第148話 SS:格の違いを知りましょう
王立外来危険種対策騎士団に所属する騎士の朝は、人にもよるが基本的には朝練から始まる。騎士たるもの体が資本。いくら自堕落な者でもこれを怠ることは怪我、故障、果ては任務失敗による死亡の確率を引き上げるものであり、体力づくりから剣術までそれぞれの騎士にとって欠かせないトレーニングが行われる。
その朝の訓練が行われる騎道車の屋上に、今日から新顔が三名ほど増えていた。
「新人諸君も是非ともトレーニングでいい汗を流してください」
爽やかな笑顔で新人たちに告げる遊撃班長ガーモン。
彼は御前試合にも参加している槍の名手であり、新人騎士3名も見覚えのある人物だ。
例年より少ない僅か三名の新人たちは、本日は早速現場に向かって走る騎道車の中で仕事の説明を受けるという中々にハードな環境にあった。ロザリンドはその居心地の悪さのせいか少々寝不足なのか、目の下に微かな隈が見て取れる。それでも班長クラスでないと許されない広めの一人部屋を使っていたりはするのだが、それはさて置こう。
「とはいえトレーニング器具は道具作成班が廃材を使って作ったものだし、スペースと時間には限りがある。基本は筋トレ、走り込み、素振りだ。人によっては食後や午後に行うこともある。騎道車での移動中は走り込みは出来ないでしょう?」
「廊下をひたすら往復してシャトルランすればよくないですか?」
「部屋で過ごす人や下の階のお方に騒音被害が及ぶので永劫に却下ですわ」
「うん、そういうことだね」
相変わらず常識を知らないアマルに素早く突っ込むロザリンド。士官学校では割と洗練された流れで通っていたいりするが、実際問題そんな事をすれば簀巻きにして騎道車に吊るされてしまうだろう。
なお、その後ろでは真面目な騎士の素振りから若干ふざけた戦法を研究する不真面目騎士までいろんな面々が訓練をしている。
と、きょろきょろ見回したコーニアがある事に気付いた。
「騎士ヴァルナがいない……」
「ヴァルナくんは自室でウォーミングアップしてからここに来るので、いつも遅めです。普通は室内トレーニングは煩くなってしまうので苦情が来るのですが、彼ぐらいの集中力があると音を出さずトレーニングできるそうで。見に行ってみます?」
――数分後、一切音を出さずに片手指立て伏せを、しかも左右交互に行っているヴァルナを扉の隙間から目撃した新人たちは暫く言葉を失ったという。ちなみに上着を脱いでいたのでアマルとロザリンドはちょっと顔が火照ってしまうのを感じた。
「……み、見てしまった。はしたなくも、は、裸の殿方を……」
「いや上だけじゃん。川遊びで見るじゃん。ま、まぁ確かアレはスゴかったけど。男のエロスって何なのっていう疑問の答えが今日やっとわかった気がする」
何を隠そうヴァルナの筋肉は極限まで絞り込まれながらも芸術的に美しいと料理班女子の間では人気で、一時期はヴァルナに逆セクハラとばかりにさわさわと腹筋や腕を触ってキャーキャー言ってる連中もいたくらいである。
無論、タマエ料理長の雷が落ちて一切禁止になったが。
なお、コーニアは「あのレベルが実用筋なら世間の筋肉の価値とは一体……」と膝をつき、ガーモン班長にあれは特別だからと慰められていた。
場面は移り替わり、騎士たちの心と胃と舌の拠り所、食堂である。
ここで新人を案内するのは副料理長のスージー女史だ。
「食堂はここの車両に一つしかないから車両間違えないようにね! 一日三食、おかわりおやつデザートは基本なし。大盛り交渉は料理長と直談判で! 食事時間以外でも飲み物はあるものだけ提供してるよ! 体調不良による胃の不調やアレルギーがあったら先にフィーレス先生を通して申告を。でもお残しは許しません! ウチは唯でさえ食糧難に陥りやすいんだもん」
「頻繁にあるのですか……」
「まー冷蔵庫のサイズにも積載重量にも限りがあるしねー。今年から一部隊の人間の数が減ったから多少はマシになるかもだけど、替わりに浄水設備は中々の性能だよ?」
食糧難はさておき、国内最強と名高いタマエ料理長の率いる食堂にマズい食べ物など存在する筈もない。というかどんな食糧難に陥ろうとも栄養の偏った食事を決して出さない料理長の執念によって料理の味と栄養バランスでこの騎士団は全騎士団中最高である。
件のタマエ料理長はというと、三人に対して「まぁ頑張りな」と思いのほかアッサリした対応を取った。意外かもしれないが、タマエさんは一見さんにはあまり優しくしない。人となりや性格、味の好みを知らないうちから甘やかしたりはしないし、相談にも乗らない。
三大母神の「厳しい母」の部分を持っているからこそだろう。
しかしその分手間のかかる子の世話を焼いていたり、不安などを溜め込んでいるときはそっとフォローしてくれるのがタマエ料理長のいい所だ。これから三人はそのことを少しずつ知っていくことだろう。
――ちなみに、後にタマエ料理長が真っ先に気に入ったのは素直すぎるくらい素直なアマル……ではなく、バカ舌で何を食べてもウメーウメーとしか言わない彼女の横で実に美味しそうに丁寧な食事をする上に礼儀正しくごちそうさまを言うロザリンドだったのだが、それはまた後のお話。
新人たちの騎士団周りはまだ終わらない。王立魔法研究院からの出向であり騎道車一号の整備主任者であるライによる騎道車レクチャーが待っていた。
「……とまぁ、ギチギチに機能を詰め込んだうえで生活空間を確保してる弊害で、天井にあるパイプとかは全部重要なものと考えてくれ。破損したり異常を感じたら即報告。ちなみにエンジン回りは入るなよ。カギはかけてあるが、素人に触られると事故が起こるからな」
「だとよ、アマル」
「ですって、アマル」
「なんで私にだけ言うのさ~!!」
アマルが両手を振り回して抗議し、拳がパイプの横についた謎のレバーを叩いてガチン! と中から音がする。ライはそれを無言で見つめ、アマルを人殺しをしかねない目つきで睨みつけた後にレバーを元の位置に戻し、針金を括りつけて固定した。
「次にやったらお前を摂氏700度に達するエンジンの排熱パイプに括りつけてやるから覚悟しとけよ」
「ヒィィィィィッ!? たっ、助けてヴァルナ先輩っ!!」
ナメられたら終わりな元暴走族だったライは、自分が敬意を払っている相手以外に対しては結構短気だった。それが証拠に彼の態度は次の瞬間激変する。
「……ん? おいライ、何かあったか?」
「ヴァルナさんじゃないっすか! ええ、いやアレですよ。ちょっと新人が勝手に壁のレバーを弄っちゃいまして!」
彼が騎士団内で特に懐いている男、ヴァルナの登場とともにさっきまでの殺意に満ちた空気はどこへやら急にフレンドリーになった。
「ほらお前、えーとアマルなんとか! 今回はいいって事にするから二度とやんなよ?」
「ひ、ひゃい……」
「俺の後輩なんだから脅しも程々にしとけよ? 特にアマルは一度注意したぐらいじゃ身に付かない性質のポンコツだから怒るだけ疲れるぞ」
「早速新人の性格まで把握してて流石ですヴァルナさん! 名選手名監督に非ずという言葉さえ覆すレジェンドの鏡ッ!!」
――実のところ、ライは元々愛想のいいタイプではなく、暴走族時代の
なお、流石に脅しすぎたと思ったのかその後は口調も柔らかくなり特別に操縦室を見せたりしてくれたのだが、ウキウキしているアマルだけはやんわり入室拒否していた。本当に、壊されたくないのである。この時ばかりはアマルも自らの軽挙妄動を恥じ、そして数分後には待つのが退屈になってパイプのバルブをつんつんつついていた。
……操縦室から出てくる皆の足音を聞いて吃驚した猫のように跳ねたにも拘わらず、それが誰にもバレなかったのは幸運だったのかもしれない。幸いにしてパイプに異常は起きなかった。
再び所は変わり、道具作成班の工作室。
「――ヴィーラ抱き枕。どうだ! どうだコレ!! コレはウケるって絶対!!」
「布と綿どこから仕入れて、誰が加工するんだよ……」
「はーん、これだからザトーはバカでダメだな! クーレタリアだよクーレタリア!! 綿も布も染め物も条件全部揃ってんだろ!!」
「でもー、ヴィーラちゃんは確かに可愛いけどー」
「国内知名度低くないー?」
「魔物だからイメージ悪いしー?」
「へっへっへっ……ヴィーラの事を知ってる王立魔法研究院の奴らに一個五万ステーラで売るんだよ! 価値の分かる奴にだけ高価で売りつける! しかも意図的に構造の一部を脆くして、修繕に更に金を取る!! 保修費用を更に頂き、本部に住み込みで手伝いしてるあのターシャって娘にやらせる! 繰り返し収益が見込めるぜぇッ!!」
何をどう受け止めても下種のほかに例えようのない金策班の惨状に、ロザリンドは眩暈を起こして倒れた。班長アキナの放つ余りにも品がなく下種な空気を吸ったせいで拒絶反応が起きたのだろう。慌てて受け止めたアマルがいくら揺さぶっても、彼女は「騎士団の正義は、どこ……?」「ヴァルナ先輩、私を導いてください……」などと漏らすばかりである。
そんな姿を完全に無視して、とうとう副官の座に就いたセネガが淡々と説明する。
「彼らは道具作成班――でも道具作ってないときは商売の話ばかりしているため金策班とも呼ばれています。彼らの収益の一部は騎士団の利益となっております。ちなみにあんな人格屑でも道具作成技術はお墨付きの高さなので敬うように。私は敬いませんが」
まさかの梯子外しに新人の生き残りコーニアは淀んだ目で目の前の現実を見つめる。
「この班に良心はねえのか……奥の人寝てるし」
「手元を見なさい。原材料費、人件費、生産量、輸送費等を試算しています。実はこの騎士団内で私に並ぶほどきわめて優秀な書類処理能力の持ち主ですので問題ありません」
眠る精密機械ことトマは爆睡しながらも耳から得た情報を処理しダカダカと凄い音をたてて試算を書き出している。訂正して、この班に普通の奴はいねえのかと言い直したくなる。
と――そんな大人たちの様子を入り口からは見えない場所から聞いていたらしい一人の少年が、おずおずと手を挙げた。
「……あの」
「アァン? 何だよブッセ、文句でもあんのか?」
「簡単に破れちゃうぬいぐるみを売って、その、子供にプレゼントする人だっていると思うんですけど……その、破れた時にきっとすごく悲しいだろうなぁ、って思うとなんだか……居たたまれないっていうか……」
「……」
余りにも純真無垢な善意の発言にアキナ班長は暫く黙考し、やがて首を横に振った。
「……クレームがきて逆に金取られるかもしんねぇし、ちゃんとした設計にするか。ブッセ、お前も完成品の強度チェック手伝えよ?」
「頑張ります! あ……そうだ! アキナさんも一緒に抱き枕の強度チェックしてくれますか!? 一緒にやりましょうよ!」
「えぇ……う、うん。まぁ気が向いたら、な。気が向いたらだぞ! 必ずじゃないからな!!」
その時の若干恥ずかしそうな顔をしたアキナ班長の胸中でどんな思いが渦巻いていたのかは謎であるが、どうやらこの班には一人だけ良心が残っていたようである。なお、セネガ副長はその光景に声を殺して大笑いしていた。
「まー、確かにいい年して抱き枕はちょっとハズいよねー」
「ブッセくん、貴方は天使なのですか……いやちょっと待ちなさい。あの子まだ十歳そこらでしょう? 何故騎士団に? 親子じゃありませんよね、全然似ていませんし?」
「ざっくり言うと故郷を追われて非正規雇用状態です」
「騎士団とは全く別のベクトルから闇がッ!? ブッセくん、強く生きて……!!」
彼の故郷に巣食う闇は、暗く、深い。
さて、予習できることもあれば、出来ないこともある。
こと、近年導入されたファミリヤという魔法は士官学校の学習要項に含まれない範囲であった。半ばキャリバン専用の部屋と化しているファミリヤ部屋では三名とも度肝を抜かれ、更にファミリヤ内最強にして最恐のプロの眼光に腰も抜かされていた。
また、治療室ではフィーレス先生から真面目な薫陶を受けたかと思えば極限まで怠ける為のリラックス椅子の存在を助手に明かされちょっと赤面で咳払いしたりもした。なお、翌日から数日間その助手の姿が見えなかった事は、後のお話だ。
そして最後の一つ、浄化場ではこれまた三人とも初めて見るルヴォクル族――所謂小人族――であるノノカさんを子供と勘違いし、自分たちより二倍以上年上であることに驚愕していた。その後、オークの後処理や解剖、それに一番貢献してくれるというヴァルナの話でドン引きつつオークの死体処理の理解を深めていった。
なお、浄化場に住むヴィーラの可愛らしい姿に興味津々のロザリンドが恐る恐るヴィーラに指先を差し出し、握手している様は非常に癒しであった……とは後のコーニアの弁である。
「でも正直みゅんみゅんというネーミングはいくらヴァルナ先輩でもちょっと……」
「みゅーん? みゅんみゅーん!」
ちなみにキャリバン曰く、これは「気にするな、私は気にしない」という意だったらしい。相変わらず通訳なしには何言ってるか分からないみゅんみゅんである。
こうして移動期間中騎道車を見学して回り、三人は食堂の喧騒の中でため息をついた。
「覚える事と場所が多くて正直やっていける自信ないんだけど……」
「わたくしはアクの強すぎるというか半ば悪な先輩方と上手くやっていけるか甚だしく不安ですわ……」
「ふん、根性なし共め。俺は不安なんかないね。絶対お前らより早くここに馴染んでやる」
「威勢のよさと結果が比例すればよろしいですわね」
「がんばれー」
「お前は何で他人事なんだっ!」
負けん気の強いコーニアの強がりだという事を知っていて適当にあしらうロザリンドと、天然なだけのアマル。どちらかと言えばアマルの方が虚仮にしているように聞こえるのは何故なのだろう。
ともあれ、成績で負けていた以上現場では決して負けたくないという闘争心にここで火がついたコーニアは実戦に向けて夜の練習に繰り出した。何度も脳裏に浮かぶオークたちの弱点を斬るようなイメージ――奥義が習得できずとも少ない動きを極めれば強くなれる、というヴァルナの言葉を聞いたコーニアの熱意は、先輩すら追い抜かさんとする勢いだった。
と、訓練場である騎道車屋上に別の人影が現れる。
既に人数的にはまばらにしか訓練していないその場に現れたのは、一年先輩らしいカルメという騎士だった。
(……少なくともあの人は追い抜けるな!)
