第264話 SS:世界一物騒です
『シアリーズさんは、どうしてそんなに強いんですか?』
嘗てクロスベルと共に旅をしていた頃、野営中にそんなことをリーカに質問された。
当時のリーカは逃げ足の速さとオトリ係は冒険者最強と皮肉られるほど剣の弱い少女だった。その足の速さだけは間違いなく才能だったが、戦いとなると剣を握ればへっぴり腰。それでもクロスベルにどやされて悲鳴を上げながら戦ううちに、今ではその辺のチンピラ冒険者よりは使える戦士になっていた。
しかし、リーカの問いはシアリーズにとっては一言でしか言い表せない。
『強いからよ』
『り、理由になってない……』
『強い理由とか、才能か努力しかないでしょ。クロスのアホウを見なさい。農民生まれの農民育ちなのにこれと言って理由なく強いでしょ』
『えぇ、でもクロスさんは便利屋で鍛えたからって……』
『その理屈で言ったら世界中の便利屋は上位冒険者になれる。つまり理由になってない。はい終わり』
『えぇぇぇぇ……その自分の意見に絶対の自信を持ってるハートの強さも分かりません……』
へなへなした声で項垂れるリーカに、シアリーズはため息をついた。そう言われても、シアリーズは自分を信じ続ける生き方によって強くなっただけだ。自分の言葉を疑わないのはそれが自分の選んだ生き方だからだ。結果的にそれは成功し、シアリーズは強くなった。
『逆に聞くけど、アンタは何で臆病な癖にこんな七面倒くさい事件に首突っ込んでんの?』
『そ、そりゃあ……その……こんな事件があるまで、私ってホントにドジで間抜けで役立たずでパッとしない生活で……こんな日常が延々と続くのかなって思って……』
『うん、それは想像つく』
『ヒドいっ!! うぅぅ……でも、そんな日常にいきなりクロスさんが怒鳴り込んできて、何故かシアリーズさんと戦う事になって、急いでアレしなきゃココに向かわなきゃって大騒ぎしている今の方が……『日常』に戻らなくて済むじゃないですか。目的、指針、戦い、全部クロスさんがぐいぐい引っ張ってくれるし』
ただ振り回されているだけとも取れる現状で、しかしリーカはえへへ、と満更でもなさそうに笑う。当のクロスは今日の昼に戦い過ぎたか爆睡中だというのに。ただこの男に依存しているだけにも見えるが、その割には一度二度は意見に反対したあとに折れることも多い。
そこには放っておくと一人で行動を始めるクロスベルへの気遣いがある。
シアリーズはそれが彼女の強さなのではないかと思った。
『ま、アタシも暇つぶしがてら付き合ってる訳だけど。いやね、確かに
現在、大陸に七星以上のランクは存在しない。
全ての冒険者が憧れる、冒険者の頂にして最高の評価。
それはシアリーズにとっても目標だったのは間違いない。
しかし、夢は叶ってしまうと夢ではなくなる。
『上る時は夢中で気付かなかったけど、上り切ってしまうと結構暇なのよね。こなせない依頼とかなくなっちゃってるし』
『この国を跨いだ大事件を前に暇つぶしって……義の心とかないんですか?』
『何でアタシがアタシ以外の誰かを気にしなきゃなんないの? アタシはアタシの道を行くし、そういう生き方しかしたくないよ』
『強い人って人間性薄れちゃうんですかね……』
『人間性も一種の強さなんじゃないの?』
『え……?』
首を傾げるリーカに、シアリーズは思った事を適当に告げる。
『アタシあんまり忍耐力ない方なのよね。クロスに付き合ってんのはクロスが暇つぶしに丁度いい強さと目的を持っているってだけだし。でもアンタ実力もなければ目的もないのにクロスと一緒に居るんでしょ?』
『えっと……強いて言えば、クロスさんが『知らない人間を大勢危険に晒す計画なんて、知ってて放っておいたら謎の罪悪感で毎日が辛くなる』って言葉に賛同してもいるんですけど……』
『アタシはそれには価値を見出せないわね。他人への心配からモチベーションは得られないし、もしクロスがアンタに言うみたいに指示飛ばして来たら調子に乗るなってぶん殴る。だから、アンタのその共感性やクロスを信じるのは、アタシの持ってない、他者を信じる強さなのよ。多分ね』
『私の強さ……』
