394話 清々しく即答です

 ギルド支部は、三階建ての大きな建物だった。

 伝統よりは合理性を追求しているのか、見栄えはそっちのけで建物としての機能性を重視しているように見える。一階がとにかく広く、二階と三階はそれほどではなさそうだ。

 出入り口は複数あり、そこから絶え間なく戦士たちが出入りしている。そのうちのいくらかは俺の顔を見るなり驚いた顔をして小走りでどこかに向かっていった。

 アストラエが心外だという顔をする。


「僕もあの大会では活躍した筈なんだがぁ?」

「優勝者とそうでない者の違いだろ。途中まで仮面かぶってたしな」

(くっ、全員の動きが怪しく見えてくる……!)


 メンケントは周囲の視線が無秩序すぎてその場を離れる人間すべてに反応してしまい、結果的に俺たちの中で一番挙動不審になっている。セドナは相変わらず気配を操作しているのか特別注目されていない。

 今更ながら、普段会うときは大体セドナはこの気配操作をしていないので、こいつここまで出来るのかよと内心驚いている。


 ちなみにギルド支部に入ると同時に入り口から講習場所までギルド職員がズラリと並んで人の壁、兼、道になっていた。歓迎しすぎかよとも思ったが、どうやら別の冒険者が群がってトラブルになるのを避けるための防壁でもあったようだ。


 さて、ここから暫くは純粋にお仕事になる。

 ギルド側の用意した講義に参加してお勉強会だ。


 ギルトと冒険者の関係、存在意義、ルール、活動内容……最初は基礎知識から回り、質問には丁寧に答えてくれつつ応用へと話は進んでいく。


(こんだけでかい組織なら大なり小なり腐敗の温床があるんじゃねーかと思ったけど、聞く限りではルールはしっかりしてる)


 あくまでギルドの根幹は魔物に対抗し、民を守ること。

 ギルドは国から維持費を貰ったり依頼を仲介したりでそれなりに懐に金は貯め込んでいるが、ルール的にはそれらは全て民に還元されることを前提としているようだ。魔物によって受けた被害の一部補填、冒険者への保証、冒険者に武器などを提供する職人の権益の保護等々、国のカバーしきれない大まかな管理……勿論ギルド職員も重要な仕事を請け負う以上はそれなりの給金を貰う訳だが。


 活動指針は国際条約によって示されており、ギルドの情報は定期的に諸外国ギルドと共有。別のギルドに問題あらば助け合い、逆あらば助けて貰い、必要な人材を交換し合って皆で頑張る。

 嗚呼、素晴らしきかなギルドの絆……と言いたいところだが、やはりそこは簡単にはいかないようで、講習を行うギルドの講師が問題点も挙げる。


「国の法律との兼ね合いや地域の環境及び魔物の種類により、どうしても通常ギルドの運営では上手く回らない場所はあります。それに近年はギルドに断りのない『闇クエスト』や商人による保証金の不正受給、ギルド職員によるグレーゾーン的業務処理などが顕著な問題になっています」


 妹想いのハゲ改めルートヴィッヒも補足する。


「ギルド設立当初は対魔物の戦いは凄惨を極めたというが、今では武器や戦闘技術が発達し、魔物も己のテリトリーを定めた生き方をするものが増えた。未だに魔物との戦いは命懸けではあるが、実のところ確認されている魔物たちのうち、主として討伐依頼が出されるのは一割程度と言われている。このデクレッシェンドがギルドという組織を少しずつ緩ませているのさ」


 デクレッシェンドとは音楽用語で音を次第に弱めること、とはセドナがこっそり耳打ちしてくれた知識だ。面倒臭い個性の出し方しやがって。やはりルートヴィッヒはハゲに格下げすべきかも知れない。

 一通り講義を終えた講師は改めてこちらに期待の目を向ける。


「如何ですか、ギルドのシステムは。一部問題はありましたが、それは人間が引き起こすものであって枠組み自体は昔から殆ど変わらず維持されています。それだけ歴史的に完成度の高い組織ということです。王国でもギルドを拡大すれば様々な恩恵が……!!」


 やっぱりギルドの本音はギルドがほぼ機能しない王国にちょっと考え直せよというセールスだったらしい。一応今の課題を正直に言っている辺りは好感が持てる。


「でもその役割って衛兵と外対騎士団の仕事で足りてるんだよなぁ」

「そうだよねぇ。王国は武器の出回りがあんまりないから鍛冶屋の技術者は逆に国に重宝されてるくらいだし、王国商人とかはむしろギルドの制限がない分開かれた市場で活発に活動が出来てると思うし……」

