第194話 捕食

森を抜け、塀無き敷地内に入り込んだ山口と鈴木が座射の姿勢で構え、周辺を見渡した。



辺りに町民、黒フードの姿は見当たらない



あるのは静かな森のど真ん中に居を構え、佇む大豪邸のみ



広々とした駐車場、その奥には庭園らしきものが見え定間隔に松などが植えられている。



人の気配は感じられない…



静か過ぎる…



何かの罠か…?



山口と鈴木が顔を見合わせ、後ろに視線を向けた。



森の木陰にはエレナをはじめ美菜萌、青木、村田等が隠れて待機



山口がしばしそこで待てのジェスチャーを送った。



そして立ち上がりゆっくりとサブマシンガンを構えながら歩きはじめた。



続いて鈴木も立ち上がり、2人だけで奥へと進んで行った。



車1台止まらぬガラ空きな駐車場のアスファルトを横断、いつでも発砲可能な構えで周囲に用心しながら進んで行く2人



その2人を木の陰から見守る青木が口にした。



青木「おかしいよね さっきの鎧の奴といい奴隷の待ち伏せがあったのに肝心な本陣には人っ子1人いないなんて」



エレナ「…」 



美菜萌「うん… コーキュートスの時と似てる」



2人が庭園へと足を踏み入れた。



山口は庭園の隅々まで視線を向け、鈴木は邸宅へと目を向けた。



一階二階共に見渡す限り室内に人影は見えず



やはり敵の姿は無い



山口、鈴木が立ち止まった。



鈴木「敵が侵入したにも関わらず本丸の防衛は無しか… どうゆうつもりだ」



とりあえず敵影無し 周回は安全だと判断した鈴木がこっちへ来いの合図を送ろうとした瞬時



ガタッ



微かな物音が聞こえてきた。



手招きする鈴木



山口は物音が聞こえた方向に歩き出した。



すると



ガタッ ガタッ



また山口の耳に聞こえてきた



合図を受けたエレナ達が鈴木の元まで移動



ゆっくり移動する山口を目にした。



榊原「どした?」



鈴木「分からない… でも何か聞こえたのかもしれない」



山口が邸宅に近づき、ある一室の前で立ち止まった。



窓から覗くと10畳程の客間と思われる一室



山口がそっと窓に手を伸ばした。



鍵はかかってない



そして そっと窓ガラスを開いた途端



ガタガタガタ ガン



激しく揺れる壁 接触音が聞こえてきた。



なんだ…?



建物の反対側で何かが起こっている



山口がこっちに来いのハンドシグナルを送り、部屋へと踏み入れた。



ガタン カタカタカタ



振動で揺れる壁、引き戸のドアも揺れ、山口がゆっくりとドアに近づいた。



そしてエレナ達も土足で部屋にあがり



カタカタカタと震動する揺れを目にした。



臼井「これ何の揺れだ?」



臼井が小声でボソッと呟き



山口が戸に手を掛けドアを開けた。



開くとそこは長く大きな廊下



左右に目を向け、山口が出ると一同も廊下に出た。



洪大で立派な廊下に出たエレナ



この廊下…



ここは私が初めて山吹を目にした場所…



そしてあの化け物を目撃した場所…



見覚えある廊下に踏み入れたエレナがキョロキョロ見渡すや



ガタン



壁に激突し大きな音が鳴った



一同一斉に振り向き、その音に驚いた。



ドン ドスン



村田「何だ 何の音だこれ ここで何が起きてる?」



何かが大暴れし、それを伝ってここまで揺れている音…



そして



山口「シッ 聞け」



山口の言葉で皆が耳を澄ますや



ガタン カタカタカタ 「ぐぎゃゃゃ~」 バン 「逃げろぉ~」



悲鳴なども混じって聞こえてきた。



佐田「この声… 襲われてる…?」



吉田「誰が? 誰に?」



「ひぎゃゃゃあぁぁ」



建物のどこかで今…



敵が誰かに襲撃を受けている



鈴木「恐らく反対側の何処かだ」



臼井「味方?」



鈴木「ありえないな」



山口「俺達以外敵対する組織とかの存在は?」



美菜萌「無いです」



鈴木「じゃあ麻島班… って事もありえないし… クソ 無線が使えないのは不便だな」



山口「だがこれで納得出来た 周囲に見張りも警備もいないのが頷ける」



何が起きてる…?



