第43話 森の中の白雪姫



 そこは風紀室にある唯一の窓の真下に位置する場所で、暗い森の中を思わせる陰気臭い場所に不釣り合いな可愛らしい小屋があった。

 最近作られたかのようで真新しく綺麗な小屋は、小柄な女子でもかがまないと頭をぶつけそうな高さで、星空を見上げられるように屋根が透けている。唯一の扉は小人の家かと思うほど小さい。戸口には厳重に鍵がかけられているようだ。


「以前は放課後のツバサくんを眺めたりしてたわ。見上げれば窓越しにツバサくんの頭が少し見えるのよ。運が良ければ目元とか体も見えるわ」

「…………」

「なによ。今はもうしてないわよ」

「私、何も言ってない、です……」

「顔に出てるわよ」


 金森さんは制服のポケットから風雅な音と共に何かを出した。金属が擦れ合う音――鍵だ。いくつかの鍵が連なり、シャララと音を奏でている。庶民の鍵からはこんなおしゃれな音は聞こえない。

 お金持ちは鍵も高価なものなんだ、と妙に納得した私は、扉を開けて手招きする金森さんに導かれるがまま小屋の中に吸い込まれていった。

 中は思いの外広かった。小屋とは言ったけれど、天窓から扉、備え付けのテーブルまで丹念に造られているここは立派な家だった。森の中にある小さな小人の家。今にも白雪姫が顔を出しそうな可愛らしい部屋、そこにある木造のベンチに座った金森さんは、呆然と立ち尽くす私に呆れた様子。


「何見てるのよ。……隣、座りなさいよ。そこに突っ立ってられても地面に座られても、私がそうさせたみたいで感じ悪いじゃない。ほら早く」


 恐縮しながら隣に座り天窓を見上げた。三階の位置は遠く見づらいけれど風紀室の窓はよく見える。


「やっぱり今もここでツバサさんのことを……」

「してないってば。放課後はちゃんと部活行ってるし。それにここ、木が風や太陽を避けてくれるから夏も冬も居心地いいのよ。人がたくさんいる教室でお昼ご飯なんて疲れちゃうわ」

「昼休みはツバサさんいないんですか?」

「ツバサくんは教室で昼食をとってるわよ」

「え、そうなんですか? でもさっきは教室にいませんでした」

「ツバサくんに会いに行ったんだ」

「会えませんでしたけど」

「…………あっそ」


 素っ気ない返事。

 それにしても、


「ここって学校が建てたものではないですよね」

「もちろん。私がパパに頼んで建ててもらったのよ」


 耳を疑った。学校の敷地内に小屋を建ててしまうなんて可能なの? 実際に建っているのだから可能なんだろうけれど。


「ここのおかげでツバサくんの近くにいられて幸せだったわ」


 金森さんはツバサさんのストーカー気質な部分を上回るほどの変態さんみたい。


「けど、そんなことをしていたのは先々月までだったかしら。あなたがツバサくんと一緒にいるところを見かけてから、こんな場所から眺めているだけじゃ不安で、もっと近くに行くようになったから」


 だからバレンタインデーの事件の日、ツバサさんが廊下に呼びかけたらすぐに現れたのか。毎日つきまとわれていたのだろうか。触れてはいけない事実にそっと耳を塞ぎ、お弁当を食べることにした。金森さんも私に倣ってテーブルにお弁当を置く。

 テーブルに豪奢な花柄レースの包みを広げ、お弁当を開く金森さん。その中身に驚愕した。手の込んだパスタと、色鮮やかで美しいよくわからないカタカナの名前が並びそうなおかずがぎっしり。それに比べ、私のお弁当はごく普通の唐揚げや卵焼きなど王道の中の王道だった。


「瀬戸さんのお弁当って」

「な、なんですか。私は庶民ですからお弁当も普通で、見たってつまらないですよ」

「そう、普通よね」

「う……」


 改めて他人から言われると傷つく。ショックで何をしにここへ来たかも忘れ、普通のお弁当に箸を伸ばす。


「あ、ちょっと待って瀬戸さん」

「え? なんですか?」

「その、おかずを交換してみない? 瀬戸さん、私のお弁当が珍しいんでしょう? 驚いた顔してたわ」

「それは……金森さんのお弁当、普通じゃないですもん……」


 お洒落で素敵、とまでは言えずに口を噤んだ。負けた気がして悔しい。


「私は普通のお弁当食べてみたいのよ。いいでしょう? 私の秘密の場所へ招待してあげたんだから」


 そういって金森さんはお弁当の主役である唐揚げを攫った。


「ああっ」

「ん~~、冷めてるのに美味しいわ。こっちは何かしら」


 次に卵焼きを攫っていく。

 食べる度に目を輝かせ、物珍しそうにお弁当を眺める。まるでおとぎ話から飛び出した無知なお姫様みたい。彼女が現代の白雪姫か。

 最終的にお弁当箱ごと交換することになった。

 なんていうか、こんなに強引な人は初めてだけれど不思議と嫌ではなかった。私はこんなことできないのだ。自分から発言するときはいつもそう。相手がどう思うかを真っ先に考えてしまうので何も言えない。こうしたい、ああしたいなんて言えるはずがない。


「金森さん、かっこいいです」

「ばかにしてるの?」

「ち、違います! ほら、だって一人でも平気だったりとか、好きな気持ちに真っ直ぐなとことか……私は、できないというか……」

「瀬戸さんもいつも一人じゃない」


 グサッ!

 心臓に図星の矢が一本突き刺さった。


「ああ、瀬戸さんは一人が寂しいのね。それなのに自分から声かけたりしないで自業自得なのに、私って可哀想って思っちゃうタイプなのかしら」


 グサッ!

 再び矢が刺さった。


「そんなときにツバサくんに声かけられて? 一緒にいてもらって? 甘えてばっかりなわけね」


 グサッ! グサッ!


「お、お願い……もう、その辺にしてください。私のライフがゼロに……」

「なんのことだかわからないわ」


 金森さんはつんと澄ました顔で私を睨んだ。


「パパが言ってたの。必要なものは言いなさい。お金で買えるものなら用意してあげるって。だからこの建物もお願いしたら建ててくれたの。そのかわり、お金で買えないものをちゃんと学んできなさいって。お金で買えないものなんて無いって心の底から思ってたわ。けど、それを覆してくれたのはツバサくんだったの。あなたにはわかる? 目の前にあるのに手に入らない辛さが」


 鋭い眼光が揺れる。憎む視線が私の双眸を射抜こうとしている。


「お金で買えないものがたくさんあるって知ったのはツバサくんのおかげ。欲しくてたまらないのに、手に入らないのはツバサくんの気持ち。だから、ツバサさんに依存してる瀬戸さんを見てると腹が立つのよ。私は瀬戸さんなんかよりずっとツバサくんを必要としているのに。好きでもないくせに、何もしていない瀬戸さんの傍にツバサくんがいることが憎いのよ」


 剣幕に気圧されそうになる。激しい感情をぶつけられて目が眩む。


「自分から行動しない。他人の顔色ばかり気にして、いじいじとひたすら受け身で待っているだけの瀬戸さんを見ているとイライラするの。あなたにツバサくんは必要ないわ。このままツバサくんの前から消えてくれればいいのに!」



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