第287話 初の試みです

 ノノカさんは俺が発見してきた衝撃的なサムシングにごくりと生唾を呑んだ。


「こ……これは論文ものの衝撃的な発見ですよぉぉぉ~~~~!!」


 彼女の視線の先には未だ睡眠ガスで眠りこけるナーガの幼体――ではなく、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるオークが横たわっていた。


「無呼吸症候群は今まで肥満の動物がなるものでしたが、このオークは明らかにやせ型!! 原因はオーク特有!? それとも人間でもあり得るの!? くぅぅぅ、ナイス!! ナイスすぎる検体ですよヴァルナくぅぅぅぅ~~~~ん!!」

「フゴー……フゴー……フゴッ………………………ゴゴー……」

「というわけで解剖してきますッ!! ベビオン君、運搬と道具の用意を!!」

「御供しますノノカ様ぁッ!!」


 一応取っておこうと寝ている間に縛りまくって拘束した彼は、哀れにも夢を見ながら解剖されて永遠の夢を彷徨う運命にある。まぁ真面目な事を言えば、薬で寝ているので多分夢は見ていないのだが。

 今回はベビオンが助手に就くので俺はナーガ幼体と思われる存在の御守りである。キャリバンも例のファミリヤ用指輪を用意して駆けつけ、みゅんみゅんは水槽から顔を出してナーガに興味深々だ。その他、氣の呼吸しながらお菓子を食べることに挑戦中のアマル、仕事をさぼって酒飲み中のロック先輩がいる。


「これさぁ、この子が目を覚ましてから契約したらみゅんみゅんの時と同じくキャリバンが従者の契約になっちまうんじゃねえか?」


 前にみゅんみゅんとコミュニケーションを取るためにファミリヤ契約の指輪を持ち出したキャリバンは、先天的に魔法が使えるみゅんみゅんの力で彼女を主とした契約を結んでしまった経緯がある。

 ナーガが魔法を使うのかは知らないが、魔物なのだし使えても不思議はない。


「そこはそれ、しょうがないと思って諦めるっす。むしろ寝込みを襲う方が信頼関係上の問題っすよ」

「キャリバンセンパイやーらし~」

「うい~、オジサンもお酒で寝た女性には手を出さないのが信条だねぃ?」

「出せるほど仲良くなれた相手がいたんすか?」

「そりゃあねぇ……そりゃあ……ういぃ、これ何杯目だっけ?」

「連敗中なんすね。勝ち星ゼロの」


 酒瓶をちゃぷちゃぷさせながら全力で逸らされた視線が全てを物語っている。アマルが同情するように肩をポンポン叩いているのが余計中年酔っ払いの惨めさを際立たせていた。結婚願望一応あるのかね、この人。

 に、してもだ。


「何故オークに捕まってたんすかね?」

「さぁ。見た感じ非常食って扱いに見えたから、あと一日突入が遅かったら命はなかったかもなぁ」

「危なかったですねー……ふふ、かわいっ」


 すうすうと寝息を立てるナーガの頬をアマルが指で撫でると、僅かに身じろぎする。恐らく薬が抜けてきたことによる覚醒の兆候だろう。念のために藁を敷き詰めた大きめの箱の中に寝せているが、起きた途端にパニックにならないか心配なので常に意識は割いている。


「輸入の線は正直現実的じゃないな。そもそもナーガに会うだけでも命懸けなのにその幼体を捕まえて王国に連れ込むなんて、そんな馬鹿する奴がいるとは思えない。むざむざそれをオークに奪われてるのも含めてな」

「類似する姿の魔物の幼体ってことは?」

「下半身が蛇の亜人は図鑑で一通り見たが、殆どが何らかの変異種やもともと一体しかいないネームド個体だらけだ。細かい特徴も加味してナーガが一番しっくりくる」

「じゃあこの子、王国内に住んでたんですかぁ?」

「れしゅかぁー?」


 アマルを真似てみゅんみゅんが話しかけてくる。まだ言葉は流暢ではないが、ちゃんと意味を考えて言葉を選んでいるそうだ。そのうち普通に喋れるようになるだろう。そしてそのみゅんみゅん自身が、王国に他の原生魔物がいる可能性を肯定している。


「みゅんみゅんの例があるし、山を隔てて隣はナーガの生息地域と同じ砂漠だ。何らかの理由ではぐれた所をオークに捕獲されたか、実は遺跡がナーガの住処と繋がっているのか……なんにせよ、親がいないとおかしな話だ」

「……」

「……」

「キャリバン、アマル。分かっていると思うがこの子の親を探す暇はねぇ。準備が済み次第、騎道車はすぐにバノプス砂漠に向かう」


 顔に「この子の親を探したい」と達筆なまでに書いてある二人が同時に恨めし気な視線を向け、ロック先輩が肩をすくめる。悲しき公僕の宿命には逆らえないし、今出来るのはこの子を捕獲という名目で保護することだけだ。


「だからこの子が目を覚ましたら、可能な限り事情を聞いて状況をはっきりさせとけ。バノプス砂漠にナーガの住処があるとしても、親元に返すのは任務時間外になる。迅速に行わないと砂漠に置いていかれるぞ」

「……先輩!!」

「センパイ信じてましたぁ!!」


 二人が一斉に抱き着いてくるのを一応受け止める。俺だって拾ってきた責任がある以上、出来る事はするに決まっている。それはそれとしてアマルは幾ら胸が小さいからってそんなに体を押し付けるんじゃありません。思春期男子が約一名やきもきするかもしれないでしょ。誰とは言わないけど雰囲気コーニア的な名前の同期騎士が。

