396話 貴重なサンプルです

 合流場所で野営していた冒険者は三人。

 全員女性だが、少数チームではよくあるらしい。

 三人のうちの一人が立ち上がってルートヴィッヒに駆け寄る。


遷音速流トランソニックなんて名乗る割には遅かったんじゃない、ルー?」

「まぁまぁ。今回はオークの専門家も連れてきてるから」

「何それ雑魚専? だっさ」

「挨拶も交わしてないひとを笑うんじゃないよ、この悪戯猫は」


 けらけらと笑う少女を差し、ルートヴィッヒが説明する。


「紹介しよう。彼女がルルだ」


 大柄で厳めしい兄とは対照的なしなやかさを感じさせる体躯のルルは、勝ち気そうなサイドテールの少女だった。それでも体格や身長は平均的な女性より大きめだが、戦いの中でも最低限のお洒落を保ちたいのか、装備品を含めたファッションに女性らしさが滲んでいる。


「もうすぐ四星メグレス冒険者になるルル様だよ。先に言っとくけどベタベタ触ったり鬱陶しく言い寄ってきたらぶっ潰すから! なんちゃって、あはは!」


 警戒を含まない快活な笑み。

 一応格上であるルートヴィッヒにも物怖じしない軽口。

 彼女の勝ち気な性格が透けて見える。


「後ろにいるのは彼女のチームメイトだ」

「セフィールです。ランクは三星アリオトで槍を得意としてます」

「マナ、です……二星ミザール……弓とか短剣とか、使います……」


 セフィールはほっそりしたスタイルの生真面目そうな女性で、ルルより落ち着いた印象を受ける。対照的にマナはくせっ毛に小柄で気が弱そうなことから幼く見える。気配や佇まいからして、三人ともそこそこの場数は踏んでいるようだ。


 ルートヴィッヒのパーティメンバーは彼女たちと面識があるのか適当な会釈で済ませているので、俺とアストラエはしっかり挨拶しておく。


「王国からギルドの視察に来た騎士のヴァルナだ。人より少々オークには詳しい」

「同じく、アストラエだ。よしなに」


 俺がヴァルナを名乗った瞬間、三人がぴくりと反応する。

 流石に素性に気付いたらしい。

 ルルはアストラエの名乗りが終わるやいなやつかつかとこちらに歩み寄り、何か企んでますと言わんばかりの満面の笑みで手を差し出す。


「よろしくなヴァルナ!」

「ああ、よろしく。君たちの邪魔をしないよう心がけるよ」

「……と見せかけて死ねぇッ!!」


 やんわり握手した筈のルルがこちらの手のひらを握り潰さんばかりの握力を込めてきたので、彼女の兄にそうしたように握り返す。兄妹揃ってやることも同じなら反応も同じだった。


「アダダダダダダダダッ!? は、反応速度はやぁッ!?」

「君も握力至上主義者かい……」

「血の争えぬ兄妹だな」


 アストラエも思わず苦笑を見せる。

 ただ、妹の方は兄よりは潔かった。


「ギブギブギブギブ! マジでギブ! ヴァルナって『あの』ヴァルナかなって思ってちょっと試しただけだからッ!!」

「どのヴァルナかは知らんが絢爛武闘大会で優勝したヴァルナなら俺で合ってるよ」


 手を離すと、ルルは自分の手をふぅふぅと息で吹いたりぷらぷらさせながら悔しそうこちらを睨む。


「先手取ればイケると思ったのに……」


 理不尽な抗議ではあるが、どこか愛嬌があって憎めない。

 仲間冒険者たちのおかしそうな顔を見るに、なかなか愛されているようだ。


「その握手の時の握力勝負流行ってんの?」

「え? 冒険者同士でガチガチの喧嘩したら怪我するじゃん。冒険者あるあるでしょ?」


 アストラエが「意外と理に適った理由だったな」と感心する。

 確かに、魔物を屠る実力者同士が本気で喧嘩すると刃傷沙汰になりかねない。適度にブレーキを効かせる為には腕相撲など単純な競争の方がよりリスクが少ない。何事にも文化の発生と普及には理由があるのだな。

 てっきりこの兄妹だけ脳みそを占める握力概念の割合が多いのかと思っていたのは言わぬが華だろう。


「やっぱ大会出場者ともなるとこの程度の不意打ちじゃ勝てないかー……ところで兄妹とか言ってたけど、もしかして兄貴に会ったの?」

「ああ。妹が帰ってこないとそわそわして周りを困らせてたよ」

「……ふーん」


 外国の要人がスラムの自警団の何の用があったのか、或いは実は何らかの理由で既に兄は拘束されているのではないか――そんな思案を巡らせる訝しげな顔だった。疑られたままでは困るのでバーナード達の名前も出してみたら、一応は納得してくれたようだ。


「にしてもアンタがあの……ねぇ……突然だけど! 『碧晶戦姫カイヤナイト』シアリーズ様は競技には負けたかもしれないけど戦士としては負けてないんだから、そこ勘違いして世界最強名乗らないでよね!!」


 人をじろじろ見た挙げ句、今度は謎の批判をぶつけてくるルル。

 困惑するこちらを尻目に彼女の口調はヒートアップする。


「いいこと? シアリーズ様はアンタみたいな……いや、この世の全ての男にとって敵う相手ではない高潔で孤高の天才剣士なのよ!! まして騎士だなんてシアリーズ様がこの世で最も嫌う存在!! スラムの自警団だって本当はシアリーズ様のご意向を反映して『騎士大嫌いアンチナイツ』って名前なのよ!! 兄貴が反乱を疑われるからって勝手にアンティライツに変えられちゃったけど!!」

「それは確実にドルファンが正しいが」

「いーや兄貴はシアリーズ様のご尊顔と気位を直で見たことがないから分かってないのよ!! アタシはシアリーズ様が魔王事件の時にわざわざスラムを守ってくれてたのを知ってるんだから!!」


 予想以上にガチガチなファンっぷりに加え、恩まであるらしい。

 魔王事件は殆どの問題を勇者一行が未然に防いだので細かな出来事があまり伝わっていないのだが、確かに皇都外周らへんで問題が起きた記録はあった気がする。しかも本人と話をしたこともあるようで、憧れの人が騎士嫌いなら自分も騎士嫌いだと言わんばかりの盲信ぶりだ。


(まぁシアリーズはこういう愉快な子に構いそうなイメージはあるけど……)


 当人に聞いたら悪びれもせず悪戯っぽい笑みを浮かべるだろうなと呆れていると、アストラエがふと思い出したように質問する。


「皇国騎士のバーナードは君と近しいような口ぶりだったが、その辺はどうなのかね?」

「……あんな分からず屋のことなんて知らないもん」


 不貞腐れて明後日の方向を向くルルと、それをくすくす笑う冒険者連中。

 心なしか甘酸っぱい青春の香りがするので今は深く触れないでおく。

 

(ついでにシアリーズが今王国の騎士団に雇われてることも言わない方が良さそうだな)

「ついでに聞くが今シアリーズくんが王国在住で騎士団の指導員してることについてはどう思ってるのかね?」

「あとでぜってー蹴るぞ馬鹿王子」

「え゛。騎士団の……指導、員……?」


 ――その後、尊敬するシアリーズの今の役職を知らなかったことと彼女の心変わりにショックを受けたルルが立ち直るまでに数十分がかかったという。




 ◇ ◆




 さて、唯でさえ時間がないのに数十分彼女の立ち直りを待つほど俺は悠長ではない。俺はルートヴィッヒとルルの仲間であるセフィールの三人で早速オークの様子を確認に向かった。


 傾斜を乗り越え、岩場を飛び越えた先に、それはあった。


「こりゃ異常だな……」


 そこには、まるで亡者のように虚ろな目で高所をうろうろするオークたちがいた。先にこの様子を見つけたセフィールが補足する。


「ずっとあの様子です。餌を求める様子もありません。奥にロックバードの巣があるのですが、見てください。巣の周囲でオークたちが殺されています。うろうろして巣まで近づいたのを親のロックバードが殺したのです」


 彼女の指さす先には巨大な鳥が、これまた巨大な巣に座り込んでオーク達の方に睨みを利かせていた。赤、白、茶と鮮やかな色彩の怪鳥ロックバードだ。巣の周りには絶命したオークが転がっている。

 ただ、サイズはワイバーンよりは小さい。また、良くも悪くもでかい鳥で、くちばしと鉤爪以外は羽ばたきの風に気をつければそこまで脅威ではないと事前の説明にあった。敵が近づくと立ち上がって威嚇するので、それが卵を盗むチャンスだそうだ。 


 そんなロックバードにとってもしもあのオークが一斉に巣に向かってきたら卵を守り切れないので、気が気ではないだろう。実際にはオーク達はまるでロックバードが見えないかのようにうろうろするだけだ。

 この中で最もベテランの冒険者であるルートヴィッヒでさえこの様子には困惑している。


「何なんだこの不協和音ディソナンスは……ヴァルナ殿、オークの専門家としてこの状況についてご教授願えないかね?」

「お前の口調が何だハゲって気もするが、まぁいいや」

「ハゲちゃう言うてるやろがい!!」


 わざと怒らせて大声を出させてみたが、オーク達には殆ど反応がない。

 聞こえていないのか、聞こえても無視しているのか、判別がつかない。

 双眼鏡でじっくり観察しながら基本情報を整理する。


「まずオークは表皮が殆ど毛で覆われてないから直射日光を浴びる場所を好まない。いるとしても短期間だ。見張りが必要な環境だと入れ替わりで他のオークとローテーションしたり、周りの泥や葉っぱを利用して生意気にも日光を防ごうとする。でも……あのオーク達は既に日焼けが始まってる。ほら、頭とか肩がちょっと茶色く変色してる奴がいるだろ?」

