424話 三割で充分です

 一つ、クイズを出そう。


 とある国に強大な権力を持ち、政治に関わる人間がいる。

 その人物は傍若無人で、彼のせいで迷惑を被る人は大勢いる。

 しかしその国は、理由があって彼の勝手をある程度は黙認している。


 では、もしその傍若無人な人物を別の国の人間が懲らしめたとしたら、それを何と呼ぶだろうか。


 答えは『内政干渉』だ。


 その国にはその国の政治を司る機関がある。その意向を海外からやってきた人間が勝手に無視して国内の政治情勢を塗り替えるのは、侵略と言い換えてもいい暴挙である。


 俺たちの皇国での暴れっぷりがバレたのか、王国内の異名がバレたのか、或いは最初から警戒してたのか、五行試合が終わってすぐにゴウライェンブ王直属の部下だという二人の人物が声をかけてきた。


 名前はダーフェン・ジャンウとホンシェイ・ジャンウ。

 双子の役人で、会議でも王の近くに控えていたのを見た。

 年齢は二十代前半だろうか。すらりとした体躯と整った顔立ちは如何にも女性受けしそうだ。左の前髪が垂れているのがダーフェンで、右に垂らしているのはホンシェイらしい。

 二人は俺たちが宗国観光を楽しめているか様子を見に来たと言い、今はセドナの他愛もない質問に丁寧に受け答えしている。


「ねぇ、宗国のおすすめのお菓子ってありますか?」

「今の時期ですと、月餅げっぺいなどは如何でしょうか? 甘い餡をさくっとした衣に包んだお菓子で、我が国では丁度今の季節に月見しながら月餅を食べる慣わしがあるのです」

「ちなみに隣の列国では月見には団子だそうですが、宗国の団子も負けていませんよ。胡麻団子などは定番中の定番です」

「お団子! 王国じゃあんまり聞いたことない食べ物だし、俄然気になってきました!」


 見た目客人にもっと母国を知って欲しい親切な役人。

 しかし、二人の温厚そうな笑顔の節々に、時折警告するような鋭い視線が混ざっていることに俺たちは気付いていた。恐らくは、余計なトラブルを起こしてくれるなという遠巻きのメッセージだろう。


「――では皆様、滞在期間中ごゆるりと我らが母国をお楽しみください」

「何かお困り事がありましたら、ご一報を。我々はこれから人捜しがありますので」

「特徴を教えてくれたら俺たちが見つけた時に一報送れるが?」

「王の客にそこまで手を煩わせてしまっては申し訳なく……」

「お気持ちだけ有り難く頂戴いたします。では、失礼」


 二人は慇懃な礼をして、その場を去って行く。

 彼らが去った後、護衛に徹していたメンケントが口を開く。


「聞いたところによると、あの二人は元々ドンロウ道場でも腕利きの武人だったそうです。そんな人間が王の側近ということは、バン・ドンロウの手は予想以上に国の深いところに入りこんでいるのかもしれません」


 それは、遠巻きにあの二人が王の情報をバンに漏らしている、ないし王とバンが密接に繋がっている可能性を示していた。


 元々バンをどうこうしようなどという話はしていないが、皇国ではなし崩し的とはいえあれほど面倒事の中心に居座ることになった以上、宗国では余計な諍いは避けたい。あちらと違い、こちらには王国の伝手が少ないのだから。


 バンの欲望が今後の王国とどう関わるかは、本格的に貿易が始まってからでないと読めない。疑わしいからという理由でいきなり他国の高名な人物に喧嘩をふっかける訳にはいかない。今の俺たちにできるのは、精々バンという男の情報を精査して母国に持ち帰ることくらいだ。

 と、思っているとセドナが俺とアストラエの腕をぐいぐい引き始めた。


「ね、ね、二人とも!! 礼々軒でお団子食べようよ!! もうあの二人の話聞いてたら食べたくて食べたくてしょうがなくなっちゃった!!」


 両目を期待に輝かせたセドナに、全員が呆れる。

 礼々軒というのはイーシュンの実家が経営しているというあの食堂で、さっきまでいたところだ。昼食から然程時間は経っていないというのに、早速別腹システムが起動したらしい。


 ただ、コルカはすぐに気持ちを切り替えたのかセドナの肩を叩く。


「せっかくだから作り方教えたげよっか、セドナちゃん!」

「わぉ、それいい!」

「ついでに宗国のお勧めのお茶も淹れてティーブレイクにしよっ!」

「わぁ、本場の宗国茶! 色々種類があるって聞いてるけど、なかなか市場に出回らないから気になってたんだよねー!」


 女子たちはあっという間に盛り上がり、そして男達は二人に引きずられてあっという間に礼々軒にUターンすることになるのであった。


 ――その先で、またしても思わぬ再会が待つことを知らずに。


 礼々軒まで戻ってきてみると、何故かそこに人だかりが出来ていた。

 イーシュンの母親が彼とコルカが帰ってきたのを見るや否や血相を変えて駆け寄ってくる。


「ああ、やっと帰ってきた!! いま、とんでもなく大食いのお客さんが来てて手が足りないの!! 急いで厨房に入って頂戴!!」


 イーシュンとコルカは顔を見合わせるも、本業であるため拒否権はない。

 二人に続いて俺たちも入ると、そこには大の大人のためのイスを二つ横並びにして座るほどの巨漢が凄まじい速度で食事をしていた。彼の周囲には食べ終わった皿が高く積み上がる。大食い大会の類ではああいった光景は見るが、その巨漢の場合、一皿一皿に盛られた料理が多い。


 巨漢は暫く食べまくったあと、ふと顔をあげる。


「……そういえばこの国では、残さず皿の上の料理を食べきるのはおかわりの合図だとかなんとか聞いたような。でもまぁまだ食えるしいいか」


 そう言ってせいろの中から蒸し餃子を流し込むように口に入れた男は、イーシュンの父がヘロヘロになりながら運んでくる魚料理に視線を向ける。


 ……俺は、この巨漢に見覚えがある。

 巨岩からくり抜かれたような巌の如き筋肉の鎧。

 あらゆる戦いを血肉にして成長したような巨体。

 そして何より、豪放磊落な性格が滲み出る声。


 こんな肉体の持ち主が大食いしてたら目立つわけだ、と思いながら、俺はその男の向かいの席に座ってその面を拝む。


「マジでなにやってんだ、ガドヴェルト」

「むごむご、むご!? ふぉふぁえ、むぁるまままいふぁ! ふぉんふぁふぉおおふぇふぁうのあんむぅまま!!」

「何言ってるか分らんからちゃんと十回以上噛んで呑み込んでから喋れ、行儀が悪いッ!!」

「ごくん。ちょっと口うるさいぞヴァルナよ! しかしここでも出会うとは、人生ってヤツは面白いな!!」


 汚れた口元を行儀悪くも袖で拭いて笑うその男は、初代武闘王ファーストオデッセイにして人類最強の肉体を持つ男――嘗て絢爛武闘大会にて薄氷の勝利を収めたガドヴェルトその人だった。


 ……ちなみにこの後「いつまで食うんだよッ!」とオーダーストップさせたことでイーシュンの両親から救世主と崇められた。人にとって救いの形とは何なのかを深く考えさせられる出来事であったかどうかは定かではないが、ともあれ料理を平らげてデザートとお茶に辿り着くまでの間、俺はたっぷり待たされるのであった。


 漸く食事を終えたガドヴェルトは、何故自分がここにいるのか説明を始める。


「前の絢爛武闘大会でお前にも不覚を取ったし、チャンと久々に会って何というか……触発されてな。きちんと武術を学び直すのも一興かと思い、宗国に来たんだ。前に来たときは峡国との国境沿い辺りまでしか行ってなかったしなぁ」


 ガドヴェルトの出身国である峡国は、宗国とは山脈を挟んでお隣だ。過去の侵略戦争から宗国は峡国を快く思っていないらしく、その国交は山脈を迂回できる山脈北端で細々と営まれていると調査資料にはあった。確かに地理的にも心理的にも若干行きにくい場所ではあったのかもしれない。


