第336話 行ってきます

 俺は剣以外の武器を使わない。

 しかし、物にもよるが別に使えない訳ではない。

 剣の次に使いこなせるのが棍棒の類というだけだ。

 一応は士官学校で色んな武器の基礎くらいは学んでいるが、それでも学校で主に教えるのは剣だ。カルメやガーモン班長のように明らかに剣以上の適性がある武器が見つかった場合はその限りではないが、学校側も剣術の人材ばかり揃えている節がある。


 王国には槍術もあるが、使い手は少ない。

 聖天は独自の槍術を継承し、聖靴は槍術使いの師範クラスを何代も前から抱え込んでいる。ンジャ先輩から多少の手ほどきはあったが、外対騎士団の槍使いの殆どが我流である。これは王国攻性抜剣術が強力だったからではあるが、思えば逆に戦士としては道を狭められていたのではと思う。


 ……そんなわけで、手合わせ相手に困った槍使いはよく俺を捕まえては槍使いの仮装敵として無理やり槍を握らせ、「変なことすんなよ!」と念押ししては訓練相手に仕立て上げるのである。


 そして今、それは妹さえも同じとなった。

 朝日が照らすイセガミ家の修練場に、気迫の籠った声が響く。


「奥義、銀鱗ッ!!」


 マモリが腰だめの構えから模擬槍の刺突を繰り出す。リーチを活かす槍術にしては珍しく間合いが短く、しかし予備動作が少なく瞬発力のある素早い突きは、使いこなせれば強力な牽制技になるだろう。

 しかし、俺の視点ではまだまだだ。

 冷静に槍先で突きを弾く。


「腰が高いぞ! もっと落とせ!」

「……ッ! うん!」


 俺の厳しい叱責に、マモリはしかし嬉しそうに返事する。

 武士への憧れが強いマモリにとって、この時間そのものに充足感があるのだろう。そんな嬉しそうな顔をされるとこちらもやる気になってしまう。練習は続き、熱中するマモリの動きが次第に洗練されていくのを感じる。

 そして、その時が遂に来た。


「――銀鱗ッ!!」


 その瞬間、マモリの鍛錬、体勢、呼吸、型の全てが直結した強烈な刺突が放たれた。もちろん俺もそれを捌くが、その瞬間に模擬槍の先端が深く抉れた。奥義は完成だ。しかし俺はそのことを敢えて口に出さず、マモリがもっと感覚を体に染み込ませるよう更にたきつける。


「まだ打ち込んで来い!!」

「うんっ! 銀鱗!!」

「まだ!!」

「銀鱗!!」

「槍をへし折る気でやれ!!」

「――銀鱗ッ!!」


 二度、三度と放たれる奥義は着実に俺の模擬槍に奔る亀裂を増やしていき、最後の一撃で遂に槍がへし折れた。マモリは夢中で奥義を放ってやっと気づいた槍の異変に目を丸くする。


「今の感覚を忘れるなよ、マモリ」

「じゃあ……銀鱗はこれで完成……?」

「まぁ、これもヴァルナ派に組み込まれちまうがな」


 ここ数日で既に四つは増えてしまったヴァルナ派奥義だが、俺はもう諦めてこの槍術を普通に学ぶことにした。上手く流派として完成させられれば外対騎士団に継承していけるかもしれない。

 ちなみにネメシアは元々聖天騎士団で基礎はバッチリだったので、マモリより先に奥義をマスターしている。今もマモリの奥義習得を手放しで喜んでおり、彼女に抱き着いて祝福の言葉を贈る。


「やったじゃないマモリ! これでお父さんに一歩近づいたわね!」

「うん……うん!」


 こくこくと溢れる感情のままに頷くマモリ。

 たった数日でネメシアとマモリはすっかり仲良くなった。

 紆余曲折はあれど二人とも家に誇りを持ち、父に憧れた者同士。しかも情深く世話焼きのネメシアはマモリのやることに対して一つ一つ親身になって手伝っており、マモリが彼女に懐くのにそう時間はかからなかった。

 ……片割れの父への憧れは少々雲行きが怪しくなっているが、世話焼き好きのネメシアと甘えっ子気質のマモリは上手く嚙み合っていた。


 ちなみに辰巳天滝流ヴァルナ派の奥義は、俺の名前がついてるだけあって既に俺も使える。ただ、正直数ある奥義の中のたった四つを使えるだけではこの奥義の神髄というものが見えてこず、槍を極めた武人に槍で勝てるランクには達していないと感じている。別にそれなら槍使わなきゃいいだけだろと言うなかれ。このままマモリと一緒に探っていくのもいいが、そろそろ本場の人間の動きを知りたいものだ。


 一通り喜びを嚙み締めたマモリだが、ふと寂しそうな表情を見せる。


「二人とも、もう仕事に戻っちゃうんだよね……」

「……そうね。休暇も終わってしまうもの」

「俺に至っては暫く出張だからなぁ」


 俺はカシニ列島へ、ネメシアは聖天騎士団の通常業務へ。

 セドナはちょこちょこ遊びに来ているが、どうも彼女は辰巳天滝流の適性がないらしくマモリの訓練相手として適当ではない。暫く基礎練習のみになるだろう。


「ま、心配するな。出張先で暇なときに奥義の開発もするから、帰ってきたらまた新しい奥義を教えるよ」

「今度は私がマモリに指導されることになるかもしれないしね?」

「……うん」


 マモリは控えめに頷く。彼女が額に巻いていた鉢巻きの尾がその動きで垂れるが、そのしな垂れ方がマモリの心情を表しているようだった。

 マモリは現状、王都に友達が殆どいない。

 お人好しのセドナと世話焼きのネメシアとはあっという間に仲良くなったが、他には全くいないのだ。それにコイヒメさんから聞いた話からも、元々内気な彼女はなかなか外に出て誰かと会話する切っ掛けが掴めないようだ。