「いや、汚れてるだけでは?」

「元々そういう模様かも……」

「日焼け特有の痕だ。間違いない」

(分かりますか、ルートヴィッヒさん)

(分かる訳ないだろ。オークなんて全部同じにしか見えん)

(ですよねー……)


 ノノカさんの実験結果などを見たので、変色の広がり方などで俺には一応判別が付く。問題は、オークは日焼けを嫌うので、普通あそこまで焼ける前に日影に隠れる筈だということだ。それすらしないのなら、考えられるケースとしてはメスオークに何らかの異常があって留まらざるを得ない等が妥当だ。

 しかし、オークたちの周りには何も無く、彼らの行動を阻害する大きな要素が見当たらない。そもそもこの集団にはボスオークとメスオークらしい存在が見当たらない。


 まさに異常行動だ。

 オークに集中していると、風の流れにのって気配を感じる。

 セフィールが小声で知らせながら空を指さした。


「つがいのロックバードです。餌をとって戻ってきたんでしょう」


 彼女の言う通り、何かの魔物を掴んだ大きなロックバードが巣の方に向かい、餌を落としてまた飛んでいく。母ロックバードはそれを啄んで己の血肉としていた。セフィールが空の彼方に消えていったロックバードを見ながらふと疑問を口にする。


「何度見ても不思議に思うのですが、遠くに獲物を狩りにゆかずともオークを狩ればいいのではないでしょうか。母ロックバードもオークに口を付けませんし、不思議です」

「グルメなんじゃないかね?」

「オークの血に毒があるからだろ。多分ロックバードはその毒にあまり耐性がないんだ」


 冒険者二人が、はあ? と意味の分からない顔をするのを見て、全くこれだから素人はと思わずため息が漏れる。思えばシアリーズも最初は知らなかったので本当に大陸ではこの知識の普及率が低いのだろう。


「オークの血には、強くはないが魔物特有の毒がある。最新の論文で証明されてる」

「そんなドマイナー論文持ち出されても一般人は誰も読まんだろ……何を世の常識を語るような態度でドヤってるんだね」

「冒険者なら知ってても良いだろ。なんならパッチテストでもしてみるか? オークの血の成分を抽出して皮膚に貼り付けとくんだよ。五分もすればかぶれるぞ」

「全力で遠慮しておくよ」

「わ、私も謹んで辞退します……」


 しかし、見れば見るほどあのオーク達は意味が分からない。

 空からロックバードが接近した際には流石に反応を見せたが、足は全く動いていなかった。オークからすれば空飛ぶロックバードなど絶対に接触したくない相手の筈なのにだ。


「このオーク達は、自然を生き抜く為のサイクルが破綻している。全く理由もなくあんな場所に突っ立つ生き物なんて、自暴自棄の人間くらいだ」

「しかし困ったものだ。もしこんなオークがあちこちで発生したらロックバードにとっても我々にとっても迷惑だぞ?」

「……しゃーないか。あーあ、ノノカさんがいればきっと解決出来たんだろうに」


 俺は立ち上がって剣を抜く。

 やはり、聴覚がいい筈のオーク達の反応は鈍い。

 このオーク達は思考を鈍らせるような何かを摂取した可能性がある。

 何を食べたか確かめるには――。


「何匹か見繕って殺して解剖する。解剖の方はプロじゃないんで結果は保証しないが、仮にも専門家としてやるだけやってみよう」

「えっ怖」

「解剖って……ばっちくないですか?」

「ばっちかろうがなんだろうが、原因を特定する為には仕方ないだろ? ノノカさん、俺に力を貸してくれよな!」


 本当は沢山サンプルが欲しいが、俺の解剖能力的にあまり沢山は処理できないので日焼けの度合いが違う三種のオークを仕留める。刃を抜いた俺はオークの群れに向けて駆けだし、白刃を振るった。





 ――同刻、王国にて。


「ちょっと場所代わってくださいよ! いやもう今から生き霊飛ばすから体を乗っ取らせなさ――フギャッ!?」


 訳の分からないことを口走ったノノカは寝ぼけた勢いで居眠り中のソファから落下し、寝ぼけ眼をこすって周囲を見渡す。そこはいつも通りの浄化場で、その場には誰もいなかった。


「あ、あれぇ……今なんか貴重な症例のオーク解剖にわくわくしてたら、よく見たら自分は第三者視点で別の人が解剖してる夢見たんだけどなぁ……はー、嬉しい研究の夢ほど目覚めて切ないものはないですね……」


 夢とは時に儚く希望を弄ぶもの。

 ノノカはほろりと欠伸混じりの涙を流した。

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