「恩恵はなきにしもあらず。しかしわざわざ今の環境で対応出来る状態なのに実質的な新機軸に大金払うかと言われるとなぁ……」


 やはり、王国人からのウケはいまいちなギルドシステムであった。




 ◇ ◆




 ギルド講習が終了してから暫く後――ギルドの資料室に俺はいた。


 用事があるのはギルドの資金の巡り……などという専門的なものではなく、魔物のデータだ。王国には魔物が殆ど存在せず、敵と呼べるのはオークのみだ。しかし、生きた魔物の記録は見ておいて損はない。いつか何かのきっかけで魔物と戦う日が来たら役に立つかもしれない。


 俺が手にしているのは冒険初心者から上級者までこれ一冊で安心と言われるギルド印の魔物図鑑だ。一般的に王国に出回っているのは魔物を研究する学会の出版したもので、俺もギルドの図鑑を読むのは初めてである。


「ん~、流石は対魔物組織……生息域と戦闘関連の情報はかなりのものだな」


 今までギルド式の本は殺し方ばかりで他の情報は少ないのかとも思っていたが、実際に読んでみると餌でおびき寄せる際にどんなものに反応するかや、季節によった出現場所の変化、足跡の判別方法まで生で魔物を確認した人ならではの知識も多い。


 反面、生物としての特性は書いてあっても、何故そうなのかという部分は殆ど書いていない。そんな細かい部分は学者しか気にしないのが半分で、もう半分は単純に根拠のない曖昧な記述を避けたからだろう。


 そしてお待ちかねのオークの項目だが――。


「生息区域、ほぼ大陸全土……活動時期、ほぼ年中……目立った長所も目立った短所もないが群れで行動する。人の武器を拾って使うことがよくある。繁殖力が高いので倒しても倒しても湧き出てくる。群れには必ず他の個体より強いボスオークがいるので逃がさないよう注意……以上、と来たかぁ」

 

 ――案の定、スッカスカだった。


「年中ってこれ、南の温暖な地域とごちゃ混ぜにしてるだろ。生息区域もちょっと怪しいな。長所は鼻と耳の良さ、相応の学習能力、適応能力。短所は耳が良すぎて大きな音に弱いことと、メスオークが群れから居なくなると途端に弱体化し統率も失われること。血液に毒があるって特性も無視されてるし、そもそもボスオークだけ狩ってもメスオークが生き延びたらまた繁殖するから意味ないでしょうに」


 もうこの文章だけでノノカさんが何故大陸でのオーク研究を断念したのか理解出来てしまう。余りにもオークがありふれた魔物過ぎて、誰も気にかけない存在になってしまったのだ。


 生物とは得てしてそんなものだ、といつかノノカさんは笑っていた。一年の寿命と言われた生物を実際に調べてみたら実は二年だったと判明しても、そもそもその生物に興味が無い人にとってはどうでもいい。だからこそ確かめられずに間違った通説が蔓延するのだという。


 大陸の大地にはオークの大敵が多く生息し、血の毒も多少は自然分解される。いるのが当たり前なので効率的な討伐方法ではなく数減らしにばかり目が行く。そうして行き着いた先がこの軽視具合だ。

 何となくそうであろうことは理解していたが、こうして突きつけられると仕事を馬鹿にされたようで少し嫌な気分にさせられる。


 まぁ、オークの項目から目を逸らせば興味深い内容ばかりだ。一応帰りがけにギルド出版の本は一通り買って騎士団に持ち帰ることにしよう、と本を閉じたところで、資料室に笑顔のアストラエが入ってきた。あのニコニコ具合、嫌な予感がする。


「ヴァルナ! 午後から我々の同行する仕事が決まったぞ!!」

「ほう。で、内容は?」

「ルルという三星冒険者率いるパーティが予想外の事態につき救援を要請しているそうだ! ルルといえばスラムで聞いた自警団リーダーのその妹とみて間違いなかろう!!」

「はいはい知ってたよ知ってましたとも。お前が絡んだ時点でややこしいことになるのは想像がついてたんですぅー」


 セドナもそうだが、アストラエもこういうとき何というか、引きが強い。或いは他に幾らでも候補があったなかで即座に自分の面白そうなものを見抜いたのかもしれない。どちらにせよ、アストラエは一度やりたいと思ったことはあらゆる理由と口実をこじつけて辿り着こうとするものだ。なので運命の女神云々というジョークは言ったが、こうなるとは思っていた。


「ちなみにこの予想外の事態にはオークが関連しているらしいぞ」

「よし行こう」

「清々しいまでの即答だな……」


 アストラエの後ろで護衛のメンケントが「おいこらクソ平民騎士、僅かくらいは止める素振り見せろ」と言わんばかりに睨んでくるので「うるせぇオークの素人は黙ってろ」の意を込めて睨み返した。

 今回は騎士団の権限はないが、それはそれとしてオークは皆殺しだ。

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