385話 気付くのが遅すぎました

 演習開始時間である十分が経過し、王国側が用意した鎧を装着した俺は再び訓練場へと向かう。鎧はアストラエ監修の下、見栄えを維持しつつも王国攻性抜剣術や格闘術の妨げにならないよう大胆に面積が削られたスペシャル仕様だ。

 正直なかなかに格好良い。

 貰えるらしいので帰ったら屋敷に飾ろう。


 鎧の感触を軽く確かめながらスタート地点に辿り着くと、そこから巨大な訓練場に集結する戦力を見渡すことが出来た。


「見てくれだけは壮観だな」


 腐っても世界最高規模の騎士団だ。

 ずらりと整列した重装歩兵部隊にバリケード、歩兵、弓兵、騎馬隊、幾重にも重ねられた陣形。皇国の誇りを見せつけてやるとばかりにアリコーンをあしらったエムブレムの旗が風に揺られて威容を示している。

 

 アリコーンというのは架空の生物で、ペガサスの翼とユニコーンの一角のいいとこ取りをした聖なる馬である。


 厳密には皇国の考えるペガサスとユニコーンは現実に魔物として存在するペガサスとユニコーンとは別物で、神の遣いと考えられていた。現実に魔物として確認されたペガサスは滑空以外では大した飛行能力はないし、ユニコーンの角は何の薬にもならない。しかも手懐けるのに向いてないので乗れない。


 だからか、魔物が出現してから皇国の人々はペガサスとユニコーンという別々の聖獣を、アリコーンという理想にして架空の存在へと昇華させた。


 速くあれ。

 逞しくあれ。

 誇り高くあれ。

 アリコーンには先人の願いが詰まっている。


 それはそれとして俺、ユニコーンってスケベ野郎なイメージあるんだけど。清らかな乙女にしか近寄らせないって、聞こえはいいけど女以外はいらねぇってことだろ。処女の娘に触られて興奮して自分の角を握らせようとする淫獣なんじゃなかろうか。

 いつか聖獣ユニコーンを見つけたらカルメをぶつけてリアクションを伺ってやろう。


 閑話休題。

 とにかくその誇りを掲げた皇国騎士団の規模といま目の前にいる騎士の数を大雑把に計算した結果、皇都の皇国騎士団は全員集結していると見て良さそうだ。


 その数、ざっと見て三百人。

 その数は凄いのかと聞かれると、はっきり言って凄い。


 王国最大の騎士数を誇る聖艇騎士団でさえ実質的な非戦闘員である内勤騎士等を含めて騎士総数は二百人程度で、王国中の騎士を全て集結させてもおおよそ千人。これでも騎士団が縮小傾向にある各国に比べれば多い方だ。


 その点、皇国騎士団は各地に支部を設置して戦力の大半を分散させても尚、一つの都市に三百人もの騎士を常駐させている。まさに世界最大の騎士団を名乗るのに相応しい圧倒的な規模だ。


 だが、幾ら重要な都市だからと言っても大して仕事がある訳でもない騎士を三百人も常駐させていれば浪費される予算の量も半端ではない。しかもその中にはまともに仕事をしない連中が多く混ざっており、それでも人数分の高級装備と満額の給料が待っている。


 この騎士団も、それを維持する為に莫大な金を費やす皇国も、どちらも異常だ。

 彼らは、どこにも向かっていない。


 気付けば、演習の様子を一目見ようと少なからぬ皇国の要人がやってきていた。予想以上に大規模そうで驚いているようだ。


 一方の皇国騎士達は、気合い十分。

 誰もが俺を倒して騎士として一気に出世しようという欲望を隠せないでいる。仮にも世界最強の騎士となった俺に一撃でも攻撃を当てることが出来れば、確かに騎士として実力を再評価されるきっかけになるだろう。


