第2話 物理の男とハラハラする男の出会い

 ヴァチカンにて。


 誰もいない教会。

 会衆が座る長椅子に座り、柳谷はため息をついていた。


 このままじゃ、ここで講師にされてしまう


 まさか自分にここまで祓う力が欠けているとは思わなかった___。日本にいたころはそれなりに祓えていたと思っていたけれど、思えばばあれは一緒に祓っていた先輩たちの力だったんだ……。


 教区からエクソシストが出るなんて神の祝福だ!と送り出してくれた先輩たちに申し訳ない。僕にあったのは悪魔を引きずり出す力だけだった。

 

 それだけじゃエクソシストとして認定されないどころか、悪魔を引きずり出すまれな手の持ち主として、ヴァチカンに講師として残らないかとまで言われている。


「エクソシストになりたくて、みんなの役に立ちたくて、ラテン語だって頑張って勉強したのになあ……主よ、あなたはここで僕がお仕えすることをお望みなのですか……?」


 そう柳谷が問いかけても、磔刑にされた主は、ただ目を閉じているだけだ。


 それは汝が決めること、とでも言うように。


 そのとき、バァンと乱暴な音を立てて教会の扉が開いた。


「おい、引きずり屋の柳谷!」

「ハァ?!」


 久しぶりに聞いた日本語だった。

 それでもそれ以上に引きずり屋という単語のわけがわからなくて柳谷は正直なリアクションを返してしまう。


「だからおまえ引きずり屋だろ!?柳谷倭文!」


 いや、だからなぜ名前を知っている。

 柳谷は逆光の中に見える長身の人影にそう問い詰めたかった。


「俺は京町与義!壊し屋だ!」

「すみません、僕はあなたのことを知らないのですが」

「俺は知ってる!」


 柳谷が硬直する。


 なんで?この人なんなの?え、日本人?ていうか誰?


「俺と組もうぜ柳!俺このままだとここの講師にされそうなんだよ!」


 ずかずかと近寄ってきた京町に肩を掴まれ、柳谷は思わず首を横に振った。


「遠慮します」

「なんで?」

「いや、きみのこと知らないし、てか僕、柳じゃなくて柳谷だし」

「長いから柳!俺も京でいい!」

「……とりあえず事情を説明してください」





                         ※※※





柳谷の隣に腰かけた京町は自分の不運を滔々と語り始めた。


曰く、悪魔を物理技で消去できる能力があるからと教区推薦でヴァチカンのエクソシスト養成講座に招かれたこと。


曰く、ただし京町は聖句や聖具で悪魔を御することがほとんどできず、実体化した悪魔にしかその力を向けられないため、ヴァチカンのエクソシスト養成講座の講師にされそうなこと。


曰く、そんなのつまらねえ、俺はエクソシストとして悪魔をケルナグルして壊したいだけなんだとのこと。


「そんで悩んでたら引きずり屋の柳谷のことを聞いたんだ」

「……どんな風に」

「悪魔を引きずり出す力は本山の大司教並み。だけど壊すことができない。だから俺みたいにエクソシスト養成講座の講師にさせられて将来は本山の大司教になる」


 はあ、と柳谷がため息をついた。


 もうそんなところまで自分の無能さは広まっているのか。


「なにため息ついてんだよ柳。だからさあ、俺たちが組んだら最強だと思わねえ?おまえが悪魔を引きずり出して俺が悪魔をぶっ壊す。さいっこーじゃん」


 あ、と柳谷が京町の顔を見た。


 京町はおもちゃを見つけたいたずらっ子のように楽しげに笑っている。


「俺はおまえを見つけられてすっげー嬉しいよ。なあ、二人で盛大に悪魔狩りしようぜ?」


 偉大なる主が天の御国でびっくりしちゃうくらいにな、と付け加えて、京町は柳谷の肩をぽんぽんと叩いた。


「俺、壊すしかできないからさ、おまえが必要なんだよ」


 柳谷が目を伏せた。


「京町さん」

「京」

「京さん……ありがと」

「は?なんでおまえが礼言うの?てか組んでくれんの?」

「うん。僕は京さんと組むよ。僕、本当にエクソシストになりたかったんだ」

「それは俺も。ありがとな、柳。じゃあ行くか」

「え、京さん?!ちょっと!」


 柳谷の手を強くつかんで走り出す京町についていけず転びそうになりながら、それでも柳谷は抗議の声をあげる。


「善は急げ!司教様に俺たちのこと話に行こうぜ!」


 いや、急ぎすぎだろ、と思いながら、それでも柳谷は京町の手を振り払えずに一緒に駈け出して行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます