395話 実りが少ないです

 アストラエが見つけ出したギルドクエストの内容は、以下の通りだ。


 まず依頼内容はロックバードの卵の入手。

 ロックバードという魔物は単純に巨大な鳥で、大陸の魔物図鑑には危険度三の魔物――つまり最低でも三星アリオトクラスの実力が無いと交戦が推奨されない存在だ。


 そんなロックバードの卵は滋養強壮効果が有名で、特に低所得者層では下手な薬草の数倍は病気に効くとまで言われているという。ただ、近年は卵目当ての乱獲が進んだせいでロックバード自体の数が激減したため、今ではかなりの貴重品扱いだそうだ。


「で、その卵を目当てに例のルルという冒険者含む数名が向かったものの、面倒事になったと」

「そうらしいね」


 今現在、俺はアストラエと共にルートヴィッヒ率いる冒険者三名のチームと共に例の問題が起きた現場に向かっている。途中まで馬車だったが、そろそろ魔物の活動範囲である森が近いために今は徒歩だ。

 チームメンバーは三人とも相応のベテランらしく、気負いはあまり感じられない。ルートヴィッヒが信頼する面子で固めたのだそうだ。


 本来なら戦力的にルートヴィッヒ一人で援軍は十分だそうだが、俺たち王国組に、より冒険者のクエスト処理がどんなものかわかりやすいように敢えて四人なのだそうだ。

 ルートヴィッヒは現地冒険者から届いた文をぴらぴらと揺らす。


「依頼を受けたルルくんは知ってるよ。若いけど成長株の三星冒険者だ。四星メグレス昇進も目前と言われてる。そんな彼女がわざわざ手紙を送ってくるくらいだからよっぽど面倒なことになってるよ」

「へぇー、なるほど。じゃあ追々その辺は聞くとして、本来の依頼内容について先に教えてくれ」

「うん。ロックバードは一定の環境が揃った高所の岩場などに好んで巣を作って子育てするんだけど、私たち冒険者は親を殺して卵を奪い去ることはしない。つがいのうちメスしか居ない時を狙い、一人の冒険者が注意を引きつけている間に別の冒険者が手早く卵を盗むのがセオリーだ」


 曰く、まずつがいが揃っている状態で戦えば二倍以上の危険性があるので非推奨。次に卵を全部奪ったら一つでも奪い返そうとメスが凶暴化してどこまでも追ってくるのでこれも非推奨。最後に、メスを殺してしまうと唯でさえ個体数の減ったロックバードは更に卵が手に入りにくくなるので非推奨。よって、巣には敢えて卵を残すように立ち回るのが基本だそうだ。


「結構リスキーな仕事だけど、何せ実入りがいいからねぇ。なんなら必要数以上の卵を手に入れて差分を自分用に持って帰る人もいる。ちなみに産卵と子育てのサイクルが決まってるから、いつでも採れるものじゃないよ」

「それで、仕事の最中に問題が起きて、それがオーク絡みだと?」

「と、文には書いてある。曰く……ロックバードの巣の近く、つまり高所の岩場をオークが延々とウロウロしてて、全く卵が回収出来ないと」


 オークが巣の近くをうろついているせいで親鳥ロックバードたちは警戒心が解けず、卵を取れない。しかもそもそもこのオーク達はロックバードの巣に辿り着くまでの道にやたらとうろつき、シンプルに邪魔でもある。

 ならいっそこのオークたちを始末しようという話になったものの、このオーク達は何故か自分からは襲ってこないくせにこちらが手を出すと命の限り抵抗してくるという訳の分からない行動を取ってくるという。


 数が多すぎるわ従来オークより危険だわ、挙げ句の果てにうろうろオークは日増しに少しずつ増えているという。そこで現場の冒険者ルルは今の戦力では埒があかないと思ったのだろう。現地に到着してから救援の判断を下すまでの早さに俺は感心した。


