第24話 一方的に憎まれて




「ということで待ち伏せさせていただきました」


 事の経緯を話すと、金森さんは何かを諦めたように肩を落とした。溜め息混じりに「あーあ」と呟くと、勢いよく顔を上げた。彼女は兎のように目を真っ赤にし、涙を溜めてこちらを睨んだ。


「うまくいくと思ったのに」

「金森さん、どうしてこんなことしたの?」


 広幡さんの声音は被害者とは思えないほど穏やかで、心の底から金森さんを責めるつもりはないようだ。けれども、金森さんは後ろめたいことをしたという自覚があるのだろう、下を向き何も話そうとしない。

 その様子にも広幡さんはめげず、再び口を開いた。


「私のチョコが欲しかったのなら、また作ってくるけど」


 広幡さん、それ多分違うと思う。金森さん、顔から湯気が出そうなくらい怖い顔してる。


「あなたのチョコなんて要らないわよ! 私が欲しかったのはあなたよ、瀬戸ミノリさん!」

「わ、私ですか?」

「そう、あなたよ」


 思ってもみなかった展開に驚き、鋭い目つきで睨む金森さんを前にたじろいだ。


「そんなに瀬戸さんが好きなの?」


 広幡さんが横から素っ頓狂なことを言うので、緊迫した空気に亀裂が入る。いい人なんだろうけれど空気が読めないというか、天然さんだ。

 金森さんはトマトみたいに真っ赤な顔をして叫んだ。


「そんなことあるわけないでしょ! 私は瀬戸さんを憎んでいるの。だから盗んだのよ」

「憎んでるって……私、金森さんと話すの初めてですけど」

「そんなの関係ないわ。あなたの存在が憎いのよ」

「私、何かしましたか? その……傷つけていたなら……」

「謝らなくていいわ。ムカつくだけだから」

「じゃあじゃあ、どうして瀬戸さんのだけを盗らなかったの?」

「こんな奴の席なんて知らないもの」

「机の中にあるノートとかの名前見ればよかったんじゃ……」

「………………盲点だったわ」


 金森さん、攻撃的な印象だけれど根本的なところは広幡さんと似ているのかな。ちょっと抜けているというか。

 薬品のにおいが漂う保健室に三人ぽっち。妙な沈黙が堪え難い。廊下や校庭からは生徒の賑やかな声が聞こえてくる。それが一層に沈黙を際立たせ、堪えきれずに沈黙を破ったのは広幡さんだった。


「みんなはチョコが無事返ってきたから大丈夫って言ってたよ。でも瀬戸さんは理由がわからないと納得できないんじゃないかな。一方的に憎んでるなんて言われても」

「わ、私は大丈夫ですから……」

「その、関係ない人を巻き込んでしまったのは悪かったと思ってるわ。でも仕方なかったのよ。どうしてもこいつの邪魔をしたかったの」

「そ、そんなに私、金森さんに酷いこと……」


 なんとか理由を教えてもらって解決できないだろうか。私のせいで関係のないクラスメイトを巻き込んでしまったのだから。クラスのみんなだって本当は納得いかないはず。広幡さんだって、チョコが無事だったとはいえ一度は手元を離れたことに不安を覚えたはず。

 自分のせいでだれかが傷つくのは堪えられない。

 相変わらず目に涙を浮かべて顔を真っ赤にした金森さん。彼女には理由があってしたことなんだ。口調は穏やかとはいえ二人掛かりで尋問するように訊かれては、怖くて辛い状況に何も答えられないのかもしれない。

 とにかく金森さんを宥めようとした瞬間、保健室のドアが開いて先生が入ってきた。背の高い男の人、保健室の先生だ。


「おお、びっくりした。どうしたんだ? 三人とも怪我でもしたのか?」

「い、いえ。大丈夫です。ちょっと目眩がしたんですけど、二人が付き添ってくれて……」


 広幡さんが前に出て先生に嘘の弁明をしていると、金森さんが「もういいでしょ」と囁いて、三人の間をすり抜け出て行ってしまった。


「あ、金森さん!」


 広幡さんの呼びかけに応えることなく、私たちが廊下に出たときには金森さんの姿はどこにも見当たらなかった。


「何かあった?」


 背後から先生がひょっこりと顔を出した。


「うわっ! 痛っ……だ、大丈夫です」

「本当に大丈夫か?」


 驚いて飛び上がったところ、ドアに頭をぶつけてしまった。なんて情けない。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分。


「大丈夫です。お騒がせしてすみません」

「ごめんなさい、先生。瀬戸さん、行こっか」

「はい」

「先生、さようなら」

「気をつけて帰れよ」


 広幡さんに手を引かれ、引きずられるように保健室をあとにした。去り際に軽く会釈し顔を上げると、先生の不思議そうに首を傾げる姿が見えた。


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