何だか物々しい雰囲気に包まれ…



騒然とする音に聞き耳をたてた



その時だ



「ひぃぃいいいい」



ある悲鳴が近づき、ある扉が開かれるや1人の黒フードが廊下へと飛び出してきた。



エレナ達は一斉に銃口を向け



必死な形相で逃げ出してきた黒フードに視線を向けた。



次の瞬間



ドスン ドスン ドスン



壁に接触しながら、軽い地響きを鳴らしながら足音が近づき



扉からヌゥーと現れた巨大な黒き体毛に覆われた動物の姿が映し出された。



そしてそいつは黒フードの胴部へと食らいつくや一瞬にして引きずり込んだ



「ぎゃああああああ」



黒フードからあがる断末魔の叫び声が扉の先から吐かれ



身を固めたエレナ達の目の前で



今度は腰から下 腰椎の突出した下半身が吐き出され壁に激突された。



廊下に転がる無残に分断された下半身に唖然とするエレナ達



佐田「な… なんだ今の…?」



吉田「今の熊じゃなかった?」



エレナ、青木、美菜萌が無言で顔を見合わせた。



そして3人揃って胸の内で口にした。



あの人食い熊だと…



佐田、吉田が小走りで扉へ向かった。



エレナ「佐田さん 吉田さん 迂闊に近づいちゃ駄目 戻って」



だがエレナの忠告も聞かず近づいて行く2人



青木「やめろ 行くな そいつらはただの熊じゃねぇ」



エレナと青木が目を合わせ同時に駆け出した。



青木「チッ 馬鹿野郎」



そして2人の手首を捕まえたと同時



グフゥ~ クフ~



荒々しい猛獣の鼻息が聞こえてきた。



エレナ、青木、吉田、佐田が扉の先へ視線を向けるとそこにはキングサイズな巨大熊が黒フードの腹にノズルを突っ込ませ、左右に振り回し内臓を漁っていた。



見上げる佐田



佐田「あ… ぁ…」



言葉を失い、引きつる吉田



クチャクチャと肝臓らしき臓器を噛み切る熊を前に金縛りのように身が固まってしまった佐田と吉田



食事に夢中で意識がこちらに向いていない…



エレナ、青木が感づかれる前にと2人を引っ張り、身を引こうとした瞬間



榊原「なんてバカデカい熊なんだ」



突然榊原が隣りにやってきて、サブマシンガンの銃口を熊へ向けていた。



そしてエレナが制止をする間もなく



タタタタタ



サブマシンガンから発砲



榊原が独断で発砲した。



弾は熊の身体へと弾着



すると



弾を受けた熊が食事を止め、ギロリとこちらへ目を向けてきた。



エレナ等の存在に気づき牙を向いた熊



「ゴオオォォォ~」



そして吠えた熊が怒り狂う猛獣の目つきでいきなり襲いかかってきた。



巨体な熊の猛突進する姿が瞳に映り



エレナは佐田の手を引っ張り、サイドへと逃げ込んだ



また青木、榊原、吉田も反対サイドに飛び込んだ



ドカァーーン



突っ込んできた巨体が壁に激突



壁は脆くもへこみ、無数のヒビが生じた。



美菜萌、山口、鈴木、村田の前に再び飛び出してきた黒き体毛の猛獣



正真正銘熊の姿だ



だが…



山口「なんだ… この大きさ こんな大きな熊初めて見るぞ」



改めて視認されたそのデカさに度肝を抜かれる山口達



鈴木「射殺する」



あまりのデカさに動揺した鈴木が慌てて狙い定めると



山口「止めろ 仲間に当たる」



山口により銃口が手で下げられた。



左へ分かれたエレナと佐田、エレナが小声で…



エレナ「ねぇ 立てる?」



佐田「い …いや 腰が抜けたかもしれない…」



エレナ「しっかりして あいつのランチになりたいの」



佐田「うぅ…」



佐田の腕を掴み後退する



また青木も後退



熊から視線をそらさず、吉田の襟首を引っ張りながらゆっくりとバック



榊原もMPを構えながら皆の元へと後ずさりで戻っていく



ブルブルブル



「ブフゥ~~」



だが…



熊が突如青木等へと目を向けるや



「グオオォォォ~~」



ドスン ドスン



