第185話 参着

ガシッ



エレナが倒されたと同時にバスタードが手すりの鉄棒を掴み、這い上がってきた。



階段の裏側を吸盤のような手足で貼り付かせ、逆さ移動、エレナに気づかれぬよう忍び手、忍び足での接近



そして手摺を跨ぎ、呆気にとられ、見上げるエレナの眼前へと降り立った。



警戒かつ用心していたにも関わらず、簡単に接近を許してしまった



見下ろすバスタードと一間目を合わせたエレナが素早く銃口を向けるや



AKのマズル部が掴まれ、またエレナの喉元も鷲掴みにされた。



エレナ「うくっ」



そしてエレナの身体が持ち上げられた。



その時だ



暗闇から飛び出してきた御見内



御見内が小銃の先端を両手で握り、バットのように振りかぶっていた。



バコ



そしてバスタードの背中にスイングされた。



グシャグシャな顔部のかろうじて開く片目の目玉が御見内へ向けられると



もう一発



バキッ



頭部が千切れそうな程の会心の打撃が顔面に直撃



エレナの首を絞める手が外れ、バスタードは手摺を乗り越えそのまま落下していった



だが… 次の瞬間 エレナの腕が掴まれ…



道連れにエレナも持っていかれる



エレナの身体が手摺を越え、引きずり込まれてゆく寸前



ガシッ



エレナの手首がキャッチされた。



手摺から己まで落ちそうな程身を乗り出し、エレナの手を掴んでいたのは御見内



重みで一気に御見内の表情が歪んだ



御見内「く……」



ここは9階 落ちればエレナの命は無い



宙ぶらりんとなるエレナの手を離すものかと必死な表情の御見内は同時にバスタードも目にした。



エレナ「痛い… うでが… 抜けちゃう」



バスタードもまたエレナの手を掴みぶら下がっているのだ



もう片方の手にAKが吸いついているのも視認した。



御見内「く… エ…エレナ… ハンドガンは何処だ?」



単純に人2人分を支えている状況



いつまでも保たない…



あまりの重さにプルプルと腕が震え、震える言葉で尋ねると



エレナ「こ… 腰のホルスターよ」



エレナもまた引きちぎれそうな痛みと高所から重力にしがみつかれ死の恐怖と戦いながら必死な思いで返答した。



腰のホルスターか… 片手を伸ばして届く位置じゃない…



エレナ「腕がぁ 腕が千切れちゃうよ~ 道ぃ~ 何とかしてよ」



御見内「うぅぅ ぐぅ が 頑張れ…」



力みから真っ赤な顔になる御見内の瞳に



エレナの肩に手を掛け、よじ登ろうとするバスタードが映し出された。



御見内「ぐっ…」



片手では耐えきれず両手でエレナの手首が握られた。



エレナを伝い、這い上がろうとするバスタードによってズシンと重みが増し、御見内の握力は限界に達している。



そんな御見内を目にしながらエレナの肩に手を掛けたバスタードが上体を上げる度、重みで御見内の身体が引き込まれた。



落下してたまるかと踏ん張り、エレナを落としてたまるかと耐え凌ぐ御見内の表情は一層キツさで歪んだ。



そしておんぶのようにエレナの背中に覆い被さり、エレナの手首から離れた手が、今度は御見内の頸部へと回された。



血みどろなヌメリとした感触をうなじに感じ、両手の塞がった御見内の前に崩れまくったバスタードの顔が近づけられる。



今離せばエレナが落ちる…



この手は離せない…



クソ…



ドアップに映るバスタードに為す術無く、目にするや



「不届き者 覚悟いたせ」



御見内の根首を掴んだままバスタードが手のひらを広げ、片腕を振りかぶった。



絶体絶命…



嫌な汗が額ににじみ、直視する御見内が一瞬目を閉ざした。



「備前流忍術 忍法 万力…」



っと 次の瞬間



パァン パン



鼓膜を揺さぶる銃声が鳴り響いた。



そしてバスタードの頭頂から弾丸が飛び出していたのだ



微かに開く眼孔が限界まで開かれたバスタードと目を合わせる御見内の首から自然と手が離れ



そして反り返った体躯はずり落ち、重力に引き込まれたバスタードがそのまま落ちていった。



ハッとさせた御見内の瞳にはマカロフを握るエレナが映し出された。



銃口から真新しい硝煙の臭いを漂わせ、咄嗟にハンドガンを抜いていたエレナ



2人は落ち行くバスタードを見下ろした。



ガン ガン



手摺に何度も接触しながら落ちていくその姿を見届けながらエレナが口にした。



エレナ「まさかこれで死んだよね?」



ドサッ



バスタードが落下した。



御見内「あぁ 流石にそうだろ」



御見内「ん~~~ ハァ~~~」



力を振り絞りエレナが引き上げられた。



御見内「はぁ はぁ あ~ やべぇ 痺れた… もう全く握力がねぇ」



手摺にもたれ、プルプル震える手を眺めながらしゃがみ込んだ御見内



エレナ「あ~あ 持っていかれちゃったね」



またエレナはマカロフをホルスターに仕舞い、身動き1つしないバスタードとAKライフルを見下ろした。



エレナ「死んだみたいだし 取りに行ってこよっかな」



御見内「いいよそんなの それより平気か?」



エレナ「うん 私なら平気よ」



御見内「そりゃ良かった」



エレナ「ありがと」



御見内「え?」



エレナが隣にちょこんと座り、御見内の手をさすった。



エレナ「この手 最後まで離さずにちゃんと握っててくれて」



御見内「当たり前だろ 落ちたら死亡確定なんだぜ 死んでも離せるかよ」



エレナ「うん」



手をさすりながら笑顔で頷いた。



御見内「って休んでる場合じゃない 急いで合流しないとな」



エレナ「うん もう 痺れとれた?」



御見内「あぁ お陰様で徐々にひいてきた 握力も感覚も戻ってきたし サンキュー もう大丈夫だ」



エレナが立ち上がり床に落ちた小銃を拾い上げた。



エレナ「ねぇ ところで例のトラップはどんな感じなの?」



御見内も手首を振りながら立ち上がった。



御見内「あぁ それなんだがな… お手上げ状態だよ」



小銃のライトを照らし、今度はエレナが確認に向かった。



御見内「階段の6段目に気をつけろ ワイヤーが仕掛けられている」



エレナ「うん」



エレナが3~4段上がり、言われた通りライトを照らすや、普通なら見落としてしまう程の細いワイヤーが目にとまった。



エレナ「あった これね」



御見内「次 天井に向けてみろ」



そして天井にライトが向けられた。



エレナ「あ あれか 手榴弾ね」



御見内「あぁ ならそのまま その先も照らしてみろ」



そして10階に繋がる階段に向け、明かりが照射されると



エレナ「何よこれ…」



エレナの声が途端に上擦った。



エレナ「ワイヤーだらけの 手榴弾だらけじゃん」



御見内「他にもある 壁に取り付けられてる物見えるか?」



エレナ「他にも? ちょっと待って」



エレナが壁を照らすやカーキ色の物体を発見した。



エレナ「あった」



御見内「英語でセムテックスって書いてあるだろ それプラスチック爆弾だ」



エレナ「まじ…?」



御見内も歩み、エレナの背後に近寄ると照らされたプラスチック爆弾を共に眺めた。



エレナ「プラスチック爆弾って…」



御見内「俺達がマツさん等と別れて10~20分しか経ってない その間にこれだけの物を短時間で仕掛けた奴がいる」



エレナ「そうなるね」



御見内「しかも1つでもワイヤーに触れれば連鎖的に爆発する仕組みだ 手際よくこれだけの細工を施すやり手がこの建物内にいるって事になる」



エレナ「どうする? 通路はここしかないじゃん」



御見内「このままじゃ通過は不可能だ 一個づつ解除していくしかない」



エレナ「どんだけ時間かかっちゃうのよ…」



御見内「でもそれしか」



その時だ



エレナがある事をひらめいた。



エレナ「ねえ これ連鎖的に爆発起こすんだよね?」



御見内「見る限りでは」



エレナ「ちなみにプラスチック爆弾の威力ってどうなのかな? この建物ごと崩れちゃう威力かな?」



御見内「いや 分からないが せいぜいこの一帯じゃないか」



エレナ「ふ~ん」



御見内「…」



エレナが御見内の手を掴むや9階の扉を開き、フロアー内に入り込んだ。



またエレナの手には空となる1つの弾倉が握られていた。



エレナ「その言葉信じる」



御見内「おい 何する気だ?」



するとエレナがいきなりその弾倉を暗闇へと放り込んだ



そして 急いで扉が閉められるや



ドカァー



たちまち爆発音が鳴り、ドアが激震



御見内の手を引き、2人してドアから離れるや



ドカァー ドカァァ ドカァ~



連続で爆発が起き、天井や壁が大きく揺れた。



そして



ドカァァァア~~



一際デカい爆発音と揺れが生じ、ドアが独りでに開くや爆炎が入り込んできた。



爆轟の衝撃波によってドアが勝手に開き、ドア周辺が一瞬にして炎に包まれたのだ



2人は廊下の遥か奥まで避難し、爆発に巻き込まれる事は無かった。



御見内「おい 無茶すんな ヘタしたら死んでるぞ」



爆発は止み、火炎は消えた。



エレナ「でも ちゃんと成功したよ」



御見内「あぁ?」



エレナ「解除が難しいならトラップまるごと全部起爆させちゃえばよくないって思いついたの これでトラップは全て無くなったでしょ」



御見内「その発想が無茶苦茶なんだよ」



エレナ「結果オーライじゃない」



新品だった非常通路の壁は黒ずみ、ひび割れた階段を駆け上がって行った2人



そして最上階となる12階へ差し掛かるや村田、海原が出迎えていた。



海原「良かった おまえ等無事だったか 待ってたぞ」



村田「何だ今の爆発? まぁいい とにかく早く入れ」



村田達は凄まじい爆発音を聞きつけ、様子見で飛び出していたようだ



2人は12階フロアーへ無事辿り着くや進入、すぐにドアは閉められ、鍵がかけられた。



フロアー内に入るなり廊下は騒然としていた。



生存者達が混乱しごったがえしていたのだ



それを沈めようと懸命に声を張り上げ呼び掛けているマツ、廊下に脅えて座り込む生存者達のケアに励む美菜萌や各部屋に入るよう誘導を行っている石田、中野、石田等の姿が見られた。



そして唯一の移動箇所であるこの扉を見張る麻島、村田、海原等と合流を果たした2人



エレナは着くなり



エレナ「ねぇ 遼太郎は無事?」



海原「あぁ 一番奥の部屋におば様達と一緒にいる」



それを聞いたエレナが御見内と目を合わせるやそのまま部屋へと走って行った。



麻島「今の音は?」



御見内「すぐ下にトラップが仕掛けられてたんです それが爆発した音です」



麻島「トラップ…?」



村田「どんなだよ? そんなのさっき通った時は無かったぞ」



御見内「えぇ 別れた数分の間に誰かが仕掛けたんじゃないかと思って 大量の手榴弾とプラスチック爆弾が仕掛けられていた」



海原「プラスチック爆弾が?」



村田「大量な手榴弾まで…?」



御見内「あぁ しかもそれなりに技術を持った人間の仕業じゃないかと… プロの犯行だと思われる」



村田「月島の野郎か?」



麻島「いや 奴じゃない 他の誰かだ…」



村田「誰かって…」



御見内、村田、海原が互いに視線を合わせた。



麻島「向こうサイドに爆弾の扱いに長けた奴が1人いるだろう 国際テロリスト ボマー(爆弾魔)の万頭」



海原「月島の隣りにいた奴ですね  ありえますね」



隊長の一言で浮上した万頭の名



村田「クソったれイかれ爆弾野郎までここにいるのか」



御見内「それと奴等の奇襲の目的が分かりました」



村田「…」



麻島「何だ?」



御見内「俺とエレナを捕らえる為です」



村田「おまえとエレナを捕まえる為? なんで?」



御見内「理由は不明だが 実は先程例の人形に襲われました そいつが口走ってたんです」



麻島「交戦したのか?」



御見内「はい エレナと撃退しました」



村田「御見内とエレナがターゲットだと… 奴等何を企んでやがんだ」



その時だ



臼井「大変だ みんな来てくれ」



慌てた様子の臼井と青木が御見内等の元にやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る