393話 フォルティッシモです

 市場に響く威勢の良い呼び声。

 冒険者達が歩く度に響く、がちゃがちゃと金具の擦れる音。

 鍛冶屋から立ち上る熱気は炉のものか、それとも職人の熱意か。

 

 魔物経済が支えるロンティーの町は、俺の人生で訪れたことのあるどの町よりもエネルギーに満ちあふれていた。


 道行く人々は統一感がなく、思い思いの装備を携えてギルドから頻繁に出入りする。カウンターバーでは昼間から酒飲みが豪快に笑いながら自分の成果を自慢し合い、商人を前に必死に値切りする男を周囲がおかしそうに笑っていた。


「ここが冒険者の町か……」

「すっごぉい。まさに『ふんたぁクン奮闘記』に出てくるような町だぁ」


 セドナの言わんとすることはよく分かる。

 王国でもベストセラーシリーズである小説『ふんたぁクン奮闘記』には頻繁にこのような町が登場し、主人公はここで思いも寄らない安い道具を買って様々な罠やアイデアを実現するのだ。


 俺たちが早速町の様子を眺める一方、アストラエはフロルに佇まいを正されていました。


「襟が少し歪んでいますわよ、アストラエ様?」

「ええ? これくらいの方があらくれ感でるかと思ったんだけど」

「いけません、衣服の乱れは生活の乱れですわ!」

「おっと、未来の奥さんに言われてしまうと言い返しづらいな……」


 いちゃいちゃラブラブしている二人だが、どっちかといえばフロルがアストラエの事を心配すぎて手放さないというのが本当の所だ。最終的にいい加減時間かけすぎだろと思ったのかアマンダさんが「フ・ロ・ル?」と言うと、彼女は名残惜しそうにアストラエに抱きつく。


「無事に帰ってくるよう約束のベーゼを!」

「こんな往来でかい!? 甘えん坊だな、僕のフィアンセは……」

「これがわたくしの本性ですので!」


 グイグイいくなフロル。

 アストラエに嫌がらせするのはやぶさかではないが、流石に空気を読んで別の方を見る。ふと横を見るとセドナがガン見だったので小突くと、未練たらしい目でこっちを見た後、ちゃんと目を逸らした。


 後ろでちゅっ、と音がして、数秒後にやっと二人から声がかかる。


「やぁ、待たせたね」

「ギルドの視察に関しては皇国はあまり深く関われませんので、くれぐれも無茶をしすぎないようお気をつけを! 明日にまた会いましょう!」


 フロルはそう言うと、ちらりと俺にも視線を投げて、馬車に戻っていった。あの視線の意味は明確だ。護衛として最善を尽くし、アストラエを絶対に無事に連れて帰れということだろう。まぁ殺して死ぬ奴でもない気はするが、了承の意を込めて頷いておいた。

 こうしてフロルたちはUターンして城へ戻っていく。


 と、アストラエが変なものを見る目でこちらを睨んできた。


「今なんかフロルとやりとりしなかったか、君?」

「したけど。なんだ、もしかしてヤキモチ妬いてるのか?」

「いや、そういえば君ってやけにフロルと仲が良かったよなって……つまりフロルは君を懐柔すればより確実に僕を始末出来る可能性があるわけで、彼女は遂にあの時の真実に気付いて綿密な暗殺作戦をこの先に仕掛け――!!」


 婚約者騒動の時の超絶自業自得な発作が再発したようなのでアストラエのみぞおちを一発殴ってやると、「ウッ」とリアルな悲鳴を漏らして蹲った。ウケる。


「懐かしいネタ引っ張り出すんじゃねーよ。さっきキスした相手だろーが」

「それはそうなんだがね! 僕は無償の愛ってものがよく分からないんだ! 分からないと些細なきっかけで不安になるだろ?」

「いや全然?」

「他人事ぉ!!」


 自分に関してはさておいて、この二人の間でそれは絶対無いと思う。


「セドナ、お前もなんか言ってやれ」

「えっわたし!? えっと、えっと……あのねアストラエくん」


 セドナはちょっと恥ずかしそうにひそひそとアドバイスする。


「フロルちゃん、アストラエくんのことが一杯好きなんだよ」

「う、うん」

「でも好きを沢山ぶつけてもアストラエくんが好きを返してくれないときは、ちょっと不安になるって言ってた。だから貰った分だけ好きを返してあげてね?」

「……そ、そうなの?」


 俺を見るな、俺を。

 受け取った分を返せないからやめてって言ってる側だから。

 と、自分で考えておいて一つ思いついた。


「まぁ、出来ないなら婚約破棄して貰うんだな。そのときこそ本当にフロルに恨まれるかもしれんが」

「それは勘弁願いたい!! 泣かれたら余計にどうすればいいか……!!」

「じゃー泣かせない、愛し返すが正解ってことで」


 せっかく冒険者の町に来たのに何が楽しくてこいつの恋愛相談に乗らなきゃならんのだ。メンケントは完全に面倒事だと思って警備のフリして全力で顔逸らしてるし。あとアストラエ、てめー俺がシアリーズにファーストキス奪われたときの相談で即、見捨てたの忘れたと思うなよ。