「ところが、行けども行けども畳まれた道場と大衆向けのドンロウ道場とかいう場所以外全く道場が見当たらん。辺境でいくつかは見つけたんだが、俺の氣を見るなり教えることはないと首を横に振るばかり。いよいよ都まで辿り着いたって訳だ」

「あんたの実力なら不思議も何もないんだけどなぁ」


 どうやらガドヴェルトは余りにも多すぎるドンロウ道場に「ミーハーの集まる道場」という印象を受けたらしく、ここに辿り着くまで学びの場所としては敬遠していたようだ。


「まぁ流石にここまで来ても他の道場が碌にないとなると俺も散歩してるだけになっちまうし、都のドンロウ道場の総本山は腕利きばかりって噂もあったから、もう妥協していいかと行ってみたんだが……外国人お断りなんだと」

「そりゃ、今までの道場と同じく実力差が酷すぎて避けられただけじゃないのか」

「違うな」


 ガドヴェルトはかぶりを振った。


「奴ら、途中まで俺を峡国がひどかった時代に亡命したヤツの子孫だと思ってたのか結構乗り気だったぞ。ところが俺が殆ど無国籍みたいな流浪人だと知ると、いきなりひそひそ話し始めて、すぐに『宗国民以外はお断りです』ときたもんだ。武術は国境を越えねぇとは、世知辛いもんだぜ」


 つまらなそうなガドヴェルトは、彼が大きすぎるせいで子供のオモチャみたいに見える湯飲みのお茶を一口で全部飲みきる。そして小さく「あちっ」と呟いた。意外と猫舌らしい。


 正直こいつがドンロウ道場に取り込まれなくて良かったと考えるべきか、それともコイツが入りこんでいたら一年とかからずバン・ドンロウを超えてバンの面目が潰れたんじゃないかと考えるべきか、分らなくなりそうだ。


「悪いが俺には弟子入り受付をしてないレイフウ道場の師範をダメ元で紹介するくらいしかできんぞ」

「充分だよ。そこは一応道場自体はやってるんだろ? あとは見て盗むよ」

「俺もそうしよっかなぁ」


 バンを直接どうこう出来ない以上は、あとは本場で更に氣を練り上げる修行を体験するくらいしかやることがない。アストラエも同感なのか、「いいかもね」と漏らす。セドナも異論はないらしいが、訓練好きの彼女が微妙に静かだったのは気になった。

 団子作りを教えて貰う約束について考えているのか、それとも彼女なりに何か考えを巡らせているのか。彼女の洞察力はアストラエ以上のものがあるので侮れない。


「胡麻団子の胡麻が歯に挟まっちゃったときのための道具ってあるかなぁ」


 俺の気のせいだったかもしれない。




 ◇ ◆




 セドナの頭脳の七割は、団子のことを考えていた。

 ジャンクフードもお菓子も大好きな彼女らしいことだ。

 母国に帰ったら家族に手作り団子を披露する計画まで建てている。


 しかし、残りの三割は少し前に出会ったダーフェン、ホンシェイ兄弟の事を考えていた。


 彼らはお勧めのお菓子を訪ねた際に月餅げっぺいと団子を勧めてきたが、そのどちらもが礼々軒のメニューで見たことのあるものだったためにセドナは礼々軒に行った。これは自然な流れだ。


 しかし、彼らは人を探していると口にした。

 あのタイミングで客人にそんなことを言う必要はなかった筈なのに、わざわざ。

 そして、礼々軒には、もしそうと知られていれば探すに値するであろう人物が居座っていた。もしかしたら彼こそが二人の探していた人物かもしれない、と予想することは出来る。


 しかし、セドナはそんな事を考えつつ、別の想像もしていた。


(考えすぎなら別にいいけど、ガドヴェルトさんと私たちを合流させるためにわざと印象的な言葉を選んで誘導したとか。だとしたらなんで合流させたのかな? ガドヴェルトさんから私たちに何かしらの情報が渡ることを期待した? 聞いてて気になった情報は……『外国人は門前払い』、かな? そこから逆算するとしたら――)


 セドナの頭脳の七割は未だ団子に囚われているが、彼女にとってこの程度の思案なら三割で充分だった。

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