第27話 彼女は籠の鳥



「金森さーん。出ておいで。いるんでしょう?」

「か、金森さん?」


 どうして金森さんが?

 不思議に思ってツバサさんの肩越しに廊下を見てみると、壁からひょっこりと金森さんが顔を出した。


「金森さん! どうして」

「こっち来て。話があるから」


 ツバサさんが手招きすると、おずおずと近づいてきた金森さんが視線を落とした状態で風紀室に入ってきた。ツバサさんが会議用の長机へ誘導し座らせる。そして事務机の上にこんもりと盛られたチョコレートの山から適当に選んだものを金森さんの前に置いた。が、「こんなの要らないわ」と突き返されている。

 金森さんに憎まれている私は、パイプ椅子を引きずって少し離れた場所に座った。ツバサさんは事務机にゆったりと座り「さっきの話の続きだけれど」と、切り出した。


「金森さんがミノリさんを憎んでいるのは僕のせいなんだ。チョコレートを盗んだのはミノリさんに対する嫌がらせだよね」

「ミノリさんって……下の名前で呼んでるなんて……」

「だよね? 金森さん」

「……ええ。でも蒼井くんのせいじゃないわ。それに盗みとか、そんなつもりじゃなくて」


 蒼井くん? 金森さんはツバサさんをくん付けで呼ぶんだ。


「じゃあどういうつもりなの? 直接気持ちを伝えないで、僕に渡るはずだったチョコレートケーキを盗んで邪魔をして。言い逃れはできないよ」


 話が読めない。邪魔をしたということは私とツバサさんに嫌がらせをしたかったということ? だとしたら、


「金森さんはツバサさんが嫌いなんですか?」

「そんなわけないじゃない! というかあなたまで下の名前で呼んでるなんて」

「逆だよ、ミノリさん。金森さんは僕に好意があるんだ」

「えっ……そ、そうだったんですか」

「ちょっ、蒼井くん、言わないでよ」

「僕と仲良しなミノリさんに嫉妬したんだよね? 金森さん?」

「…………ええ、そうよ」


 金森さんはツバサさんのことが好きだったんだ。確かに好きな人が自分以外の人と二人きりで毎日のように風紀室に通っていたら憎くなるのも頷ける。

 私だって好きな人がそんな状況にあったら、きっと憎い、はず。ツバサさん、女の子にもモテるんだなぁ。


「あれ……、お二人は付き合ってるんですか?」

「付き合ってない。僕断ったから」

「わ、私はまだ諦めてないの」


 付き合ってない。その事実に安堵した自分を不思議に思ったけれど、気にする間もなく話はどんどん先へ進んでいく。


「でも去年のバレンタインは正直不快だったよ」

「そ、そんなにハッキリ言わなくても。金森さん傷ついちゃいます」


 オブラートに包むことをしらないツバサさんは棘のある言葉をそのまま投げつけるので、聞いていてハラハラする。


「あんたのフォローなんて要らないわよ」


 そして私は金森さんから棘を刺される。


「金の森と書いて金森さん。字の通り彼女はお金持ちのお嬢様。去年のバレンタインデーに貰ったのはハイブランドのチョコレートに手紙。それだけだったら受け取ったんだけど、手紙の文末に『私の恋人になってくれたら欲しいものなんでもプレゼントします』という一文と、現金五万円が入ってたんだ。翌日まるっと返して丁重にお断りしたよ。でも、今までお金で手に入らないものは無かったんだろうね。彼女ストーカーみたいになっちゃって。よく風紀室の近くをうろついたりしてるし本当に困ってるんだよ」


 ツバサさんはやれやれといった風に溜め息を吐いてみせた。とても困っているようには見えないけれど。

 そうか、昨日風紀室を出たときに見た人影は金森さんだったんだ。

 確かに金森さんのアピールの仕方はおかしいかもしれないけれど、ツバサさんに抱く好意は本物だと思う。

 金森さんはツバサさんと同じ。相手が同性であっても友情以外の特別な好意を抱くことができる変わり者。私にはまだ理解し難い。二人は同じ世界を見ているんだと思うと、何かに心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。

 金森さんはツバサさんの吐いた棘に刺されてすっかり落ち込んでしまい、居心地悪そうにもぞもぞと身動ぎしている。


「私、帰るわ」

「帰ってもいいけど、その前にミノリさんに謝って?」

「嫌よ、謝るなんて」

「僕は怒ってるんだよ。それに、盗みは犯罪。犯罪者となんて友だちですらいたくないよ」


 金森さん、また目を兎みたいに真っ赤にして俯いてしまった。


「ツバサさん、そこまで言わなくても」

「瀬戸さん」

「はいっ」


 目に涙を溜めた金森さんに呼ばれて全身に力が入る。目線は合わせてくれないけれど金森さんは小さな声で「ごめんなさい」と言ってくれた。


「気にしてませんから大丈夫ですよ」

「もうミノリさんを傷つけるようなことはしないでね」

「わ、わかってるわよ。…………でも、一ついいかしら」

「なぁに?」


 ツバサさんが悪魔的な笑みを浮かべる。その表情を見て少し口の中が苦くなり、胃の辺りが垂れるように気持ち悪くなった。

 その笑みはいつも私に向ける表情なのに。


「私も蒼井くんのこと、下の名前で呼んでもいいかしら」

「いいよ」


 ツバサさんが発した言葉に胸焼けが加速し、心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられた。


「ありがとう、ツバサくん。…………これあげるわ。じゃあね!」


 さっそくツバサさんを下の名前で呼び、豪奢に装飾を施された化粧箱を置いて扉に手をかけた。

 風紀室を出る前に一度振り返り、


「今年はちゃんと作ったから!」


 と言い残して帰っていった。

 去り際に満面の笑みを浮かべた金森さん。本当にツバサさんのことが好きで、性別なんて関係ないといった風に堂々としている。そんな金森さんを羨ましく思った。

 お金持ちと言うと嫌味な感じがするけれど、強い口調とは対照的に中身はまっさらで綺麗な女の子。大事に育てられた金森さんは籠の鳥、無知で愛を伝える方法を知らなかっただけなんだ。


「こういうことだから、ミノリさんが嫌がらせ受けたのは僕のせいなんだ。僕、モテるから。ごめんね」


 金森さんに貰ったチョコには一度も視線を向けず、さり気なく自分のカバンにしまいこんだ。事務机の上の山盛りチョコレートと同じようには扱わないんだ。



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