第241話 悪いのは貴方です

 まず、状況を整理しよう。


 クルーズ警備責任者にして祭国警備隊の隊長であるシェリー・ラダマント女史と聖盾騎士団大地調査委部隊長リフテン・ネーデルヴァイド氏は、選手襲撃事件の調査に際して協定を結んだ。

 この一件は祭国法を適用するとか、情報の共有とか、色々とややこしい話を詰め込んだ協定だ。これによって祭国警備隊とルルズ内の全聖騎士団が手を組むことになった。俺も外対騎士団としてこれを承認した。


 祭国側はまず、大会出場選手には情報を公開し、目立たない程度に護衛をつける旨を伝達。これは選手に不信感を持たれない為の誠意である。同時に、不審者捕縛の為にターゲットにされている可能性のある選手を見張らせて貰う旨を伝えるという。

 護衛だなどと言えば戦士のプライドに傷が付く。

 だからあくまで捕獲要員という事にしているようだ。


 そして犯人の手がかりを探す為、既に騎士団も祭国も動き出している。祭国は元々職員の横の繋がりと伝達が強固なため、コロセウム・クルーズ内をカバー。それより外は騎士団が中心になって調査を進めることになった。


 聖靴騎士団の面子は選手であるオルクスを除きルルズに集まった二王子の警備に回され、外対騎士団は警ら――早い話が勝手にやれという事だが、優先権は聖靴に握られた――へと割り振られた。


 犯人については今のところ謎だらけだ。

 犯人に襲われた警備員は全員背後からの奇襲で意識を失ったため誰も犯人を見ておらず、唯一の目撃者であるサヴァーはまだ目覚めるのに時間がかかる。動機、目的、ターゲットの全てが不明となれば、最大限の警戒が必要だろう。


 そんなわけでセドナは「無理しちゃ駄目なんだからねぇぇぇ~~!」と眉を八の字にして訴えかけながら聖盾の護衛と共に去り、アストラエも面倒臭そうに護衛を引き連れて退散。残された俺にも護衛が付くらしい。

 王国筆頭騎士に護衛ってこれもう訳分かんねぇなと思わないでもないが、祭国にとっては欠けて貰っては困る選手扱いなので異は唱えられなかった。これから暫くあの二人とも接触は難しいだろう。


 そういう訳で俺は今、護衛との合流場所に向かっている。

 護衛と合流するまで一人でいいのかよと思うかもしれないが、コロセウム・クルーズ内は静かに警備を強化しているのでクルーズ内であれば問題ないとのことだ。


 と――廊下から濃い気配。


「待っていたぞ、騎士ヴァルナよ。一つ伝えることがあった故、時間を貰いたい」

「マルトスク……さん」

「呼び捨てで構わん」


 確か列国の民族服の一種であるキモノという服を身に着けたマルトスクが、壁に凭れ掛かって俺を待っていた。妙に似合うが、袖や生地がやたらと余っているのは動きにくくないのだろうか。


「慣れれば案外乙なものよ。ともあれ、先の戦いは完敗だ。儂も古き者となってしまったようだ」

「よく言うよ。その年であの体捌き、十分過ぎるほど現役だろ」

「ははは……しかし、古き者には古き者なりの役割もある。年月を重ねてこそ示せる道もある。心して聞け、ヴァルナ」


 一拍置き、マルトスクは俺の顔を真っすぐ見つめた。



「お主の『八咫烏』は未完成だ。完全に習得できておらぬ」

 


 場の空気が、停止した。

 しばしの間、その言葉の意味を計りかねた俺は沈黙し、やがて首を傾げる。


「でも、『八咫烏』出せるけど……」

「ああ、出せておった。恐らくだがこれは王国攻性抜剣術が編み出されて以来、前例のない事……おぬしは『八咫烏』を完成させないまま、放つことだけ出来るようになっているのだ」

「……えっ」


 じわじわ遅れてやってきた衝撃に、俺は絶句した。

 こちとら免許皆伝、すなわち全奥義を極めたと承認された存在だ。実際、八咫烏使いに勝っているし、ちゃんと使えているつもりだった。というかそもそもこの奥義は出し方も碌に分かっていないのに、完成も未完成もないだろう。


「言ったであろう、前例がないと。八咫烏は通常、放った瞬間に恙なく習得するもの。儂も最初は八咫烏を放ったお主に疑念はなかった。しかしだな……聞くがお主、なぜこの大会の中で儂以外の選手に八咫烏を使わなかった?」