 何か気の利いたことでも言ってやりたいが、と思いつつ、俺たちは朝の鍛錬を終えて食事や仕事の準備をし、あっという間に出発の時間が訪れた。


 玄関先に見送りにくる義母コイヒメと義妹マモリ。

 その二人を見て、俺はあることに気付く。

 二人とも不安が隠せていないのだ。


 しばし不可思議に思った俺は、やっとその原因に思い当たる。


(そうか、タキジロウさんは水場で死んだ……俺が船に乗るから否応なしにそれをイメージしてしまってるんだ……)


 タキジロウさんと俺とでは状況も場所も船も違う。

 それでも思い出してしまうほど、タキジロウさんとの死別が二人の胸に強烈に刻み込まれているのだろう。これは理屈ではどうにもならない。俺が生きて帰ってくることだけが二人を心の底から安心させる。

 俺は一度息を吐き、そして二人を見つめる。


「騎士道に誓って必ず生きて帰ります」


 二人は神妙に頷くが、そこで横に立っていたネメシアが肘で小突いてくる。


「他にも言い方があるでしょ。貴方たちの関係は何か考えなさい」

「……ああ、そゆこと。心配ってあんまりされたことないからこういうとき困るな」

「そ、それは砂漠で行方不明になったときの私の反応に対する、あ、当てつけかしら!?」

「いやまぁ確かに反応には困ったけど、話が進まんから堪えろって」


 大泣きして俺に抱き着いてきた過去を思い出して羞恥で顔を真っ赤にするネメシアを雑に宥め、俺は改めて二人に向かい合う。

 騎士道とは本来王に捧げるものであり、王命とは命を賭しても貫くものだ。

 生存を誓うのであれば、騎士道よりもっと適切なものがある。


「訂正して……イセガミ家の名に誓って、這ってでも生きて帰ります」


 その言葉が正解だったのか、コイヒメさんの口元がやっと柔らかく綻ぶ。


「……それを聞いて安心しました。いってらっしゃい、ヴァルナ。それにネメシアちゃんも」

「お兄ちゃん……あの! 約束だからね!」

「さっきも指切りしたのに……心配性だなマモリは」


 列国の約束である指切りを既に三回もしている俺は、もし約束を破ったら三千本の針を飲むという熾烈な拷問を受けなければいけないことになる。この上更に本数を増やしたいのだろうか、と確認すると、マモリの顔がかぁっと朱に染まった。


「忘れたのか。俺は海の上だって走って渡れる、お前の自慢の兄だぞ?」

「……そういえば、そうだね。あのとき初めてお兄ちゃんを怒らせちゃったのに」

「そうだ。怒っちゃうぞ?」

「それは嫌……だから信じるね。信じてるから、ちゃんと無事帰ってきてね」


 プレセペ村での出来事を思い出してか、マモリの表情にやっと柔らかさが戻る。その表情にネメシアもそれ以上文句は言わなかった。思えば他の所帯持ち騎士団も出張前は家族とこんな風に話をするのかもしれない、と思いつつ、俺たちは笑顔で送り出される。


「二人とも、行ってらっしゃい」

「ああ。それじゃ……行ってきます!」


 ネメシアも自分の家でもないのに同じように返事をし、ふと思い出したように言葉を付け加えた。


「行ってきます。ああ、それと妹がここを訪ねに来るかもしれないから、その時は友達になってあげてね!」

(そういう形で手を回してたのか、こいつ)


 マモリが王都に馴染めるようにという彼女なりの手回しだ。

 この手の気遣いでは、俺はネメシアに敵わないだろう。

 こうして、俺は家族にしばしの別れを告げ、各々の戦場へ向かう。


「ところでさっきは突っ込まなかったけど、海の上を走れるとか頭の悪いこと言ってなかった?」

「頭は悪くない。水の上は走れるようになったから海も行けるだろ」

「まず最初に水の上を走ろうと思った貴方がどうかしてることだけは認めなさい!」


 そっちの方こそ人を名指しして頭が悪いとかどうかしてるとか言うのは失礼だと認めてほしい……と思ったが、昔に比べたらこの程度の罵倒は可愛いものなので笑って受け入れることにした。

 ネメシアは「え、何笑ってるのこの人怖っ」みたいな顔をした。何故じゃ。




 ◇ ◆




 向かうは海の先、夏の王国本土より更に熱い亜熱帯の島々。

 その自然の全てが王国より一回りスケールが大きい、と彼の島を知る者は語る。また、王国ではお目に掛かれない、魔物とは違った珍しい生物がこれでもかと詰め込まれた生態系は、学者たちを魅了してやまない。


 島々に住まうは現住の民たち。

 肌の色は総じて褐色で、生活は自然と隣り合わせ。

 王国とも大陸とも繋がりが薄い彼らは、森や海で取れたものを加工して全ての道具を手作りする。狩りで獣を仕留めればその血をまず信仰する精霊に捧げ、身体には独特の紋様の化粧が施され、貨幣すら持ってはいない。人の営みは物々の等価交換で十分に成立するのである。


 彼らは口を揃えてこう語る。

 大自然は偉大であり、動物たちは気高い。

 その全てに敬意を払うことで、我々は自然の中で生きることを許される。

 しかし彼らは最近、ある者たちの出現にどよめいていた。


 『トーテムセブンが現れた』、と。

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