第五話 須賀谷真帆


 須賀谷真帆の毛髪は、ナツミが保管していた。正確には、ナツミが子供の時に使っていたブラシに毛髪が残っていた。お泊り会をしたときに、ナツミがマホに貸した物だ。そのまま使わないでしまわれていたのだ。ブラシからナツミとスズ以外の髪の毛を探して、白骨死体から見つかった物と突合した。結果、かなりの確率で白骨死体が須賀谷真帆だと断定された。

 翌日、白骨死体が須賀谷真帆だと確定した。


 記憶を無くしていた、那由太が仏舎利塔に現れたのだ。

 那由太のDNAと白骨死体のDNAが調べられた。兄妹関係が確認されて、行方不明になっていた、須賀谷真帆だと確定した。


 そこから、マスコミは同窓会の事件と結びつけた。

 死者からの報復なのかと怪奇現象のように扱った番組まで有った。実際に、警察の捜査は手詰まりだった。いじめていた人間の殆どが同窓会の事件で死んでしまっている。残されているのは3人だけだ。3人と杉本には護衛として警察が付いたが、監視しているのは誰の目にも明らかだった。

 3人は、親や旦那の権力を使って警察を遠ざけた。自身の安全を図ると言って、姿を消した。


 白骨死体と一緒に見つかった腕時計は、記念の腕時計だった。

 持ち主はすぐに判明した。杉本だ。杉本は、警察の取り調べを受けた。証拠は腕時計だけだ。自供でもしない限り、起訴は難しいと判断されたが、執拗に呼び出しては取り調べを行っている。


 そこに、杉本以外の3人が死んだという知らせが届いた。


---


(スズが私を見つけてくれた)


 須賀谷真帆は、思考の中で過ごしていた。

 自分が死んだ、殺されたのは理解していた。最終的に、誰に殺されたのか解らなかった。


(スズの知り合いの人が推理してくれた)


(やっと。わかった。本当にお礼をしなければならない人が・・・・)


 真帆は、仏舎利塔の周りに咲く紫陽花を見ながら長い年月を過ごしていた。徐々に、自分が自分でなくなっていくのも認識していた。

 毎年行われる。仏舎利塔を回る肝試しと、その後の紫陽花の植え付けだけが楽しみだった。いつの頃から、紫陽花を植えられなくなったが、肝試しは行われていた。


 最初は悲しかった。辛かった。なんで自分が・・・。そんな思いに支配された。


 真帆の気持ちを抑えたのも、スズとナツミだった。数年経ってから、スズとナツミは、仏舎利塔まで来て手を合わせるようになった。定期的ではないが、思い出した時に来るようになっていた。結婚してからは来る頻度が減ってしまったが、それでも、真帆にとっては瞬きをするに等しい感覚だった。


 真帆の周りには、両親だけでなく祖父母や柚月が集まってきていた。

 兄の那由太は、東京で生活していた。真帆たちは、那由太が生き残ってくれたのが嬉しかった。


 そして、有り余る時間を使って、自分たちを殺した者たちを探し当てた。


 真帆は、本当に殺したい復讐の相手は一人だと思っていた。

 両親が、祖父母が、姉が、真帆をいじめていた者たちを許せなかった。真帆と違って、訪ねてくる者も居なかった者たちは、心が闇に染められてしまっていたのだ。


 復讐劇は始まった。

 真帆の思いとは違う形で開始されてしまったのだ。


(でも、もう終わり。終わらせなきゃ最後の一人は、私が、スズとナツミに謝らなきゃ)


 真帆は、仏舎利塔の天辺に座りながら自分が住んでいた街を見ている。

 そして、ゆっくりと溶けるように姿が見えなくなった。


---


「桜。本当なのか?」


「あぁ間違いない。日野香菜。西沢円花。立花祐介。3人が死んだ。不審死だ。いや、違うな。日野香菜は、薬物の乱用が原因での事故死として処理される」


「どういうことだ?」


 森下家のリビングに集まっているのは、家主の桜。妻の美和。隣に住んでいる、篠崎克己と妻の沙奈。それと、九条鈴の5人だ。鈴の旦那である進は仕事の都合で時間が合わなかった。


 桜は、調べた内容がメモされた紙を見ながら説明する。現場には出られないので、調べさせた内容なのだ。


「ねぇ桜さん。3人って・・・」


「そうだ」


「でも、マホが・・・。ううん。なんか、違う。マホじゃない」


「そうか、鈴が言うのならそうなのだろうな」


 桜にもわからないが、鈴がそう断言するのなら、マホじゃないのだろう。マホだったとしても、桜には何も出来ない。死んでしまった者を逮捕出来ない。桜は、須賀谷真帆の件で動くつもりはないと宣言した。ただ、鈴が知りたいだろうと情報だけを持ってくると約束したのだ。

 情報も、警察発表に毛が生えた程度の物だ。”毛”が少しだけ長くて、知らなくていい情報まで話してしまったのだが、それは弁護士資格を持つ美和が鈴に忠告する形で収まっている。