「何故って……八咫烏ってなんか使える瞬間と使えない瞬間みたいなのがあって、あんたとの戦いでは使える感じがしたから……」

「そら、そこからして既におかしいのだ」


 マルトスクは小さく首を横に振った。


「己の限界を引き出し、運命を切り拓く……それが八咫烏の羽ばたきだ。手加減など不可能、放たれるのは常に全力。故にこそ、戦いの中であれほど威力が増すことなどありえないし、『使えない瞬間』などない」

「……」


 そういう奥義だったのか、とは流石に恥ずかしくて言い出せなかった。ここまで八咫烏という奥義に造詣の深い人間が周囲にいなかったが、長年使い続けているマルトスクの言葉には説得力がある。


 しかし、だ。

 どうやって完成させたか分からない奥義を習得しろって無茶じゃないだろうか。出し方さえ完全に謎なんだぞ、あれ。


「未完成な原因は何だと考えてるんです?」

「解らぬ。前例がない故な。しかし……推測するならば、お主と奥義が『噛み合っていない』のではないかと儂は思う」

「噛み合っていない……?」

「儂が八咫烏を習得したのは命を賭した戦いの渦中であった。他の習得者は大抵、誇りを賭した場面で覚醒したという。しかしお主はどうだ?」

「教官との訓練中に。相手があんまりにも口が悪いんでカチンときてぶちかましました」

「やはりな……目覚めが弱い。普通はもっと極限状態で覚醒するものだ」


 そんな朝に弱い人みたいに言われても困る。

 しかし、そうか。精神が奥義の覚醒に作用するなんて物語みたいな話だが、それだけ八咫烏が神秘的な技であるのも事実だ。


「お主の肉体と精神力は既に八咫烏を放つに足る段階まで鍛えられていた。故にそれほど強い動機がなくとも偶然漏れ出るように放ってしまい、それを覚えてしまったのだろう。動じなさすぎる性格で損しているな」

「うっそぉ!? 性格が理由!?」


 そこは少しばかり自覚が無きにしも非ずだが、こういう形で災いするとか予想外過ぎる。どうして俺は動じない性格になってしまったのか――と思い、あ、と心当たりを見つける。


「三人目の師匠に死ぬほど叩き上げられたから、あの時と比べたら楽かなぁって無意識に思っちゃってるのかも」


 今も恐らく行方不明の兄を探して当てのない旅をしているであろう、まさかの妹属性でミートパイが得意料理の師匠は元気だろうか。元気なんだろうなぁ。散々訓練で叩きのめされたけど、汗どころか息を切らせたところさえ見たことないし。あんなに強いのにお兄さんもっと強いらしいからなぁ。


「時に、今はどうじゃ? 八咫烏の感覚は?」

「え? あ、そう言われてみれば……」


 言葉では表現し辛いが、所謂「行けない感じ」が弱まっている気がする。マルトスクとの激戦の中で八咫烏に俺の心が少し追い付いてきたという事なのかもしれない。俺の顔を見て粗方の事を察したらしいマルトスクは、満足げに笑って身を翻した。


「儂から教えられるのはここまでだ。極めるも否もお主次第よ。これからも己の戦いを続けるがよい、若きオーク狩りの戦士よ」


 これは、彼なりの指南だ。

 俺にはまだ成長の余地がある事を示してくれた。

 こんな風に人に教わるのも久しぶりで、俺は少し嬉しくなった。


「……ありがとうございます!!」


 未完成な八咫烏と、完成の術。

 それはある種、大会の優勝賞金にも代えがたい貴重なものであった。


 遠ざかっていくマルトスクを見送り、俺は珍しく将来に対する大きな期待を抱きながら護衛との合流場所に向かった。


 で。


「べ、別に自分から志願した訳じゃないのよ? でもヴァン隊長に行けって言われたら、その、上下関係として断れないじゃない! って、貴方額の怪我塞がってないの!? も、もう! 自分で自分の剣に頭突きなんて馬鹿なことするから!! いい!? 平民だから体を張って儲けないとなんて言う男もいるけど、体も命も一つしかないんですからね!? 無駄遣いしていいものじゃないのよっ!?」

「お母さんかお前はっ!! いっ、いいから顔離せ!!」

「……きゃあっ!? ちち、違うわよ!! 傷の状態が心配で確認のために顔を近づけただけなんだから!! 心配はしてるけどそういうのじゃないわよこのケダモノっ!!」

「俺か!? これ悪いの俺なのか!?」


 手の空いていた聖天騎士団から護衛が来ると聞いてそんな予感はしていたが、やっぱり来たのはネメシアだった。祭りの夜を思い出すとちょっと気まずいが、いつも通りの優しく真面目なネメシアである。


 先ほどまでの未来への期待が一気に不安に塗り替えられる。

 オルクスだけでなくセドナのヘイトも溜まるとは、世の中どうなってんだ。

 今なら運命の女神に八咫烏ぶつけて覚醒できそうである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る