第22話 チョコレートに足は生えない



 昼休みの残りの時間、どこを探しても消えたチョコレートたちはみつからなかった。どうやらこのチョコレート事件はうちのクラス内だけで起こったみたい。他のクラスや学年には被害はないそう。

 なくなったチョコレートは全部で十三個。全てしっかりラッピングされたものばかりで、ばら撒き用の個包装チョコは無事だった。


「うちのクラスだけチョコなくなるって意図的なものだよね」

「しかも気合い入れた手作りチョコばかり。誰かが盗んだんだ」

「なんのために?」

「理由は犯人捕まえてからでいいんじゃん。それより、いつ盗まれたかだよ。そして今どこにあるのか」


 クラスメイトが教室の中央に集まり話し合いが始まった。昼休みも残り僅か。

 いつ盗まれたか。なくなっていることに気づいたのは昼休み。登校時間から昼休みまでの間かと思ったけれど、すでにチョコレートを相手に渡していた子がいた。つまり被害時刻はその子たちがチョコを渡した時間より後。


「チョコ渡してきた人、いつ渡したかだけ教えてくれない?」


 広幡さんが声をかける。

 すでに渡してきたという子はた三人。最後に無事渡せた時間は、一限目と二限目の間の十分間。


「単純に推測するなら二限目から四限目の終わりまでに盗み出されたんだろうけど、授業中だし、休憩時間の一〇分間じゃ全部盗めないよ」

「誰かしらが教室にいるしね」

「でも教室空けた時間あったよ?」


 そう。今日は三限目が体育で男女共に外にいた。盗むとしたら教室が空っぽになるその時間。


「でもさ、体育の時間だったら他のクラスも授業中じゃん。それにチョコたくさん持ってたら目立つしバレバレだよ」

「そうだね。たくさんのチョコ持って授業中に出歩いてたら先生にみつかって怒られちゃう」

「じゃあ、体育前の休憩時間?」

「女子が着替えで教室使ってたじゃん」

「けっこうギリギリまでいたしね」

「教室に戻ってきたのもチャイム鳴った直後だったし」

「早めに終わったもんね」

「じゃあダッシュで逃げたんだ」

「だからチョコ持ってたら目立つんだって」


 皆は「うーん」と唸るばかりでお手上げ状態だった。


「時間はだいたい絞れたけど、盗まれたチョコはどこにあるんだろうね」


 広幡さんが神妙な面持ちで呟いた。彼女も盗られていたみたい。人当たりの良い彼女の恋路の邪魔をするなんて酷いことをする人がいたものだ。そんな彼女に告白されるはずだった相手も不憫でならない。

 犯人はどうしてこんなことをするのだろう。

 昨日熱心にバレンタインのチョコについて語っていたツバサさんの姿が思い浮かぶ。本命にしろ義理にしろ楽しみに待っている人がいるというのに。

 そういえばツバサさん、大丈夫かな。


 連絡の取れないツバサさんのことを思い出したとき、ちょうど五限目の予鈴が鳴った。

 残念ながらチョコの行方は検討もつかないけれど、予定のない人で休憩時間や放課後も探そうということになった。張り切る姿を見せつつも、半ば諦め状態のクラスメイト。この謎は迷宮入りかと思っていたけれど、このチョコレート事件は予想以上に早く解決することとなる。そしてちょっとビターな出来事に、私のもやもやは大きく膨れ上がるのだ。




 当然のように五限目は授業どころではなく、頭の中は常に「チョコはどこへ消えたんだろう」「誰がなんのために盗んだのだろう」という疑問が浮かんでいた。けれどもう半ば諦め状態。食べられているかもしれないし。