『逃げ足の速さだって立派な強さよ。冒険者なんて死んだ瞬間おしまいな職業なんだし。アンタにとって大事なのは、強くなった理由でも強くなる目的でもない……苦難に突き当たった時、自分のどの強さを使って勝負するかじゃない?』
『どの強さを……』
『目的はハッキリしてるんでしょ。だったら今は手段を考えたら?』
その言葉にリーカは頷き、色々と考え始め――考え疲れたのか、気が付いたら寝ていた。シアリーズはそんな彼女に毛布をかけ、夜の番をしたものだ。別に放っておいてもよかったのだが、同年代の冒険者と一緒に野営する経験がなかったシアリーズも心のどこかでこの状況を楽しんでいたのかもしれない。
彼女はこの頃から変わった。
おどおどした雰囲気はなりを潜めていき、自分の一番の自慢である健脚を主軸にした戦術を身に着けてからは心に余裕が出来たのか、ほわほわした笑みをよく浮かべて逆にクロスベルを困惑させるようになった。
同時にクロスベルと急速接近していき、シアリーズも見せつけられるうちに恋という感情に向き合うこととなるのであったが。
そんなリーカが今や七星冒険者だ。
しかも最強の戦士を決める戦いの準決勝に上り詰め、今はシアリーズに剣を向けている。
『止まらない斬撃ッ!! 『
実況のミラベルが何やら騒いでいるが、実際彼女の刃は嘗ての魔王事件の頃より格段に鋭くなっている。ヴァルナに出会わず島に籠ったままのシアリーズであったら手こずったかもしれない程だ。受ける程に、彼女があの旅のあと幾つの戦いを重ねてきたかが分かる。
このパーティーなら倒せない敵はいないと言っていた彼女が、今や一人で倒せない敵の方が少なくなってしまった。彼女を落ちこぼれと笑っていた連中は今どんな顔をしているのだろう。
「ほーんと、一端の顔するようになったよね」
「光栄です……ねッ!!」
キュバッ、と空気を裂いて斬撃が飛ぶ。シアリーズはそれを躱そうとしたが軌道が二回、三回と急速に変わるのを見て即座に弾きに切り替える。移動しながら斬撃し、斬撃しながら移動するリーカのステップは通常の剣術ではありえない軌道変化を実現するようになっていた。
更に離脱から再攻撃までの時間が短く、接敵するルートが次々に変化する。ベテランの冒険者でもこの軌道は読めないだろう。無論、ベテラン以上の実力者なら見切れるが。
「よっ、ほっ、はいな!!」
セオリーを大きく外れた変則的な角度から放たれた高速の斬撃をリズミカルに弾く。だが弾いた時にはリーカは既に体勢を変え、連続の突きを放つ。躱せば踏み込み、逆に押すと離脱して回り込んでくる。ヴァルナは静から動への急加速が厄介だが、リーカは常に移動しながら手数を放ち、絶え間なく二手三手先の行動を取捨選択している。
足が速いだけではなく、思考の処理速度も速い。
そこが対戦相手を勘違いさせてきた。
ただ速いだけの冒険者や速攻を仕掛ける冒険者など腐る程いる。トップスピードだけならリーカに匹敵する者も相応にいるだろう。だからこそ、慣れた相手はカウンターを狙う。何故なら速攻とは相手に技量を発揮させずに倒す戦法であり、より高い技量に敗れるからだ。
しかしリーカは違う。もちろん速度で圧倒できるならするが、速度に対応する行動を誘発させた上で後出しの剣を放つことで、徹底的に相手を翻弄してここまで勝ち上がってきた。
リーカはシアリーズの得意な間合いを見切った上で、その境目を削るように跳ね回っている。兎のような可愛いものではない。四方八方から彼女のステップが聞こえてくる。
「流石はアタシに鍛えられた女。アタシの動きをよく知ってんじゃん」
「どうでしょうか師匠! 私の動きは合格ですかッ!?」
「まぁまぁね」
冗談めかして弟子面しながらも、その猛攻は留まることを知らずに飛来し続ける。速度という一芸を極めた先にある異次元の戦法に当たった選手たちはさぞ戦い辛かったろう。何故なら、このような戦法を取る相手がいないからだ。他者には決して真似できない極まった一芸というのは、このような大会においては絶大なアドバンテージとなる。
「でも、まだ本気じゃないでしょ?」
「……!」
「今、確かにアンタは戦いを膠着状態に持ち込んだ。逆を言えば、膠着を押し切る決め手がない。でもないワケないのよ……アタシの弟子を名乗る剣士が決め手を用意せずに挑む訳がない」