再び吠えると同時に突っ込んできた。



臼井「わぁあ」



臼井は咄嗟にその場から逃げ出し



村田「そこ どけ」



向かって来る熊に銃を向けた村田



ドスン ドスン



だが青木等が邪魔で発砲出来ない…



村田「クソ」



すると迫った熊が鼻先で払い、榊原が壁に激突された。



榊原「ぐは」



巨体の4足の合間を…



青木は突進を紙一重で回避した。



また山口、美菜萌、二宮もかろうじて突進をかわすのだが



鈴木「うぐぅおぉ」



足を踏みつけられた鈴木



大熊の巨体はそのまま突っ込み、陣が蹴散らされた。



鈴木「ぐわぁ」



倒れ、のたうつ鈴木に山口が駆け寄ると鈴木の右のふくろはぎが完全に踏み潰されていた。



鈴木「うぐぐぐ」



山口が臼井を追いかける熊を目にするや



熊が急ブレーキで停止、振り返った。



「ぐぅぅぅうう」



すると またもこちら目掛けて突進してきた。



山口「クソ」



山口が膝射でMPを構え、発砲する



タタタタタタタタタタ



だが 被弾しつつも構わず突っ込んで来た熊がベアクローを振るってきた



ブン



山口は横転でそれを避わした。



次の瞬間



痛みに悶える鈴木に爪が引っ掛けられ、持ち上げられるや喉元へガブリ



そのまま引き裂いた。



ブシャャャ~



簡単に引きちぎられ、放り捨てられた鈴木の胴体



熊は生首を咥えたまま、今度は二宮に目を付けるや鋭い爪で二宮の身体を引っ掻いた。



シュパ



仁王立つ二宮の口から鮮血が滴り落ち、腹からボトボト腸が吐き出された。



両膝が落ち、前倒れした二宮も目を開けたまま絶命



猛獣のパワーの前になすすべ無く屠られていく脆弱な人間達



マズい…



このままじゃこの熊に皆殺しにされちまう…



青木「廊下から早く出ろ」



吉田と美菜萌にそう告げた青木



すると青木が突然走り出し、大熊の横をすり抜けて行った。



美菜萌「青木さん」



青木「こっちだアホ熊」



すると



動く標的に反応を示した熊が青木を追いかけはじめた。



青木「行け行け 走れ走れ ゴーゴーゴー」



廊下で立ち止まる臼井に向かって走る青木、後ろから大熊が追いかけて来る



その光景に青ざめた臼井も叫びながら走り出した。



臼井「う… うわぁ~」



皆を守る為、今度は青木が囮を買って出たのだ



美菜萌「今の内です 退避しましょう」



熊に追われる青木の後ろ姿を目にする美菜萌



無事でいて… 青木さん…



エレナと佐田も駆け付け



エレナ「負傷者は?」



美菜萌「榊原さんが 大丈夫ですか?」



榊原「うぅ…」



壁に叩きつけられグッタリする榊原に美菜萌が肩を貸し、起き上がらせるやエレナも榊原の身体を支えた。



エレナ「あとはみんな動けますね?」



村田「あぁ 俺は平気だ」



吉田「俺も大丈夫」



山口も頷き



エレナ「とにかく急いで移動よ」



村田「あぁ」



一瞬にして殺害された鈴木、二宮の遺体を残し



エレナ、美菜萌、村田、吉田、佐田、山口、榊原の7名が移動



廊下を曲折していった。



熊の時速は50キロ 人はトップアスリートでも25キロ



しかも速攻でトップギアに入れる事の出来る熊の脚にノロマな人間など到底逃げ切れる訳も無く



ものの数秒で距離を詰められた。



ドスン ドスン



怪物が足を踏み込む度、軽微な地鳴りが青木のすぐ背後まで聞こえ熊が迫って来た。



熊の足が犬や猫よりも速いのは知っていた…



けれどこれ速いとかのレベルじゃねぇ…



この直線を逃げ切るのは絶対に無理だ…



追いつかれる…



このままじゃ食われる…



すると



ハッとひらめいた青木が急停止



奴の脚を撃てば動きが止められるかもしれない…



そして青木が振り返りざまからの小銃を向けた瞬間



シュ



すぐ眼前に鋭い爪が飛んできていた。