 そんな風に騒いでいる間に小さな気配が動き、もぞもぞと音が聞こえる。


「おきた! おきたー!」


 みゅんみゅんが水槽で尻尾をちゃぷちゃぷ鳴らしながら知らせるのは、ナーガの子どもの目覚めだ。藁の中からひょこっと顔を出したナーガは、どことなく警戒した様子で俺達の様子を見回していた。


 ナーガは逃げることはなく、しかし警戒を解くこともない。

 捕まる相手がオークから人間に変わっただけだと思っているのかもしれない。


「מי אתם?」

「ん?」

「מה אתה אומר?」

「……鳴き声?」

「ברברי שלא מבין מילים」


 最初はそういう鳴き声かと思ったが、何か違う。

 どうやら全く耳に馴染みがないだけで、これはナーガ独自の言葉のようなもののようだ。大陸のナーガは人間と接触する機会があるから人語も操れるらしいが、もしバノプス砂漠にずっとナーガが住んでいたなら人間との接触は皆無。こちらの言葉も通用しないだろう。


 言葉が通じないと見るや、ナーガは沈黙して部屋の出入り口や置物を確認しだす。万一に備えて情報を収集しているのだ。警戒心なさすぎだったみゅんみゅんと違って既に高い知性を感じさせる。や、みゅんみゅんが頭パーだったという意味じゃないぞ。見た目以上に賢いからな、あの子も。


 案外、みゅんみゅんと同じでそのうち言葉を覚えるかも……と考えていると、ナーガと俺の目が合った。俺を見た瞬間、ナーガは尻尾をピンと突き立てて口をかぱっと開ける。人間でいえば電流が奔ったといった感じだ。


「うみゅう、みゅん……ぅあるな、ぼす!」

「ふむふむ……ええと、ヴィーラ曰く、あのナーガの子はここにいる人間のなかで一番強いのがヴァルナ先輩だと気づいたらしいっす。そしてその強さにびっくりしているとか」

「そんなの見ただけで分かるのか? 初対面の人や通行人は気付いてくれんけど……」


 いまいち納得しきれないまま試しにナーガに近づいて手を差し伸べると、すぐに寄ってきて甘えたような声を出しながら頬ずりを始めた。やだ、可愛くて心が揺れる。これはあれか。動物には人の心の優しさが伝わる的なサムシングなのだろうか。


「くるるるるるる……♪」

「みゅーあ! ぅぁるな、こみゅー!」

「ほうほう……ヴィーラ曰く、とりあえずこのメンバーの中でヴァルナ先輩に媚びを売るのが一番有効な生存戦略だと判断したみたいっすね」

「夢崩れることさらっと言うな」

「みゅう……ちゅよいのしゅきー!」

「強いオスに惹かれている可能性もあると涙ぐましくもフォローしてるっす」

「素直に喜べねーよ!! なんかさっきから俺への言葉に棘を感じるんだが俺なんかお前に悪いことしたかキャリバン!?」

「ルルズでのどんちゃん騒ぎのとき裏方でめっちゃ頑張ったのに小遣い貰えない処遇を嘆いてなんかいないっすよ。いないですとも」

「分かった、分かった! 今度好きな飯奢ってやる!」


 ――こうして、ヴィーラに続く第二の癒し系魔物であるナーガの幼体が騎士団と行動を共にすることが決定した。


 ノノカさんは、本当に目撃証言がないので確実とは言えないが、ナーガの幼体と見て間違いないとの見解を示した。その後は「すごいすごぉ~~い!」と大興奮だったが、ノノカさんからすればメインディッシュに舌鼓を打って満足したら絶品スイーツもついてきたみたいな感覚で、あくまでオークメインだったらしい。

 それはそれとして論文は書きたいのか、ちょこちょこ嫌がられない程度に体を調べたりしている。


「ふむふむ、わたしにも逆らいませんねー」

「くる、くるる……」

「キャリバンとロック先輩はどことなく舐め腐ってましたけどね、この子。アマルは最近常に氣を纏ってるせいか格上と判断したようですよ?」

「いえーい、息するだけで強くなるー! 最近息した影響か腹筋が割れてきてたりして! ね、ね、知ってるロザリー? 最近腹筋女子が流行になりつつあるらしいよ!」

(何故その努力をもっと効率的に配分できないのでしょうか、この子は……)


 また、ナーガの幼体はヴィーラに比べると食いしん坊だが、今はまだ体が小さいためにそこまで食糧を消費してはいなかった。ナーガとみゅんみゅんは互いに言ってることが大体理解できるらしく、時々くるくるみゅんみゅんとメルヘンな会話をしている。ただ、彼女がオークに囚われた事情を聞き出すにはまだ絆の深さが足りない模様である。


 なお、俺はこの子に仮称として「くるるん」という名前をつけた。

 その名で呼ぶと喜んでるが、これ媚び売ってるのか本音なのか分からねぇな。動物は正直というがナーガなら高度な嘘くらいつけておかしくないとはノノカさんの談だ。実害がないうちは可愛がっちゃうけどさ。


 デッサンを描きにくる金策班、癒しを求める連中、またもや騎道車に魔物を連れ込まれて涙目のローニー副団長、念のためくるるんが危険な場所に行かないよう監視を任されたプロ……浄化場はしばしの間、賑わいに満ちた。


 そして騎士団は久しぶりに、荒れ地と断崖の町――クリフィアに辿り着く。


 今回ここでの任務は外来種の討伐ではなく、王立魔法研究院の正式な協力依頼によるものだ。その内容を書類で知った時は、流石に驚いた。


 新型騎道車開発の為の試作騎道車試験運用、及び従来型騎道車用試作パーツの開発の為のデータ収集――どうやら魔法科学という奴は、人類史上初の砂漠を走破する車両開発へと乗り出していたらしい。

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