第25話 とても甘い初めての



 冷たい廊下を歩いている間、広幡さんはずっとニコニコしていた。「探偵さんみたいだったね」とか「潜入捜査ってこんな感じなのかな」と楽しそうに話している。

 どうやら私に気遣っているみたい。「憎んでいる」なんて言われていたのだから、誰だって気を遣う。なんだか申し訳ないな。身に覚えがないとはいえ、結果として私が巻き込んでしまったのだから。

 それでも私から広幡さんに言葉をかけることはなかった。こんなときに何て言えばいいのか、私は知らなかった。


「瀬戸さん、気にしなくていいからね?」

「え?」

「周りを巻き込んだとか思わなくていいから。今回の被害者は瀬戸さんなんだもん」

「でも……」

「でもじゃないの。それに今日のことがなかったら瀬戸さんと話すことなかったかもしれないし。盗られてよかったんだよ」


 話しているうちに教室に戻ってきた。もう誰も残っておらず窓は全部閉められている。ドアを閉めれば教室内は外と遮断されてしん……と静まり返った。

 広幡さんは自分の席に行き、五限目に取り戻したチョコをカバンから出している。


「で、でも……他の人たちは迷惑して……」

「ビックリしたけど見つかったからいいんだよ。金森さんのことは私からみんなにメッセージ送っておくし。みーんな言ってたよ、瀬戸さんと話してもいいんだって。ずっとお喋りしてみたかったんだよ。勝手に一人が好きって決めつけてごめんね」

「いえ、そんな……」

「だからね、これあげる」

「え、それ……」


 広幡さんは意外なものを私に差し出していた。


「それ、他の人に渡すものじゃ……」


 広幡さんが差し出していたのは、無事に取り戻した手作りチョコレート。バレンタインに手作りチョコを渡す相手なんて、好意を抱いている異性に決まってる。もしくは親しい友達に。


「さっきも言ったでしょう? ずっと瀬戸さんと話してみたかったの。すごーく時間経っちゃったんだけどね。話すきっかけになればと思って作ったんだよ。それがなくなったときは本当に悲しくて。瀬戸さんに話しかけるなってことなのかなぁって、ちょっと悲観的になっちゃった」


 広幡さんは含羞を帯びた笑みを浮かべた。


「だから見つかって本当によかった。瀬戸さんが見つけてくれたとき、もう仲良くなるしかないって思ったよ」

「あ、ありがとうございます」

「あのね、ミノリちゃんって呼んでいいかな?」

「は、はい! もちろんです」

「ありがとう。私のことも名前で、沙代って呼んでいいからね」

「名前で……」

「うん!」


 ツバサさん以外に名前で呼び合える相手ができるなんて。


「ああー、もう、恥ずかしいから私のチョコなんてしまってよ。これからチョコ渡しに行くんでしょう?」

「はい……。あの、お返ししますね」

「うん、ありがとう。楽しみに待ってるね、ミノリちゃん」

「はい、……沙代、さん」


 沙代さんは満面の笑みを浮かべて手を振ると「また明日ね」と言い残して帰って行った。

 友達、なのかな。なんだか身体中がむず痒くて気を抜いたら口元が緩んでしまいそう。チョコを貰うのってこんなに嬉しいんだ。沙代さんに貰ったチョコを目線に持ち上げて、いろんな角度から眺めてみる。開けるのは家に帰ってからの楽しみにしよう。

 沙代さんから貰ったチョコを大事に大事にカバンの中にしまった。そこには別の化粧箱が一つ。


 ツバサさん、喜んでくれるかな。

 何かに引っ張られるように勝手に足が風紀室へと歩きだした。今なら風紀室にツバサさんがいる気がした。



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