 しかし、そこには「挑んでみたらまぐれの一発くらいは当たるかも」、或いは「これだけの人数がいればいつかどこかで隙を見せるだろう」という思考が見て取れる。

 騎士達の奥には相変わらずフロル嬢がいる。

 こちらの視線に気付くと、フロルは小さく肩をすくめて笑った。


「どうやら嫌な予感が当たりそうだ……」


 セドナとアストラエは見物に回っている。

 この場はあくまで俺一人のために回された舞台だ。

 皇国騎士団の上役が俺に近づいてくる。


「騎士ヴァルナ殿。そろそろ十分が経過します。皇国騎士団も準備終了とのことです」

「諒解した。貴方は前線には立たないので?」

「残念ながら、私めでは若い者たちの足手纏いでしょう。邪魔者は隊列にはいない方がいいのです」

「ご謙遜を。王国の騎士団には貴方ほどの年齢で活躍を続ける騎士もいますよ」

「ほほほ、それは良いことを聞いた。まだ私めも頑張れそうですな」


 上役の男はその場を去って行ったが、果たして言葉はどこまで本当やら。足手纏いなのは本当のことだろうが、彼の言う若い者には動きの悪い者が混ざっている。その多くが最初の訓練風景で見かけなかった騎士だ。皆、顔を覚えて貰う為か兜は顔面を広く露出するタイプを使っているようだ。


 並ぶ顔の中に、朝に出会った虐めを受けている疑惑がある若い騎士を見つける。

 その目を見て、俺は思った。


(あれは駄目そうだな)


 最初にすれ違ったとき、彼はジャニーナやコーニアに似たタイプかと思った。


 オークに無謀な戦いを挑んで負傷し、現役を退いた後は妻と共に居酒屋を経営する同級生のジャニーナ。騎士団入団当初は空回りが目立ったコーニア。今は変わったとはいえ、二人とも自尊心が高く空回りしやすいタイプだった。


 しかし、あの若い騎士の目を改めて見て、俺は違うと思った。彼には二人に見えていなかったものが見えているが、二人が見たものが見えていない。どちらこそ正しいという訳ではないが、彼は今のままでは騎士にはなれない。


 もしこの戦いが終わったあとに話でもする機会があったら、俺の予想が合ってるかを確認してみよう。そう思いながら、俺はラッパを抱えた音楽隊の一員に手で合図を送る。彼がラッパを高らかに吹き鳴らしたら演習開始の合図だ。


 構える必要はない。

 ただ自然体で戦えば良い。

 皇国騎士団は歴史の積み重ねで得た最高の陣形で迎え撃っているつもりなのだろうが、彼らは恐らくオークでさえ出来るいくつかの物事を解決出来ずに敗北するだろう。

 

 音楽隊の一員が息を吸い込み、金管楽器特有の甲高く深みのある音を奏でる。

 その音が耳に届いた瞬間、俺は皇国騎士団の陣形に真正面から突っ込んだ。




 ◇ ◆




 出世欲に燃えて前進を続ける騎士と違い、前線に出て剣を振らずとも上手く立ち回れば評価して貰える騎士もいる。それが部隊を率いる指揮官だ。


「前進せよッ!!」


 重装歩兵隊長ゲデナンの野太い号令と共に、フルプレートの騎士たちが槍と盾を構えて横一列で前進する。訓練場の端から端まで覆った完全な陣形だ。槍は相手より先に攻撃の間合いに入るため。盾は敵の攻撃を防ぐ為。そして綺麗な陣を揃えることで部隊は一つの攻撃的な壁として機能する。


「我ら重装歩兵隊の歩く鉄壁を御賞味あれあれッ!」

「「「おおーーーッ!!」」」


 ゲデナン率いる重装歩兵隊は、皇国騎士団の中では比較的練度が高い。

 まず重装備になって武器を抱えながら歩く時点で相当な体力が必要なので、ここだけは根性無しは絶対に入れない部隊だ。また、重装歩兵は単体では動きが鈍いので幾らでも倒しようがあるが、陣形を組んだ時は逆に相手を一方的に蹂躙できる。種類にもよるが魔物の討伐にも有効だ。


「さて、あの剣神を下したくらいだから簡単には躓いてくれまいな……」


 ゲデナンは伊達に練度の高い重装歩兵隊の長を務めている訳ではない。

 この程度で世界最強の騎士が止まるとは思っていない。

 王国聖靴騎士団長、剣神クシューと演習を行ったこともある彼は、ヴァルナの能力の高さを疑ってはいない。しかし、何のつもりかたった一人で挑んできた所に彼はヴァルナの青さと少々の勝機を見いだしていた。


「騎士ヴァルナは一点突破でこの陣形を穿つだろうが、逆を言えば部隊の損害は最小限で済む。後ろに備える第二、第三の部隊が足止めしている間に隊を反転させて包囲すればよい。ふっ、兵法を知らず個人の武勇に溺れたか……」


