


 背後から不意に聞こえた覚えのある声。

 振り返ると依頼を完遂したであろう従者が、コツコツとブーツの音を鳴らしながら近づいてくる。


「マリメア、思っていたより早い帰還であったな」


「ええ、海中から一直線に進めばケット・シーの住処の近くまではあっという間なんで。まぁ、さすがに海育ちの私には山登りなんて性に合わなかったですけどね」


「とかなんとか言って、本当は年齢による身体の衰えなんじゃないの?」


 わざとらしく自分の腰を叩くマリメア。

 彼女はそれを小馬鹿にするように笑みを作るキャローナの頭を懐から取り出したパイプで勢いよく叩く。


「黙りな! あんたこそ暗い部屋に長年閉じこもって頭にカビでも生えたんじゃないのかい!」


「痛っ! 何すんのさ! 今の衝撃で大事な知識が抜け落ちたらどうすんの!」


 個性が強い面々が集まればこういった騒ぎが起こることは承知していたが、顔を合わせてから早速とはな。

 それはさて置き、マリメアが自分になら打開できるというようなことを言っていたが、あれは一体どういうことなんだ?


「私は海での生活や戦闘を常としているうちに自然と身についた能力がいくつかあるのさ。その1つがこれ」


 そう言ってマリメアは人差し指と中指、2本の指を揃えて自身の額に宛てがう。


「一定の範囲内に自分の魔力を飛ばして、反射してきたものから様々な情報を読み取れる。もちろん相手の魔力の質だって例外じゃないよ。光も届かない深海を移動するのに重宝する特技さね」


 すごく利便性の高い特技だな。

 きっとそれを今やってる最中なんだろうけど……なんというか……


 かなり地味すぎる。

 目をつぶってずっと沈黙したまま一向に動く気配がない。

 もっと体の周りを目に見えるほどのオーラが覆うとか、そういう演出を予想していただけに余計だ。


「ふぅ……どうだい? この能力」


 何がだ?

 そんな得意満面の笑みを向けられても返しに困るのだけど。


「この中に収まっているのは人間の魔力のようだけど、全くと言っていいほど禍々しさは感じられないね。寧ろ珍しいくらいほとんど淀みがないほどに。よっぽど誰かを深く愛し、そして愛されてたんだろうさ。温かみはあれど母性と言えるまで成熟していないところから、幼い女の子と言ったところかい」


 前言撤回だ。

 言葉も出ないくらいに驚いた。

 海上で待機していたマリメアにはレジオラの村で起こった出来事はともかく、そこで出会った少女の詳細までは話していない。

 それ故にここまで特徴を一致させるのだから、スクレナの仮定を確信へと近づける材料としては十分だった。


「これでほぼ間違いないな。この魔力はあの村娘、ティアのものだろう」


 だがどうしてそれがこの石に封じられているという考えにたどり着くことが出来たんだ?

 あそこで即時回収したということは、その時点である程度の予測は立てていたということだろう。


「いや、半分は単なる勘だ。以前にも説明した通り贖人は生き物が数多持つ魔力のうち、光属性へ極端に傾くことで変異した姿なのだ。だが短時間で魔力の容量を増やすのは容易なことではない。ならばバランスを崩す別の方法は――」


「他の属性を人為的に変換させる……もしくは強制的に奪ってやればいい」


 その言葉の直後にスクレナはこちらに向かって指をさす。

 どうやら正解と思われるのは後者のようだ。


「貧しさ故、衣服以外に常時着用していたのはあのペンダントだけだったからな。おおよその見当をつけるのは難しくなかったさ」


 あれはグラドからの贈り物だとティアは言っていた。

 だとすればこの一件は実兄である聖騎士が企てたということか?


「いいや、奴の妹への溺愛ぶりや失った際の絶望感は決して演技などではなかった。それにあの娘は聖騎士自身も帝都で友人から譲り受けたと言っていたではないか」


 そうなると大方グラドも利用される側だったということか。

 そういえばさっきキャローナが最近になって何者かが作り出したとも言っていた。

 だったらまだ実用段階には達しておらず、あの村で起こった一件の全てが実験のようなものだったのか。

 当時は証明するものが何ひとつなく閉口したが、帝国軍諜報部筆頭、シーオドアへの嫌疑はさらに強いものとなってきた。


「それで、キャローナ。ゼロからではなく対象の魔力が用意された状況で今一度問おう。我の依頼を達成できる手段はあるまいか?」


 少しばかりは光明を見出したと言えるが、それくらいで好転するほど簡単な問題ではない。

 現に彼女はまたも目を閉じて沈黙してしまったじゃないか。


「あり……ます。ですが成功率の予測なんて立たないくらい雲を掴むような話ですし、助力を得ないといけない人物が2人いるんです」


 互いにまたも足止めかと思ったその時だった。

 マリメアの登場時と同じパターンで、同じく聞き覚えのある声が耳に入る。

 唯ひとつ違うのは声の発信者がまだ部屋には入っていなかったことくらいか。


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