 ◇ ◆ 




 今回、現地協力者として王国は予め一人の信頼ある冒険者に俺たちの案内人を頼んでいる。実力はなんと六星メラク冒険者――王国換算ではロザリンドに匹敵するくらいの実力者だ。名前をどっかで見たことがある気がするのだが、見れば思い出せるかと珍しく確認はしていない。


 曰く、金にはがめついが、払えば意地でも依頼を遂行するガッツの持ち主らしい。二つ名もある程には有名で、皇都付近のギルドを転々として割の良い仕事を探すスタイルで活動しているとのこと。


 その人物は目立つ髪型をしているのですぐに分かった。

 高級将校のような見栄を張った改造軍服に音楽家のようにロールした髪型。

 周囲も思わず「なんだこいつ」と一目見てしまう奇抜な出で立ち。二十代後半くらいと思われる冒険者は、俺たちの前で恭しく社交界のような礼をした。


「依頼にて諸君らの案内仕る。よろしくね、大会で見覚えのあるご一行?」


 俺、アストラエ、セドナが、思わずあっと声をあげる。彼はコロセウム・クルーズの大会で何度か見たことがあるし、色々と個性的だったのでよく覚えていた。確か、そう、なんて呼ばれてたっけ――。


「ええと……思い出した! 妹想いのハゲだ!!」

「そうだ妹想いのハゲ!!」

「カツラの人だ! 妹さん元気!?」

「だらっしゃあああああああああいッ!! だから、ハゲてんじゃなくて剃ってるって言っただろうがぁぁぁぁッ!! 六星冒険者、『遷音速流トランソニック』のルートヴィッヒだから二度と間違えるなよッ!!」


 顔を真っ赤にして雄叫びを上げるほどその呼ばれ方がイヤだったらしい彼は、冒険者ルートヴィッヒ。金にがめつい理由は妹の病気を治すためという何とも泣かせる経歴を持つ男だ。


 絢爛武闘大会前の小大会では、当時まだ剣士としての経験が浅かったとは言えロザリンドに粘り勝ちするなど高い実力を見せたが、音楽家ロールの髪が実は目立つためのカツラだったことが判明して散々ハゲ扱いされてたので良く覚えている。


「妹の名前なんだけ? エリ……エリ……」

「確かエリザベートではなかったかな?」

「そうそう、それだよ!」

「なんで妹の名前覚えてて私の記憶は事実ですらないハゲなんだよッ!! おかしいだろッ!!」


 あのあとノイローゼになって本当にハゲるほど『妹想いのハゲ』でからかわれたのか、ルートヴィッヒはガチギレ気味だ。なお、マイペースなセドナはそんなことより彼の妹の容態を気にしていた。


「妹さんの治療費の募金、わたしもお金入れたよ! そのとき手持ちがあんまりなくて五百万ステーラしか入れられなかったけど」

「あの札束突っ込んだ人の正体君かぁぁぁぁぁぁッ!! その節は大変感謝しておりますあの五百万が決め手で妹をいい医者に診せることが出来ましたぁッ!!」


 金には義理堅いルードヴィッヒは腰を90度に曲げて実に丁寧お辞儀した。

 分かってはいたが大富豪の息女たるセドナの「あんまり手持ちがない」の規模が大きすぎて、小銭程度の募金をした俺としては今更入れたと言いがたい空気である。

 まぁ、なんだ。

 良かったな、ハゲ。


 閑話休題。


「ではギルドについての案内だが、ギルドは王国からの見学を結構大きく見てくれているようでね。君たち用に特別に講習の準備をしてくれている。そして講習を受け終えた暁にはギルド冒険者の仕事に特別同行も許すと言っている」


 説明をしながらルートヴィッヒは王国の視察員全員にゲスト用バッジを渡していく。これはまんまギルドの特別な客人であることの証らしく、これをつけていれば変な冒険者に絡まれることはないそうだ。


「あー、ただしヴァルナ君に関しては保証しない。君、大会優勝者だからね。私でなくとも顔を覚えている人はいくらかいると思うし、腕試しに仕掛けてくる可能性は否めない」

「なるだけ怪我しない程度に返り討ちにするよ」

「実にフォルティッシモな返答だこと」


 納得したようで呆れたように肩をすくめたルートヴィッヒは、ギルド支部へと俺たちを誘った。

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