 これがヴァルナ個人のやり方か、それとも王国そのものの外交戦略の一種なのか、彼には分からない。ただ勝てばよいだけだ。

 高台の騎士が双眼鏡を覗きながら叫ぶ。


「騎士ヴァルナ、まもなく重装歩兵隊と接触します!!」


 その、直後だった。

 カン、コン、ガン、とブーツの裏で音を奏でたヴァルナが重装歩兵を踏み台に跳躍している姿が、ゲデナンの目に飛び込んだのは。


「なんと!?」


 ゲデナンは、自分が先入観に囚われて状況を読み間違った事に気付いた。

 彼はヴァルナの戦闘力と気質を予想するための参照としてクシューを思い浮かべていた。彼であればまず先陣を切って陣を切り崩すことで突破口を開き、味方に勢いをつける。ヴァルナは部下は従えていないが、彼と同じように派手に突破することで動揺を誘ってくると予想していた。


 しかし、ヴァルナは無駄な戦闘とばかりに重装歩兵の槍、盾、鎧を踏み台にして殆ど時間を浪費せず突破して見せた。ヴァルナは動きやすさを重視した超軽量鎧を身につけているため、その軽さを計算出来ていなかった。


 重装歩兵は視界が悪いため突然消えたようにいなくなるヴァルナに困惑して陣形が乱れ、重装歩兵を突破してくると予想してた第二陣も思わぬ突破の早さに反応が遅れる。気付けば隊長ゲデナンと副長たちが待機する場所までのルートががら空きになっていた。


 ヴァルナは直進してくる。

 こうなれば戦うしかないと隊長以下少数の騎士たちが構える。


 だが、ヴァルナは余りにも速すぎた。

 地面を抉るような踏み込みと共に一瞬で真正面の重装歩兵に迫り、彼は剣すら抜かず地面に手をついた姿勢で全体重をかけた蹴りを騎士の大盾にかます。普通ならどんな蹴りでも耐えてみせる重装歩兵も人類最強クラスの蹴りを、しかも予想より遙かに低い打点から突き上げるように叩き込まれたことで踏ん張りが利かなくなり、全身鎧のまま宙を舞う。


「うっ、あ? ……わぁぁぁぁーーーーーッ!?」


 落下先は、ゲデナンの場所だ。

 明らかに狙って吹き飛ばしたであろうヴァルナに、ゲデナンは戦慄した。


「で……出鱈目なッ!!」


 重装歩兵は防御力に秀でるが、移動速度や反応速度は他の兵種に圧倒的に劣る。いきなり飛んできた全身鎧の騎士を機敏に避けることは出来ない。それでも騎士団内ではベテランであるゲデナンは盾を使って飛んできた騎士をなんとかいなす。


 彼は、その後に自分が迎える運命を悟っていた。

 今、ヴァルナに攻撃されたら絶対に避けられない。

 突破された時点で、いや、戦うと決めた時点で、きっと運命は決まっていた。


「三の型、飛燕」


 ヴァルナは鞘に収めたままの刃をすれ違い様に振り抜く。

 それは相手を叩き伏せる為のものではない。

 ヴァルナは器用にも、すれ違い様に振り抜いた剣の勢いを利用してゲデナンの裏首筋を強打したのだ。結果、ヴァルナは一切速度を落とさず一人の指揮官を無力化し、第一陣を切り抜けた。


 ゲデナンは強烈な衝撃に意識が遠のくのを感じながら、思う。


(戦うべきではなかった……しかし、ではこの訓練の意義とは……ま、まさか……!!)


 気を失う刹那、彼はある根本的な見落としに気付いた。

 最後の気力を振り絞った彼は、駆け寄る部下の腕を掴む。


「に……逃がせ……」


 それが、限界だった。


「隊長!? どういう意味ですか、ゲデナン隊長!? ……クソ、気付け薬を!! 副長は混乱する部隊を纏めてください!!」

「貴様に言われるまでもないわ!! ええい、彼奴は化生けしょうか!? 何故あんなのが冒険者もせずに騎士をやっているのだッ!!」


 もはや意識を繋ぎ止めることが出来ずに失神した隊長を部下がなんとかバリケードの裏に引きずり込んだ頃には、第二陣に備えていた歩兵たちの陣形に大穴が空いていた。

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