第7話 関西から来た男

 柳谷は戸惑っていた。


 柳谷の中で「式」と言えば「洗礼式」や「結婚式」「葬式」くらいしかない。

 

 けれど目の前の男ふたりはケラケラと笑いながら「式返しに参りました」と言う。

 本山の紹介でなければ、「勧誘は結構です!」と京町に叩き出させているところだ。


「どーも。大御門おおみかど正嗣まさつぐです。おおみかちゃんと呼んでください」

御前ごぜんさかいです。苗字だか名前だかよくわからん言われるので御前でも堺でも好きな方でよろしゅうに」


 ……本当に本山からの紹介なのか?変なのが増えただけじゃないか?

 柳谷はめまいをこらえる。


 スーツをきちんと着た30がらみの男二人は見た目だけはまともだった。

 でもまともなのはそれだけだった。


 自称おおみかちゃんは絶対にサラリーマンではないだろう長髪を後ろで一つにくくっているし、御前は逆に若者向けダンスグループの一員のような細かい模様を短く刈った頭髪に剃りこんでいた。


 そして順応性の高い物理の男はやあやあどうも、とそのうさんくさい二人組と握手をしている。


「柳、お客さんにお茶でも出せよ」


 客?客ってこんなのだっけ?


 客という言葉の定義にまで思いを馳せながら、柳谷は仕方なく人数分のお茶を淹れ始めた。



                     ※※※




「なるほど。お二人とも、陰陽寮からいらっしゃったんですか」

 

 ヴァチカンがクリスチャンのトップなら京都の陰陽寮は日本を霊的に守護してきた陰陽師たちのトップだ。

 教えは違えど邪悪なものを祓うものどうし、異業種交流の一環で柳谷は陰陽師と名刺交換会をしたこともある。


「そちらのご本山からその辺の詳細は」

「来てません」

「そりゃうちの本庁の連絡不足ですわ。すんません。異文化に慣れてないもんで、そちらさんがなんとなく察してくれると思ってたんですわな」

「俺ら日本人ですからなあ」

「アホ、こちらさんも日本人です」

「ああえらいすんません。何しろ洋風さんとご一緒するのなんか初めてなもんで。やっぱり十字架かかげて『去れ!』とかやられるんですか」

「洋風さんは絵になってうらやましいですわ」


 柳谷の背を冷たい汗が流れていく。

 ……言えない。この期待に満ちた目の前で、ひたすら京町が悪魔をどつきまわして祓うだけなんて言えない。


 陰陽師かよ!かっけー!といちばんに騒ぎ出しそうな京町が、やり取りには興味なさげにお茶を飲んでいるのだけが幸いだ。たぶん、陰陽師は知っていても陰陽寮がわからないのだろう。異業種交流会にもめんどくせえと参加しなかったし。

 京町が神学以外の授業をほとんど寝て過ごしていたことに、柳谷は今更ながら主に感謝した。


「まあそれはおいおいお見せするとして、お話の詳細をうかがってもいいでしょうか」

「じゃあ電脳悪魔式のホームページを立ち上げてもらって」

「はい」

「これね、式が打たれてるんです」

「悪魔式の式は俺ら和風の式なんです。式だけなら俺らでなんとかできるんですが、悪魔を使った式となると洋風さんの力も借りんと」

「あ、これ、式神の式ですか!」

「式神ちゅーとまた違うんです」

「人の念なのは同じなんですが、どちらかというとそちらさんのいう呪いに近い」

「それをこちらに向かって打ってきてるんで返しの風を吹かせたいんですけどね」

「悪魔さん相手は初めてですよって」

「そもそも日本語は通じるのかと」

「あ、通じますよ」


 柳谷になんてことなく言われたおおみかちゃんと御前の動きが一瞬止まった。

 それから二人は顔を見合わせる。


「……グローバル」

「悪魔さん、グローバル」

「俺が買った電子辞書、経費で落ちなかったらどうしよ」

「だから買うの止めたのにおおみかちゃんはいらちだから」

「御前だって英検受けたほうがいいか悩んでたくせに」

「やかましい」

「やかましいてほんとのことでしょ」

「だからそれがやかましいんだわアホ」


 ああ、京町が三人に増えた気がする。

 

 柳谷の脳裏をよぎったのはなぜかマヨネーズまみれになった肉じゃがだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます