第179話 宿命

マンション1階エントランス 19時00分



完全に日が沈んだ夜



「ん~ 旨そうやなぁ~」



「当たり前よ わたし達が作ったんよ」



1階ロビーは多くの人でにぎわい、これからささやかなパーティーが開かれようとしている



三角巾に割烹着姿のお婆様がカレーをよそう



業務用の大きな鍋が2つ並び、弱火でたっぷり煮込まれたカレーが皿に注がれた。



その隣りではエプロン姿のおば様が御飯をよそい、列をなす生存者達



既にカレーを貰った者は席に着き、待ちきれない様子



また各テーブルには酒屋という酒屋やディスカウント、スーパー、コンビニからかき集められた瓶ビールや缶ビールが置かれ、爺様達は目を輝かせていた。



既にフライングで盗み飲む者も続出している中



そんな爺様達の視線を集めるのがドリンクコーナーとして設けられテーブルに並べられた焼酎や日本酒などなどだ



その中でひときわ目につくのが高級芋焼酎の森伊蔵が置かれている事だ



酒が飲みたくとも外には奴等がいる為、禁酒を余儀なくされていた生存者達



酒など久しぶりで、男共はカレーよりも断然酒の方に興味がある者ばかりだ



どっから持ってきたのか?子供用のプールに氷水が張られ御見内が缶ビールや瓶ビールをぶち込んでいる



臼井が割用の水や氷、ソフトドリンクのジュースなどを並べている



臼井「よし ひとまずこんなもんか」



御見内「だね」



またあるテーブルでは人集りを作っていた。



その人集りの中心にはあの遼太郎の姿



「まぁ~ 可愛いわね」



「ちょっと私にも抱っこさせてよ」



「まだ据わってないから首しっかり持って」



「ひゃ~ 可愛いいわね」



「この子を3人でお世話してるの?」



七海「そう もぉ~ 大変大変 寝不足よ ねぇ」



エレナ「はい でも可愛いから」



早織「遼太郎くんのおむつ早織も代えたんだよ」



「へぇ~ そう 早織ちゃんエラいわね」



早織「へへへへ でしょ~」



美菜萌「フフフ」



生後まもない赤子を一目見ようと群がるご婦人方に取っ替え引っ替え抱っこされていく遼太郎



まるでちょっとしたアイドルの様に黄色い声があげられている。



エントランスを見渡し腕時計を目にするマツの元へ石田が近寄ってきた。



石田「みんな配り終わりました いつでもはじめられます」



マツ「うむ しかし遅いな もう2時間前には戻ると言ってたんだが…」



石田「隊長達ですか 確かに遅いですね 何かあったんでしょうかね?」



マツ「う~~ん」



石田「待ちますか?」



マツ「いや 冷めてもしょうがないし 仕方ない 先に始めよう」



頷いた石田が声をあげた。



石田「みなさぁーん 席に着いて下さい そろそろはじめまぁーす 各自グラスに注いでくださぁい みんなで乾杯でもしましょう」



石田の掛け声で一同席に着き、ビールの注ぎ合いが行われた。



石田「皆さん 行き届きましたかぁ したら一度起立願いまぁ~す」



グラス片手に立ち上がった面々



石田「じゃあマツさん 一言お願いします」



マツが再度見渡したのち言葉を発した。



マツ「え~ そうだな… 堅い話しや暗い話しはなしとしよう 今夜は引っ越し祝いと言いますかな  豪華な食事とはいかないが少ない食材の中こんな素晴らしいカレーを調理してくれた若くてキレイなご婦人方に感謝する」



「ババアばっかだがべっぴん揃いだかんな~」



ジジイのヤジりが入り軽い笑いが起きた。



マツ「ハハハ その通りだな まぁ カレーしか無いですがなんにせよ腕を振るってくれたカレーなので皆 今日はたらふく食べて楽しめたらと思いこうゆう場を設けさせて頂いた また少ないですがお酒の方も用意させて頂いたので…」



「マツ ズルいぞ さては今まで隠し持ってて1人でコソコソ飲んでたんだろう」



「ハハハハハハ」



笑いながら首を横に振ったマツがグラスを上げた。



マツ「じゃあ今日はみんな、何もかも忘れて楽しんでくれ ひとまず乾杯といこう」



そして御見内もエレナも倉敷、七海、半田、青木もグラスを上げた。



マツ「かんぱぁ~い」



「かんぱぁ~~~い」



カチャン カチャ



至る箇所から小気味よいグラスの当たる音が鳴り



一気飲みされるビール



早織はリンゴジュースを口にしカレーを頬ばった。



早織「う~ん おいしい~」



それを横目に美菜萌もカレーを口にした。



美菜萌「う~ん おいしいね」



「このテーブルもうビールないぞ  くれぇ」



「はじまる前からあんたが隠れて飲んでたんだろ」



「さぁ はい はい 飲んで飲んで」



あちこちで酒が酌みかわされ…



「やっぱビールはうめぇ~なぁ~」



早くも瓶ビールが飲み干され、どんどん空となっていく



こうしてささやかな宴がはじまった。



「クゥ~ やっぱ酒だなぁ~」



離れた席では1人カレーをがっつく青木



青木「うめぇ こりゃ」



ペロリとたいらげ、おかわりに向かった。



また御見内も瞬殺で皿をキレイにし



臼井「早ぇ~な そんな腹減ってたのか?」



御見内「えぇ おかわりしてくる」



遼太郎を前抱っこしながらカレーを食べるエレナの隣りでガブガブとビールを飲みはじめた七海



「折角あたしゃ等が作ったんだ あんた達責任持ってこの鍋空にしなよ」



カレーをよそうツネ婆が2人に口にした。



青木「えぇ マジ? こんなに食えねぇし」



「あいよ ほれ 大盛りだ 見てみぃ 年寄りばっかだ しかも爺さん等はカレーも食わず飲みに走ってんだ あんたらが食わんと誰が食うんだい これじゃあ減らん」



御見内「責任重大ですね」



「そうだよ ほれ あんたも大盛りだ 気合い入れて食いな」



御見内「ありがと」



おかわりを手渡され戻って行く2人



青木「アホかぁ~ あんな食えるか」



御見内「まぁ 5杯はおかわりしないといけないな」



青木「なら俺の分もお前が10杯おかわりしてくれや」



御見内「ふざけんな」



佐田「どうぞどうぞ」



半田「サンキュー」



半田が一気に飲み干した。



七海「はぁ~ 美味い」



自ら手酌でビールを注ぎまたも一気飲みした七海



エレナ「ちょっと七海さん ペース早すぎ 連続7杯目だよ もう酔っ払ってきてるし ちょっと飲み過ぎだよ」



七海「なぁ~に言ってんの さぁ あんたも飲みなさい」



エレナ「この子がいるから駄目 酔えません」



すると前にいるおば様方から



「ねぇ そうそう遼太郎くんなんだけど あなた達だけじゃ面倒見るの大変でしょう 良かったら私達も面倒見るわよ」



七海「え? 本当おば様? そうして貰えるとありがたい」



エレナ「いえ 悪いですよ そんなの」



「何が悪いのよ ここにいるみんな家族じゃない それに私達暇だから ねぇ」



「そうそう 当番制にして順番にみたっていいんだから みんな協力するわよ」



エレナ「でも…」



七海「いい提案じゃない それにあんたはここの貴重な戦力なんだから遼太郎にばかりかまってる場合じゃなくなる 次の作戦だってあんた棄権する気?」



エレナ「うぅ……」



「心配しなくても大丈夫よ まかせて」



エレナ「…」



七海「あーた 何迷っての 子育てに関してだって経験者かつ先輩方のありがたい申し出だよ はいお願いしますだろそこは」



早くも少々呂律の回らない口調になってきた七海へ



エレナ「もう… まだ一時間も経ってないのに酔い過ぎだよ そんなんじゃ心配」



七海「今日はそうゆう日だろ 酔って何が悪いのさ ハッハァ~ はい エレナももっと飲め飲め」



また注ごうとする手をエレナが止めた。



エレナ「駄目 少しペース落として」



七海「あ じゃあ日本酒いっちゃおうかな」



突如立ち上がった七海が日本酒を求め、席を外した。



エレナ「ふ~ もう…」



それを目にしたエレナがため息をつく



「とにかく そうゆう事でいいわね?」



エレナ「はい じゃあお言葉に甘えて皆さんにもみて頂こうかな」



「そーこなくっちゃ じゃあ明日にでも私の方からみんなに伝えるわ」



エレナ「ありがとうございます」



「い~のよ い~のよ どうせやる事ないし 孫が出来たってみんなハリきるわよ」



エレナ「良かったねぇ遼太郎 み~なが貴方を面倒観てくれるって」



エレナはつぶらな瞳の遼太郎を覗き見笑顔を浮かべた。



宴会が始まって2時間が経過



時間の経過と共に盛り上がりを見せるエントランス内で演歌を歌い出す爺さん



七海「いよ ヒデ爺 あ 音痴 はい カ~ン お疲れ様でしたぁ~ はい 次~」



ビールから日本酒、焼酎に切り代わり、爺さん達の輪の中でしこたま飲みまくる七海の姿があった。



七海「それ 私の酒だよ 飲むなやジジイ」



「ほれ 七ちゃん 鍛高譚(たんたかたん)水割りだ」



七海「サンキュー う なんだこれ?」



「しそだよ」



七海「そうなん おい キヨジジイ 私の為になんか一曲歌いなさいよ」



既にベロベロになる七海



彼女は少々酒癖が悪いようだ



「おう 七ちゃんに言われちゃ 歌うしかねぇーな じゃあ歌います」



七海「いよ~~」



静かにテーブルでビールを飲みながら食事するマツと石田の2人



マツがその光景を遠目から目にしていた。



マツ「七海… あいつ 絡み酒なんかしよって 酒が入るとどうしようもない女だな」



石田「まぁ いいんじゃないっすかこうゆう日は…特別大目に見てやって下さいよ 彼女だってフラストレーション溜まってるでしょうし 今日くらい発散させてあげなきゃです」



マツ「まぁな それよりこのカレー美味いな」



石田「えぇ 絶品すね ガツガツいけます」



マツ「俺もおかわりしよう」



そしてマツが席を立った時だ



エントランス裏手の扉が開かれ武装した男達が入ってきた。



肩にサブマシンガンを掛け、泥だらけな戦闘服でマツ達の前に現れた3名



麻島、村田、海原達だ



村田「お~ なんか随分とにぎやかだな」



村田が盛り上がる館内を見渡した。



麻島「すいません 遅くなりました」



マツ「お~ 心配した 遅いから何かあったのかと どうだった?」



麻島「えぇ 色々調べてたらついこんな時間まで」



石田「お疲れ様です でも無事帰ってきたので安心しました ささ とにかく腹減ったでしょう カレー用意してあるのでどうぞどうぞ」



村田「うほ カレーかぁ 久々だぁ俺の大好物だぜ」



3人がそのまま中へ進もうとした時だ



ツネ婆「ちょっとお待ちあんた達 そんな汚れた服で飯食おうってのかぃ それにそんな物騒な物この場に持ち込まないでくれるかい」



マツ「ツネさん 3人は大事な任をこなしてきたばかりなんだ」



麻島「あ いえ これは失礼しました」



ツネ婆「パァっとシャワーでも浴びて着替えてきなされ まだたんまり残ってるんだ その後召し上がれ 言っておくけどあんたら若いのに全部食べて貰うんだからね」



麻島「ハハ それは楽しみだ すぐに着替えて出直してきます」



ツネ婆「あいよ よし 行っといで」



その後



合流した麻島、村田、海原も加わりここぞとばかりに全てを忘れた楽しい宴は続けられた。



今では空となる焼酎森伊蔵の瓶が横たわり、日本酒の久保田や男山も飲み干され空瓶と化す



村田と海原が飲みの競い合いを始め



青木「あ~ もう食えねぇ」 



ギブアップ宣言、膨れた腹を抱え横になる青木



今だ食べ続けおかわりに向かう御見内の隣りでは寝てしまった臼井



宴のボルテージは最高潮に達しその中でも一際羽目を外しまくっている女、七海が日本酒をラッパ飲みで飲み出した。



これには流石のジジイ共も慌てて取り押さえる そんな光景



「七ちゃん もうやめときぃ~」



七海「んでだよ 離せよ~」



早織「七ちゃん 別人みたい」



美菜萌「ねぇ~ 早織ちゃん 今七海さんに近寄っちゃ駄目だよ」



早織「うん」



すると



マツ「美菜萌」



マツに呼ばれ立ち上がった。



美菜萌「はい」



マツ「あの酒乱を何とかしてこい」



美菜萌「私がですか?」



自分を指さし、再確認を問う美菜萌に



行ってこい…



面倒臭そうな顔のマツが顎で指し示すジェスチャーを送った。



美菜萌「はい…」



美菜萌は暴れる七海の姿を目にし、深い溜め息を吐くや席を外した。



七海「何すんだい 離せやジジイ共」



「七ちゃん 危ない 暴れないで」



そして七海の元へ近づこうとした時だ



エレナ「はいはいはいはい 七海さん もう終わりよ」



横から現れたエレナが七海の腕を掴んでいた。



七海「何よエレナまで まだ飲むんだから邪魔すんな 離してよ」



エレナ「飲むなら静かに飲んで みんなに迷惑だから ってかもうベロベロに酔い過ぎよ 一旦水でも飲んで休憩しよう」



七海「離せよ エレナ」



エレナはチラリと後ろのソファーを目にするや目つきを変えた。



そして暴れる七海の手首を極め、ソファーまで誘導するやいきなり投げ飛ばした。



七海の体躯がフワリと空中回転、背中から打ちつけられる寸前、その間エレナは素早く威力を殺しながら調整しソフトタッチでソファーに押し飛ばした。



一瞬何が起きたか分からずそのままソファーに座らされた七海は唖然とし、気づけばいつの間にかエレナの手には一升瓶が持たれていた。



