第38話 だって悔しかったんだもん



 美術室のドアを開けると、集まっていた美術部員の視線を一気に集めた。白崎先生の背後から覗き込むと意外とたくさんの部員が驚きの目をして先生を見ていた。


「先生!」

「どこにいたんですか!」

「散々探したのに」


 口々に文句を吐きながらも駆け寄って来る部員たち。その向こうに、目を細めて白崎先生の向こう側を見ようとする金森さんがいた。彼女と目が合った瞬間、部員たちを躱しながら私のところまで一瞬で移動してきた。


「瀬戸さん、ツバサくんはどこなの?」

「あ、金森さん。ツバサさんなら、帰っちゃいました」

「はあああ? なんで一緒に来ないのよ」

「え、ご、ごめんなさい」

「戻ってくると思ってたのにトキメキ損よ」

「あずちゃんは誰にときめいてるの?」

「ぎゃあああ」


 突如降ってきた声に飛び上がった金森さん。彼女の背後に立っていた声の主は私もよく知る人だった。


「沙代さん」

「あ、ミノリちゃん。どうしたの? 見学?」

「えっと、金森さんに呼ばれて、先生探してて」

「そうだったんだ。ミノリちゃんもあずちゃんと仲良くなったんだね」

「さ、沙代さんは金森さんと仲良いんですか?」

「バレンタインのときからだよ。同じ部活だからあの日をキッカケに友達になっ――」

「友達じゃないわ。勝手に仲良しにしないで。それと私を挟んで会話しないでくれる?」


 攻撃的ではあるけれど、友達という言葉に満更でもなさそうな金森さん。「ごめんね」と適当に宥めつつ笑う沙代さんはすでに金森さんの扱いに慣れているみたい。


「ミノリちゃんはどうやってあずちゃんと仲良くなったの? あずちゃん素直じゃないから仲良くなるの大変だったよー」

「私は、ツバサさんと――」

「瀬戸さん!」


 私の言葉は金森さんの強い声で抑止された。何を言うでもなく無言の圧をかけられ、金森さんに睨まれたまま身動きがとれない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 異様な空気を感じたのか、沙代さんが機転を利かせて白崎先生を指差した。


「あー! 先生がさっきの答え合わせしてる。私たち差し置いてずるーい。二人とも聞きに行こう」


 金森さんと私は沙代さんにぐいぐいと背中を押され、美術部員に囲まれている白崎先生の元へつれていかれた。

 白崎先生が置いていったキャンパスには一面を埋め尽くす白い花。そして記されていた文字、追伸のところに『みつかるまで先生はここから動きません』と。


「つまりね、白い花が咲いているこの場所から動きませんってことなのよ。白い花が咲いてる花壇は第三校舎のところだけでしょう? 単純ななぞなぞのつもりだったんだけど、まさか誰も解けないなんてね」


 しれっと煽る白崎先生。穏やかで優しそうなオーラの裏側が垣間見えた。まるで誰かのよう。無意識なのかニコニコと煽る先生の言葉に、ニコニコしたまま眉間に皺を寄せる部員達。一触即発? ちょっと火花が見えそう。

 各々文句を口にした部員たちに対して先生が一言。


「だって悔しかったんだもん」

「惜しいなぁ。花があるところって思ったから、過去に描いた花の絵の中に隠れてるんじゃないかってキャンパスあさりまくってたよ」

「広幡さん、病院行った方がいいんじゃないの? 頭の」

「ちょっと、あずちゃん酷いよ。名前で呼んでって言ってるのに」

「そういうとこ! 本当に病院行った方がいいわよ!」


 喧嘩するほど仲がいいってこの二人みたいなことを言うのかな、と一歩離れたところで見守っていると、抗議の嵐から抜け出した白崎先生が私の元へやってきた。


「瀬戸さんに優勝賞品をあげましょう。私をみつけてくれたからね」


 先生は両手に収まるくらいの小さな紙袋を持たせてくれた。


「え、みつけたのは私じゃなくて……」

「いいの。その代わりと言ってはあれなんだけど」


 白崎先生は小声になって私に囁いた。


「黒板のトリックってわかる? 結局誰も教えてくれないのよ」

「あ、それなら……」


 一瞬で黒板に現れた絵のトリック、それを教えようとしたところ「わー!」っと押し寄せてきた美術部員たちに止められた。


「先生には教えない」

「部活の時間が先生の捜索時間でなくなったんだから」

「罰としてずーっと教えない」


 再び白崎先生の周りには部員達がわっと群がった。あれやこれやと言い争っているけれど、そんな光景を羨ましく思った。私も賑やかな輪の中に入れる日がくるだろうか。


「ミノリちゃん、今のうちに行って。先生に捕まっちゃうよ」

「沙代さん」

「先生をみつけてくれてありがとうね。そうだ、今度みんなで遊ぼう。ミノリちゃんとあずちゃんと三人で」

「は、はい!」

「またいつでも遊びにきてね」


 ツバサさんも誘っていいかな。

 にこやかに手を振る沙代さんに応えて小さく手を振り、賑やかな美術室をあとにした。


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