「仕事の期日優先か。公僕としては好感が持てるな」

「冒険者でこれやると『分不相応な仕事を請けた挙げ句失敗した』と周りから馬鹿にされるものだが、それを承知で救援要請をしてるんだからしっかり者だよ。評価に値する」


 少なくともルルは彼女の兄と違って握力至上主義ではなさそうだ。


 話をしているうちに森に到達した。

 鬱蒼と茂る針葉樹は人の侵入を拒絶するように視界を遮り、外界を拒絶する。そこに潜む虫の蠢きも、獣の吐息も、生存競争のサイクルも、草木が風に揺れる音が全てを覆い隠している。王国にも似たような場所はあるが、渦巻く気配の質が全く違う。


 もし森に格があるとすれば、この森は王国の森より格上だ。

 数多の魔物達をものともせずに平然と内に収める、歴戦の森だ。


 冒険者組が武器の状態を軽く確かめたり、肩を回して体をほぐす。

 ルートヴィッヒは改めて俺とアストラエを見据える。


「さて、ここからは油断はナシだ。どこから魔物が出てきてもおかしくない。準備はいいかね?」

「じゃあ森に突入前に地図くれ」

「出た、オーク狩りの職業病」


 アストラエがからかうのを「うるせぇ重要事項だ」とたしなめつつ、ルートヴィッヒの仲間から差し出された地図を見る。そして十秒ほど無言で見つめ、目頭を押さえて突き返す。


「……もういい」


 突き返された冒険者が目を丸くするが、丸くしたいのはこちらの方だ。


「もう読み終わったんですか!?」

「いや、この地図さぁ。縮尺も高低差もすっげー適当で見ても訳分からんのだけど」


 子供が描いた宝の地図かよと思うクオリティ……は言い過ぎだが、どうやら俺が思っていた以上に王国の測量技術は高かったらしい。この地図には必要最低限の「ここ山、ここ川」とか「ここ崖注意」とか「物干し竿みたいな木が目印」とか、そんな端的に圧縮された情報しかなかった。この程度なら三秒あれば覚えられる。

 俺の反応にルートヴィッヒはああ、と何か納得した表情を浮かべた。


「私たち冒険者は基本行って覚える形式だからねぇ。正確な測量技術を持つような学のある人はこういう場所には来ないし。目印さえあれば大体なんとかなるから」

「カルチャーショックだ……」

「いや、その辺に関しては君の所の騎士団が地図大好きすぎるだけではないかな?」

「当たり前だろ、みんな地図大好きだよ! この地形にはどんな罠を仕掛ければオークを殺せるかとか、この辺りをキルゾーンにして罠でオークを殺そうとか、崖を利用した罠でオークを殺そうとか楽しいことが沢山想像出来るじゃないか!!」

「何この人こわい」

「殺す事しか考えてねぇ」

「王国人って皆こうなの?」

「……いやいや至って常識的な民族性だよ。ただヴァルナはこういう特殊な奴なので、面倒臭いかもしれないがひとつよろしく頼むよ」


 こいつに常識を説かれると無性に腹が立つ俺であった。




 ◆ ◇




 対魔物の戦いは王国唯一にして最大の課題と言ってもいい。

 故に、俺はアストラエと共に、冒険者たちの動きをよく観察し、時には実際に戦った。


 まず、代表的な雑魚魔物のワーウルフ。

 野犬や狼とほぼ同じ動きという前提で見ると、特筆すべき行動は見受けられない。動きが素早いので飛び道具を使う際は状況を見極め、場合によっては格闘戦を絡めてから仕留めた方が良いかもしれない。


 次、コボルド。

 大陸ではオークに次いでメジャーな生き物で、弱い代わりに数が多く手先が器用らしい。投擲武器は当たり所が悪いと危険だが、ワーウルフより弱くどんな手段でも倒せる。やはりこの生き物は戦闘力より繁殖力を注視した方が良さそうだ。


 次、オーガ。

 オークより強かったが、数が少なくオーク以上に知能が低そうだった。直接対峙では対ボスオーク戦略を応用することで対応が可能だろう。無論、複数のボスオークとはそれだけで危険だが。


 その他、虫系魔物は全体的に不意打ちが要注意だが、それさえ防げば大した脅威ではない。ただ、組み付かれた際にどう対応するかをしっかり訓練しないと、生理的嫌悪感からパニックを起こす者はいそうだ。


