第28話 義理の気持ち



「お詫びにお裾分け」


 そう言って山のように積まれたチョコレートからいくつか手に取って差し出すツバサさん。


「チョコをくれた人たちの気持ちも考えてあげてください。きっとそれ全部本命ですよ。凝ったラッピングされてますし、手紙だってあるじゃないですか」

「それはこの子たちの一方的な気持ちの押し付けでしょう? これだけのチョコを消費しなければならない僕の気にもなってみてよ。…………まあ、そんな顔しないで。ちゃんと手紙も読むし、お返しもする。ちゃんと気持ち伝えてくれた子には誠意を持って返事をするから」


 この悪魔、きっとこの風紀室の中だけでしか本性を現さないんだ。そうでなければこんな人にチョコが山のように集うはずがない。


「でも僕は本命チョコが貰えただけで満足」


 ツバサさんはよく笑うようになった。悪魔的にではなく、ごく自然なもの。私なんかよりずっと先に出会っていた金森さんは、ツバサさんのいろんなところを知っているんだろうなぁ。

 そう考えたら胃が焼けるようにチリチリした。さっきからなんなんだ、この感じ。

 きっと今すごい顔してたんだろうね。俯いて眉間にシワを寄せ、ぐっと何かに堪えるような表情。それに気づいたツバサさんが近づいてきて、


「頑張ったね」


 そう言って私の頭を優しく撫でた。一日中甘ったるぅい匂いを嗅いでたからかな。くらくらと目眩がして溶けてしまいそう。

 ああ、これ……嫉妬だ。

 頭を撫でるこの手も、からかうときに見せる悪魔的な笑みも、ツバサさんの全部が欲しくてたまらない。初めて仲良くなった友だちが誰かにとられるのが嫌なんだ。


「本当に嬉しかったよ。また来年もよろしくね」

「来年も一緒にいてくれるんですか?」

「どうしたの? ミノリさんらしくないじゃない」

「そうですか?」

「うん、来年はあげませんって言われるかと思ってたのに」

「少し不安になっただけです。今日ずっと連絡つかなかったり、探してもみつけられなかったから……。教室にもいなかったし、今日はどこへ行ってたんですか?」

「気になる?」

「気になるというか…………心配したんですから、教えてくれたっていいいじゃないですか」

「うーん。言ったらミノリさん妬いちゃうかも」

「は、え、何言ってるんですか! 妬きませんよ」

「そうかなぁ。今日はね、朝から引っ張り凧だったんだよ。休み時間全部、空き教室とか廊下の端とか非常階段とか校舎裏とか。チョコいっぱい貰ったし移動ばっかりで疲れちゃった。妬いちゃうでしょう?」

「いえ、別に」

「ミノリさん冷たい」

「放課後も呼び出されてたんですか?」

「ううん。放課後はまっすぐここに来たよ。ミノリさんが来るからね」


 ああ、この人はすぐこういうことを言う。甘ったるぅい台詞で私を酔わせる気でいるんだ。こうしてからかわれていくうちに振り回され、惑わされた心は、ツバサさんのことでいっぱいになる。


「ずっと待ってたんだからね。待たせた罰にお仕置きでもしようかと思ってたけど、チョコレートケーキ美味しかったから許してあげる」


 お仕置きってどんなことするつもりだったんだろう。

 突如舞い降りた煩悩を振り払うように激しく首を振った。一人悶々とする私のことに気づいてないようで、ツバサさんは山のように盛られたチョコレートと対峙していた。

 さすがというか、昨年経験したからなのだろうけれど、大量のチョコレートを持ち帰れるように大きな紙袋を持参していた。それにチョコレートを入れながら「さっきの話だけれど」と切り出した。


「本当に僕が噂の幽霊だったらどうする?」

「どうしたんですか、突然。どうするって言われても……」

「僕に会えなくなったら悲しい?」

「悲しい、です」

「僕の正体が幽霊だったとしても一緒にいてくれる?」

「本当にどうしちゃったんですか。ツバサさんもツバサさんらしくないですよ。幽霊だとしてもツバサさんはツバサさんでしょう? 今と変わることなんて何もないと思います。いつも通り会いに来ますよ」

「そっか」


 チョコレートを詰め終え、顔を上げたツバサさん。窓から差し込む夕日のせいでツバサさんの表情はよく見えないけれど、橙の夕日に溶けてしまいそうなくらい儚げで困ったように微笑を浮かべたような気がした。

 ツバサさんの問いに対する私の答えは正解だったのだろうか。ツバサさんが欲しかった台詞だったのだろうか。

 困ったようなツバサさんの表情に少し解ってしまった。彼女の私に対する好意は本命じゃなくて義理なんだ。快楽を求めて夜の街を彷徨う私を引き止め傍に繋ぎ止めた代償として、自分の存在で補おうとしてるんだ。

 だとしたら不十分だよツバサさん。私が欲しいのは快楽だから。その快楽は愛がないと得られないって言ったのはツバサさんでしょう?

 消えたチョコレートの謎は解決できたのだけれど、得られたのはビターなもやもやだけ。ツバサさんの言葉と気持ちがちぐはぐな気がして、掴めそうだった彼女の心は私の手をすり抜け遠く離れていった。




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