「なぁ桜。そうなると次は・・・」


「そうだろうな。杉本だろうけど、何も出来ないな」


「出来ない?」


「鈴。考えてみろよ、『唯が肝試しで、マホから手紙を貰って来て、いじめを告白した。書かれていた3人が全員死んだから、次は先生の番です』なんて話して誰が信じる?一応、警察も杉本を任意で呼んで調書を取っているし、刑事が張り付いているから大丈夫だろうけどな」


「そうなのか?」


「須賀谷真帆を殺した犯人として、杉本の名前が上がっている」


「本当か?」「桜さん!」


「本当だ。連日、取り調べを受けている。証拠が腕時計だけだから、弱いと判断されて、自供を引き出す様に動いているようだが、杉本は黙秘を貫いている」


「え?だって、時効じゃないの?杉本は罪に問えないよね?」


「それは大丈夫だ。鈴。美和。説明してくれ」


「はぁ・・・」


 簡単に言えば、杉本は真帆の失踪事件があって、学校を追われた。その後、海外に研修の名目で数年間留学している。山崎の金でだ。

 海外に言っている間は、時効の時計が進まない。


「へぇそうなの?それじゃ、杉本は真帆を殺した犯人として逮捕できるの?」


「微妙だな。証拠が何もない。腕時計が有っただけだ。杉本は、真帆が盗んだのではないかと言っているようだ」


「なにそれ!あの屑が!真帆を殺しておいて・・・」


「そうだな。でも、鈴。杉本はどのみち終わりだぞ?」


「え?」


 桜が、紙の束を鈴に見せる。


「これは?」


「明日発売の週刊誌の記事だ。東京でブローカーをしている知り合いが送ってくれた。実家まで届かなくて残念だと話していた」


「え?実家??」


 鈴は、記事を読んで、桜を見る。克己も内容を知っている。


 記事の内容は、杉本にまつわる不正と疑惑のオンパレードだ。それに伴い、山崎家に対する疑惑も記事には書かれている。

 誰かからの情報提供が有ったのだろう、腕時計の事や、小学校当時の暴力事件なども書かれていた。須賀谷真帆に関わる事は事細かく書かれていた。


「桜さん!」


「杉本は、終わりだろう?山崎も手を切るだろうし、立花も守らないだろう。”蜥蜴の尻尾切り”だけどな。雅史は悔しいだろうな」


「桜さん・・・」


「すまん。鈴。これが限界だ。あとは、切られ捨てられる尻尾に期待だけど・・・。無理だろうな」


「いえ、雑誌が出たら、仏舎利塔と真帆のお墓に報告に行きます」


「そうだな。真帆がどこに居るのかわからないからな」


---


 スズは、一人で仏舎利塔に来ていた。

 桜から教えられた雑誌が発売されたのだ。近くのコンビニで買って、そのまま仏舎利塔に来たので中身は確認していない。表紙にはアイドルがにこやかに笑っている写真が使われている。グラビア写真の次に杉本の記事が書かれていた。

 杉本とは名前は出ていないが、目線が入った写真が使われていて、見るものが見れば解るだろう。


 スズは一人で青い紫陽花が咲いていた場所に、花を手向けてから、レジャーシートを敷いて雑誌を広げた。記憶を頼りに、スズはマホが好きだった食べ物や飲み物を用意してきていた。レジャーシートの上に広げた。


「マホ。遅くなっちゃったし、今更だけど、お祝い出来なかった。マホの誕生日会をやろう!参加者は、私だけだけどごめんね。今度は、ナツミも誘ってみるよ」


 そう言って、スズは持ってきた小さいケーキを取り出して、マホが居なくなってしまった翌年から分の誕生日を祝った。

 最後は、涙で何を言っているのか解らなかったが、マホにはしっかりと届いていた。


(スズ。ありがとう。本当に、ありがとう)


 スズは、見えないが確かにマホが居ると確信していた。

 見えないし、声も聞こえないが、マホが居る。マホが居て、自分の行動を見ている。自分がやっている行動を見たら、”笑う”か”お礼を言う”のどちらかだろうと思っていた。そして、後者であると確信している。


「いいよ。マホ。私こそ、探すのが遅くなってごめんね」


(ううん。スズは、約束を守ってくれたよ。ボクを見つけてくれたからね)


「ほら、マホ。また、ボクって言っている。駄目だよ。私って言うの・・・で・・・しょ」


(本当だ。スズ。ありがとう。本当に、ありがとう。覚えていてくれて嬉しかったよ)


「・・・。ねぇマホ。私・・・。やくそ・・・く。守ったよ・・・ね?マホ。お願い。マホ。会いたい・・・。笑ってよ!マホ!一緒に遊ぼうよ!マホ!」


(ごめん。スズ。私、約束を守れない。ごめん。でも、用事が終わったらスズに会いに行くね!会ってくれると嬉しいな。またね!スズ。大好き!)


「あ・・・」


 スズは、近くに感じていたマホの気配が感じられなくなった。マホが消えた事ですべてを悟った。


「マホ・・・」


 スズは、翌日、桜から杉本が死んだと教えられた。

 驚かなかった。やはりという気持ちが強かった。


 そして、ナツミを誘って仏舎利塔に行くと決めた。

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