カルメは先輩ではあるが、初対面時にあいさつでいきなり舌を噛んだり、女の子と見紛う程に腕が細かったり、そもそも態度がなよなよしていたりしていて全く敬う気になれないどころか逆に世話を焼かせそうな人だった。
アマルより細そうなあの腕で剣が強いとは思えない。
(きっと騎士団最底辺でヴァルナさんに世話を焼かせてばっかりの奴だろうし、そのうち呼び捨てにしてやろう)
そう思いながら休憩するふりをしてカルメの訓練を見物するコーニアに気付かず、カルメは剣――ではなくボウガンを取り出して、手早く矢をセットして構える。
コーニアは、はて、と思った。彼がボウガンを構える先は、的など見当たらない。
あの女のような先輩は一体どこに向かって何を放とうというのか。
しかも、現在進行形で移動を続けるこの騎道車の中から――。
「射角、よし。風向き――振動――的の場所は――」
ぶつぶつと、周りから浮いて見える程に集中力を高めて虚空にしきりに狙いを定めるカルメ。もしや自分と同じくイメージのオーク相手に射的などという馬鹿らしい真似でもするつもりか――そう思った矢先、彼はボウガンのトリガーを引いた。
ヒュボッ!! と空気を切り裂く音がして――数秒後、カコンッ!! と小気味のよい音が聞こえた。
「は……?」
コーニアは思わず矢の放たれた方角を見る。
その先には、先頭であり自分のいる一号車の後ろに追従する二号車、そしてその奥にある三号車――通称『浄化場』があった。月光だけが頼りの中で必死に目を凝らしたコーニアは、そこに信じられないものを見る。
「ま、的……浄化場の屋上に的があるッ!?」
「うーん、やっぱり追い風の中での矢は安定しないなあぁ。中心から十二ミリはずれてるや。やっぱり扱いが難しいけど羽根が小さい矢で試してみるか」
望遠鏡で的を見ながら不満そうにぼやくカルメ。
しかし、ここから浄化場の屋上までは百メートル近く離れており、しかも騎道車は揺れながら走行中だ。移動の影響で本人の言う通り強い追い風もある。その中を、しかも夜間に命中させる事こそが異常だ。
もちろんカルメは満足しない。今度は左右違うボウガンに違う形状の矢をセットし、今度はなんと両手撃ち。
ガガッ!! と複数の音が響いた。
コーニアは確信する。
二本とも当てやがった、と。
「……一応中央だけど、角度がついてる。羽根が小さすぎてもダメだ。六号がベストかな?」
その後も平気な顔で矢やボウガンを変えながら次々に的に命中させ、十二射目でようやく「この風速だと七号改三がベストかぁ」と満足げに頷いたカルメはその場を去っていった。
翌日、休憩停車中に浄化場の屋上の的を見たコーニアは絶句した。
それは的ではなく、板切れに書かれた「先輩として威風堂々と!!」と書いた文章だった。カルメはその文字を一つ一つ、全て撃ち抜いていた。どうやら彼の言う中心とは、文字の中心のことだったらしい。
その日の朝、コーニアは自分の朝食を全部カルメに捧げ、土下座した。
ご飯はちゃんと食べなきゃダメ、と怒られて、何故か泣いた。
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