「シアちゃん、普段適当そうなのに戦いになると鋭いよね……!!」
「当たり前よ。これでおまんま食べてるんだから……ねッ!!」
握った二本の剣を鋏のように構えたシアリーズがリーカの剣を挟みに来る。当然リーカはそれをすぐさま察知して軌道を変えるが、シアリーズはその変化に完璧に対応する。ギャリリ、と摩擦音を立ててリーカの剣が受け止められた。
「トーゼン、これだけ動きを見せられて捕まえられない訳もないよ?」
『止めたッ!! ここまで誰にも止められなかったリーカ選手の剣がここで遂に止められるッ!! 天衣無縫と思われた華麗な剣捌きも『
「……ッ、もう、決勝まで手の内は出来るだけ出したくなかったんだけどなー……!」
その気持ちは分からないでもない。
決勝でぶつかるのは二大優勝候補を打ち破った相手が上がってくる。客観的に見ても決勝に進むのはヴァルナだろうというのがおおよその見方で、シアリーズも根拠は違えど同じ思いだ。リーカもヴァルナの試合を観察し、その実力に焦りがある筈だ。シアリーズもガドヴェルト相手に剣が折れたときは流石に『終わった』と思ったが、ヴァルナは首の皮一枚で辛勝した。そんな怪物に切れる札は何枚あっても多過ぎることはない。
しかし、それにしたって甘く見積もられたものだ。
狩れる敵は何でも狩ってきた。
喉がひりつく砂漠の流砂に住む巨大なサンドワーム。
魂まで凍てつく寒気と共に山の頂上に居座る悪精メイヴ。
『ネームド』と呼ばれる特別な名前が冠された竜種の頂点の一角、ニーズヘッグ。
その手の依頼は大抵は大勢の冒険者が集められるし、シアリーズはその中で敵の首を虎視眈々と狙ううちの一人でしかない。しかし、相手を追い詰め討伐する際は決まって一人。あらゆる競争を勝ち抜いてきた。
生き急いだ戦いの記憶は経験や実力となり蓄積される。シアリーズは魔物を殺すたびに、腕試しの冒険者を叩きのめすたびに、それを貪欲に食らってきた。その経験の中では、『ただ速いだけ』など何の脅威にもならない。
「――手を抜いたまま勝てる相手だと本気で思ってるんなら、その腕折られても文句は言えないよ」
格下相手にそれをするのは理解できる。
しかし、大陸冒険者の頂点に上り詰め、彼女を鍛えた師と言っても過言ではない相手に手の内を晒さず勝とうとするなど、万死に値する浅薄さだ。殺意と気迫は熱を帯びて体外に放出し、リーカは恐怖と歓喜の入り混じった笑みを浮かべる。気圧されてはいない。相手に呑まれまいと己の気迫を放つ戦士の顔だった。
「頭では分かっていましたけど……今日、貴方を超えないと優勝は出来ないとッ!!」
「そうよ、何を当たり前のこと言ってるの? 一度も勝てたことのない相手に出し惜しみとか、普通ないから」
リーカ・クレンスカヤよ。こちらを師と呼ぶのなら、師として汝に最終試験を課さん。次の一撃で気の抜ける真似をするならば――二振りの愛剣が汝を穿つ。心して行動を選ぶがよい。
剣をゆるりと構えたシアリーズに応えるように、リーカは距離を取って息を吐き、ゆっくりと吸いながらシアリーズを両眼で見据える。纏う空気は一際鋭く、こちらの気迫さえ斬り進めんとする闘志がシアリーズの肌を突く。
「この大会の頂に上り、私はクロスさんを堂々と探しに行きます。これ以上私を無視できないくらい
リーカは両手で握り締めた剣の切っ先をこちらに向けたまま顔の高さまで持ち上げる。昔に海外の剣術指南の書で見たことがある――確か霞構えと呼ばれるものだ。シアリーズの知る限り、彼女があんな構えをしている所は見たことがない。
ここから先、シアリーズが寂しく告白の返事を待っている間に彼女が練り上げた冒険者としての『必殺』が放たれる。シアリーズは右の直剣を正面に、左の細剣を後ろ向きに構えた。これは、受ける側に回った際にシアリーズがよく使うものだった。
元仲間にして弟子からの最終挑戦。
しかし、リーカは恐らくこうも考えている。
古き初恋が強いのか、二度目の新たな恋が勝るのか――と。
それは恐らく、世界一物騒な恋心の比べ合い。
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