その悪魔祓います、物理で

七沢ゆきの

第1話 京町と柳谷、もしくは物理の男とハラハラする男

 そこはなんの変哲もない住宅街だった。

 そこに立ち並ぶ家の玄関のチャイムを押す、黒いカソックを着た男二人。

 片方はすらりと背が高く、濃い黒髪。すこしばかり目つきがきつめだが、全体的な容姿は悪くない。いや、カソックが似合うくらいだからいい方かもしれない。

 片方は小柄なメガネ。色の薄い髪がふわふわしている。こちらもカソックが良く似合っている。オーバーサイズのダッフルコート的な意味で。


 しかし、あやしい。変な勧誘にしか見えない。


 そのうちインターホンから何か聞こえたのか、背の高い男の方がいやに明るい声で応対する。


「どーもこんにちは、エクソシストの京町です!」

「付添いの……柳谷です……」


 それから、小柄な男の方も。


 がちゃりとドアが開いた。


「司祭様のご紹介の方……?」


 出てきたのは疲れ切った顔の中年の女だった。

 目の下にはくっきりと隅が浮いている。


「はい。いやあ相方が暗い奴ですみません。ヴァチカンの本山なんかに留学してたもんでえらい真面目になっちゃって」

「京さんも留学してたじゃないですか……違いますよ、こういう場合のテンション的に間違ってるってぼくは言いたいんですよ」

「え、カソックが黒だから?いや白は目立ちすぎだろ。……白い典礼用じゃなくて申し訳ないですが、儀式に影響はないんでご安心ください」

「ああもうなんか全部違う!とにかくここではご迷惑かと思いますので上がらせていただいてもいいでしょうか」



                 ※※※



「管区の司祭から話は聞きました。本山に連絡を取って正式な悪魔憑きと認められたと。まあ大船に乗った気分でいてください。俺たちの悪魔祓い率は今のところほぼ100%です」

「えーと……症状は、神を冒涜する言葉を吐く、暴れる……などですね」

「典型的だな」

「京さんは黙っててください。司祭様に相談もされて、その上での本山連絡、我々の派遣ということですね。正式な手順を踏んでいただいたことに感謝します。最近はあやしげな自称能力者も多いので」

