第31話 ロマンチックラブレター



「ノリトさんのためって……。な、何かあったんですか?」


 突っ伏した先生の頭を邪魔だと言わんばかりに軽く押しのけ、下敷きになっていた一枚の紙を救出したツバサさん。

 さっきから気になってはいたのだけれど、よくわからなかったので触れなかった。それは桃色の可愛らしい便箋。


「読んでみて」


 ラブレターかなと思いきや、記されていた文字は奇妙なものだった。




『足と滝

 箒と籠

 中と庭


 ※時は不要』




「なんですか、これ」

「昨日の朝、俺の机の上に置いてあったんだ」


 ノリトさんが困ったように頭を掻いた。先生は大きな欠伸をし、ベッドに突っ伏したまま寝てしまいそう。


「手紙……ですよね」

「多分な。それと、手紙の前は花が置かれてたんだ」

「花?」

「一昨日まで毎日置かれてたんだって。しかも毎日違う花」

「それってまさか、イジメとか……」

「やっぱりミノリさんもそう思うよね。ノリトがイジメられてたら悲しいな。先生、出番だよ」


 そう言って先生の頭をつつくツバサさん。けれど先生はうんともすんとも言わない。寝ちゃったかな?


「イジメじゃないよ。無視されたりとかはしてないし、物理攻撃もないし」


 ノリトさんは毎日部活の朝練で早く登校し、荷物を置きに教室へ顔を出すのだそう。朝練の時間は早く、教室を訪れるのは彼が一番最初なのだけれど、数日前から花が置かれるようになったみたい。


「あの、花はどんな花だったんですか? 名前とか」

「いや、花とか詳しくないからわかんなくて」

「僕も花はさっぱり」

「さっきの手紙もそうですけれど、何か意図があるのでしょうから、花の名前とかがわかれば何か、わかるかも、です」


 じっとみつめるノリトさんの視線に気づき、恥ずかしくなって俯いた。そういえばツバサさん以外とこんなに喋るのは久しぶり。そう思うと緊張で手に汗が滲んできた。


「ミノリって頭いいんだな」

「呼び捨て!?」

「なんだよ、ツバサ。名前で呼んでいいって言ったから呼んだだけじゃん」

「僕まだ呼び捨てで呼んだことないのに」

「呼べばいいじゃん」


 ノリトさんに言われ、こちらをみつめるツバサさん。息を呑んでツバサさんの唇が開かれるのを待っていると、


「別にいい」


 と、外方を向いてしまった。うるさい心臓の音が外にまで響いてしまいそうで、思わず胸元を押さえた。

 ミノリって呼んでほしかったな。




 少しでもヒントになるような情報が欲しくて、花の名前を調べることにした。この時期に咲く花で、色や特徴を聞いて当てはめていく地道な作業。

 先生は相変わらずベッドに溶け込んだままで、寝息が聞こえる気がした。

 ノリトさんの話からなんとかわかったのは四種類の花。キク、プリムラ、カスミソウ、ツバキの四つだった。


「キクって葬式とかにあるやつ……」

「やっぱりノリトはイジメられてたんだ」

「そ、そんなことないですよ! だ、だってほらお葬式に使われてるのは白とか黄色ですけど、ノリトさんの机にあったのは赤だったんでしょう?」

「赤はもっとやばいんじゃ……」

「あっ、えっと……。そ、それにしても花の季節は関係なかったみたいですね。キクとかカスミソウはいつでも花屋さんにありますし。そうすると適当に摘んできたわけじゃなさそうです。やっぱり何か意味があるんですよ」

「便箋とか字とか見るからに女子だね。ノリト、女子に嫌われてるんだ」

「うぐっ」

「ちょっと、ツバサさん!」


 すっかり気を落としてしまったノリトさん。ベッドに突っ伏して眠ってしまった先生と同じ体勢になり、意気消沈している。そこえツバサさんが追い打ちをかけようとするので気が気ではない。


「あ、そうです。意味といえば、花にもそれぞれ意味があるんですよ。花言葉って言って」

「どうせ気持ち悪いだとか学校来るなって花言葉なんだ」

「そんな花言葉ありませんから大丈夫ですよ。調べてみますね」


 見た目の印象で勝手にメンタル強そうな人だと思っていたけれど、ノリトさんはツバサさんとは正反対で繊細な心の持ち主みたい。どんどん消極的になって一人で勝手に沈んでいく。この花に変な意味がないといいのだけれど。


「た、大変です……」


 花言葉を調べた結果、四つの花はある一つの言葉に共通していた。


「なんだ? まさか本当に恨みとか呪いとかそういう類の花言葉だったとか?」

「え、なにそれ面白そう。ミノリさん、早く教えてよ」

「それが……、全部『愛』に関係する花言葉だったんです!」


 僅かな沈黙の後、ぼっと火がついたように赤面するノリトさん。あからさまに期待はずれと言わんばかりの表情を浮かべるツバサさん。


「プリムラは青春の恋、カスミソウは永遠の愛、ツバキは控えめな愛、赤いキクはあなたを愛しています、ですって! 素敵です! お花のラブレターですね。なんてロマンチックなんでしょう。きっとこの子は恥ずかしくて直接言えないから、こうして花言葉で気持ちを伝えようとしたんですね。謙虚で可愛らしい子です」

「いや、まだそうと決まったわけじゃないから。まだ手紙の方が残ってるから」


 あまりのロマンチックな告白に興奮してしまった私を冷静に落ち着かせるツバサさん。自分と周りの温度差に気づき、恥ずかしくて顔が熱くなる。私もベッドに伏せてしまいたい。


「ノリトも浮かれてないで手紙の方考えないと。本当にラブレターだったらどうするの。待たせちゃ可哀想でしょう」

「そ、そうだな。でも……」


 三人で便箋をみつめた。足と滝、箒と籠、中と庭、※時は不要? ※が謎を解くヒントになるだろうけれど皆目見当もつかない。

 うーんうーんと唸りつつ脳みそフル回転で考えたけれど答えはみつからず、予鈴が鳴ってしまった。


「お、昼休み終わりか。お前らさっさと教室戻れよー」


 終始ベッドに突っ伏して眠っていた先生が目を覚ました。


「先生が一緒に考えてくれたら解けたかもしれないのに」


 ツバサさんが便箋をつまみ、先生の目の前でひらひら揺らす。


「なんだ、解けなかったのか。バカだな〜」

「先生が生徒にそんなこと言っていいの? 悔しい……。よし、悔しいから解けるまでここにいよう。ノリトもミノリさんも一緒に授業サボろう。責任は全部先生がとる」

「えっ?」

「俺も気になるから解けるまでいる」

「えっ!?」


 二人とも真面目な顔をして頑なに動こうとしない。


「せ、先生……」

「も〜〜、仕方ないなぁ。明日、放課後、中庭だよ。松岡、その手紙もらったの昨日だろ? 今日の放課後に中庭行ってやれよ」

「ちょっと待って、なんでその答えに?」

「僕も気になる」

「わ、私も気になるのですが」

「いいから教室戻れ。今度教えてやるから。お前らが授業に遅刻したら怒られるのは俺なの〜〜」


 わらわらと先生の周りに群がった私たちは、子供のように唸る先生に背中を押され、保健室の外へと追い出されてしまった。三人顔を見合わせ、


「次の休憩時間に聞きにこよう!」


 ということになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます