第42話 一緒にお弁当を食べましょう



 ツバサさんは風紀室に来なくなった。次の日も、次の日も……。もうすぐ冬が終わるというのに、春を恐れるかのように姿を晦ましてしまった。

 放課後の日課がなくなった学校生活は退屈で寂しかった。教室は賑やかで沙代さんやクラスメイトが声をかけてくれるけれど愛想笑いが精一杯。

 あの日、ツバサさんの問いに対する答えが間違っていたのだろうか。知らずのうちに彼女を傷つけてしまったとか。もしそうだとしても、それを理由に風紀室に来なくなるだろうか。ううん、なくなるはずだった風紀委員、その活動場所である風紀室を守ったのは紛れもない彼女。毎日居座るほど愛着のある大事な場所を手放すようなことするはずがない。だとしたらなぜ。

 姿を消す前、ツバサさんは夢に魘されていた。寝言で呟いたソラという名前。目が覚めたとき、泣きそうで壊れてしまいそうで傷ついて苦しんでいるようで。そんなツバサさんを見るのは初めてだった。彼女は何かに悩んでいた。無理矢理にでも話を聞いておくべきだった。


 こんなときに思い出すのは風紀室に出るという噂の髪の長い女子生徒の幽霊。髪が長いというだけで重ねてしまう、ツバサさんは幽霊なんじゃないかって。何度目だろう、幽霊かもしれないだなんて非現実的な妄想を抱くのは。

 メッセージは何度も送った。既読がつくばかりで返事はない。バレンタインデーのときと同じ。あのときみたいにひょっこり現れてくれたらいいのだけれど、こう数日間続いては望めない。けれど既読がつくなら読んでいるということ。この世にある電子機器にあの世の幽霊が触れられるはずがない、と謎の根拠から勇気をもらう。

 待っているばかりではもうツバサさんに会えないかもしれない。


 ツバサさんの思い悩んだ表情が忘れられない。きっと一人ぼっちで悩んで苦しんで辛い思いをしているんだ。

 ツバサさんは私を夜の街から連れ出してくれた。今度は私がツバサさんを助ける番。

 連絡がつかないなら探しにいけばいい。




 昼休みになったと同時に教室を飛び出した。クラスメイトの視線が集まったのを感じた。前にもこんなことあったな。ツバサさんと初めて会ったとき、風紀室に呼び出されて教室を飛び出した。あのときもクラスメイトの視線を集めたんだった。一人ぼっちで影が薄くてのろのろとしている、そんな私が変わり始めたのはあの日からだったんだ。

 廊下に出て隣の教室の前で立ち止まる。わらわらと廊下に流れ出てくる生徒の姿に目を凝らしてツバサさんを探すけれどみつからない。教室の中にいるのかな。

 入口で右往左往していると、教室にいた一人の男子生徒がこちらに気づいて声をかけてくれた。


「誰か探してるの?」

「え、あ、はい。女の子で、ツ……蒼井さんという女の子を探しているのですが、今日はお休みでしょうか」


 よかった、聞けた。この優しい男子がツバサさんを呼んでくれて、数秒後には目の前に彼女が立っている。

 けれどそれはただの妄想に終わった。


「んーと、クラス間違えてない?」

「え? そんなはずは……」

「このクラスには蒼井って女子はいないよ。他のクラスと勘違いしてないかな」

「でも、そんな……」

「ごめんね」


 優しいと感じた彼は思いの外冷たかった。信じられず教室の中を見回したけれどツバサさんらしき人は見当たらない。


「ツバサさん……」


 このクラスにツバサさんがいるはずなんだ。風紀室以外ではあまり見かけたことないけど、金森さんと三人で話したことだってある。…………そうだ、金森さん。ツバサさんのことが大好きな彼女なら何か知っているかもしれない。金森さんのクラスは逆隣だ。

 冷たい男子がいる教室を離れたその足で金森さんのいる教室を訪ねた。

 教室の中を覗こうとしたとき、タイミングよく金森さんが出てきた。危うくぶつかりそうになり、お互いに「わっ」と悲鳴をあげて一歩後ずさった。


「せ、瀬戸さん? 危ないじゃない」

「金森さん、ちょうどよかったです。あの、聞きたいことがあって」

「なんなのよ。私これから用事があるから」

「お弁当持って行くんですか?」

「そ、そうよ」


 金森さんの手には上品な弁当包み。彼女の近くには友人らしき人はいない。本当に用事を済ませに行くのかもしれないけれど、これは……。


「一緒にご飯食べる友達いないんですか?」

「なっ、ちょっと、うるさいわよ。瀬戸さんじゃあるまいし。私は一人で静かにランチの時間を過ごすのが好きで」

「用事じゃなくてぼっち飯じゃないですか」

「違うわよ。うるさいわね」

「私も一緒にご飯食べていいですか?」

「嫌に決まってるじゃない」

「ツバサさんのことで大事な話があるんです」

「何それ、早く言いなさいよ。ツバサくんが関係してるなら仕方ないから一緒にお昼ご飯を食べてあげないでもないわ」

「ではお弁当持ってくるので少し待っててください」

「わかったわよ、早く行きなさい」


 渋々だけれど了承してもらえてよかった。気が変わらないうちに、と急いでお弁当を持って戻ってきた。


「金森さんはいつもどこで食べてるんですか?」

「第三校舎の裏」


 ということでそこに来た。三階まである校舎のせいであまり日が当たらない薄暗い校舎裏。周囲は木で囲まれ、手入れがされてないからか雑草も生え放題。

 この校舎の表側なら白崎先生が手入れしていた花壇がある綺麗な場所。せめてそちら側でお昼ご飯食べればいいのに、こんな陰気臭い場所でぼっち飯だなんて。

 だんだん第三校舎が森の中にある廃墟に見えてきた。恐る恐る後をついていくと学校を囲う塀に行き当たった。そこを左へ曲がると信じられない光景が目の前にあった。


「まさかここから風紀室を見上げてツバサさんのことを監視――」

「してないわよ! ……最近はね」

「…………」


 最近は、か。と苦笑した。


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