「俺たちは本物なうえに無料ですから!」

「だから京さんは黙っててください。……司祭様によると、日曜礼拝に欠かさず来てくださる良いお嬢様で、憑かれたきっかけは特になし、と」

「あの、娘は……」

「大丈夫ですよ。そのために僕たちは訓練を受けています。お嬢様の部屋へご案内をお願いします」



                   ※※※




 扉を開けると、少女らしい可愛らしい部屋には饐えた臭いが漂い、ギャオッ、ギャオッと叫ぶ少女がベッドに縛り付けられていた。

 中年女___母親___が目元を覆う。


「来たか来たか偽神の使い!この女は俺の物だ!おまえたちにもわけてやろうか!」


 そして少女は歪んだ顔でベッと二人に向かって唾を吐く。


「お母様、部屋から出ていただけますか。お辛い光景となりますかもしれません」

「はい……」


 柳谷に促され母親が部屋を出ていくと、京町がそれまでの愛想のいい表情が嘘だったようににやりと笑った。


「さあやろうぜ、くそったれの悪魔野郎」


 そう言いながら京町は娘に向き直り、柳谷が悪魔が逃げられないように床にぐるりと聖水を撒く。


「またくだらない祈りか?もう百万遍は聞いたな!馬鹿な神の言葉なんざ子守唄にちょうどいい!」

「いーや。祈りなんかやらねーぜ?おまえごときにゃ主の言葉はもったいなさすぎる。柳」

「はい、京さん」

「いつもどおりぶっかけて」

「……またですかあ……?」

「こっちの方が早くて確実」

「でも僕たちは正式なエクソシストなんですよ……?」

「うるせーなー、主の有難きお言葉を解さないバカにはこれがいちばんなんだよ。おまえ、引きずり出すのだけはうまいからな」

「……しょーがないですねえ……」


 柳谷が何事か唱えながら聖水を娘にかけようとした。

 なんだかよくわからないやり取りの前につい沈黙していた悪魔が、はっと体を起こそうとする。


「おまえら、何をする気だ。俺は悪魔の王ベルゼブブ……」

「あ、悪魔さん、それ言わない方がいいです!さらにひどい目に会います!」

「え」

「そうかあ……ベル公、今度こそコキュートスにも戻れねえくらい塵にしてやるよ!柳、さっさと聖水撒け!」

「不敗のエクソシスト、京さんが唯一負けたのがベルゼブブなんです!あなた、見た感じベルゼブブさんじゃないですよね?!本気で消滅させられますよ!」


 ぎょろぎょろと目を動かしながらニタニタ笑っていた悪魔の顔が真顔に戻った。


「マジで?」

「マジです」

「神の使者、俺が悪かった!この娘の体からも出ていく。真名も教える!だから落ちつけ!」

「うるせえ!俺の腕に傷つけたの忘れてねえからな!柳!」

「はいっ」


 気の毒ですけど諦めて塵になってください……と同情を含んだ口調で聖水を少女の胸元に振りかけ、柳谷はアーメン、と十字を切った。


「この者にどうか主の憐みを」

「っし!さすが柳、尊き主に逆らうくそったれどもを実体化させる腕はヴァチカン一!」

「僕は悪魔を素手で掴める人の方がすごいと思います……」

「さあて、リターンマッチと……あれ、おまえベル公じゃねーぞ!俺を騙すなんていい度胸してるじゃねえか……!ぜってー許さねえ……!」


 京町の長い脚がくるりとひるがえり、聖別済みのブーツの靴先が綺麗に悪魔に後ろ回し蹴りをきめる。

 悪魔が空中に跳ね上がる。それが落下しかけたところに膝蹴りを入れられ、再度空中に跳ねる悪魔。


「いてえっ!痛い!痛い!おい、そこの司祭、これ反則だろ!十字架は?!聖書は?!」

「残念ながら京さんはそういうのが苦手なんで……我慢してください」

「この悪魔野郎、まだ口きく余裕があんのかよ。じゃあこれで最期だな。

 我、御心に背くことあるまじと決心し奉る!父と子と!聖霊の御名において!アーメン!!」


 リズミカルに膝蹴りを入れ続けられて空中で鞠のように弾んでいた悪魔に京町が派手なモーションから拳を振り下ろす。


 ぼこん、と意外に間抜けな音を立てて悪魔は床に叩きつけられ、それからさらさらと塵に帰っていった。


「おし、終わり。報告書は頼むな、柳」

「勘弁してくださいー。いつも聖句や十字架で祓う場面を捏造するの疲れるんですよー」

「上だって俺がケルナグルなのはわかってるんだから前回のコピペでいいじゃん」

「公式記録なんです!後世に何かの参考にされたらまずいんです!あんなことできるの京さんしかいないんですから!」

「じゃあ頑張れ柳」

「京さんー!」


 京町きょうまち与義よぎ柳谷やなぎたに倭文しづ


 二人とも、世界でも数少ない、ヴァチカン公認の日本人エクソシスト。


 京町は顕現した悪魔を媒介なしに物理的な力で祓うことができる超人的なエクソシスト……というと聞こえはいいが、憑りつかれた人物から悪魔がある程度引きはがされないと何もできないという因果な男。彼の唱える聖句は気休め程度にしかならない。


 対する柳谷は悪魔を引きはがすのに関しては本山の大司教の上も行くと言われているが……それしかできない。彼が使う聖句や聖具の効果も京町より少し強い程度だ。


 というわけでこの二人、お互いがいないと仕事にならないため、なんやかんや文句を言いつつも、長年コンビでエクソシスト稼業を続けているのである。

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