うわ…



ブン



頭を下げたと同時に空振りした爪が壁を引っ掻いた。



モンスターの爪痕のように壁にくっきり刻まれた傷を目にした青木



熊もトップスピードから急停止、牙を剥き出しに二足で立ち上がり、怒り狂った表情で青木をジロリと見下ろした。



その間 廊下先の出口まで到着した臼井が手招きしながら叫んだ



臼井「青木 早くここまで走って来い」



青木は背を向けた首を左右に振った。



無理だ 今逃げれば 捕食される…



じゃあ どうする…?



戦う?



無理だろ…



なら…



屈んだ状態で熊を見上げ、すぐ横に見えるある一室の窓ガラスに目をつけた青木



あれだ…



ブン



熊が叩きつけるように鋭い鉤爪の1打を振るってきた。



青木はそれをひらりとバックでかわし、熊の手が床に叩きつけられると同時に窓ガラスに自ら飛び込んだ



ガシャー



窓を突き破り、ガラスの破片が散乱する中、転げ落ちた青木



何の変哲も無い洋間の一室に入り込んだ青木がすぐに起き上がり、振り返るや



ガシャー ガシャー



熊の手が窓ガラスをブチ破り、室内に腕が伸ばされてきた。



それから鼻先を覗かせ



「グフゥ~」



このサイズではこの窓から入る事が出来ず



鼻息を吐いた熊が窓から顔を覗かせた。



その熊と視線を合わせた青木



確か熊は狙った獲物に執着する性質がある…



その目… 俺をロックオンしたか…?



出来るもんなら捕食してみろ…



青木はそのまま窓を開け、外に逃げて行った。



臼井「青木… クソ」



臼井も扉を閉め、移動した。



命辛々窮地を脱出、逃げ切った青木はひとまず臼井との合流を果たす為、駆け出した。



一方



移動したエレナ達



食われた黒フードの死体を通り過ぎその先の部屋へと入り込んでいた。



壁一面床一面白を基調とした美しい模様かつテクスチャー効果を取り入れられた大理石



高い天井、そこから垂れた煌びやかなシャンデリアの数々に



巨大な大理石の支柱が左右何本も続いている



また巨大な壁画が至る所に飾られ、天窓から差し込む光が空間を美しく照らす豪華な回廊の長い一室



西洋の宮殿をモチーフにコンテンポラリー(近代的)に仕上げられたエレガントかつゴージャスな間へと踏み入れていたエレナ達



その踏み入れた瞬間



床は血の海と化していた。



散乱した内臓物と肉片、黒フードや奴隷達の惨殺死体がそこら中に転がり、足を滑らせた佐田が思わず口を塞いだ。



熊に襲われたと思われるあまりに陰惨な現場



点々と奥まで続く死体、また回廊の中心はまたも庭園となっており、その中核は特に酷く、惨い殺され方で多くの死体が転がっていた。



村田「血で滑るぞ 足元気をつけろ」



吉田「しっかしヒドい これ全部あの1頭の仕業なの?」



エレナ「違う 熊は全部で3頭いるのよ」



山口「つまり…」



エレナ「えぇ さっきの1頭がいるって事はもう2頭もこの屋敷内のどこかにいる…」



佐田「これ相当やべぇーやつだよ あんなのがもう2頭も来られたら俺達なんかイチコロじゃん こいつらみたいに皆殺しにされるのがオチだよ」



支柱に頭を叩き潰され、貼り付きダラリとぶら下がる黒フードの死体、床に頭を潰され胸部まで潰され、両脚を広げる奴隷の死体



村田「確かにヒデェーな 俺達人間なんか虫けらに等しい」



気味の悪いオブジェと化す死体を通過して行く



美菜萌「青木さんと臼井さんは大丈夫かな…?」



心配そうな表情でボソッと口にした美菜萌をチラリと目にしたエレナ



エレナ「無事よ きっと そう願うしかないよ」



美菜萌「でしたら純やさんは…?」



エレナ「……うん…」



返答に間が空き 戸惑いを見せたエレナを今度は美菜萌が目にした。



純やさん…… 大丈夫なんだよね…?


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