 せっかくの手作りチョコケーキが盗まれてしまうなんて非常に残念だけれど、そのおかげでクラスメイトと話すことができたと思うと、不謹慎かもしれないけれど嬉しかった。


『チョコが欲しい』


 ツバサさんの言葉が脳内に木霊し、珍しくお喋りだった彼女の姿を思い出す。

 広幡さんの顔を盗み見ると、どこか悲哀が漂っている。

 心配し、気遣ってくれたクラスメイトたちの顔が目に浮かぶ。

 諦めちゃダメだ。見落としはないかもう一度考えてみよう。広幡さんのためにも、みんなのためにも、ツバサさんのためにも。こんなにたくさんの人が悲しむことなって、あっちゃダメなんだ。

 チョコレートに意志があって逃げたなんてファンタジーはまずない。チョコレートに足は生えないし。この事件には犯人がいるとみて間違いない。みんなと話したときは理由を後回しにしたけれど、動機がわかればその後の動向も推測できるかもしれない。ではなぜ盗むのか。


 チョコが食べたい?

 なら買えばいい。

 青春を謳歌している男女が憎い?

 だとしたら片っ端から盗むはず。

 このクラスを標的にした理由?

 特定のチョコが欲しかったから。それがこのクラスの人のものだったから。

 じゃあなぜその人のものだけ盗らなかったのか?

 その人の席がわからない。もしかしたら名前すら知らないのかも。

 その特定の人とは?

 好意を抱いている人、または憎んでいる人。そのどちらも考えられる。


 今考えられる動機はそんなところ。

 じゃあ盗ったチョコをどうするか。捨てるか、食べるか。特定のチョコが欲しいのなら他のチョコは要らないはず。でも短時間で片付けるなんて、食べるにしろ捨てるにしろ難しいと思う。まだどこかに隠し持っている可能性は意外と高いのかもしれない。


 どこに隠しているか。この教室にはなかった。……だめ。見当がつかない。先に盗まれた時間を割り出そう。

 盗んだのは同じクラスの人か他のクラスの人か。どのみち犯人以外誰もいない時間にやらなければならない。となると盗みやすい時間は体育の時間の前後。女子が着替えを終えて教室が空になってから、授業が終わって戻ってくるまでの間。着替えで教室に最後までいた子は授業に遅刻していなかったし、他の子との時差もほとんどないから違うと思う。

 すでにお目当のチョコが誰かに渡っているかもしれないのに盗みを実行したのは、まだ教室にあると確信していたからだろうか。


 少しずつ光が見えてきた気がする。あと一歩、もう一つ重要なこと。

 無事盗み出したとして、どうやって運ぶ? そしてそれらをどうする?

 私だったら一旦どこかへ隠して放課後まで待つ。 

 やはり大胆に動けるとしたら四限目の体育の時間。体育の——


 どうしよう。

 隠し場所、わかっちゃったかもしれない。

 けれど放課後になったらすぐに持ち去られてしまう。そうでなくても昼休みに少し騒ぎになったので、焦った犯人が一〇分休みにでも持ち出すかもしれない。

 目立つのは嫌い。嫌いだけれど、ツバサさんの声が頭の中で木霊したまま消えない。


「す、すみません、先生」

「あら、どうしたの? 瀬戸さん」


 手を挙げるなんて久しぶり。クラスメイトの視線が集まり、緊張で手に汗が滲む。


「少し、気分が悪くて……保健室に行きたいのですが」

「大丈夫? 誰か保健室へつれてってあげて」

「あ、大丈夫です。一人で行けますから」

「私行きます」


 名乗り出たのは広幡さんだった。


「チョコがなくなったのショックだよね。私もショックで授業どころじゃないんだぁ」


 小声で気遣ってくれた広幡さん、見当違いだけどその気持ちは嬉しかった。それに二人の方が都合がいい。


「ありがとうございます、お願いします」

「うん、任せて。じゃあ私、瀬戸さんを保健室につれていきます」

「はい、よろしくね」


 広幡さんは私の体を支えるように手を添えてくれた。クラス中から「大丈夫?」と囁く声が聞こえる。皆の気持ちは嬉しいけれど、騙しているようで心が痛い。本当は気分なんて悪くないのだから。

 先生とクラスメイトに見送られながら心の中で誓った。盗られたものを必ず見つけてくるから、と。



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