第21話 消えた! いなくなった!



 昼休み。未だにツバサさんからの返事がこない。居ても立っても居られず廊下に出て、窓から隣のクラスの教室を覗いてみた。

 やっぱりいない……どこにいるんだろう。風紀室かな?

 教室にいないとなると、風紀室にいる可能性が高い。


 風紀室へむかう途中、脳裏に浮かんだのは髪の長い幽霊の噂。不安になるとすぐ考えてしまうこと、髪の長い幽霊にツバサさんを重ねてしまうのだ。

 大丈夫。不安になることなんてない。蒼井ツバサは在校生で私の隣のクラスに存在している。彼女の下駄箱だってある。風紀委員の仕事で挨拶運動に勤しむ姿もこの目で見た。

 風紀室の前に立ち、ドアをノックをしたけれど返事はない。ドアには鍵がかかっている。何度か呼びかけてみても反応はなく、人の気配もない。しんと静まり返った廊下に聞こえるのは自分の吐息だけ。ひんやりとした空気が這い上がり、素肌をチクリと刺激する。

 なんだか胸騒ぎがする。


 慌てて教室へ戻って隣のクラスを覗いてみたけれどツバサさんの姿はない。

 きっと休みなんだ。メッセージの返事がこないのは、きっと体調が悪くて返事が打てないだけ。

 ツバサさんと同じクラスの子に聞けばわかるのだろうけれど……。


 教室のドアから一番近い人に話しかけて「蒼井ツバサさんはいますか?」って聞けばいい。それだけ、ただそれだけのことなのに体が動いてくれないのはどうして?

 ずっと独りぼっちだったから話し方を忘れた?

 私なんかが話しかけてもいいのかな?

 嫌な顔されたりしないかな?

 今までだったらそんな理由だったのかもしれない。でも今は違う。きっと話しかけようと思ったら話せるはず。学校で唯一の友達の安否を知るためだもん。話しかけるなんて簡単なことだ。

 それでも体が動かないのは真実を知るのが怖いから。彼女が……蒼井ツバサが噂の幽霊で実在しない生徒だったら。そんな恐ろしい仮説が頭のすみっこにあるからだ。


『ツバサさん、今どこにいるんですか?』


 メッセージを送ってスマホを握りしめる。

 お願い。ツバサさん、早く返事して……!

 悪魔的に笑ういつものツバサさんを思い浮かべて願った。

 でも聞こえてきたのはメッセージの受信音とは異なるものだった。


「えっ!?」


 ツバサさんからの返事を待っていると、自分の教室から大きな声が上がった。驚いて視線を教室へ移し様子を窺っていると、一人の女子の周りを数人が取り囲むように集まっていった。声を上げたのは彼女みたい。


「どうしたの?」

「チョコがないの。カバンに入れてたのに」


 なんだチョコくらいで。

 普段だったら周りの反応はこうだったかもしれない。でも今日は特別な日、バレンタインデー。なくなったチョコレートもおそらく特別なもの。


「昨日頑張って作ったのに……」


 今にも泣き出しそうな彼女を「他の場所にあるかもしれないから、一緒に探そう?」と慰めるクラスメイトたち。

 彼女たちが机の中やロッカーを探し始めたとき、別のクラスメイトが声を上げた。


「私のチョコもない!」


 教室がざわついた。

 女子たちは慌てて各々のカバンやロッカーに飛びついた。「私のも!」「チョコがない!」と次々に被害者が増えていった。「俺まだ貰ってない!」という空気の読めない男子はバッシングを浴びていたが、本当に彼にかまっている場合ではなさそう。

 嫌な予感がして私も自分のカバンを覗いた。


「そんな……」


 ツバサさんのために一生懸命作ったのに。

 そこにあるはずのチョコレートは、忽然と姿を消していた。


「瀬戸さんもチョコなくなっちゃったの?」


 突然横から声をかけられて驚いた。今までクラスメイトから話しかけられることなんてなかったから。

 顔を上げると、隣の席の広幡沙代さん。男女隔たりなく誰とでも話せるような優しい人。


「はい。カバンに入れてたんですけど……」


 言ってしまってから気づいた。私なんかがチョコを持ってきていたと知れたら、クラスのネタにされるのでは。無口で大人しい瀬戸ミノリが一体誰に渡すんだって。

 広幡さんを見ると彼女は心配そうに私を見据え「大丈夫」と言った。


「瀬戸さんのチョコもなくなっちゃったんだって」


 広幡さんはクラス中に聞こえるように少し声を張った。なんてことを言ってしまうの、この人。次に来る言葉はきっと人を馬鹿にするようなもの。せっかく目立たず大人しく過ごしてきたのに、今までの苦労が台無し。ツバサさんと仲良くなって、学校に楽しさをみつけたばかりなのに。


「瀬戸さんも盗られたの? 最悪じゃん」

「チョコなくなった人どんだけいるの?」

「みんなで探そうよ」


 教室に飛び交うのは意外な言葉ばかり。


「え、瀬戸のって手作りチョコ?」

「まじかよ、誰にあげるんだ?」

「貰う奴羨ましぃ~」


 という男子の声まで聞こえてくる。……大袈裟な人たちだ。

 嬉しいようで恥ずかしいようで。冷たい視線を送られていると私が勝手に思っていただけで、クラスメイトはみんな優しかった。今まで話したこともないのに心配してくれている。男子なりの気遣いの言葉も嬉しい。

 独りぼっちでいる時間が長いと被害妄想が膨らみ消極的になる。私は一人で勝手に捻くれていたみたい。勝手に悪く思ってごめんなさい。

 彼らの優しさに気づけてよかった。


「私も、みんなのチョコ……い、一緒に、探します!」


 みんなからは優しい笑顔が飛んできた。



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