 途中アルラウネの変異種らしい存在がいたが、普通に冒険者たちに間合いの外から油と火で焼かれて死んだ。この際に使う油は皇国の魔法が応用された特殊な油らしく、使い方を間違えなければ延焼のリスクがないらしい。

 ただ、見た感じ他の木との見分けが若干付きにくいため、後で簡単な見分け方を調べておきたい。不意打ちで手足でも縛られたら事だ。他、情報量が多すぎて割愛。魔物植物はその場を動かない分だけ動物系より情報が多いようだ。


 そして、そろそろ目的地だという場所で、大物に出くわす。


 討伐難易度四、ミノタウロス。

 三~四メートル近い巨体とパワーはボスオーク対策程度では通用せず、オーガより強かった。特筆すべきは突進力だ。オーク用バリケードを三重にしても真正面から破壊されるだろう。この個体よりも強かったとはいえイスバーグで対峙したあの巨大オーク『白毛皮のグンタ』を彷彿とさせる。ただしグンタほど毛が厄介ではなく、サイズも少し小さい。それにグンタは上下の動きもあったが、その恐ろしさはミノタウロスにはない。


 前に絢爛武闘大会の小大会でオルクスが戦っていたのを見たが、この魔物は罠に嵌めるのが難しそうだ。罠自体は有効でも、引っかけるのが少々難易度が高い。意識を引きつける係と足を潰す係に分ければ戦えそうだが、突発的には遭遇するとまずい。何より勝てない際に逃げるのが大変だ。


「やっぱり王国もハルバードみたいな武器を用いた武術をもっと高めていくべきだな……」


 俺はそう言いながら頭頂部から真っ二つにしたミノタウロスの血が付着した剣を振って血払いし、納剣した。

 ルートヴィッヒは得も言われぬ顔でアストラエにひそひそ話しかける。


「彼の行動と言葉が全く一致してない気がするんだが。罠がいいとか訓練がいるがとかブツブツ言いながら全部の魔物を一撃必殺だし、虫は接近されたら危ないとか言いつつ私たちより先に発見して始末してるし、ミノタウロスに至っては頭蓋一撃でかち割っておいて『ハルバードが必要』ってもう意味分からんだろ。なんかこう、心と体の分離する病気なのか?」

「職業病じゃないかい?」

「オイそこ二人」


 本来ならもっとたっぷり時間をかけて検証したいところをぐっと堪えて断腸の思いで手早く始末してやっているというのに、何たる言いよう。救援要請も無くのんびり出来るんなら一種類につき三〇分はかけて分析する所をだぞ。


「そんだけの腕があって三〇分なにを観察するんだ?」


 ルートヴィッヒの返事が聞きたくないとばかりにしかめっ面の問いに、俺は当然のように確かめるべきであろうことを羅列する。


「間合い、身体的特徴、咬合力、脚力、習性、長所と短所、疲弊した際によくとる行動、獲物の優先順位、連携の有無、視界の範囲、その他色々。出来れば年単位の生活サイクルのなかで嗅覚や聴覚、個体別の行動範囲、繁殖力とかも知りたいけど」

「お願いだから今日の仕事が終了フィーネしたらもう帰ってくれたまえ」

「えー」

「えーじゃなくて。私これでも結構忙しいんだから」


 面倒臭い勧誘をあしらうかの如くシッシッと手を振るルートヴィッヒの眉間の皺の深さを見て、改めてノノカさんが何故大陸を去ったのかを強く実感する俺であった。

 こんな時メンケントがいてくれたら王国にとっての魔物調査の重要性について同意してくれるかもしれないのに、あいつは対魔物の経験がなさすぎて足手纏いなので今は同行していないのだ。


(アストラエ殿下、本当にあれ大丈夫ですか? 本気で理解できない顔されてこっちが理解出来ないんですが)

(元々石橋を叩いて壊して再建するような所はあったけど、外対騎士団に入ってから『自分以外でも出来る汎用性の高い倒し方』への拘りが爆発したみたいでね……)


 ――そんなこんなで実りの少ないデータ収集をしつつ突き進み、途中アストラエも魔物との初実戦を交えながら、俺たちは漸く救援要請のあった冒険者たちの元へ辿り着いたのであった。

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