豪快かつ相手にノーダメージな柔らかい投げ技を披露したエレナは七海にグラスを持たせ



エレナ「はい これ飲んで」



そしてグラスに水を注いだ



「なんじゃ今の 七ちゃんの体が回ったぞい」



鮮やかな投げ技を目にした爺さん等が沸き立つ



「凄いな姉ちゃん 今何したんだ」



それを目にした美菜萌も驚きの表情を浮かべ



また遠目で見ていたマツと石田も驚いていた。



石田「凄い 何すか今のは柔道技じゃないですね」



マツ「合気だ」



石田「なる 合気道ですか…」



マツ「あいつ… 着地の寸前でしっかりと力を殺し、しかも瞬時に七海の身体を空中で捻って軌道を変えた あんだけ大袈裟に投げられたが七海は普通に座ったと同じ衝撃だろう… 何だあいつ…」



石田「それは同感っす あの子って何者なんです?」



すると



麻島「あれは呼吸投げの一種 逆半身片手三教投げ それのオリジナルな変則式ですね」



麻島が背後から現れマツの隣りに座った。



麻島「彼女の事は何も伺ってないんですか?」



マツ「えぇ 偶然この地に立ち寄り手を貸してくれる旅人くらいしか知らない」



麻島「今のでもそうですし 今までの経緯からお分かりになるかと思います」



石田「何者なんです?」



麻島「えぇ まぁ普通の一般人です 一般人なんですがただ者ではない」



席へと戻り、再び遼太郎をあやすエレナに視線を向けた3人



麻島「数ヶ月程前になる 東京都内のとある超高層ビル内にある特殊過ぎる一体の変異体が現れた そいつは不死身レベルな回復能力とランナー、ウォーカーを自在に操る能力を持った変種で そしてそいつが統率を図り自分の元に全てのアンデッドを呼び寄せようとしたんだ」



石田「え? 東京でそんな事が…」



麻島「えぇ 何千…何万体もの奴等が東京を目指し集結しようとするのを食い止める戦争が行われた… ザクトの者なら誰しも知る決死の大戦」



麻島「それで多くの者が死んだ… 各地が地獄の様な戦場と化したいくさだった。」



マツ「…」



麻島「本来なら私達人間はこの日本から消えていたかもしれない」



麻島「だけどその大きないくさに終止符を打った立役者がいたんだ その者の1人こそ… あの彼女なんだ」



マツ「何? エレナが?」



麻島「そしてもう1人 終結に導いた重要な人物がここにいる それがあそこでカレーを頬ばっている彼」



マツ「御見内も?」



麻島「はい あの両名によって日本が救われた事は言うまでもないかと」



マツ「あいつらがそんな事を… 知らなかった…」



麻島「彼等彼女等がいなければ今頃私達はここにいなかったと思ってる」



石田「そんな凄い奴等だったなんて…」



麻島「単に不運なのか宿命なのか彼、彼女は今 再びこの日本の未来がかかった大事な局面に立っている そして今回は私達も同様に」



マツ「命運か… こんな何も無い田舎町でか… 重いですな」



麻島「えぇ この宴会が最後にならないようにしないといけない」



マツ、麻島、石田の視線の先には…



ソファーにもたれ寝てしまった七海



また…



エレナ「いけない もう22時過ぎちゃてるじゃない 早くこの子を寝かさないといけないのでお先に戻りますね」



「そうだな まだチビ助だから早く寝せてやらんと お疲れさん」



エレナ「美菜萌さん 七海さんの方はお願いしますね」



美菜萌「え… あ はい… まかせといて下さい」



エレナ「じゃあおやすみなさい」



美菜萌「おやすみなさい」



遼太郎を抱え、部屋へと戻るエレナの後ろ姿を3人は目にした。

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