第35話 ミステリーは子供の悪戯のよう



「電気を消してバースデーソングを歌い終わったらまた電気点けるね。窓は暗幕で塞いだから真っ暗になるよ」


 ツバサさんは楽しそうに呼びかける。

 すっかり金森さんに気を取られて忘れていたけれど、ヒントとは何のことだったのだろう。思い返してみても、廊下で待っている間にあった出来事は金森さんが来たことくらい。


「最後にもう一度聞くよ。ヒントわからなかった?」

「……金森さんが来たことがヒントだったんですか?」

「うーん、惜しいね。金森さんが持っていた物がヒントだよ」


 持っていたもの。脇に抱えていた大きな紙のことだろうか。それを使ったトリックだということ? けれど暗闇でなんてどうしようもないんじゃ……、


「はい、時間切れ。じゃあ電気消すね」


 そう言ってツバサさんは電気を消すと、すぐにバースデーソングを歌い始めた。ハスキーボイスが奏でるメロディは、ただのバースデーソングなのに不思議と聞き入ってしまう。魅力的な歌声。

 暗闇の中に聞こえてくるのはツバサさんの歌声と足音。微かに物音がするけれど、黒板に何かを描いている気配はない。

 楽しそうに「Dear ミノリさん~」と歌っているツバサさん。心の中で誕生日じゃないですけど、とツッコミを入れている間にバースデーソングは終わり、ぱっと照明が点いた。一瞬、視界は白い光に包まれたけれど、すぐに視力が戻った。そして黒板を見ると、


「あっ……」


 黒板には大きな文字で『ミノリさん大好き』とおふざけが書かれていた。他にも絵がたくさん。白、赤、青、黄、緑、橙、とあるだけ色をふんだんに使い、奇妙な絵で黒板を埋めつくしている。絵にツッコミどころはあるけれど、どうやって短時間にこれだけのものを描けたのだろう。


「どう? すごいでしょ」

「す、すごいです。書かれている文字はともかく、どうやったんですか?」

「本当にわからないの? チョコ事件を解決した人とは思えないなぁ。ヒントもあったのに」


 最近のツバサさんは表情が豊かだ。冷静で落ち着いているように見えるけれど、今の彼女は自慢げな顔をしていて、小馬鹿にする感じが伝わってくる。

 ちょっと、……いやかなり腹立たしい。


「わかりませんよ、こんなに難しいの。バカな私に教えてください」

「拗ねちゃった? ごめんね。言いすぎた。じゃあさっそく種明かし。あそこの机見て」


 ツバサさんは事務机を指差した。そこにはいつもはない、くるくると巻かれた大きな紙が立て掛けてあった。


「それ、金森さんが持ってきた紙じゃ……」

「正解。それ、広げて見てごらん」


 言われるがまま、巻かれた紙を手に取って広げてみた。思ったより大きくて広げきれないけれど、どれだけ広げても見えてくるのは一面の緑色だった。


「ツバサさん、これ……」

「わかった?」

「いえ」

「えー……」


 ツバサさんはわかりやすく落胆した。


「ミノリさん、察しが悪いよ。それ貸して」


 私ってそんなにバカなのだろうか。これが難しすぎるだけじゃないのかな。

 手に持っていた緑色の大きな紙をツバサさんに渡すと、彼女はそれを黒板まで持って行った。そして黒板に重ねるように紙を広げていく。


「あっ……」

「わかった?」

「はい、わかりました」


 紙を広げて黒板に当てたまま、こちらへ振り返り笑顔を見せるツバサさん。肩にかかっていた長い髪がするり、するり、と背中に落ちていく。それに一瞬だけ目を奪われたが、すぐに黒板へ視線を戻した。

 ツバサさんが広げた紙は。詳しく言えば


「その紙で隠していたんですね」

「正解」


 ツバサさんは緑色の紙を黒板に当てて四隅をテープで留めた。「見てて」と目配せし、バースデーソングを歌いながら右端から左へと紙を巻き取りながら移動していく。そうすると、あらかじめ文字や絵を描いていた黒板が現れる。巻きとった紙は事務机ヘ立てかけた。


「最初から絵が描いてあればそんなに時間要らないよね。上から本物そっくりな黒板の絵を貼って、部屋が暗くなっている間に回収する。これは物陰にでも隠しておけば問題ないし、黒板の絵は美術部なら自分たちで用意できるでしょ」

「そうだったんですね。それで金森さんが持ってきた紙がヒントだった、と……。でもどうして金森さんが黒板の絵を持っていたんですか? 時間も一〇分しかなかったですし」

「金森さんが美術部員だからよ」

「そ、そうだったんですか。じゃあ、先生のお祝いのときに使ったのがまだ残っていたんですね」

「そういうこと。処分されてたらどうしようかと思ったけど」

「美術部だったんですね。…………もしかして、金森さんにトリックを聞いたんですか?」

「違うよ。プライドの高い僕がそんなことするわけないじゃない」

「プライドが高いなんて初めて知りましたよ。じゃあ自分で解いたんですね、凄いです。よくトリックがわかりましたね」

「ふふっ、それはね」


 ツバサさんは黒板から離れこちらに近づいてきた。私の前でしゃがみ、事務机の足元にあるカバンを漁る。ツバサさんの動きに合わせて香る匂いにはいつも馨しさを期待するのだけれど、やはり今日も漂ってくるのは軽薄で危険な匂い。

 ツバサさんはカバンの中から一冊の文庫本を取り出した。先ほど読んでいたファンタジックな表紙の本とは別の本。

 私はその様子をぼうっと眺めていた。いつもはツバサさんの方が背が高くて見えないけれど彼女がしゃがむことによって頭のてっぺんが見える。細い髪なのに地肌が見えない、つむじはどこにあるのだろう、なんて見ていたら、ツバサさんが勢いよく立ち上がった。

 危うく下顎を強打するところだった。


「実はね」


 彼女が悪魔的な笑みを浮かべた。


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