第48話 コンカドール




 翌日。見事な満開の桜に出迎えられ校門をくぐった。柔らかな風が吹くたびに、薄紅の花弁が儚げにひらり、ひらりと舞い落ちる。アスファルトを彩る花弁に視線を落とし眺めていると、再び風に吹かれた花弁は舞い上がって後方へ流れていった。それを目で追い振り返ると、そこには見慣れた姿があった。

 透き通るほどの白い肌、それを撫でる艶やかな長い髪、私をみつめる切れ長の大きな瞳。


「ツ、ツバサさん?」


 ツバサさんはまた女の子に戻っていた。


「やっぱり、まだ姉さんと一緒にいたくて」


 素直じゃないだけでツバサさんは臆病で優しい人。ケジメをつけたとは言っていたけれど、まだソラさんと離れるのが怖いみたい。

 お金で愛を偽る人は嫌い。けれど愛を守るために偽る人は嫌いじゃない。今のツバサさんは後者だ。 


「見て。あんなところに黄色い百合が咲いてる」


 校舎に向かって伸びる緩い上り坂、その脇にぽつんと一輪の黄色い百合が咲いていた。華やかに舞い散る桜に紛れてひっそりと。


「本当ですね。黄色くてすごく大きい……珍しい百合ですね」

「こんなところに一輪だけ咲いてるなんて……しかも黄色くて大きい! そしてそしてこの時期に! 百合って夏だよね。ミステリーだね!」

「あーあ、また始まりましたね。ミステリー病は治ったのかと思いました」

「病気みたいに言わないでよ」

「どこかのお庭で育った百合の種が飛んできたとかそんな感じでしょう。春の暖かさを夏と勘違いしたんですよ。ほら行きますよ」

「そんな簡単に答え出しちゃつまんないよ。ミステリーにまみれたこの世界を楽しまなきゃ」

「いつまでもそんな夢にまみれた世界に浸ってないで現実を見てくださいよ」

「心配しなくていいよ。ミノリさんのことはちゃんと見てるから」

「なんですかそれ。置いていきますよ」

「ちょ、ミノリさん冷たい。待ってよう」


 ツバサさん、知ってますか? 私、ツバサさんがいない間すごく頑張ったんです。金森さんや沙代さんと友達になれて、ノリトさんとも仲良くなれて、クラスメイトとも話せるようになって、ツバサさんをみつけるために自分から行動したんです。今度みんなでお昼ご飯食べようって約束もしました。ツバサさんも一緒ですよ。

 ツバサさんがソラさんのためじゃなく、自分のために生きられる日がくることを願ってます。ツバサさんの笑顔のためなら私はもっと頑張れます。ツバサさんが好きだから。男でも女でも関係ない。私はこの世にたった一人のツバサさんという人が好き。


 恥ずかしいから直接は言えないけれど、心の中で語りかけてみる。けれど私のことはなんでも知っているツバサさんのことだから、きっと私の努力も知っている。

 背後から追いかけてくるツバサさんの声は相変わらず心地の良いハスキーボイスで、追い風に乗って鼻に届いた匂いはピリッとしていて軽薄で危険な人を思わせる。黙っていれば大人みたいに落ち着きのある美人さんなのに、今は子供みたいに「黄色い百合が」とか「ミステリーだよ」と言って、はしゃいでいる。初めて会ったときの面影はどこへやら。


 私にとって一番のミステリーはツバサさんでしたよ。




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コンカドール 橘 ちさ @chisa_t

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